ゴールドラッシュ
「では、会場を盛り上げる公会戦の第一種目――ゴールドコイン争奪戦の開幕です!」とダニエルが興奮気味に告げた。
「各チームのメンバーは、幻覚によって構築されたフィールド内で散りばめられたコインを探し出す必要があります」アフは続けた。
突如、巨大な幻覚の舞台が目の前に現れる。それは大量のソファやベッド、テレビ、パソコン、スマホ、インスタント食品まで備わった大邸宅で、まるで天国のような空間だった。海棠は目を丸くして見惚れてしまう。
「各コインにはそれぞれ異なる図柄があり、価値を象徴しています。怠惰の牛は1点、色欲の兎は5点、強欲のハリモグラは10点、憤怒の猿は15点、嫉妬の猫は20点、そして最上級の傲慢の獅子は25点です。これらのコインは様々な形で各所に現れます。君たちがすべきことは、それを見つけ出すこと。ただそれだけだ。得点は獲得したコインの数×点数で計算されます。」
観衆はどよめき、ダニエルはさらに意味深に告げる。「今回の試験課題は――『目の前のあらゆる誘惑を退ければ、幸運は自ずと君のもとへ訪れる』。健闘を祈ります。」
開始の号角が鳴り響く。入場を待つ間、月光は雨水に尋ねた。「抵抗しなければならない誘惑とは……具体的にどのようなものが現れるのでしょうか?」
「見えないの? あの邸宅の中身は全部、現代人が好きで憧れるものばかりじゃないか。」と海棠が得意げに答える。
「……中に入った時点で、もう地獄決定って感じね。」星児は苦い顔をする。
その時、出発を控える立秋のチームと視線が交錯する。立秋の含み笑い、大暑の自信に満ちた期待の表情、感情を見せない覆面男の薄ら笑い、そして六日の冷ややかな無表情――それら全てが、月光に初めての不安を与えた。
「どうして、このようなことになってしまったのでしょうか……?」月光は悔恨を漏らす。一方、向こう側ではまるこがさらに火に油を注ぐように叫ぶ。「ダーリン! ちゃんと私の活躍、見ていてね!」
もちろん、その声は冬至マリアの死を思わせるような視線を浴びることとなった。
各チームは別々の扉からフィールドへ。月光たちが開いたのは白い白檀の扉だった。扉の先に待ち受けていたのは――無数の書物。まるで彼らは豪邸ではなく、巨大な図書館に足を踏み入れたかのようだった。本はどれも巨大で、しかも雑然と積み重なり、行く手を塞いでいる。
「すごい……古書特有の匂いまで再現されてる……」星児は感嘆の息を漏らした。
「こんなにたくさんの本が、いわゆる誘惑ってやつなのか?」
「本好きにとっては、確かに致命的な誘惑かもしれないな……沙樹?」そのとき、海棠はじっと、真剣な眼差しである一角を見つめていた。
「沙樹、何を見ているんだ?」視線を追っていくと、そこには辞書ほどの厚さがあり、表紙に大きく“R18”と印字された本が置かれていた。
海棠の心は激しい葛藤に飲み込まれる。
「な、なんでこんなものがここにあるですよ?!」
「一見、神聖な書物のエリアに見えるのに……」
「沙樹、見るな!早く行くぞ!」
「……」
「……それを拾うのは無理のようだな……あれはお前を狙った誘惑だ……だから拾うなって言っただろう!?」言葉を終えるより早く、見た目は二尊像だが、実際には二つの頭を持つ大理石の男の彫像の怪物が大地を突き破って現れ、髪と腕で四人を絡め取った。
「うあああああああああああっ!」海棠は激しい悲鳴を上げ、本はその手から落ち、行方知れずとなった。
「だから拾うなって言っただろうが!」雨水が怒鳴った。
「危うく死ぬところだった……」四人はどうにか男の彫像の魔の手から逃げ延びたものの、その姿は見るからに半死半生。海棠は地面に膝をつき、苦しげにうめいていた。だが結局、月光の辛辣なツッコミが飛んでくる。「拾わなければ済んだお話でしょう。そのようなお姿は、まったくもってご自分の自業自得でいらっしゃいます。」
