第2話:縷々が残したもの
いつも応援ありがとうございます! 『Echoes of Logos ― 夢幻令嬢、迷宮に堕つ。―』第二話です。
親友・縷々が姿を消し、焦りを募らせる紗雪。担任教師の不審な態度、そして図書室に残された縷々のメッセージが、紗雪を学園の禁足地へと導きます。
謎に包まれた旧校舎で紗雪を待ち受けるものとは――。
ミステリーと幻想が交錯する新たな展開を、どうぞお楽しみください!
天神縷々が姿を消して三日目の朝。
九重紗雪は、初めて「焦り」を感じていた。
「連絡が取れない? おや、それは奇妙だね」
担任の早乙女教諭は、紅茶を啜りながら静かに言った。まるで、どこか他人事のように。
「彼女は何か事情があって……ご家族には連絡が?」
「縷々さんのご家族とも、電話はつながりませんね。ご自宅にも誰も出られないようで」
早乙女教諭はメガネの奥の目を伏せたが、そのわずかな沈黙に、紗雪の胸がざわめく。
(違和感……? 先生、何か隠してる?)
昼休み。紗雪は図書室へ向かった。いつもの“秘密基地”——窓際の古びた一角。
そこに縷々のノートが残されていた。
ページをめくると、最後の書き込みには、こんな言葉が走り書きされていた。
「西棟旧校舎、三階の資料室——誰か、いた」
(西棟旧校舎……?)
思わず息をのむ。そこは今、立入禁止区域になっているはずの場所。
数年前に火災があり、修繕もされず閉鎖されたままだった。
(縷々……あんた、そこに行ったの?)
不意に、視界の端で何かが揺れた。振り返っても、誰もいない。
だが、風もないのに、窓の外の木の枝が不自然に揺れていた。
その夜。紗雪は夢を見た。
夢の中で、縷々が泣いていた。
その背後には、黒い影が立っていた。
「紗雪……気をつけて。あれ、名前がないの……」
「縷々!? それ、どういう意味——」
影が、縷々の肩をつかんだ瞬間、紗雪は飛び起きた。
(……行かなきゃ。あたしが行かなくちゃ)
制服のポケットに、縷々が以前くれた赤い縞模様の御守りを入れる。
小さな巾着袋の中には、神社で授けられるような朱色の護符が収められていて、
「なんとなく、ご利益ありそうじゃん?」と縷々が笑いながら渡してきたものだった。
そして九重紗雪は、月明かりを背に、花桜学園の西棟へと向かう。
学園の西棟は、昼間でも人通りの少ない場所だった。ましてや夜となれば、生徒どころか教職員も近づかない。
九重紗雪は、かつて縷々と通った裏道――誰にも見つからない抜け道を辿って、人気のない渡り廊下を歩いていく。
(西棟旧校舎、三階の資料室――)
階段を上るたび、軋む音が建物全体に響いた。息を殺し、ひとつ、またひとつと段を踏みしめる。二階、三階……。
廊下の奥、埃をかぶった「資料室」のプレートが、懐中電灯の光に浮かび上がる。
扉の前に立つと、足元の空気が一気に冷たくなった。まるで、扉の向こうに“何か”がいると訴えかけるように。
(縷々……あんた、ここに……)
意を決してノブに手をかける。錆びた蝶番が軋み、扉がゆっくりと開いた。
室内には、古びた本棚が並び、いくつかの机と椅子が朽ちかけていた。だが、空気がどこかおかしい。
埃臭さのなかに、甘ったるい香りが混じっている。
そのとき、紗雪は気づいた。
壁際の机の上に、見覚えのあるスカーフが畳まれている。薄紫――縷々がいつも愛用していたものだ。
「……縷々……」
指先が触れた瞬間、ぴたり、と空気が止まった。
突如、背後で扉が「バタンッ」と音を立てて閉じられる。
振り返ると、そこには誰もいなかったはずの人影が、ぼんやりと立っていた。
「縷々……?」
問いかけたその刹那、部屋全体が闇に包まれた。
視界が揺れる。足元の床が消え、世界がぐにゃりと捻れる。意識が深く、深く沈んでいく――。
再び目を開けたとき、紗雪は見知らぬ空間に立っていた。
教室のような、廃墟のような、不気味な空間。窓の外には何も見えず、机と椅子は宙に浮いている。
「ここは……どこ?」
そのとき、どこかから聞こえてきた。
「……さゆき……こっち……きて……」
聞き覚えのある、縷々の声だった。
しかし、その声の中に、もう一つ別の何かが混じっていた。
低く、重く、名前を持たない“何か”の気配が、じわじわと近づいてくる。
紗雪は、咄嗟にポケットから御守りを握りしめた。
(……縷々……今、あたしが行くから)
彼女は一歩、足を踏み出す。
夢と現実の境が溶ける迷宮の中へ――。
第二話をお読みいただき、ありがとうございました。
縷々の残したメッセージを頼りに旧校舎へと足を踏み入れた紗雪。そこで彼女が見たもの、そして体験したものとは……。
「西棟旧校舎、三階の資料室」という具体的な場所の提示、そして夢の中での縷々の警告、さらに最後に見知らぬ空間へと誘われる展開は、物語の核心に迫る序章となります。
次回、紗雪は「夢と現実の境が溶ける迷宮」で何を見るのか、そして縷々の声に導かれ、何を見つけるのか。
謎が深まるばかりですが、物語はここから本格的に動き出します。
感想やご意見も大歓迎です! ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。
それでは、また次話でお会いしましょう!