第1話:日曜日の密談
いつも応援ありがとうございます! 『Echoes of Logos ― 夢幻令嬢、迷宮に堕つ。―』
初の長編小説いよいよ第一話です。
九重紗雪と天神縷々。財閥令嬢として育ち、固い絆で結ばれた二人の少女は、平和な学園生活の裏で囁かれる「生徒失踪事件」の噂に巻き込まれていきます。クールな紗雪と、どこか掴みどころのない縷々。彼女たちの他愛ない会話から、物語は静かに動き出します。
この物語は、友情と謎が織りなす新感覚の学園ミステリーです。どうぞお楽しみください!
──日曜日。快晴。風は初夏の匂い。
「で? 結局、どっちを買うのよ紗雪。白のカーディガン? それともピンクの?」
「縷々、あんたがピンクばっか勧めるから選びづらいのよ。私、ピンク似合うキャラじゃないでしょ」
「いやいや、最近は“ギャップ萌え”って言うんだから。クールビューティがピンク着てたら破壊力抜群でしょ?」
「その理屈、わたしが会社の会議で言ったら取引先全員黙るわよ……」
二人は市内の高級セレクトショップで、午前中からあれこれ試着と冷やかしを繰り返していた。
ブランドは違えど、九重財閥と天神グループという名の重圧を背負っているせいか、子供の頃からずっと似たような立場で育ってきた。
友達ができにくい環境のなかで、最初に笑い合えた相手──それが、お互いだった。
「ところでさ、最近学園で騒がれてるあれ、どう思う?」
「……“また誰かいなくなった”ってやつ? ……都市伝説みたいな扱いだけど、本当なの?」
「実際、今月に入ってから四人よ。生徒会は“体調不良による休学”で通してるけど、退学願も転校願も出てないの」
縷々の声がひそめられ、柔らかだった表情が一瞬だけ鋭くなる。
「縷々……調べてるの?」
「気になっちゃってね。パパの会社の情報部通じて、ちょっとデータを当たってるの。そしたら──」
「──?」
「全員、“花桜学園の旧校舎付近で最後に目撃されてる”のよ。ピンポイント過ぎるでしょ?」
紗雪の目も曇った。
「旧校舎って……立ち入り禁止区域じゃなかった? 確か、十年前に火災事故があって封鎖されてたはず」
「そう。だけど実は、立ち入り禁止と言いながら、鍵は簡単に開けられるし、警備カメラも一部が死んでる」
「……つまり、誰かが意図的に“入れるようにしてる”?」
「かもね。でも、誰が? なんのために?」
店内のBGMが一瞬だけ切り替わる。緊張を裂くように明るいポップスが流れ、ふたりは同時にくすりと笑った。
「推理ドラマの観すぎだよね、あたしたち」
「でも、誰も信じようとしないときこそ、誰かが目をこらさないとダメなのよ」
「……それ、誰のセリフ?」
「わたしがさっき考えたの。どう? キャッチコピーっぽい?」
「自社広報部に応募してみたら?」……
……窓の外は、夕焼けが街を赤く染め始めていた。
「それでね、パパったらまた“役員会で紗雪さんのお父上に助けられてばかりでね”って……もう何度目だと思う?」
そう言って笑う天神縷々は、銀縁の眼鏡をくいと押し上げた。整った顔立ちに、品のある所作。けれどその瞳は、紗雪にだけ向ける無邪気さに満ちていた。
「それ、たぶん五回目以上。前にも同じこと言ってたわよ?」
九重紗雪は苦笑いしながらも、縷々の紅茶に角砂糖を一つ入れて渡す。二人は放課後の図書室の隅、窓際の一角を「秘密基地」と呼んでいた。
「ふふ、数えてたの? 紗雪って、意外とマメなのね」
「“意外と”は余計よ。縷々こそ、昨日の数学テストでどうしてあんなにできたの? あたし、あの関数問題、完全にトバしたわ」
「それはね……」と、縷々が小声で囁く。「お昼休みに、例の旧校舎で“ひらめきのおまじない”してきたから」
「ちょっと待って、それ冗談でしょ?」
「信じるか信じないかは、紗雪次第。ね?」
いたずらっぽく笑うその顔が、ほんの一瞬、窓に差す光で影に包まれた。
「でもさ、最近変じゃない?」
紗雪が声を潜めて切り出す。
「失踪事件のこと?」
縷々の表情が一転する。いつもの明るさが、ふっと色を失った。
「うん。三年の先輩が行方不明になったって、新聞部の子が言ってた。先生たちは“家の都合”って言ってたけど、荷物もスマホもそのままだったって」
「……妙ね。逃げるならスマホくらい持つはずだし」
「それに、失踪した子って、前の日まで図書室でひとり、自習してたらしいの」
縷々の声が、ひときわ静かになった。
「この“秘密基地”の、すぐ隣の席で」
沈黙が流れる。外では風が木々を揺らし、どこかで鳥が鳴いた。
「ねえ、紗雪。次、あたしがいなくなったら……探してくれる?」
「何言ってんのよ。絶対に、いなくならせないわ」
紗雪はぴしりと言い切った。縷々がいつもより少し長く、その目を見つめてくる。
その数日後、天神縷々は忽然と姿を消した。
第一話をお読みいただき、ありがとうございました。
旧校舎の噂、そして立て続けに起こる生徒の失踪……。
何気ない会話の中に潜む不穏な影と、縷々の残した意味深な言葉。そして、物語のラストで紗雪を襲う突然の別れ。
これから二人の少女の運命がどう交錯していくのか、次話以降もご期待ください。
感想やご意見も大歓迎です! ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。
それでは、また次話でお会いしましょう!