「あなたたち男ってさ、『女の色香に惑わされて死ぬなら、それも本望ってやつでしょ』って言葉があるでしょ? 私はただ、世界中の男が一度は犯す過ちを犯しただけよ。」海棠は真面目な顔で反論する。
「……ご冗談でしょう?」月光の容赦ない一言が返ってきた。
こちらのドタバタ劇が終わらぬうちに、別の場所から大歓声が響き渡る。「見つけたぞ!」「やったー!」という声があちこちから飛び交っていた。三人の男たちは慌てて音の方向を探るが、四方八方から聞こえる。どうやら自分たち以外のチームはすでにコインを手に入れているらしい。
「冗談でしょう?!」
「試合開始からどれだけ経ったんだ……全部無駄になったってことか……」
「心底どうでもいいとは思ってるけどな……負けるにしても、みっともなく負けたくはねぇ……」
三人の勝負心は燃え上がり、雨水が冷徹に提案する。「ここで四手に分かれて探す。……その方が効率的だ。」
「ま、待ってくれ! もし敵やモンスターに遭遇したらどうするんだ?」海棠が真っ先に異議を唱える。
「お前たちは厳しい訓練を受けた優秀な戦士だろう。ならば当然、対処できるはずだ。」雨水の声音は、さきほど海棠のせいで痛い目を見たせいか、さらに冷え切っていた。その冷たさに背筋を震わせる一同。海棠も空気を読んで口を閉じたが、その知恵はやはり残念な方向に向かっていた。
月光と星児は賛同した。「わたしもそう思うます、みんなで仲良く楽しくお出かけして助け合うような展開は私の私の趣味ではありません。」
「おれも好きじゃない。」
海棠の心は一気に奈落へと落ちた。「春分君、あんたまでそうなの……?」その声はまるで哀願のようであった。
「仕方ないだろう。いつまでもぐずぐずしていたら他の奴らに先を越されるだけだ。それにおまえだって、他人と組むのは好きじゃないんじゃないか?」そう言い終えると、三人はくるりと背を向けて去っていった。
「……た、確かにその通りだけど……」
「さっさと行け。見つけられなくてもいい。だが私たちの足を引っ張るな。」雨水はそう言い放った。彼もまたチームワークを好まなかった。過去にそうした協力作業で散々うんざりさせられた経験があるからだ。同じ轍を踏むつもりは毛頭なかった。
海棠はまたしても、自分の人生が失敗で満ちていることを痛感する。
「ふぅ……」六日は小さく息を吐いた。柔らかなベッドの誘惑を耐えた瞬間、枕が一枚のコインに変わる。そして同じ行動を繰り返すたびに、次々とコインが湧き出すように現れた。六日はそれらを立秋が用意した団服付属の小さなポーチに詰め込む。ずっしりと重くなったポーチのせいで身動きは少し取りにくくなったが、それでも任務を順調に進められることに彼女は満足していた。
彼らの団服は、野外サバイバル用の道具を大量に装備した軽量なコンバットスーツとロングパンツである。
だが立秋の奇妙なこだわりによって、六日だけはタイトなワンピース型の衣装を着せられていた。そのスタイルにはパンク調の要素が含まれており、六日は下に安全パンツを履いてはいたものの、このドレスのクールさと精巧さを隠すことはできなかった。
「おお、六月ちゃん、小袋がさらに大きくなったね。こんな短時間でこれだけの金貨を見つけられるなんて、本当にすごいよ。」大暑は他人を褒めることを惜しまない。
「ありがとうございます、大暑先輩。」六日は謙虚に笑って受け入れる。「この試練も意外と簡単でした……最初に“課題”と聞いた時は本当にびっくりしましたけど、やってみたら簡単で、運が良かったなって思います。」
大暑も後輩の素直さと賢さに嬉しくなる。「誘惑に抗うのは難しいんだ。おまえの意志は本当に強いな。」
「もしかしたら、子どもの頃から特別な訓練を受けてきたからかもしれません。」
「特別な訓練……?」大暑が問い返すより早く、六日は言った。
「さ、あんまりのんびりしていられませんよ。もっと見つけられれば、それはそれで良いことです。」そう言うと再び作業に没頭し、大暑に疑問符をひとつ残した。
