誤解
ギルド戦に参加する者たちは、競技場への移動を便利にするためホテルに宿泊することになっていた。
月光にしつこく付きまとわれ、心身ともに疲れ切った六日は、早々に自分の部屋へ戻った。部屋に入るなり、ベッドに倒れ込む。月光と一緒にいるのは、本当に精神的負担が大きすぎる。
どれくらい眠ったのか分からない。ふと、かすかな振動を感じた。「すみません、すみません。」その声は、心に沁みる酒の香りのように柔らかく、心地よいベッドが六日を離さなかった。もう少しだけと駄々をこねて目を閉じたが、ようやくしぶしぶ目を開ける。
「なんで貴女がここで寝てるの?」満の整った顔立ちが、まるで豆腐のように優しく視界に映った。二人はしばらく呆然と見つめ合い――次の瞬間、六日は天井が割れそうな悲鳴を上げた。
咄嗟に枕で六日の口を塞ぎ、さらなる絶叫を止めた満は、事情を説明しようとした。しかし六日は涙目で逆に問い返す。「ここ、私の部屋じゃないの……?」
「ルームカードを見せてもらえますか?六日が差し出すと、満がカードの上部を指差した。「ほら、ここ。部屋番号は363号。でもここは362号室だよ。間違えたのは貴女のほう。」
全てを理解した六日は、正直すぎる満に思わず頭を下げた。「でも、あなたはどうやって入ったの?」
「ドアがちゃんと閉まってなかったみたいで……」
満は気まずそうに間を置き、続けた。「まあ、私にも非はあるけど、今度から部屋番号をちゃんと確認してね。」
「……はい。」
ようやく部屋を出ようとしたその時、外には声を聞きつけて集まった人だかりができていた。しかも、見知った顔まで。
月光がこちらを凝視している。その表情は呆然そのもの。隣には海棠と星兒――信じられないといった顔で立ち尽くしていた。一方、立秋はというと、ルームサービスのバナナを食べながら、面白そうに様子を見ている。
六日と満、そして月光の間に、死んだような沈黙が流れた。
誰も言葉を発せなかった。
やがて、月光が怒鳴った。「なんで中にいたですのよ!?!?」
「ち、違うの! 誤解よ、全部誤解!!」六日は、もはや黄河に飛び込んでも潔白を証明できない気分だった。
「よくそんなことをおっしゃいますね!」
満が慌てて六日の前に飛び出して弁解した。「ドアがちゃんと閉まってなかったんです。彼女は間違えて私の部屋に入っただけで……」
「閉まってなかったって、なんのためですが!?」月光は頭の回転が速いだけに、すぐ疑いを向ける。
「その……たまたま閉まってなかったので……」六日はもう、どう言い訳しても通じないと悟った。
「もしそれが本当だとしても、出来すぎでしょう!! まったく、芝居がかったサキュバス野郎、六月に何をするつもりだったんですが!?」月光は満の襟を掴み、怒りをあらわにして睨みつけた。二人の顔が触れそうな距離まで近づく。
しかし、満は全く動じずに冷ややかに言った。「そんなに弱いあなたを挑発してどうするの?」
その言葉を聞いた瞬間、月光の顔は一気に真っ赤になった。胸の奥で煮えたぎるように怒りが湧き上がり、もう今にも爆発しそうだった。
その時、陰鬱な声が響いた。「……誰だ、まだ騒いでいるのは?」
渡瀬洋が姿を現した。体の周りには黒い霧のような魔気が立ちこめ、深いクマのある目は殺気を放っていた。沈んだ表情が「関わるな」と告げている。
その場にいた全員が思わず一歩引き、渡瀬のために道を空けた。
満と月光は真剣な表情で殺気立つ渡瀬を見つめ、月光の手にはすでに魔力が集まり始めていた。だが、そこで雨水が前に出た。
「渡瀬、落ち着け。起こされたのは分かる。でも、ここは戦場じゃない。」雨水は磁力を発動させることもなく、ただその言葉だけで渡瀬の怒気を止めた。もし軽率に手を出せば、一瞬で灰になると分かっている渡瀬は、舌打ちをしてから冷たく背を向けた。
静寂が再び部屋を包んだ。
現場の空気が徐々に落ち着きを取り戻した。六日は皆に向かって頭を下げた。「皆さん、本当にご迷惑をおかけしました……」
皆はどうでもよさそうな顔でその場を離れていく。月光だけは雨水に無理やり連れて行かれ、去り際に満をきつく睨みつけた。
六日は気まずそうに満を見た。満は穏やかに言った。「もう戻りなさいよ。あなたも疲れたでしょう。」
六日がふらふらと歩き出したその時、満がふと声をかけた。
彼は振り返った六日の額を指で軽くつつき、「ちょっとした暗示をあげるからね。今夜はいい夢が見られるよ。」そう言って、あの優しい笑みを浮かべた。
六日の顔は一瞬で真っ赤になった。「……さっきはあんなに気まずかったのに、ずっと助けてくれて……うれしかったです。」
本当に――誰だって立春満に心を動かされないわけがない。六日は自分の頬を何度も撫でながら、せめてこの赤みを隠そうとした。
満は笑って答えた。「気にしないで。」そう言ってスマートフォンを取り出し、「もし悲しくなったら連絡して。悩み事なら、喜んで聞くから。」
六日は少し驚いた。満にはすべて見抜かれていたのだ。大切にされていることを感じた六日は、安心したように微笑み、深くお辞儀をしてその場を後にした。
——そして。
満は先ほどまでの柔らかな笑みをすぐに消した。その瞳には冷たい無表情だけが宿っていた。
部屋の灯りを消し、代わりに蝋燭に火を灯す。彼は蝋燭を用意していた燭台に立て、燃えやすいベッドやカーテンから離れた場所に置いた。
ここはホテルの一室。派手な儀式のようなことはできない。彼は荷物の中から二枚のポスターを取り出した。
一枚目には――聖母マリアのような存在が描かれていた。月のような銀色の長髪を持ち、背に光を受けながら、人々や動物たちに囲まれ、慈愛に満ちた微笑みを浮かべている。その姿は神聖で、美しく、道徳的にも崇高で、まるで無償の献身そのものだった。
だが、その絵の片隅には黒髪の少女が跪いていた。まるで聖書に記された救世主のように。彼女の祈りは誰よりも深く、純粋だった。
二枚目のポスターには――あらゆる生物の特徴を併せ持った、正体の分からない怪物のような存在が描かれていた。おぞましくも荘厳なその姿。そしてそこでも、同じ黒髪の少女が跪き、怪物は彼女へと“手”を差し伸べていた。
満は床に膝をつき、両手を組み合わせ、祈りの言葉を唱える。「我が罪をお許しください……月の女神よ……」
蝋燭の炎に照らされたその姿は、もはや人ならぬもののようだった。成長しつつある“何か”――禍々しくも神聖な怪物の影が、そこにあった。




