第5話 *ルハロ殿下視点Ⅰ(過去編)*
まだルハロ殿下視点は続きます。
***
何もかもくだらないし、馬鹿馬鹿しかった。
なぜ僕が、顔もいまいち覚えていない婚約者と交流しないといけないんだと、叫びそうになるのを我慢して無理やり笑顔を作った。
なぜ僕が、民衆の前でわざわざ演説をしなければいけないのかと、心底うんざりしながら既存の論を少し書き換えて話した。
なぜ僕が、どこの馬の骨ともわからない新興貴族と長話をしなければならないのかと、苛立ちながら熱心に聞いているふりをした。
なぜ僕は王族に生まれてきたんだろうといつも考えて、ただ只管、利口な王太子を演じていた。
───────ルナと出会うまでは。
***
ルナに出会ったのは入学して一か月ほど経った頃だ。
もちろんその時も「理想の王太子」を演じ続けていたため、心身ともに強い負荷がかかっていた。
だから、療養のために毎日行っている、学院の中庭の噴水の近くのベンチに腰を下ろしてまどろんでいた。
しばらくすると、こちらへ向かってくる足音が聞こえた。
この中庭は殆ど人が来ない。だから「王太子」の演者、ルハロ・エヴァルノールが一人まどろむにはちょうど良い空間だった。
その空間を崩されるのは途轍もなく腹が立つし、僕はその相手を当分許せないだろう。
やがて、その足音はどんどん近づいてきた。というかこちらに向かってきている。
「王太子」がこんなところでくつろいでいると誰かに知られたら、僕の婚約者の座を狙っている令嬢たちが押し寄せてきて、たちまち混沌と化すだろう。
そうなっては他の人にも迷惑をかけてしまうかもしれないと考えた僕は、すぐさま立ち去ろうとした。
でも、何でだろう。
逃げる気力がわかなかった。それどころか、体はベンチに縫い付けられているかのように動けなかった。
そして、どこか妖しげに鳴らされている足音が僕の脳内を占めていった。
やがて、僕の視界に美しい空を閉じ込めたような艶やかな長髪の女生徒が映り込んだ。制服を見るに、一般貴族クラスの生徒らしい。
彼女の鮮やかな色彩につい見とれていると、不意に彼女がこちらを向いた。
その瞬間、雷が直撃したかのような衝撃を受けた。
眩い光を放つエメラルドの瞳に、髪の空色はよく合っている。此方を見つめる眼差しは春の光のように淡く優しかった。
我がエヴァルノール王国の国教であり、世界の多くの国々で信仰されているレーピュラル教の最高神、ウェルバスの妻で絶世の美神アメティネロと比較するのはおかしいが、かのアメティネロよりも、美しいのではないかと思うほどだった。
その瞬間僕は恋に落ちた。
これが最初で最後の恋だと思っていた。
「‥‥‥‥ねえ君!!」
気が付けば僕は彼女を呼び止めていた。
読了ありがとうございました。良ければ評価・ブックマーク・いいね等お願いいたします。
諸事情により更新遅くなります。ご迷惑をお掛けします。
詳細は活動報告に載せておきます。
追記:ごめんなさい、誤字など色々加筆修正いたしました。