↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『Echoes of Logos ― 夢幻令嬢、迷宮に堕つ。―』  作者: ちょいシン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/49

第29話:夢の主、真名への帰還

迷宮の最深層、ついに《名無し》本体との決戦が始まります。名を喰らい、詐り、滅する存在に対し、紗雪たちは自らの“名”と“祈り”を武器に立ち向かう――魂を護る最後の戦い、その幕が上がります。

深い静寂の中、迷宮最深層の空気は翳り、その中心に《名無し》の本体が重く存在していた。

紗雪は膝をつき、御守りを胸に抱えながら呼吸を整える。隼人は彼女の隣で静かに構え、真観は五鈷杵をしっかりと握り締めた。


「まるで…重なり合った夢を引き裂いたようですね、お嬢様」

隼人の声は低く、だが安定していた。


「ええ。縷々の“影”は消えた。でも――これは《名無し》本体の“前触れ”だった」

真観が頷き、周囲を見回す。壁に浮かぶ模様がかすかに揺れ、薄暗い光が波打って反転している。


「《名無し》は“完全な成り代わり”を目指している。記憶や名だけでは足りず、魂を入れ替える存在へと進化しようとしている。その覚悟が、これまでの力の使い方にも現れています。」


「でも、どうやって止めるの? 名を縛ったけど、本体はまだ――」

紗雪は揺れる壁面を見つめ、問いを返す。


「名、それ自体が呪詛でもある。紗雪さんは“縷々の名”を刻んで相殺した。そして――」

真観が言葉を続けた。


「――今度は、君自身の“名”を、この場に捧げるのです」


紗雪の胸元の御守りが再び鈍く光る。


「私の名……?」

紗雪の声は震えた。やがて、強い意志に変わる。


「はい。あなたもまた、“名を守る者”です。魂と記憶を記名し、それを護る者。今度は、その盾を“魂のまま”ここに据えるのです」


隼人が目を見開いて紗雪を見る。

彼は静かに頷いた。

「お嬢様…その覚悟、私も…全力でお支えいたします」



真観は五鈷杵を地に立て、梵字の光明円環(光明真言の梵字を円状に記したもの)を再び展開した。

壁面に映る模様が徐々に収束し、空間が一瞬だけ透明になった。


「紗雪さん、ご自身の“名”を、胸に刻まれた思い出と共に唱えてください」

真観の声は低く、厳かだった。


紗雪は御守りを見つめ、胸の中にそっと語りかけた。

“九重紗雪――紗雪は縷々の親友。誰にも負けない笑顔をあなたからもらった。秘密を分かち合った、私は私のまま、ここにいる”


声はか細く、だが次第に力を帯びる。御守りの光が強まり、周囲の闇を払いはじめた。


壁面の揺らぎが止まる。

名前が魂と重なり合い、光の柱がその場に刻まれた。



《名無し》が呻くような声をあげると、空間が不規則に崩れ、黒い瘴気が蠢いた。


「来ます…」と隼人が呟き、紗雪の横で構えた。


瘴気の塊が飛来すると、朱く煌めく光が御守りから放たれ、それを蹴散らす。周囲には小規模な結界が形成された。


「結界を展開しています。お嬢様と真観様を守ります」

隼人は紳士的な口調ながら、動作は迅速で確かだった。


瘴気の塊は次々と零れて飛び込み、隼人は短刀で切り払い、御守り光輪で跳ね返す。

糸を操るように瘴気を操る《名無し》が奇襲を仕掛けてくるが、壁に光の蝋燭紋が走り、無効化された。


真観はその間、五鈷杵を円に振り、梵字の光輪を複数展開している。


「いくつでも結構。名の結界は、本物の名が信頼される限り強くなります。これが、魂を護る“祈りの鎧”です」



瘴気が最高潮に達したとき、御守りが激しく振動し、光輪が圧縮された。


紗雪の呼吸が早くなる。彼女は再び名を唱えた。


「九重紗雪……私は縷々の境界を壊したのは私。今も私――ここにいる!」


声と共に御守りが光り、瘴気の渦が一瞬凍りつく。そして、《名無し》本体に、細い光の結界が絡みついた。


「今だ!」

真観の号令に合わせ、隼人が短刀を振り下ろした。光の刃が瘴気を裂き《名無し》本体を抑え込む。


同時に、真観が法印を結び、声をあげた。


「名の深奥に記された“魂の形”を、ここに示せ!」


「オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ!」

五大明王の一つ、軍荼利明王の真言を唱えた。


五鈷杵から溢れた光が空間を満たし、瘴気は光の渦に変わって霧散した。


《名無し》本体は、静かに跪き、やがて「骨のような残滓」だけを残して消えた。



静かに光が収まり、霧消した空間に、紗雪と縷々は膝をつく。


縷々はまだ朦朧としたままだが、紗雪の隣で目を開け、小さく笑った。


「……大丈夫? 縷々?」

紗雪は震える声で尋ねた。


縷々は紗雪を見つめ、ぽつりと呟いた。


「紗雪……ありがとう。私の本当の名を、取り戻してくれて……ありがとう」


隼人は傍らに膝をつき、静かに頭を下げた。


「お嬢様。どうぞお疲れのところを。」

彼は丁寧に手を差し伸べ、紗雪を立たせた。


真観は五鈷杵を下ろす。


「これにて、“名を奪い、詐り、滅する”《名無し》の本体は消滅しました。ですが、この迷宮は名の歪みにより構成されています。帰還には、あなた方自身の意志と、“名の記憶”が必要です」



紗雪と縷々は見つめ合い、小さく頷く。


「一緒に……学園に帰ろう」

紗雪は縷々の手を握る。


隼人も御守りを胸に抱え、支える。


真観はゆっくりと真言を唱え始めた。


「回帰の儀――“記名”と“祈り”による帰路の開示。五鈷杵の光よ、悪鬼魔性の因縁を経ち、心、清浄(しょうじょう)にして帰路を示さん――」


「オン・バザラ・ヤキシャ・ウン」

五大明王の一つ金剛夜叉明王の真言を唱えた。


五鈷杵の光が空間照らし、更に五鈷杵から一筋の光線が道を示した。


その先には、かすかに現実の色が垣間見えた。


――深淵を越え、名を護る者は、迷宮から現実へ帰還する。

“名”とは何か、それを巡る戦いもいよいよ終盤です。紗雪と縷々の絆、そして隼人と真観の支えが、この迷宮の歪みを超える鍵となります。次回、迷宮脱出編へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。