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星児と六日

六日の意思を聞かず、星児は重力を操りながらそのまま六日を抱き上げ、ホテルの外へと駆け出した。ビルの谷間を縫うように走り抜ける。重力の加減で、星児の足取りは驚くほど軽い。まるで小鳥が羽ばたくように、何度も足元がふわりと浮く感覚があった。


「これ、本当に危ないってば——!」六日の悲鳴は夜風にかき消された。星児はまったく聞こえず、ただ推測で慰めるように言った。

「すぐ終わるよ、怖がらないで。」

「怖がらないなんて無理に決まってるでしょうが——!」六日の絶叫も風にさらわれ、星児は相変わらず楽しそうにビルの間を飛び回った。


夏の夜、空気の中には熱気が漂い、まるで無数の蛍が舞っているかのようだった。触れただけで汗がにじみ出る。ようやく着地した星児は、恐怖で言葉も出ない六日をそっと降ろした。熱気は空気から肌へ、そして身体の芯へと伝わり、血が沸騰するようだった。蒸し暑さのせいか、二人の息づかいはやけに鮮明に重なり合い、草むらのコオロギや夜蝉の声を後押しして、夏の合奏が始まった。やがて耳の中は虫たちの恋歌で満たされ、それは甘い囁きにも、人間への皮肉にも聞こえた。


六日は黙ったまま星児の後をついて歩いた。年を重ねるごとに二人の間の距離は広がり、言葉も減っていった。だが、それが二人らしい関係であり、何も悪くはなかった。


歩いているうちに、公園の川辺にたどり着いた。散歩やジョギングをしている人がわずかにいて、それぞれ夏の夜を楽しんでいた。二人は並んで腰を下ろす。熱風が吹き抜け、肌の上を通って体の奥にまでじわりと不快さを伝えた。やがて、星児が口を開いた。「最近、あんまり話してないね。」


六日は少し考えてから、短く返した。「うん。」

星児は六日をちらりと見て、不安を隠すように微笑んだ「ごめん……俺たち、おまえのことを放ってた。」


「えっ……別にいいよ……」六日はどう答えていいかわからなかった。海棠たちのことをどう受け止めればいいのか、まだ整理できていなかった。


「冬森立秋のチームでは、どう?」

「えっと……実際に一緒にやってみて、まだまだ頑張らなきゃって思ったよ。」六日はわざと明るく言った。


それは星児にとって満足のいく答えだった。六日は彼の想像よりもずっと親しみやすかった。六日が見せた、生涯でも数えるほどしかない笑顔を見て、星児は思わず胸を弾ませるように言った。「そうなんだ。それなら、おれも同じだよ。」星児の海のように澄んだ青い瞳が、今は喜びの光できらめいていた。その色彩に、六日は思わず見とれてしまった。


「覚えてる? おれたちが初めて会ったときのこと。」星児の声は懐かしさを帯びていた。


「当時のおれは、嫌われ者で、周りの人間を困らせてばかりいた。最悪のガキだったんだよ。でも、そんな僕に近づいてきたのは君だけだった。」星児は少し遠い目をした。六日も、その頃を思い出し、たしかにそうだったと頷く。


「正直言うと、今でも思うんだ。あれは本当に馬鹿だったって。自分が危ない目に遭うなんて、考えもしなかったんだろうね。」星児の容赦ない言葉に、六日の胸がちくりと痛んだ。


「でもさ、おれはあの時のおまえの“馬鹿さ”が好きだよ。」星明かりの下で、星児は眉月のようにやわらかな笑みを浮かべた。その笑顔はあまりにも優しく、六日の心を溶かしてしまいそうだった。


六日の耳が一瞬で真っ赤になる。胸の奥に渦を巻くような感覚が広がり、彼女はそのまま吸い込まれてしまいそうだった。


やがて、短い逢瀬は終わりを迎える。ホテルへ戻るころには、六日の頬はまだ熱く、火照ったままだった。

彼女の頭の中で何度も反芻されるのは、星児の最後の言葉。


——「六日とおれ、ずっとこのままでいられたらいいな。」


……正直、それはまるで告白みたいだった。


けれど本当に、そうなのだろうか?


町で“不良”と呼ばれる星児が、そんなことを言うなんて。彼にとって「想う」こととは、敵とぶつかり合い、戦い続けることのはずなのに。


熱を帯びた頬を冷まそうとしながら、六日はぎこちない足取りでホテルへと戻っていった。



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