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カトリーナ

「皆さんにご紹介いたします。こちらはカトリーナ・ヴェルリット。私の秘書です。」


そう言って彼らが案内されたのは、高級ホテルの一室だった。そこはどうやらカトリーナの住まいらしい。上品なヨーロッパ風の調度、整然と飾られた名画、繊細な模様が描かれたティーポットをはじめとする小物の一つ一つが、主人の気品を物語っていた。


雨水の説明が終わると、カトリーナは優雅にスカートの裾を持ち上げ、まさに貴族然とした態度で一同に挨拶した。「どうぞ、よろしくお願いいたしますわ。」


彼女の笑みは百八十度に花開く蕾のように完璧で、一つ一つの所作が淑やかで、まるで花壇に咲き続けるチューリップのように、いつどの瞬間に自分の美と香りを示すべきかを知り尽くしているかのようだった。


三人は叱責を避けるように大人しく床に座り、雨水の一言一句に耳を傾ける。「カトリーナは医療や健診に豊富な経験を持っています。この分野で何か不安があれば、彼女に相談してください。私がいない時も彼女を頼るといい。」


海棠はふと、先日の悲惨な健診結果を思い出し、思わず口を開いた。「あ、あの……私の健診の結果って……本当に合っているのでしょうか?」指先をそっと突き合わせる仕草をしながら呟いたが、すぐにこれは賢い質問ではなかったと気づく。


カトリーナは彼女の不安を察し、真摯で親しみやすい口調で答える。「大丈夫ですわ。検査機器に異常はございません。もし分からないところがあるなら、健診の報告書をお見せして、きちんと説明いたします。」


そう言って再び蕾のような微笑を浮かべ、人々に深い期待を抱かせる。


海棠は再び沈黙し、主観的な意見を述べる勇気を持てずにいた。


雨水はまた多くの手術の準備に追われて去っていく。残された月光とカトリーナは諸々の業務について話し合いを始めた。聡明でユーモアのあるカトリーナとの会話を、月光は意外にも心から楽しみ、得意げな笑みが絶えない。星児と海棠はそんな彼を不安げに、そしてどこか不信の眼差しで見つめていた。


ふとカトリーナが何かに気づき、言葉を投げかける。「ご契約者様と、もう少しお時間を過ごされた方がよろしいのではなくて?」


月光は一瞬きょとんとした顔をして答える。「……一応、説明はしたんだけどですな。」


「そうだとしても、やはりお時間を共にされるべきですわ。このままでは、彼女はご自身があなたの中で大切にされていないと感じてしまいます。」カトリーナは思いやりに満ちた声でそう諭す。


「う……ですが、今は大事なことが山ほどございまして……」月光は眉をひそめ、少し考え込んだのちに小さく息を吐いた。「承知いたしました…………後ほど改めて時間を取り、彼女とお話しいたします…………」


「できるだけ時間を調整して差し上げますね。」カテリナは優しく微笑んだ。


海棠は、月光とカテリナのやり取りを思い返していた。


確かに、目に見えて月光は六日に好意を寄せている。しかし、二人はまだ知り合って間もないのに、そこまで細かく気にする必要があるのだろうか。けれど六日は、まるで月光に魅入られてしまったかのような様子だ。その好意は間違いなく彼女の幼少期に由来している――そう思わざるを得なかった。


もっとも、六日自身が語ったのはほんの数言で、詳しいことは一切話していなかった。海棠の胸には罪悪感と共に、自分もまた六日のことをよく知らないのだという思いが重くのしかかる。


横にいる星兒に不安げな視線を送るが、彼はどう考えているのだろう。星兒は恋愛にあまり興味がなく、月光と六日の不可思議な惹かれ合いも、特に気に留めてはいないようだった。それを思うと、海棠は心の中で小さくため息をつかずにはいられなかった。


