月光の策略
月が少し凍えるような夜空に高く掛かっていた。まるで揺れる秋千のように、ゆらゆらと揺れている。見えない星たちはきっと、もう家に帰されたのだろう。そんな孤独で冷たい月夜が、今夜の空気をいっそう寂しくしていた。だからこそ、月光は海棠を呼び出したのかもしれない。
海棠は眠気をこらえながら、ホテルのロビーで月光の愚痴に付き合っていた。深夜のロビーは人気がなく、今日の激戦で疲れ果てた宿泊客たちは、夜更かしすることもなく早めに部屋へ戻っていた。ロビーには月光たちのほか、コアラのクロしか残っておらず、クロはうとうとと居眠りしていた。月光が騒いでも、まったく気にしていない。
「なあ、これって、さすがにひどすぎると思わないですか?!」怒りをぶつけるようにテーブルをドンッと叩く。
「“ほかの女の子と仲良くしないで”って言ったのはあいつだぞ? なのに、あの金髪の卑怯なホストと、どういう関係なんですがよ!? いつの間にあんなに仲良くなったんですが!? どう考えてもおかしいでしょう!?」月光は怒り心頭でまくしたて、顔を歪め、歯ぎしりをしながら六日に対する怨みを吐き出していた。まるで恨み節を歌う怨婦のように。
しかし途中で、彼は気づく。海棠はすでに夢の世界で、鼻ちょうちんを膨らませて眠りこけていた。今日一日の疲れが限界だったのだ。だが月光はそんなことお構いなし。ロビーの棚に置かれていた新聞を丸め、海棠の耳元でバサッと鳴らす。「おい!!!」
海棠は驚いて飛び起きたのではない。むしろ、限界まで溜まった怒気で爆発するように跳ね起きた。「いい加減にしてよ! もう寝かせてよ、疲れてるんだから!」
月光も冷たく返す。「疲れてるって? 貴女、今日何もしてなかったでしょう。」
「だからって、真夜中にこんなどうでもいい話で叩き起こすのはないでしょ!」海棠は鬼のような形相で反論する。理は完全に彼女の側にあった。
「どうでもいいってなんですか?! 明日の大会のことも関係ある話なんですけど?!」月光も負けじと叫ぶ。
海棠は一瞬黙り込み、それからじとっとした目で彼を見て言った。「……でもさ、一時間前からずっと話してるの、六日の浮気疑惑のことだけだよね?」
——痛いところを突かれた月光は、言葉を失った。
「……」
「……」
「もう負けたくないのか?」突然のノックに、眠る準備をしていた雨水は、目の前に立つ月光と寝ぼけ顔の海棠を見て少し驚いた。
月光は正直に答えた。「もう一度負けるなんて、許しません。……ヒントをください。」
真剣な眼差しに、雨水は思わず息を呑んだ。「……お前、そんなに本気な人だったのか? 前にも言ったはずだ。彼らを退ける“最善”の方法は――」
「“最善”なんて曖昧な言葉じゃ足りません。私が欲しいのは、“絶対”です。」雨水は一瞬言葉を失う。月光が何を考えているのか、まるで掴めなかった。
「……もう遅い。あの大きなマスコットを持って帰れ。話は明日だ。」そう言ってドアを閉めようとした雨水の腕を、月光はぐいと押さえた。
「今教えてください! 今夜一晩かけて対策を練りたいんですから!!」
「休めって! それにそのデカい飾りも置いてけ!」
「今教えてくれないなら、夜通しドアを叩いてお邪魔させていただきますよ!」
「……明日でもできることのために、子どもみたいに駄々こねるな!」雨水はため息をついた。
「私のこと、好きなんでしょう? 少しくらい犠牲にしてくれてもいいじゃないですか!」
「……その台詞、立場が逆だろ。」
「くっ……だったら……」月光は歯を食いしばり、突然膝を折った。
見下ろす雨水の視線の中、彼はうるんだ瞳で見上げ――「お願いですよ……お兄ちゃん……」
雷に打たれたように雨水は固まった。
一方、海棠は眠気が吹き飛んだように目を見開いた。
年上かもしれない男に「お兄ちゃん」と呼ばれる趣味は、雨水にはない。だが、月光がそう呼んだということは、彼の何かを的確に掴んだという証でもあった。
――こいつ、どこまで人を観察してるんだ……。雨水は内心で月光の異常な洞察力に舌を巻いた。
海棠の顔は凍りついたまま動かない。あの傲慢でプライドの塊のような男が、こんなふうに頭を下げるとは思ってもみなかった。
