episode.Gier Regina~Ⅰ~
第2章始まりました。是非最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
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「ねえ貴方、何でお茶の一本も買ってくることができないの?」
丁寧に整えられた艶やかな黒髪は、腰のあたりまで波打っている。春の日差しのように柔らかいこげ茶の瞳は、今は眦をきつくして存在している。
声の主_____夜櫛 美凰は、この影東高校内で一番の美女と言われるほどに美しく、性別を問わず言い寄られることが多かった。
だが、それも1年生の時までだ。
彼女の気質は正に「我が儘女王」そのもの。
何か気に入らないことがあれば怒鳴り散らしたり陰口を言う、お茶や飲み物を買いたくなっても連れの女子に自腹で買いに行かせる、気に障る女子がいたら即座に陰口を言って虐め、飽きたら奴隷のように扱い、自身に心酔させて最後は捨てる‥‥‥‥などなど。
近年稀にみる、中世の高位貴族がやるようないじめの内容だ。
しかも先生たちは黙って見過ごしている。理由は簡単、美凰が全先生の弱みや醜聞を2つ以上は持っているからだ。教育委員会や文部科学省、生徒の親に少しでもいじめの情報を漏らしたら、全世界に向けてその弱みや醜聞を全て読み上げると脅している。
なぜそんな情報を持っているのかは分からないが、すべてが事実なのだ。よって先生は誰も彼女を諫めることができない。
今、影東高校は彼女が支配していると言っても過言ではない状況下にある。
だから彼女には「強欲の女王」というあだ名がついている。
あらゆるものが自分の思い通りになることを強く欲する、まさに強欲の女王だ。
そして先程、美凰が怒鳴っていた少女は軽く震えている。
「も、申し訳ありません‥‥‥、すぐに」
すぐに買いなおしてきますと言いかけた彼女を、冷徹な一言が遮る。
「ねえ、誰の許可を得て喋っているの?」
場の空気が一気に凍り付いた。
それまでは少女を嘲笑っていた人々も、みな口を真一文字に引き締めている____今まさに降りかからんとする火の粉から身を守るために。
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥えっと、その‥‥」
「はあ、何度も同じことを言わせないで頂戴。貴方は一体誰の許可を得てアタシにそんな口を利いたのかしら。今その質問に答えるために喋る許可を与えるわ、さあ早く」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥え、えっと、その、あの‥‥‥だ、誰の許可も、得てません‥‥」
「そうよねえ、でも貴方は勝手に声を発した上に、アタシから逃げようとしたわね?
そんな悪い子には‥‥‥‥"躾"が必要よねえ」
それまで自分の身を守りながら様子をうかがっていた人々は、今まさに絶句した。
"躾"___それはジアー・レジーナが、校則を破りすぎたり人のことをいじめたりする者に施すものであり、秩序を守るために彼女が考えたものである______表向きは。
勿論、そんなに都合のいい話ではない。
あの光景を見たものはこう称する___「地獄」だと。
具体的な内容はジアー・レジーナの気分によって変わるが、どれもこれもイカレていてまともな罰は一つもないとか。
‥‥今日は何にするのだろう。
固唾をのんで見守る中、口を開かずとも聞こえるみんなの声が重なり合う。
「そうねえ、今日は‥‥"従属"にしましょうか」
その単語が聞こえた瞬間、大きな動揺が広がる。中にはひそひそと少女を憐れむ声も聞こえた。
"従属"‥‥それは多くの"躾"の中でも最も残酷だと言われているものだ。
残酷と言っても暴力を振るったりすることはしない。というかジアー・レジーナの"躾"の全てが精神的な攻撃であり、物理的な攻撃は一切ない。それは彼女が手を汚したくないからだとか。
"従属"がなぜ残酷か‥‥‥‥。それは彼女の圧倒的なカリスマ性と上手すぎる人心掌握術が遺憾なく発揮されるからだ。
まず"躾"を受ける人に、只管甘い言葉を投げかける。自らが作り出した心傷をあたかも他人が作ったかのように扱い、徐々に癒していく。そうすると段々心を開いてしまい、最終的にその人は文字通りジアー・レジーナに"従属"してしまう。
これだけならましな方だ。
ジアー・レジーナは、その"従属"させた人をしばらくはこき使うが、やがて飽きて捨てる。
当然その人は困惑し、悲しみ、縋るだろうが、彼女は一度捨てたものには興味を示さない。よってその人は心を壊し、ジアー・レジーナがないと生きていけなくなった体のままずっと来るはずもない彼女を待っているのだ。
"従属"の被害者は10人ほどいて、いずれも心を壊し、ずっと彼女を待っている。
傍から見れば、それはまさに狂人のような状態なのだ。
その"従属"が、少女に施される。
何とも残酷なことだ。
「さあ、貴方、別室へ行くからついてきなさい。他の者は一切ついてこないでね。ついてきたら‥‥‥‥分かるよね?」
一同首を激しく縦に振ると、ジアー・レジーナは満足したようだった。
「行きましょう‥‥‥‥ところで貴方、名前は何?」
「指田 友奈です‥‥」
「そう、友奈ね。これからよろしくね」
「は、はい‥」
この会話を最後に、二人の話は聞こえなくなり、やがて夕闇へと吸い込まれて溶けるように消えていった。
To Be Continued……
読了ありがとうございました。