そのとき、月光が何かに気づいたように、鋭く窓の外を振り向いた。


しかし、そこには何もない。獣のように敏感で、まるで狩人のようなその姿に、カテリナは一瞬怯んでしまう。彼女はそっと月光の肩に手を置き、宥めるように言った。


「外には何もございませんよ。どうかご冷静に。」

「……」それでも月光は窓の外を警戒したまま、視線を逸らそうとしない。


大きく明るい月が、まるで母のように優しく夜を見守っている。こんな穏やかな夜には、確かに何も起こるはずがない――そう思わせる光景だった。


「落ち着け。ただの鳥かもしれない。」星兒はそう言いながら、カーテンを引いた。月光は口を固く結び、何も答えなかった。


「お、おお……終わった……。」


遠く離れたビルの屋上から、望遠鏡で部屋の様子を覗き込んでいた男がいた。冬森立秋である。


彼は望遠鏡を下ろし、同じ場所で青ざめて震えるぬいぐるみ犬――レインに目をやった。月光の視線を真正面から浴びたその瞬間、魂が抜け落ちたかのように石化してしまったのだ。レインは雨水に命じられ、立秋を監視していたのだった。


ちょうど立秋に「人の部屋を覗き見るなんてくだらないことを……」と文句を言おうとした矢先、月光の目が突き刺さるように向けられ、レインは息を呑んで固まってしまった。


「もう行ったぞ、大丈夫だ。」立秋が声をかけると、レインはハッと正気に戻り、胸を押さえながら叫んだ「死ぬかと思ったよ! あの直感、強すぎるだろ!」

「あいつはゴリラだからな。強いに決まってる。」

「望遠鏡で覗いたお前の好奇心が元凶なんじゃないのか?」

「ていうかさ、こんな時にまだ女口説いてるってどういう神経? 自分が横取りされてるのにも気づいてないのかよ? まるでトロイア城が自ら木馬に門を開けるようなもんだろ。」

「……で、そんなに他人の色恋沙汰が気になるわけ?」

「だって面白いじゃん。そう思わない?」立秋はさっきの出来事をスマホのメモ帳に残していた。その慎重かつ細やかな様子に、レインはますます居心地の悪さを覚える。

「それ、完全にプライバシー侵害ってわかってる?」

「悪魔にプライバシーなんて概念あるわけないだろ。性癖も秘密も、基本さらけ出すもんだ。」

「……まあ、そう言われればそうだけど。」


立秋はスマホをしまい、独り言のように呟く。「やっぱり行ってみるべきだな。今は“面白いこと”の方が優先だ。」


「は? 何の話?」レインが問い返すが、答えを待つ間もなく立秋は烏の翼を広げて飛び去った。

「お、おい! ま、待てって! 待てってば! あああ……」レインは空に小さくなっていく立秋を見上げ、ついには夜の闇に溶けて消えた姿を追えず、その場に取り残される。大きくため息をつき、ぶつぶつとこぼす。「ほんと、悪魔ってやつは……」


――コンビニの中では少し古びた流行歌が流れ、店員は暇を持て余してぼんやりしていた。冷房は真夏に疲れ切った人々の命を救うかのように稼働している。夜更かしの若者たちは蛾のように街をうろついていた。


六日はカウンター席で悲しげにドリンクを口にしながら、行き交う車、点滅する信号、向かいの店の灯り、せわしなく動く店員の姿をただぼんやりと眺めていた。


六日は少し迷っていた。伯母の家へ戻ることに。


伯母たちは決して彼女に冷たくするわけではない。けれど、そこが自分の居場所だとはどうしても思えなかった。


帰るたびに、心は揺れ、逡巡する。それでもそうしなければ、伯母は彼女の一人暮らしを決して許さないだろう。「未成年の少女が、誰の監督もなしに一人暮らしだなんて、無謀すぎる。世間の恐ろしさも知らないくせに。」


伯母はそう考えているに違いなかった。


六日は名目上の保護者であるアレックスにも少なからず不満を抱いていた。保護者でありながら家を空けがちで、まるで義務を怠っているかのように。アレックスは多額の金と、六日自身の強い自立心を武器に、ようやく伯母を説得したが、それでも伯母の心には不平が残っていた。


――その時、不意に。


冬森立秋が、コンビニの窓辺に姿を現した。


誰一人、彼の巨大な翼も、果実のように黒々とした羽毛も目にすることはなかった。闇夜がそれらすべてを覆い隠していたのだ。彼の眼差しには、もはやあからさまな嫌悪はなく、代わりに自信に満ち、どこか愉快そうな光が宿っていた。


六日は疑念に駆られ、思わずコンビニを飛び出した。なぜ、冬森立秋がここに現れたのか?


彼は皮肉げな笑みを浮かべ、しかし押しつけがましく問いかける。「私と組んでみないか?」





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