尊厳を投げ捨ててでも目的を貫くその姿に、海棠は震撼し――同時に猛烈な吐き気を覚えた。胃の奥からこみ上げる衝動に耐えきれず、思わず口を押さえる。そして、顔面の筋肉を一切コントロールできぬまま、しわがれた声で叫んだ。「おまえ……おまえ、そんな手まで使うのかよ……!」
「なんだよその目つき、怖いんですけど。」
嫌悪を隠さずに月光を見下ろし、深くため息をつく。「……入ってこい。」
得意げな笑みを浮かべた月光は、涙目を一瞬で引っ込めると、当然のように部屋へ入り、ベッドにドサリと倒れ込んだ。「じゃあ、遠慮なくですわ〜。」
「ベッドから下りろ。」雨水が布団を勢いよくめくると、月光はゴロゴロと丸い玉ねぎのように床へ転がり落ちた。
「なにそれ、冷たすぎじゃないですが?」床から角と目だけを覗かせ、不満げに言う月光。
「他人を勝手にベッドに寝かせるほど、私は甘くない。」雨水は淡々と告げると、海棠に視線を向けた。
「お前も、ここに残るつもりか?」
海棠は一瞬ためらったが、結局おとなしく頷き、椅子に座り直した。
月光も床に正座し、急に真面目な顔で言った。「よし、じゃあ始めましょうか。」
――そして。
画面の中では、八百屋の娘と洗濯屋の息子が、星のような照明の下で抱き合っていた。
「君に、初めて会った時から恋してたんだ。もう誰にも渡したくない。」花束を抱えた美男俳優が、夜空のカーテンのように煌めく照明の下で囁く。
「洗濯屋の息子さん……!」振り返る絶世の美女――その顔は完璧な角度でカメラを捉え、涙がまるで真珠のように輝く。
二人が熱い抱擁を交わすと、画面の隅に「終」の文字が静かに浮かび上がった。
「うん、うん。」月光は褒めるでもなく、けなすでもなく、ただじっと画面を見つめていた。その真剣な視線は、まるで全テレビ視聴者の理想の姿のようだ。
彼はどんな番組でも心から楽しむことができるタイプだった。
雨水と海棠は、同時に月光を白い目で見つめた。「……お前、恋愛ドラマを見るために来たのか?」
「なにがいけないですか? 話したいことはもう全部話したですし。」
「だったら自分の部屋で見ればいいだろ!なんでわざわざ私の部屋で!」
「部屋に戻ったら最初の部分見逃すじゃないですか。タイミングが大事なんですよ!」
「そんなの知るか!」
「……それにしても、“一目惚れ”か……」月光は雨水の怒りを完全に無視し、ひとりで考え込んだ。
「なにそれ……?」海棠は嫌な予感がして眉をひそめる。
「“誰にも渡したくない”……正直、その気持ちはわかるんですよね。」
雨水と海棠の背中に冷や汗が伝った。二人とも、まさかと思いつつも、その“まさか”が現実になるのを恐れていた。
「でも、こんなに気にしてしまうのって……結局、悪魔としての理不尽で傲慢な独占欲と、欲深さのせいなんじゃないですか?」月光はぽつりとつぶやいた。
「……つまり、自分が最低だって自覚はあるんだね。」海棠は顔を引きつらせながら言った。
「いや、私たちに聞くなよ……」雨水は呆れ顔で応じる。
「私……六月が好きなんですよ。」月光は静かに、しかしはっきりと答えた。「だって、誰にも渡したくない、彼女は私のものだって思ってるですから。」
その言葉を口にした瞬間、彼の表情は驚くほど穏やかだった。
まるで長い間探していた答えを、ようやく見つけたかのように。
海棠と雨水は、壁に頭をぶつけたくなるほどの衝撃を受け、思わず口の中の血を吐き出しそうになった。まるで自分たちのHPが1まで削られた気分だった。
どう対応すればいいのかもわからないまま、月光は二人に軽く手を振って言った。「じゃあ、おやすみなさい。親愛なるお兄ちゃん、それからメガネのお嬢さん。」
「媚びるな。」雨水は眉をひそめながらぼそりと呟いた。
「……変なドラマ、ほんとに見るのやめたほうがいいわよ。」
——その頃。
満の部屋でぐっすり眠っていた六月は、自分の部屋に戻ってもなぜか眠れず、ベッドの上で何度も寝返りを打っていた。
その時、ガラスを叩くような不気味な音がして、思わず身を起こした。恐る恐る窓の外を覗くと、そこにいたのは——星だった。思いもよらない人物に、六月は目を見張った。
彼女が窓を開けると、夏の夜の高層ビルを抜ける風が吹き込み、不思議と胸のざわめきを和らげてくれた。
星児の髪が風に揺れ、まるで新しい芽が生えたばかりの若葉のようにきらめいていた。
「眠れないの?」星児がやわらかく微笑みながら言った。「少し、話でもしない?」




