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貪欲の戦い

リリサの瞳は退屈そうにあちこちを彷徨い、やがて一羽の、普通のカラスよりもやけに太った黒鴉を見つけた。黒鴉は彼らをじっと睨みつけている。リサはそれに応えるように、挑発的な笑みを浮かべた。


すると黒鴉は驚いたように、ぎこちなく羽をばたつかせ、羽ばたきの重さゆえにやけに大きな「バサバサ」という音を立てながら、どこへともなく飛び去っていった。


そのとき、戸川が不格好に駆け寄ってきた。腰回りの贅肉が、まるでチャーシュー飯屋のチャーシューのように宙で揺れている。体内の脂肪量は腰の肉と同様に過剰らしく、戸川は肩で息をしていた。息を切らした戸川を見て、満は思わず声をかける。


「刚、どうしたの? すごい汗だけど。」


戸川は大きく息を吸い、しばらく言葉を出せなかった。満は黙って、彼が落ち着くのを待った。ようやく呼吸が整い、戸川は震える声で答えた。「お、俺……さっき、敵情を探りに行ってきた。」

満は少し驚いた表情を浮かべる。「それで、何が見えた?」


「Golden Wingsが、新しいメンバーを投入したみたいだ。そいつも色欲の悪魔で……かなり只者じゃなさそうだ。」


相手も同じ色欲の悪魔だと聞いても、満の関心はそこまで動かなかった。彼が本当に気にかけている存在は、ずっと別にあったからだ。「気をつけるよ。ありがとう、刚。わざわざ知らせてくれて。」そう言って、満は信頼を込めて彼の肩を軽く叩き、付け加えた。


「刚、罪悪感を持つ必要はない。ルシファー会やアマイモンみたいな強敵が相手でも、私たちの勝利は必ず手中にある。」

「でも……」戸川は言いかけて、言葉を飲み込んだ。

「刚。前に貴方が言ってくれたよね??他人の目や、無責任な評価なんて気にするなって。たとえ見た目が色欲の悪魔らしくなくても関係ない。貴方、やれる自分なんだ。」

「……その通りだな……」


彼の態度はどこか投げやりだった。彼は戸川の肩を軽く叩き、「もう少し、肩の力を抜けよ。」と言った。


「……はい。」その言葉は、戸川の心を励ますことはなかった。彼の胸を圧迫しているものは、そんな一言でどうにかなるものではない。


それはまるで、古い屋敷の門前に百年も居座り、何一つ成し遂げられぬまま草地を押し潰している“大醜石”のようだった。その石の下では、雑草も花も育たない。


そしてその石は、きっと永遠にそこに在り続けるのだろう。天文学者が、他人の心臓に勝手に触れられないのと同じように。


その空気を切り裂くように、大鈕が興奮気味に宣言した。「本日の小隊戦のテーマは――強欲だ!今回はここ数日の試合とはまったく違う。ルールは非常にシンプルだ!」


「各隊員は、非常に広大で、しかし何も存在しない白い空間へと送られる。そして、その中にある“あらゆるもの”を、可能な限り奪い取れ! 最も多くの物を手に入れた者が属するチームが、勝者となる!」


アフーが飛行艇で現れ、昨日と同じ環状の計測装置を全員の首に装着していく。「このメーターは、君たちが獲得した‘物’の数をすべて記録する。」


不可解なことに、その計測装置には酸素と二酸化炭素の目盛りまで表示されており、しかも二酸化炭素の数値がわずかに上昇していた。


「これなら、自分で数えなくていいな。」大暑は相変わらず楽しそうだ。

「そもそもお前に数えさせるつもりなんてないだろ。」立秋は首をかしげた。


「空間内の物は、直接拾うこともできるし、他人が手にしている物を奪うことも可能だ! さらに――」

ダニエルは声を張り上げる。「強欲の悪魔は取引を得意とする者が多い。もし“取引行為”が検知された場合、ボーナスポイントを付与する! ヒントは――『量よりも重要なのは、種類だ!』多様な物を手に入れれば、より多くのptが得られる!」


