表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/76

立秋ど六日


外の世界では百年記念が盛大に祝われていたが、魔が集うこの地でもまた、異様なほどの祝祭ムードに包まれていた。ただ、その「喜び」は外界の者にとってはどこか不気味でしかない。けばけばしい赤字の立て看板、血の匂いを帯びたポスター、わざと破り裂かれた横断幕に沈んだ色調――まるで万聖節の飾り付けのようだ。だが、そのどこか滑稽な雰囲気の奥には、廃れた装いでありながらも隠し切れぬ華やかさと高級感が漂っていた。


六日は香ばしい匂いの漂うある喫茶店に腰を下ろしていた。その店もまた例外なく同じ装飾を施していたが、それでもなお彼女を落ち着かなくさせる豪奢さは覆い隠せない。


「……前の《炎暑魔闘会》の時とはずいぶん雰囲気が違うな。」六日が小声でつぶやくと、立秋は手にしていたアメリカン・エスプレッソの蓋を外し、手軽ながら濃厚な香りを愉しんでから一口啜った。


「当然さ。これはもっと大規模で、もっと荘厳な儀式だからな。」


六日は視線を伏せ、慎重に相手を窺った。彼女はいまだに、立秋が言う「協力」とは何を意味するのか理解できない。ただ流されるままに、その誘いに頷いてしまっただけなのだ。


煙のように漂うコーヒーの香気の向こうで、立秋の顔は朧に見えた。彼は神秘めいた口調で言う。


「大会は四人一組だ。私たちにはあと二人が必要だ。」


まるで盤上の全てを支配する王のように、立秋は顎に手を当て、続けた。

「以前、ある者から誘いがあった。だがその時は三人にしかならなかった。今なら全てを揃えることができる。」


それは六日にとっては独り言のように聞こえた。冬森立秋はすでに全てを描き終えている。六日はただ操られる駒にすぎず、彼の指示に従い、盤上を動き舞うだけ。西洋棋の兵卒のように。


六日は昨夜の会話を思い出す。


――「協力?」

立秋からの唐突な誘いに、六日は困惑していた。彼女には、自分などが必要とされる理由が分からなかった。


「そうだ。」立秋は含み笑いを浮かべる。「私にはどうしても果たしたい目的がある。その計画にはお前が欠かせない。そして、お前もまた今のままでは解決できない悩みを抱えているはずだ。私の計画が必要とするのはお前であり、同時に俺はお前の目標を助けることができる。」


――「目的……その目的とは?」夏風が草を揺らすように、六日の問いには涼しさと不穏さが混ざっていた。


立秋は率直に答えた。

「私の人生は退屈で、ずっとそうだった。お金持ちの家庭に生まれ、頭も悪くない。欲しいものはすべて手に入った。――あの事故を除けば、一度も頂点から転げ落ちたことはなかった。」


そこで一瞬、彼の声は熱を失い、表情が曇った。怒りを帯びた目が鋭く光る。

「だが、ただ一人の男がいた。そいつは何の苦労もなく、私をあの頂点から蹴り落とした。地に叩きつけるようにな。」


立秋は自分の手を見つめ、まるで弱い自分を責めるかのように呟いた。「その時、ようやく気づいたんだ……自分がどれほど無力で、どれほど弱い存在かって……。悪魔の世界は弱肉強食……奪うか、奪われるか。その場に留まるだけなら、永遠に狩られる運命なんだ。」


彼は拳を強く握りしめ、言葉を続ける。

「俺はすでに二度も敗北した……周りから見れば、俺なんてただ搾取され、狩られるだけの獲物にすぎない……。だからこそ、今度こそ立夏月光を倒す。あいつに思い知らせてやるんだ。俺は決して奴にひれ伏すだけの存在じゃないし、足元に踏みつけられるだけの存在でもないって。」


六日は依然として驚いた表情を浮かべていた。冬森立秋が、そこまで月光に執着しているなんて……。だが、彼女は状況を整理し、静かに言葉を発する。「つまり、私はあなたの人質ってわけね……」