ウェイウェイはこの場の空気を楽しみながら、小犬のようにあちこちを探り回っていた。こちらでクンクン、あちらでガサガサ。小さな前足や鼻先で目の前のものをつついたり、入れそうな穴には片っ端から潜り込んだりして、まるで本物の小動物のようだ。
その姿に六日は思わず笑って、からかうように言った。「へえ、あんたもこういうものに興味があるんですね。」
その言葉を聞いたウェイウェイは顔を真っ赤にして叫んだ。「わ、吾輩はただ人間の現代生活を観察しているだけだ! いざという時、無垢なる魂を地獄へ引きずり込むためにな!」
「ふふん、そうなんのか――?」六日は楽しげな笑みを浮かべ、その表情はまるで狡猾な猫のようだった。猫めいたその瞳に見つめられ、ウェイウェイは心をざわつかせる。
「汝たちみたいな思い上がった変異種など知るか!」そう叫んで慌てて逃げ出し、どこかへ潜り込んでしまった。
六日は自分が言い過ぎたと気づき、名前を呼びながら探す。「ウェイウェイ――ごめんね――どこ行ったの――?」大暑も一緒に探してくれる。
やがて、ウエイウェイはすぐに見つかった。だがその時、彼(?)は誰かに尻尾をつかまれてぶら下げられており、あまりにも無垢で弱々しく見えた。
「う……」
「このちっぽけな魔獣狐を探していたのか?」Amaimonの女性メンバーの一人が誇らしげに言い放ち、ウェイウェイをおもちゃのように揺さぶった。
「うわぁ……やっぱり捕まっちゃったか……」六月はさほど驚かずにため息をついた。
「狐兄、待ってろよ!俺たちが助けに行くからな!」大暑もまた、あまり緊張感のない声で叫んだ。
さらなる後悔が、ヴィヴィの胸を締めつける。
――分散行動と決めたはずなのに、海棠は結局、星児に付きまとっていた。彼女とは昔から仲が良く、自分が付いて行くのは当然だと思い込んでいたのだ。しかし、星児はそんな行動に苛立ちを隠そうともせず、何度も彼女を追い越していく。海棠は不安げに小走りで後を追い、必死に距離を縮めた。
耐えきれず、海棠は問いかける。「春分君……どうしてそんなに、私が付いてくるのを嫌がるの……?」
星児はしばし沈黙したが、やがて抑えきれずに吐き出した。「だって、おまえは鬱陶しいんだよ。さっき大騒ぎを起こしたせいで、今こうしてコイン探しも出遅れてる。……悔しくないのか?」
「……」容赦ない批判に、海棠は俯いて黙り込んだ。
「俺も六月も、おまえが昔から覇気に欠けてるのは知ってる。でも、互いに理解し合ってるからこそ、余計な足を引っ張ったりはしない。……俺は、俺の邪魔をされるのが一番嫌いなんだ。俺は選んだ道を背負って、陽の当たる場所を真っ直ぐ進みたい。なのに、おまえの行動はその道を乱すんだよ。わかるか?」
海棠はその心情を察し、罪悪感に押し潰されそうになりながら、うつむいた。
「俺はずっと、強者と全力でぶつかり続けることを目標にしてきた。そのために不良になり、この地域の番長にまでなった。……その道で他人を恨んだことなんてない。俺が選んだ道だからな。でもここに来て、いろんな強者を目の当たりにした。」
星児は拳を握りしめた。
「……悔しいけど、俺の道にはとんでもない強者がうじゃうじゃいる。そう考えると、胸が震えるほど興奮するんだ。これからどんな戦いが待っているのかってな。……でも、おまえに足を引っ張られるのは我慢ならねぇ。たとえ無意識でもな。言いたいのはそれだけだ。……別に、おまえに俺の感情を背負わせたいわけじゃねぇ」
言葉の途中、二人の前方に濃い霧が立ち込め、空気が不穏に揺らぎ始めた。訝しむ二人の視界を裂くように、突如として斬撃が飛び込み、彼らを不意打ちした――。
海棠は慌てて身を守り、星児はなんとかその一撃を受け止めた。やがて霧が少しずつ晴れていき、斬撃を放った者の顔がようやく見えた。二人が目を凝らすと、そこにいたのは自信満々の顔をした――立夏月光だった!