「……’中にあるすべてを奪え’、か。わざと曖昧にしてるな。」立秋は頭を抱えるように呟いた。

「主催者は、私たちを困らせたいんでしょうね。強欲の罪を背負うあなたでも、何が起きるか読めない?」リズは他人事のように笑った。

「’取引’という言葉も、引っかかるわ。」リリサが静かに言う。

「このルール……絶対に、誰かが裏で手を回してるな……」脳裏に、ある人物の顔が浮かび、立秋は不快そうに表情を歪めた。

「でもさ、ルールが単純なのはいいだろ?一気に行けるじゃないか。」大暑は拳を鳴らし、今にも飛び出しそうな勢いだった。


その言葉の途中、立秋は遠方で仲間たちとルールを確認している渡瀬へと視線を向ける。獲物を狙う捕食者のような眼差しだった。


渡瀬は終始背を向けていたが、それでも針のように鋭い視線を感じ取り、内心で何かを企み始めていた。


ルシファー会の面々は、競技場へと足を踏み入れながら言葉を交わしていた。月光の言葉には、露骨な棘が含まれている。「冬森立秋……きっと何か思いついているのでしょうな。まったく、気に食いません。」


「今は、私たちにできることをやるだけだ。」雨水は取り合うつもりもなく、淡々と言い捨てた。


白の空間は、大鈕の説明通り、いやそれ以上に広大だった。広いというより、もはや浩瀚と言っていい。


ルシファー会専用の入口に立つ月光たちは、他のチームの姿を確認したが、それらは四つの小さな点にしか見えなかった。まるで巨大な都市の真ん中に放り出されたかのような感覚だ。


周囲を見回しながら、海棠がぼそりと呟く。「……で、私たちが探す‘物’って、どこにあるんだ?」そう考えた瞬間、何かを踏んだ感触があった。不思議に思い足元を見下ろすと、そこには一枚の金貨が落ちていた。

それは初日のものとまったく同じ意匠で、首元の計量メーターの数値も、0から1へと変化する。手の中できらりと輝く金貨を見つめ、月光は興味を失ったように言った。「……これじゃ、初日と変わらないじゃないですか?」


「それだけ簡単ってことだ。行こう。」星児が短く促す。


試合が中盤に差し掛かるころには、すでに多くの参加者が金貨や宝石、装飾品、さらにはダイヤモンドまで手にしていた。あまりにも容易な展開に、人々は喜びに浸り、会場はざわめきに満ちる。雑談をする者、歓声を上げる者――争う必要すらないほど、金貨は溢れていた。


これほどまでに、競技の空気が穏やかだったことは、これが初めてだった。皆の表情は和らぎ、どこか慈悲深さすら漂わせている。


――だが、異様だった。


計量メーターに表示された二酸化炭素の数値が、直線的に、異常な速度で上昇していたのだ。実戦経験の豊富な参加者たちの多くも、その異変に気づき始めていた。


序盤があまりにも順調だったため、無邪気に動き回っていた海棠も、やがて異変を感じる。顔色は紫がかり、その場にしゃがみ込んで荒い息をついた。


「大丈夫?」星児が駆け寄る。

「……なんか、すごく苦しい……」


医師である雨水も近づき、落ち着いた声で尋ねた。「具体的には、どういう症状だ?」

棠は少し考え込み、重く答える。「……息が、しづらい……」


その瞬間、雨水はすべてを悟った。だが――


すでに、どこかのチームの攻撃が始まっていた。


雨水は即座に能力を発動し、防御に回る。対峙する両者の表情は、瞬時に切迫したものへと変わった。


次の瞬間――会場は、完全な修羅場と化した。


参加者同士が殺し合い、血が飛び散り、爆発音が連なって響く。濃煙が立ち込め、床、天井、壁が次々と陥没し、砕け散る。そこはもはや競技場ではなく、獣たちの戦場だった。


そして戦闘音だけではない。場内のあちこちから、取引を求める叫び声が噴き上がる。「こちらはサファイアを要求する!」


「ルビーの装飾品を交換したい!」

「そのダイヤと、こっちの宝石を交換しろ!」


星児は状況を飲み込めず、呆然と呟いた。「……これは……?」


「バカですか?あのクソ猫の言いたいことはな――ここにある‘物’を奪えってのは、この空間の酸素も含めてって意味です!」月光は敵の強力な一撃を力任せに受け止め、爆ぜるような衝撃とともに濃い煙を巻き上げた。そのまま星児を庇うように前に立つ。「ここは確かに広いですが、酸素そのものは有限ですだ。私たちは動き、呼吸し続けている……当然、二酸化炭素は増える。つまり今は――」月光は吐き捨てるように続けた。「大逃殺バトルロイヤルです。しかも、「誰が一番多く殺すか」というルールです。」


