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立春美紀子

最下層の監獄は蒸し暑くて騒がしく、怒りと鬱憤が煮えたぎりながら、次の爆発の時を待っていた。ここでは誰もが鬼のような形相で、苛立ちを顔に浮かべていた。唾棄や呪詛はまだ熟さぬうちに実を結び、今にも収穫されそうだ。


そんな毒々しい環境の中で、ただ一人、まるで影響を受けていない者がいた。


月光は今日の昼食に配られたクリーム煮を嬉しそうに食べていた。まさか最下層の監獄の食事がここまで美味しいとは思いもしなかった。調理していた料理人がさっき、助手の一人の頭をみんなが食べるクリーム煮の中に突っ込んでいたような気もするが、今はどうでもいい。


他の悪魔たちは彼を恐る恐る見つめ、ひそひそと囁き合っていた。昨日の彼の元気な様子を思い出し、恐怖はさらに増していく。この新人は、無視できない“化け物”だ。その名は、既にこの悪魔たちの中で広く知られるようになっていた。


ここにいる罪人悪魔たちは世間から隔離された生活をしているとはいえ、看守や密告者を通じて、多少の噂話は耳に入る。


彼らは聞いていた。炎暑祭で彼が自分より強い悪魔たちを次々と倒し、強者である草地興陽までも打ち倒したという話を。


草地興陽は実戦経験が乏しく、倒されてもおかしくはないとはいえ、それが最終戦――つまり車輪戦のラストバトルで、体力が尽きたわけではないというのだから、皆驚きを隠せなかった。


さらには、月光は現在最強とされる悪魔・黒羽雨水と対峙し、しばらくの間互角に渡り合ったのだ。


傲慢な黒羽雨水は、欲しいものも、欲しくないものも、すべてを彼の奥義で粉砕してしまう。


そんな黒羽が、この男に対して特別な興味を示した――それが、彼らを恐怖と嫉妬に陥れたのだった。


彼らの中には、黒羽の恐ろしさを実体験している者もおり、この無謀な新人に羨望と敵意を抱いていた。しかし怒りの矛先を向けたところで、立夏月光は喧嘩好きでタフな“怪物”だ。何度倒しても立ち上がってくる。完全に手に負えない存在だ。例えるなら、ドラえもんが去る前夜、しつこくジャイアンに再戦を挑み、満身創痍ののび太が最後に勝利するような――そんなのび太に、ジャイアンが次第に追い詰められていく姿。


誰もが、この新たな“怪物”に直接挑む勇気など持ち合わせていなかった。


もし能力が使えればまだしも、能力を使った戦いは2ヶ月ごとの公式試合でしか許されていない。普段の自由時間や運動の時間では、能力の使用は禁止されている。勝手に使えば「天罰」が下り、収拾がつかなくなる。


そんな中、月光が「おかわりくなさい!」と叫び、料理人がすでに助手の全身が沈んでいるクリーム煮をかき混ぜていた頃――


ひとり、場違いなほど小柄で気弱そうな悪魔が、不良たちに取り囲まれていた。


先頭の不良がその小柄な悪魔の胸ぐらを掴み、怒鳴った。「お前が持ってきた情報、どうなってんだよ!? 全っ然使えねえじゃねえか!!」


「こ、これが僕の全力で集めた情報なんです! これ以上は無理ですってば……!」小柄な悪魔は震えながら必死に弁解した。


チンピラの一人が、そこら辺で拾ってきた新聞紙を小柄な悪魔の顔に叩きつけて怒鳴った。「言い訳してんじゃねーよ!毎日ここに閉じ込められてるだけでもストレス溜まってんのに、使えねぇ情報まで押し付けられてよ……お前だったらムカつかねぇか?!」


新聞紙が顔に当たり、小柄な悪魔は痛みに呻いた。別のチンピラが彼を押しのけ、「こんなヤツでも一応罪人の一人だって? この打たれ弱そうなツラでよ!」


さらに別のチンピラも同じように押しつけ、彼は押されては戻され、バランスを崩して今にも倒れそうになった――


その時、月光がクリーム煮の皿を抱えて現れ、満面の笑みで声をかけた。「これはニュースで言ってた“いじめ”ってことでしょうか?」


チンピラたちは相手が月光だと気づき、緊張の色を浮かべたが、虚勢を張って叫んだ。「そ、そうだよ!それがどうした? お前には関係ねぇだろ!?」


月光は唇をなめ、わざとらしく呟いた。「私の食事のいい気分が台無しになっちゃいました……でも、止めに入ってる間にクリーム煮がなくなったら困りますよね。」そう言いながら、彼は指を動かした。骨が鳴る、明確な音が響く。


チンピラたちは不満げな表情を浮かべながらも、「食事時間中は喧嘩禁止」という規則に逆らえず、不服そうにその場を離れた。


こうして、小柄な悪魔は無事だった。


小柄な悪魔は混乱したまま月光を見上げる。彼はにこにこしながら、しかしどこか悪意に満ちた笑みを浮かべていた。


月光は彼の手を取って引き起こし、楽しげに尋ねた。「貴方、普段は情報屋とかやってるの?」


小柄な悪魔はおどおどして、なぜ自分がここにいるのか、自分が犯した罪も思い出せないようだった。「は、はい……そうです……」


月光の声はさらに楽しげになり、目には血に飢えた光が浮かんでいた。「うん、ちょっと聞いてみただけ。私は別に欲しい情報なんてないですし。でもさ、助けてもらったら、お返しするのが礼儀ってもんだですよね?」


彼はそう言って、小柄な悪魔の胸を指で軽く突いた。穏やかな声の裏には、確実に脅しが込められていた。「お、お返しって……どういう意味ですか……?」小柄な悪魔は怯えながら尋ねた。


「例えば、昼のデザートのミカンとかプリンとかですね。」


小柄な悪魔の黒く潤んだ目が、眼窩の中で不安げに泳いだ。彼は卑屈にため息をついて言った。「わかりました……。」


「じゃあ、そういうことで決まりますね。名前を教えてくれよろしいでしょうか? 私は一応“立夏月光”って名乗ってる。今はカレーが好きだけど、クリーム煮もなかなかですよ。」


「ぼ、僕は……桜園深真おうぞの みまっていいます……」小柄な悪魔――深真は口ごもりながら答えた。誰かに名前を聞かれたのは、ほとんど初めてだったので、少し驚きと喜びがあった。


「どこかで聞いたような苗字ですね……まあ、どうでもいいですけど。これからよろしくお願いしますね。」


「よ、よろしくお願いします……これからも一緒なんですか?」深真は困惑と不安の入り混じった声で訊いた。


「もちろんです。だって、今日からわたしは貴方の牢屋に配属されて、ルームメイトになるんですだよ。」


月光がそう言った瞬間、深真の目は今にも飛び出しそうになった。


彼は慌てて廊下まで出て、牢屋の割り当て表を確認した。そしてそこには確かに――「立夏月光」「桜園深真」の二つの名前が、同じ欄に記されていた。


彼はその場で卒倒しかけた。


月光は口の中のニンジンを咀嚼しながら、あの妙な夢と、夢に一瞬現れた奇妙な女のことをぼんやりと思い出していた。


そのとき、看守たちが部屋に入ってきて告げた。「(ウリクス)の首領がご来場されました。昨夜9時44分に入獄した立夏月光に、立春美紀子様との謁見が命じられています。」



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