まだ状況を呑み込めない二人に、立夏月光は再び容赦なく襲いかかる。その敵意は一切隠されていなかった。
「どうして……私たちを攻撃してくるんだ……?」地面を何度も転がされた海棠は、やっとのことで起き上がりながら、役に立たない疑問を口にした。
星児はただ一言、「ああ……わからない……」と呟いたが、満足げな笑みを浮かべ、「でも、そのほうが面白いだろう。」と言って拳を握りしめ、自らの力を試すように構えた。
そんな星児を見て、海棠の胸中にはただ一言――**くそっ。どの口が私を言えるんだよ。**
その頃、満はDVDプレイヤーで築かれた塔の上に孤高に腰を下ろし、やや失望した表情を浮かべていた。
無力に、自ら作り出した幻影と戦う星児を見下ろしながら、「結局は若いな。」と呟かずにはいられなかった。
その時、無数の紙片から生み出された女たちが、いつの間にか塔に群がっていた。風に舞う紙のように満の体に絡みつき、淫靡な仕草で蜜を求める蝶のように唇を震わせ、意味をなさない声を囁き続ける。
しかし満は慣れた様子で、その中の一人の額を軽く弾いた。女は瞬時にコインへと変わり、満は素早くそれを捕らえる。この試合の仕掛けなど、彼にとっては既に見透かしたものだった。
やがて、遠くにもうもうと立ち上る煙を見つけた満は、幻で望遠鏡を作り覗き込む。そこには苦戦する六月六日と大暑紅葉の姿があった。
六日と先ほど笑い合った縁を思い出し、満は少し手助けをして貸しを作ろうと考えた。
彼が放ったのは一輪のタンポポ。その種は瞬く間に四方へ散り、触れた物を巨大な花の怪物へと変化させ、六日たちの敵を翻弄した。舞い上がる砂塵で、敵の二人は大暑たちの行方を見失ってしまう。
気づけば、ウェイウェイは既に砂塵の中に潜り込み、ひっそりと逃走していた。悔しさに歯噛みする敵二人をよそに、六日たちはすでに別の場所でコイン探しを続けていた。
満は軽く手を振って六日に存在を知らせる。六日もすぐに彼に気づき、助けられたことを理解すると、大声で感謝を叫びながら手を振り返した。満の親しげな笑顔を見て、六日の心も喜びで満たされた。
だが、大暑はその様子を見ながら、なぜか満を快く思えずにいた。それでもその不満を口には出さなかった。
この時の立夏月光。
苛立ちのせいで表情をまるで制御できず、鬼のような形相は見る者を三歩後退させるほどだった。彼はこの試合に課せられた試練について考えていた――「誘惑に抗う」というなら、すべてを無視して突き進めばいいだろう、と。その姿はまさに神をも殺し、仏をも殺すかのようで、人を見れば噛みつく狂犬そのもの。粗暴で、蛮横で、理など一切通じない。脳裏をかすめる金髪の影が、彼をさらに苛立たせていた。
もちろん、冬至団子がしつこく絡みついて離れないことも原因だった。彼女は灼熱の愛に突き動かされ、月光の後を執拗に追う。
「ダーリン、どうしてちゃんとあたしを見てくれないの?!」
「ですから、重ねて申し上げますが、私はあなたのダーリンではございません!」
「あたしたちキスしたじゃない!」
「あれはただの事故でございます!」
「事故でも、事実は事実よ!」
「うるさいので、どうか後をおつけにならないでください!!」
「ダーリン、やっぱりあの六月六日って女のことが気になってるんでしょう? 今も彼女を探しに行くんじゃないの?」
――その言葉を聞いた瞬間、前を走っていた月光の足が、急ブレーキをかけたように止まった。表情の制御はさらに崩れ、目は刃のように鋭く、吐き出した声は耳を突き刺すかのごとく冷たかった。