周囲を見渡せば、すでに地面には瀕死の参加者が幾人も倒れ、血が溢れている。生き残った者たちは獰猛な形相を浮かべ、まるで同じ山に放たれた二頭の虎のように、怒気と威圧を剥き出しにして互いに襲いかかっていた。


時間が進むにつれ、床にはさらに多くの死体が転がり、空気中の二酸化炭素は濃度を増していく。首元の計量メーターも、なお上昇を続けていた。


海棠はすでに窒息し、倒れ伏している。それでも、月光、星児、雨水は必死に抗っていた。


「じゃあ……‘取引’っていうのは……?」星児が息を整えながら尋ねる。

「取引というほどのものでもない。」雨水が続けて説明する。「強欲の悪魔は、商人特有の狡猾さを持ち、常に自分に有利な契約や取引を作り出そうとする。つまり本質は最初から奪い合いだ。ただ、それを‘契約’や‘取引’という形で包んでいるだけだ。」


「こういうルールが用意されたのは、悪魔たちに“どうすれば自分に有利な契約を結び、人間の魂を得られるか”を理解させるためだろう。」雨水は冷静に続ける。「だから彼らは、大量に同じ物を得るよりも、数は少なくても‘種類の多い物’を重視する。」

「……あなた、布人形にかなりいいように弄ばれてますね。」月光が思わず皮肉を飛ばす。

「……うっ……」雨水は言葉を失った。


一方、立秋の小隊も必死に現状へ抗っていた。だが立秋は酸欠により徐々に体力を奪われ、苦悶の表情で膝をつく。視界は霞み、今にも意識が遠のきそうだった。


「大丈夫か!?」大暑が駆け寄るが、彼自身も余裕はなく、焦燥に満ちていた。


立秋は息も絶え絶えに、言葉にならない呪詛を吐く。「……あの……あの成金クソ野郎……!」


このまま膠着状態が続くかと思われた、その瞬間――まるで奇術のように、蒼い大海原が突如として出現し、会場にいた多くの参加者を飲み込んだ。


突然襲いかかる津波のように、人々は泡を吐きながら、身動きが取れないことを訴える。


だが、渡瀬の小隊だけは違った。いつの間にか全員が潜水用のヘルメットを装着し、余裕の表情を浮かべている。


その姿は、まさしく―凶悪な幽霊海賊。広大な海の中を悠々と進み、蹂躙し、殺戮する存在だった。


そこへ、一発の魚雷が凶悪な勢いで突進し、渡瀬の小隊を狙う。しかし――


渡瀬の妹が即座に反応した。彼女は自身の能力で具現化したスニーカーで、迫り来る魚雷を力任せに蹴り返す。


魚雷はそのまま軌道を変え、元凶となった相手へと直撃した。


そして観客の視界の中では、黄金城の外形を持っていたはずの空間が、まるで精巧なミニチュア模型のように縮小していった。次の瞬間、参加者たちは一斉に弾き出される。


死者は死者のまま、負傷者は血を流したまま。さらに、容赦なく地面へと叩きつけられた衝撃が、彼らの身体に新たな痛みを刻み込んだ。


「……あの、万死に値するクソ野郎が……」立秋は、かすれた声で毒づいた。


その声をかき消すように、大鈕が相変わらず他人事めいた態度で、しかし場の熱を煽るかのように高らかに宣言する。「――ここに宣言する! 本日の小隊戦の勝者は、Amaimonだ!」


その瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。怒号、喝采、興奮――熱狂はさらに加速し、戦いの余韻は、より一層白熱していった。




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