立秋はようやく笑みを浮かべた。「察しがいいな。」


六日は立秋の言葉を反芻しながら、少し間を置いて口にする。「でも、私があなたの隊に加わる理由なんて、本当にないわよ……」


「本当にないのか?」立秋はスマホを取り出し、月光とカトリーナが楽しげに談笑している写真や記録を六日に見せた。


六日はほとんど言葉を失い、その後に何が起こったのかはよく覚えていなかった。写真を見た瞬間から頭の中が真っ白になり、気づけば立秋の支配下に置かれていた。ただ――彼女の目的が本当に果たされるのかもしれない、そんな可能性も残されていた。


「何が食べたい? 俺がおごる。」


「え……」


「メニューを見ると、このシーフードパスタは悪くないな。それにレモンチーズケーキとチェリーティーも頼もう。」


「……え。」


「注文はQRコードからなんだな。私が代わりに頼んでやるよ。」


「えっ……」


「何を食べたい?」星児は電子案内板を見上げながら、手頃なレストランを探していた。


「なんでもいい……」「なんでもいいです.....」月光と海棠は気怠そうに答えた。二人とも少し疲れている様子だった。


「じゃあケンタッキーにしようか……」


「嫌だ。」「嫌です。」二人は声を揃えて即答した。


「冗談やめて……ん?あれ、六日じゃない?」


「なにっ?!」二人は同時に星児を押さえ込み、無理やり六日がいる方向へ視線を向けた。


「ぐっ……」星児は抵抗することすらできない。


そこには、ナイフとフォークを上品に交差させながら豪華な料理を味わう六日の姿があった。皿の上には贅沢な料理が並び、その様子は洗練された所作すら感じさせる。星児、月光、海棠の三人は、しばらく会っていなかった六日を懐かしむ気持ちと、彼女が堪能している美食への羨望で思わず涎を飲み込んだ。


「……っ!」月光が先陣を切って慌てて店内へ駆け込む。星と海棠も慌てて追いかけた。月光は、この豪華な食事を六日に振る舞ったスポンサーが誰なのか確かめずにはいられなかった。


だが、そこに座っていたのが冬森立秋だと知った瞬間、彼は喉まで出かかった怒号を抑えきれず、思わず店をぶち壊しそうな勢いだった。


「なぜお前が六月と一緒にいるんだ?!」月光は人目もはばからず怒鳴り散らす。星も険しい目つきで睨みつけるが、ただ一人海棠だけは周囲の冷たい視線を気にして落ち着きを保とうとしていた。


「それはね……二人だけに分かる合意に至ったからさ。」立秋は余裕たっぷりにコーヒーカップを揺らし、金持ち特有の悠然とした態度で答えた。何事もなかったかのようにコーヒーをひと口啜る姿には、まるで挑発のような余裕が漂っていた。


月光は大声で叫んだ。

「それはいったいどのようなご共識でいらっしゃいますか?!」


「六日、あんた……まさかあいつに何か弱みを握られてるんじゃないのか?」突然問い詰められた六日は反応が遅れ、危うく喉に詰まりかけた。ついさっきまでご機嫌で食事に夢中だったのだ。「え、あ、その……」


そこへ立秋が口を開いた。「聞いたよ。おまえたち、どうやらチームを組んでギルド戦に出るつもりなんだってね。」口元に皮肉な笑みを浮かべる。月光たちは警戒心をあらわに立秋を睨んだ。


「でも、そっちはもう定員でしょ? そうなると一人余るよね。だから彼女を招いたのさ。」その笑みはますます挑発的になった。「もう少し早ければ、もっと面白かったんだけどね。」


月光と星児が今にも食ってかかろうとしたその時、遠くから熱狂的な声が響き渡り、言い合いを遮った。

「立夏さまーーーっ!」


「は?」突如として一人の影が突っ込んできた。


立秋、星児、海棠はとっさに身をかわしたが、月光は避けきれずに真正面から激突。まるで交通事故の現場のような惨状となった。


突発的な出来事に周囲はざわめき、特に給仕たちは嫌悪と狼狽を隠せない様子でその場を見守っていた。


月光は苛立ちを隠せず、突っ込んできた女を乱暴に突き放し叫んだ。「なんで貴女がここにいるんですよ?!」


女はぶつけた頭を押さえながら、恍惚とした声で言った。「まさかこんな場所でお会いできるなんて……立夏さま!」


月光、立秋、星児、海棠、そして六日には、彼女の頭の中から溢れ出す無数のハートマークが見える気がした。


月光は嫌悪感に震え、彼女の目的を悟る。信じられないという顔で問いただした。「失礼ながら……もしかして、私に対してお気持ちをお持ちでいらっしゃるのではございませんか……?」