「……そうだとしたら、どうなさいますか?」
「やっぱり——!悲しいわ……ダーリンには本気で想っているのに……」冬至まるこの反応は月光の予想外だった。もっと狂気じみた反応を見せると思っていたのに、むしろ晴れやかな表情を浮かべる彼女に、月光は思わず身を震わせた。
「ダーリン、どうしてそんなにあの娘を気にしているの?」続いた言葉は、月光の心を直撃した。「ダーリンは、女の子なんて皆同じだと思っているんじゃなかったの?」
「……貴女……」月光は剣を抜いた。冬至まるこもまた、侮れぬ危険な存在だと悟ったのだ。だが彼女は身構えることもなく、淡々と、まるで無垢な少女のように立っていた。その姿に、月光はむしろ軽々しく動けなくなる。
「聞いたよ。あの娘がダーリンを最初に拾ったから、ダーリンは彼女を気にしてるんでしょう?」
「……でも、それだけが理由なの?」まるこの言葉は一つ一つ、月光の心を突き刺した。胸に、誰かに踏みつけられるような痛みが走る。
そうなんです。なぜでしょうか?
六月六日に対するこの執着は、自分の想像を超えている。
だが、なぜですか? いったい、なぜですか?
なぜ、私は何も分からないのでしょうか?
なぜ、こんなにも焦っているのでしょうか?
私に、いったい何が起きているのでしょうか?
迷いに沈む月光の目の前で、まゆらの姿がふいに煙のように揺らめき、溶けるように散っていった。
代わりに現れたのは、六月六日の姿だった。濃霧の中に立つその姿は、白い霞のように淡く、儚く。
月光はその違和感を無視し、喜びに駆られて小走りに駆け寄り、彼女の名を呼んだ。「六月!」
だが六日は、無情に月光の手を叩き落とし、冷たく叫んだ。「大嫌い!」
拒絶の痛みよりも、月光は強い違和感と困惑を覚えた。
彼は必死に説明する。「聞いてくなさい! 私はあの女を倒しただけです。なのに、なぜか一方的に好かれて……ずっと付きまとわれているんです。今も、そうなんです……」だが、言えば言うほど心は萎み、糸に絡めとられ、足が地につかない操り人形のような感覚に囚われていった。
あの責めるような眼差しは、月光かりに彼がかつてないほどの怯えを浮かべさせた。彼は慌てて数歩後ずさりし、必死にまた説明を試みた。「カトリーナと私たちはただの協力関係なんです…」
六日は抑えきれずに大声で叫んだ。「あんた、私をパートナーだって思ってたことあるの?!そういう事情だって、私は知ることすら許されなかったじゃないか!」
その言葉に、月光かりは一言も返せなかった。
「前からそうなんだよ!あんたは、まったく他人の気持ちを考えない!」六日の涙は、切れた糸からこぼれる真珠のように、ひと粒、またひと粒と落ちた。なぜ彼女が泣くのか?月光かりは、そんな言い知れぬ屈辱と耐え難い感情に苛まれる六日をぼんやりと見つめ、問うた。「『前から』って…それは…?」
思う間もなく、満が放った(たんぽぽ)が月光かりの胸を貫いた。致命傷ではなくとも、月光かりは全身の力を失って倒れこんだ。最後の瞬間、彼の瞳に映ったのは、満の哀れみと失望の表情だけだった。彼は歯を食いしばり、獣のように、猟銃で撃たれ、悔恨のまま息を引き取るかのように、倒れたのである。
「ダーリン、どこにいるの?!」まるこはとっくに濃霧の中で方向を見失い、頭のない蝿のようにあちこち走り回っていた。




