第2話
ストーカー(?)のような表現がありますので、ご注意ください。
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正直なところ、私は噂を信じていなかった。
誠実で優しいルハロ殿下が、婚約者を放っておいて他の令嬢と愛を育んでいるだなんてあり得ないと思っていた。
けれども、彼はエヴォベアン嬢にぞっこんなのだろうか。
現に先程は、彼女を掌中の珠のように扱い、私は責められて掃除までさせられた。
でも、決定的な証拠がつかめていない。エヴォベアン嬢が自ら噴水に落ちて悲鳴を上げた先の騒動では、駆けつけてきた殿下から見たら私が彼女を噴水に突き飛ばしているように見えたのだろうし、そう考えれば殿下の言動は極めて自然なことだ。
だから、まだルハロ殿下がエヴォベアン嬢と浮気しているということは確定ではない。
真実が分かるまでは、私は殿下を観察しないといけない‥‥!
***
2か月後‥‥
「ねえ聞いた?ルハロ殿下の噂」
「ええ、聞いたわ。なんでも、婚約者を放置して他の令嬢と遊びまわっているんでしょう?」
「ね。ミハーリア様が可哀そうです」
もうこの頃には、一部の人にしか伝わっていなかった噂も、学院のほとんどすべての人に伝わっていた。
私は他の生徒たちから憐れまれ、同情された。
でも、そんなのは表面上だけだ。
王太子ルハロ殿下の婚約者、つまりは次期王妃の座を狙うものはごまんといる。
当然、私を婚約者の座から引きずり降ろそうとする人はたくさんいるのだ。
普段私は強い嫉妬を向けられる。でも、この噂によってその嫉妬の矛先はエヴォベアン嬢に向かった。
代わりに、表面上は同情されて、陰では嘲笑われ、見下され、蔑まれることになってしまった。
さらに、「地味令嬢」という不名誉すぎるあだ名もついてしまった。
でもそこまで傷つかないし、泣くほどでもない。
いや、嘘だ。
本当は「地味令嬢」なんて呼ばれ、見下されているのは、とても傷つくし、今すぐにでも泣きたい。
けれども、そんなことは言えないし、泣けない。
だって私は、この国の貴族の中でで最も権力のあるビューラルヘン公爵家の一人娘であり、王太子ルハロ殿下の婚約者なのだ。
他の令嬢のお手本にならないといけない。醜態をさらしてはいけない。常に完璧でないといけない。自分磨きを怠ってはいけない。殿下をしっかり支えないといけない。無駄なことをしてはいけない。浮気などしてはいけない─────。
これらは全て、当たり前なのだ。
そう、エヴァルノール王国の次期王妃で、筆頭公爵家の令嬢である私にとっては当たり前で、守って当然のことなのだ。
でも、最近はその「当たり前」が重く感じる。
どうして私だけ、こんなにたくさん守るべき規則があるんだろう。
どうしてみんなは、あんなに自由なんだろう。
私も自由になりたかった。叶うならば殿下とも愛し合いたかった。
でも、それは絶対に叶わないというのが、ここ2か月殿下を観察して分かった。
***
ルハロ殿下はあの騒動の後、被害者のアフターケアと称して、夕方に一人で教室にいるエヴォベアン嬢に毎日会いに行っていた。
そこまでは、優しいルハロ殿下がとる行動としては普通だ。
でも、騒動からわずか二週間後のある日、二人はお互いを愛称で呼び合っていた。
聞いた瞬間、全身の血が凍りそうだった。息も荒くなりかけて、盗み聞きしていたことがばれないようにさっと廊下から立ち去った。
それから更に一週間ほどすると、あろうことか二人っきりで放課後にお忍びデートに行っていたりしていた。
やはり噂は本当なのだ。
婚約者である私を放置して他の令嬢と遊びまわったり、愛称で呼び合ったりするのは、普通に考えたら浮気だ。
そして浮気されたとき、通常は婚約者が諫めて更生させるか、或いは婚約を破棄するかだろう。
でも、できなかった。
怖かった。殿下に激しく拒絶されるのが。もし向こうから婚約を破棄されたらと思うとぞっとした。
結局のところ、私は婚約破棄を絶対にしたくないのだ。
浮気されても、私はまだルハロ殿下のことを愛している。他の人からしたら、恐ろしく異様で理解のできない光景だろう。私だってそう思う。
でも、まだ愛しているのだ。
だから、私は愛人を作られようが、話しかけられなかろうが、辛く当たられようが、婚約破棄さえされなかったらなんでもいいのだ。
婚約破棄さえされなければ、何でも。
***
そんなわけで、今に至る。
流石の私も、精神的にものすごくダメージを受けるようになっていた。
理由は、
"目の前で堂々とイチャイチャしていること"
"国王夫妻までも取り込み、婚約破棄が迫っているかもしれないこと"
"私のことを陰で「地味令嬢」と言い出して悪口を言うこと"
etc‥‥‥‥‥‥‥‥
特に、「地味令嬢」と言われるのが最もダメージを受ける。
表では言ってこないから私はまだ耐えられている。
でも、もし殿下に面と向かって「地味令嬢」と呼ばれたら、きっとどうにかなってしまうと思う。
こう見えて私は、自分の容姿が軽くコンプレックスなのだ。
ビューラルヘン公爵家の血筋であることを示す、深めの臙脂色の瞳に、よくある濃い茶色の髪を併せ持っているからか、遠目から見たら庶民の町娘のようなよくある見た目になってしまう。
さらに、体形は小太りでも華奢でもなく普通、身長も平均、肌は特別色白でも色黒でもなく普通。
よく言えばごくごく普通で目立ちにくい、悪く言えばパッとしない見た目なのだ。これでもエヴァルノール王国の筆頭公爵家の令嬢で、王立学院の貴族特待クラスの首席なのだが。
いくら身分や成績が良くて優秀だからと言っても、結局人は容姿に拘ってしまう。成績優秀だが地味な見た目の私と、成績は普通で可憐なエヴォベアン嬢では皆後者を選ぶだろう。
‥‥‥‥でも、ルハロ殿下には私を選んでいてほしかった。もう無理だろうが。
バラ園からはまだ笑い声が聞こえる。よくも飽きずに話していられるなと感心してしまう。殿下は私とはものの5分ほどしか話さないから。
やがて、エヴォベアン嬢が帰る時間になり、ルハロ殿下は彼女を馬車までエスコートしていった。
私はその様子を陰で見守りながら、そっとため息をついた。
すると、エスコートし終えた殿下がこちらに向かってくるのが見えた。
「‥‥ビューラルヘン嬢、まだいたのか」
「私は今日は妃教育でしたので。何か御用でも?」
人を慮ることのない、殿下の無神経さに怒りがふつふつとわいてきたが、何とか抑えて返事をした。
前は、前の殿下ならば─────。そんなことを考えてずんずん虚しくなっていく。
「そうか、ならいいんだ。‥‥‥‥今日は君に提案があるのだが、私の部屋まで来てくれないか?」
提案が何なのかを疑問に思いつつも私は了承した。
「分かりました」
殿下は少し驚いたような表情をしたが、すぐに真顔に戻り「じゃあ、ついてきて」とエスコートもせずに歩いて行った。
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更新遅くなってごめんなさい。