「その通りです!」その言葉に月光はゾクリと身震いした。


冬至まる子はうっとりと語り始める。「わたし、冬至まる子はね……多感な思春期に入って以来、ずっと強くてかっこいい悪魔と結ばれることを夢見てきたの。だけど同時に、そんな人に本当に出会えるのかって不安もあったの……。でも運命は残酷で、同時に残酷なほど甘美だった。あなたに打ち倒されたあの日、ようやくわたしは見つけたの。運命の人を!」


「そ、それって……」月光の背筋に鳥肌が走る。


「そうよ、立夏月光……! あれからわたしは必死にあなたを探し続けた。あなたの足跡を辿り、あなたが触れたもの全てに縋りついて……。そしてついに、こうしてあなたを見つけ出したの!」


記憶を失った月光ですら悟った。――花痴女には関わってはいけない、と。


立秋は空気を無視して言った。「じゃあ、お前の青春期はけっこう長く続いてるんだな。」


「こんな時にまだツッコミですが!もういい、早くここから離れないと……」月光が逃げ出そうとしたその時、力持ちの丸子が思い切り彼を抱きしめた。


「そんなに早く行っちゃうの? せっかく再会できたのに!」


月光はどうやっても振りほどけず、ますます苛立って叫んだ。「私はあなたになんの気持ちもないんですよ、このバカ! 撮るなって言ってるでしょう!」


気づけば、野次馬たちはすでにスマホを手にその様子を撮影していた。星児と海棠がひそひそ話し、海棠は勢いよくスマホに文字を打ち込む。一瞬にして悪魔フォーラムが大炎上した。


立秋のスマホ通知がひっきりなしに鳴り響く。画面をちらりと見て、彼は言った。「お前、本当に罪深い男だな。」


「助けようって気は一ミリもないのですが?!このメガネザル!」


六日は呆然とその光景を見ていた。昨夜、月光とカトリーナが楽しそうに談笑している写真を見た時の気持ちが蘇る。この胸の痛みは、あまりにもよく知っている感覚だった。二度目なんかじゃない。大げさかもしれないが、彼女は自分の心がまた粉々に砕け散ったように感じた。それはもう、ほうきで掃いても集められないほど細かい粉になってしまっていて、修復のしようがない。小さくても、確実に痛みをもたらす粉末だった。


六日は立秋の手を掴んだ。立秋でさえ驚きを隠せなかった。


六日はきっぱりと言う。「冬森さん、私たち、行きましょう。」


「えっ……お前先に行けよ。私はもう少し見ていたい。」


「……」六日の口元がぐっと歪み、悔しそうに背を向けて去っていった。


海棠と星児は慌てたが、引き止めることはできない。


六日はそのまま空へ飛び立ち、瞬く間に姿を消した。


立秋は頭をかきながら困惑する。月光はまだ丸子の腕の中でもがき続けていたが、六日が苦しそうな表情で去っていったのを感じ取り、忌々しげに呟いた。「くそっ……」


六日は途中で疲れてしまい、公園のベンチに腰を下ろした。角と尻尾をしまい、すっかり普通の少女の姿になる。


公園には昼間らしい活気が満ちていた。子どもや小さな犬たちが芝生を駆け回り、保護者や飼い主たちは和やかに語らい、一部は運動に励んでいる。年配の人々は隅で太極拳をしていた。老夫婦が仲睦まじく手をつなぎ、公園を散歩している。恋人たちは熱烈なキスで愛情を示す者もいれば、ただ黙って隣に座り続ける者もいた。しかし、しっかりと重なった手が彼らの絆を物語っている。


心地よい光景のはずなのに、六日は落ち着けなかった。心は乱れに乱れている。


その時、一匹の普通に見えるチワワが彼女の膝に前足を乗せてきた。六日は動物が好きだが、この突然の行動には戸惑い、体がびくりと震えた。


チワワは舌を出したまま、不思議そうに首をかしげている。小さな犬は、自分の善意が誰にも迷惑をかけないと信じているかのようだった。


飼い主がすぐにリードを引き、六日に謝った。「すみません、急に……あれ、あなたは?」


六日も驚いたように相手を見返す。「えっ?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