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月光と海棠と星児

過酷な労働時間がようやく終わった。しかし、月光の一日はまだ終わっていなかった。いかにも普通の労働者らしい疲労と苛立ちを抱えながら、彼は作業服を脱ぎ捨て、足早に雨水との待ち合わせ場所へと向かう。


「なんで私がアイツの言うことを聞かなきゃならないんですが……?」


そう思いつつも、今の彼に雨水へ逆らう術はない。悪魔の世界では、下位者が上位者に逆らうことなど許されないのだ。

その不満を足音に込めて鳴らしながら、彼は更衣室で乱暴にトレーニングウェアへと着替え、勢いよく訓練室のドアを開け放った。


訓練室は広々としているはずなのに、床・天井・壁のあちこちに残された破損の痕跡が、逆に圧迫感を与えていた。まるで大事故の後に残された傷跡のようで、見る者の胸を締め付ける。


そして妙に温かみのある照明の色も、なぜか不安を煽る。まるで炎に引き寄せられる蛾のような気分だった。


だが、月光が最も不快に感じたのは——なぜかトレーニングウェア姿で、驚いた顔をこちらに向けている星児と海棠の存在だった。


月光は即座に背を向け、「さよなら」と捨て台詞を吐く。

だが、突然現れた雨水が彼の行く手を塞いだ。


「この二人は、おまえと一緒に訓練を受けることが決まっている。だから帰らせない。」


「冗談はやめてください!どうして私ががこいつらと一緒に訓練しなければならないんですか!」


月光が叫ぶと、雨水は静かに、しかし決然と告げた。


「春分星児には重力を操る特異な才能があり、沙樹海棠は他者の魔力強化を補助することができる。私はそういった潜在能力を持つ者たちを求めている。」


「それが私に何の関係があるのでしょうか……!」月光は悔しげに歯を食いしばった。


「星児とは互いに刺激し合って高め合える。海棠はおまえの魔力を強化する支援ができる。どちらもおまえにとって有益な存在だ。」


「……」


「やりたくないなら……」雨水が口を開こうとしたその時、月光が言葉を遮った。

「もわかりました。やればよろしいんでしょう?」月光の背中が二人に向かって歩き出すのを見届けて、雨水は静かに、満足げな笑みを浮かべた。


「メガネ女はともかく……貴方、なんでここにいる?」月光は不機嫌そうに顔をしかめて問いかけた。


「……別に隠すことでもない。おれは一生、強い相手を追い求めるために生きてるの。そういう相手に出会うことに、異常な執着を持ってる。」星児はまったく恥じる様子もなく、真っ直ぐにそう答えた。


「……つまり、貴方は私がその『執着』にふさわしいと思ってるでしょうか?」月光の表情には一切のゆるみがなかった。まるで檻に閉じ込められた獣のように、眼差しには野性が宿っている。


「そうよ。」荒唐無稽とも言えるその返事を、星児は一切の迷いなく、真剣な眼差しで告げた。その決意に揺るぎはなかった。


なに言ってんのこの中二病……?海棠は心の中で静かにツッコミを入れた。


――だが、その時。

雷鳴のような轟音が突如として響き渡り、恐るべき雷撃が星児を襲った。


「っ……!」星児は巨大なジャンプでその一撃をギリギリで避けた。雷はすぐに消えたが、空気には未だ残雷の圧が残っている。雷が直撃していたらと思うと背筋が寒くなる。床は黒焦げとなり、訓練室の損傷にさらに傷跡を増やした。


「本気でそう思っていらっしゃるのなら――」月光は狩人のように身を低く構えた。その瞳は血を欲する悪神のごとき殺気を宿していた。大剣を地面に突き立て、まるで越えることのできない壁のように立ちはだかる。


星児は一筋の冷や汗を垂らし、覚悟を決めたように態勢を整えた。


そんな中、雨水が涼しい声で言い放つ。

「来るぞ、沙樹海棠。準備はいいな。」


「へ? ……えっ?!」海棠は完全に思考停止し、間の抜けた声を上げた。


六日は、いつの間にかその場を離れていた。もう、あそこに自分を必要とする者はいない。

資本主義の怪物が合体したようなあのホテルから、彼女はようやく逃げ出すことに成功した。

遠くない通りの片隅で、彼女は荒い息を吐きながら、痛む足をさすっていた。


蒸し暑い夏の夜、血の通わない銀色の月、騒がしい街、飛び交う虫たち――

それらすべてが彼女の感覚を狂わせ、世界が逆さまになり、回転し続けているようだった。


ようやく少し落ち着きを取り戻すと、彼女はベンチに腰を下ろし、叔父と月光の言葉を思い返す。


叔父の言葉は、やはりひどかった……いや、彼はいつだってそうだった。

自分の資産にしか関心がなく、人と人との関係さえも投資やビジネスの一部としか見ていない。

世界そのものが、彼にとってはおもちゃか、あるいは賭けの盤にすぎない。六日自身さえも、だ。


……けれど、自分もそれを了承していたはずだ。怒る資格が、本当に自分にあるのだろうか?

今の自分が持っているすべては、彼から与えられたものだ。

彼が“慈悲”を与えなかったら、自分は本当の「子ども時代」になど戻れたのだろうか?


「六月……悪いですけど、私は今、ここにいるしかありません。」

長い昏睡からようやく目覚めた月光が、静かに彼女にそう言った。


「私もここでの戦いや決闘を楽しみにしていました……しかし、当初は「通常の時間帯であれば、家に帰ってあなたに会える」と思っていたのです。」

彼の声には、言葉にしきれない葛藤が滲んでいた。


「じゃあ……もう帰ってこないってこと?」

六日は思わず聞き返していた。――“帰る”という言葉を、自分が使っていたことに戸惑いながら。


「ここにいることで、自分の精神と肉体が鍛錬されていると実感しています。」

月光は拳をぎゅっと握りしめた。その目は、力強く前を見据えていた。


「私はもう、なぜ自分がこの世に生まれてきたのか分かりました。ミカエルという男に復讐するためなのです。――あの人の姿がなぜか頭から離れなかった理由、なぜあれほど彼を探し続けていたのか、ようやく理解できました。」


「まだ彼が何者なのかは分かりませんが、必ず見つけ出して、殺します。」

月光の目に宿る憎悪は、まるで山林を焼き尽くすほどの炎のように激しかった。


六日の胸の奥で、形のない不安がエレベーターのようにぐんぐん上昇していった。

それ以外に、月光は彼女に何の約束もしてくれなかった。

彼自身でさえ、“これから先どうなるか”を保証できないのだ。


猫と自分しかいない、あの人気のない大きな屋敷が――

ぼんやりと、彼女の脳裏に浮かび上がってきた。




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