第3話
途中すごくコメディに見えるところがあります。
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ルハロ殿下の部屋は、3年前までよく一緒に遊んだ思い出の場所だ。
2年ほど前からは婚約者としての交流の場に使われるようになったが。
去年までは淡い暖色系の色味で、シンプルだが拘りぬかれた調度品がほとんどだったが、今は全体的に寒色系の色味で、所々宝石___特にエメラルドとアクアマリンが埋め込まれた調度品に置き換わっている。
ここ半年ほどでの殿下の心境の変化が、部屋を見ただけでもはっきりとわかる。もう彼の頭の中はノスタルナ・エヴォベアン嬢のことでいっぱいなのだろう。色味が完全に彼女だ。
私のことなんて頭の片隅に入っているかどうかなのに、エヴォベアン嬢は殿下の頭の中を堂々と占領しているのがひどく寂しく感じる。
「まあ、とりあえず座ってくれ。ティアム、紅茶を」
「畏まりました、殿下」
そうこう考えていると殿下はもう紅茶の用意まで済ませてくれていた。やはり殿下は優しい、そんなところも大好きだ。
‥‥‥‥やっぱり私ってちょろいな。ただ紅茶を用意してくれただけで好きという気持ちが湧き上がってくる。
でも、数日後にはまた呆れて悲しんで‥‥‥‥。
情緒不安定だな。前はこんなことなかったのに。
そんなことを思いながら、私は殿下の向かいのソファに腰を下ろした。
「急に呼び出してしまってすまないな。言った通り、今日は君に提案があってね」
「提案とは、何でしょうか?」
こちらが普通の対応に見えたのが意外だったのか、殿下は一瞬驚いているような表情を見せた。
だが、またすぐに元の無表情に戻った。
「ビューラルヘン嬢、君はルナの‥‥ノスタルナ・エヴォベアン嬢のことを何処まで知っている?」
ルハロ殿下は開口一番にそう言った。私は質問の意図が読めなかったので、当たり障りのない基本情報だけを伝えることにした。
「5年前に男爵位を買った元商人、ロスタ・エヴォベアンと、没落したレックル子爵家の当時の次女、ミカ・エヴォベアン(旧姓レックル)の間に生まれた長女で、王立学院の貴族一般クラスに在籍している令嬢、と言ったところですかね」
「いや大分知っているな‥‥。まあいい」
もしかして話し過ぎたか?
「彼女の父親のエヴォベアン男爵の父親___彼女にとっては祖父が元伯爵家の当主で、その妻は侯爵令嬢だった。
エヴォベアン男爵はその二人の間に生まれた由緒正しい貴族だ。
さらに、彼女の母親の生家レックル子爵家は元々侯爵家だったというのを、君は知っていたか?」
そんな嘘みたいな話信じられると思うんですか?と言いかけて慌てて口をつぐんだ。王族に対してこんな口を利いたら明日には命がなくなっていただろう。危ない危ない。
「知りません。私自身、あまりあの子と関わりがないので」
「そうか」
しばらくの間気まずい沈黙が続く。でも、この重厚感もあってどこか心地よい空気が私は嫌いじゃない。
「‥‥提案だが」
沈黙はルハロ殿下によって何の前触れもなく破られた。ゆったりとまどろんでいた私は急に現実に引き戻される。
「ルナはまだ新興の男爵家の令嬢という身分で暮らしている。だが、私はルナを愛している。叶うならばただ一人の王妃として添い遂げたいが、それは叶わない」
分かっていたとはいえ、こうもストレートに告げられると辛い。
「だからな、ビューラルヘン嬢、君が必要なのだよ」
訳が分からない。エヴォベアン嬢と新たに婚約したいから私との婚約を破棄したい、というのならまだ理解はできるのだが、たぶん邪魔者であろう私が必要??
「なぜ私が必要なのでしょうか?」
ついそう聞くと、それはだな、と殿下は話し始める。
「私はエヴァルノール王国の次期国王、つまりはそのうち国の頂に立つんだ。当然、民の前に立って演説等をする機会はこれまでよりも格段に増えるだろう。そしてその時には伴侶である王妃も同じく隣に立っている」
そういう機会はこれまでに何度かあり、私も婚約者としてルハロ殿下の隣に立っていた。
私も少しだけ演説をして、周りが盛り上がったときは、殿下も大層ほめてくださった記憶がある。
「自分で言うのもなんだが、私は世間一般的には美男らしい。でも、その私の隣に立つ王妃の容姿が地味であるのは見栄えが悪いのだ。幸いなことにルナは私の容姿に見劣りしない。でも、君は‥‥」
その先は濁された。私を気遣ってくれたのだろうか、殿下は面と向かって「地味令嬢」とは言わない。
どこまでも優しいんだ、このお方は。私を陰ではけなしているけど、面と向かって嘲っては相手が傷つくと思っているからそういうことは言わない。
「さっきも言ったように私はルナと添い遂げたい。だから、君との婚約は破棄しない」
「はい??‥‥」
は??え??ん??
ねえ文脈、迷子ー、迷子なのー?いるなら早急に出てきてー!
「だから、ルナには私の愛妃となってもらって、君は王妃として執務を行うんだって。敵は作りたくないし」
「それはつまり、私はお飾りの王妃になれと?」
そう聞くと、殿下は少し言葉に詰まった。
「大丈夫、外から見たら愛妃なんていないように見せかけるから。その辺は心配しなくても良い。
申し訳ないが、私は君を愛せないのでね」
この瞬間、私の心の何かに火が付いた。
「愛せないんですか、そうですか。分かりましたよ。ですが、子供はどうするのですか?もしも愛妃に似た子が生まれたら、貴方はどうするつもりなのでしょうか、殿下。まさか隠し通せると本気でお思いではないでしょうね?殿下には申し訳ありませんが、子作りくらいはしてもらわねば困ります。何か異論はありまして?」
殿下は一瞬息をのんだように見えた。だが次の瞬間ものすごい勢いでまくしたて始めた。
「子作りに関しては異論はないさ。でも君、いやミハーリア・ビューラルヘン公爵令嬢、よく覚えておくんだな。王族にそんな口を利いたというのが発覚したら、君の首なんて簡単に飛ぶんだよ」
殿下の言っていることは正論だ。私は反論できない。
「そしてもう一つ、私は幼いころから君には全く興味がない。だから愛せないんだよ」
その瞬間、何かが崩れ去った音が私の耳に鮮明に響いた。
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ルハロ殿下とミハーリアが言い争っているのは殿下の部屋ですが、防音はばっちりなので外部に漏れ聞こえていることはありません。
追記:ノスタルナの父親の名を訂正いたしました。