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月光の夢

目を開けた。


――また、闇だった。


不思議だ。


確かに目を開いたはずなのに、彼は依然として夢の中にいた。


しかも、この夢はいつも異様に鮮明で、現実以上にリアルだった。


彼は知っていた。 これから何が起こるのかを。


初めてこの夢を見たのは、落雷に打たれ、六日家むいかけの裏庭に倒れたあの日だった。


その最初の夜から、彼は本能的にわかっていた。


――夢の中で自分がどうすべきか、どう動くのかを。


導かれるように、彼は前へと歩き出す。


たとえそこが四方八方、何もわからない暗闇であったとしても。


初めてこの夢を見たときには迷った。 だが、今は知っている。


進んだ先には、必ずあの扉が待っていることを。


そこには、華麗な彫刻が施された、まるで神聖な啓示を秘めているかのような白い扉が立ちはだかる。 その扉は、まるで手間暇かけて作られた、雪のように純白なチーズケーキのように見える――


だが、それは重要ではない。


重要なのは、 その扉がとてつもなく重く、 彼にしか押し開けることができないことだった。


彼が力を込めて扉を押すと、 低く、重々しい音を立てながら扉は開かれ、 彼をその内側へと招き入れた。


中には、古典的で荘厳な雰囲気を纏った大広間が広がっている。 そこかしこに施された浮き彫りの装飾には、設計者と職人たちの細やかなこだわりと情熱が感じられた。 彼はこの部屋に足を踏み入れるたび、無意識のうちにその美しさに見惚れてしまう。


そして、いつもそこには、 彼を待っているかのような二つの影が佇んでいた。


彼らの顔は、 何故か黒いマーカーペンで塗り潰されたかのように、輪郭さえも見えない。


だが不思議なことに、彼には彼らの表情がなんとなくわかった。 ――退屈そうで、冷ややかに彼を見下ろしていることが。


最初の頃は、その視線に耐えられなかった。 だが今では、無視する術を覚えた。


この部屋の奥にもまた、別の扉が存在していた。


そこにも、精緻な浮き彫りが施されている。


その扉は、言葉にできないほど強い“呼び声”を放っていた。


彼はその扉に手を伸ばし、取っ手を引いた。


――だが、開かない。


圧倒的な吸引力を感じるのに、 どれほど力を込めても、扉は固く閉ざされたままだった。


それは、あまりにも異様で、奇怪だった。


そして、ついに。


彼らのうちの一人が、また口を開いた――


「……いつまで、こんなことを続けるつもりですが?」


妙な寒気に耐えながら、彼は重たい瞼を必死に開けようとした。 ほんの少し開けただけで、鋭い光が目を刺し、反射的にまた閉じる。


何度も瞬きを繰り返し、ようやく目が慣れたころ、彼は自分の置かれた状況に気づいた。


――拘束衣に身を包まれ、椅子にきつく縛り付けられ、完全に自由を奪われていた。


怒りに燃え、必死にもがいたが、 勢い余って椅子ごと転げ落ちそうになった。


強烈な光の下に、三人の人影が浮かび上がる。


傲慢そうな銀髪の男、 興味深そうに彼を見つめる、優雅で妖艶な美女、 そして、顔立ちは美しいが、明らかに険しい気配をまとった女―― 彼はその女を知っていた。


二人の女は、確かに高位者らしい威厳を纏っていたが、 美女好きの彼にとっては、むしろそれが救いだった。


彼は、あの鼻持ちならない男――銀髪の男――を必死に無視しようとした。


男は、そんな彼を全く気にせず、飄々と問いかけた。 「……よく眠れたか?」


彼は顔をそむけ、屈辱を与えた相手に対して無言の抵抗を示す。 それを見た、気の強そうな女が苛立ちを隠さず言った。「少しは感謝しなさいよ。こっちはあなたの体を修復してあげたのよ?」


女は銀髪の男――黒羽雨水くろばうすいを鋭く睨みつけ、責め立てた。「あなたが“面倒を増やすな”って言ったくせに、 一番面倒を増やしてるのはあなただからね。 ああ、そうそう―― あのさ、私の顔に見覚えがあるかしら? 私は冬至円子とうじまるこの姉、冬至麻理亜とうじ・まりあ。 うちの妹がご迷惑をおかけしました。」


雨水は相変わらず、心底どうでもよさそうな顔で応じる。「野良犬をしつけるのに、手間がかかるとは思ってない。」


そこへ、妖艶な美女もふわりと口を開く。「正直言って、 人を四肢引き裂くなんてやりすぎよ。 誰もがあなたのスパルタ教育に耐えられるわけじゃないんだから。」


それを聞いた麻理亜が、すかさず皮肉った。「どの口が言うのよ。 あなたのは教育じゃない、搾取さくしゅそのものじゃない。」


「それは“ちょっと厳しめな社員教育”よ。 私が搾取なら、あなたのは虐待。 教えを受け入れない悪魔たちをSMクラブに連れて行って、 ブタ扱いして、罵声を浴びせ、 這いつくばらせて、徹底的に痛めつける。 まさにクズ女――冬至麻理亜。」


「あなたも同じでしょう? 仕事と称して、他人を踏みにじって、 まるで『相手のため』みたいな顔して―― 最低ね、立春美紀子!」


二人の女は、今にも頭をぶつけそうなほど顔を近づけ、 火花を散らしていた。


二人は互いに一歩も引かず、睨み合いながら怒りを溜め込んでいた。 その静かな口調とは裏腹に、互いへの嫌悪と憤怒は隠しきれていない。


空気の悪さを察した月光は、無用なトラブルを避けるべく、 椅子ごと地面を跳ねながら、こっそりと安全な場所へ移動を試みた。 何度かぎこちなく跳ねた末、ようやく彼は少し離れたところへ辿り着く。


その様子を見かねた雨水が、うんざりした声で促した。「……もうやめろ。 今はコイツの処罰を決める方が先だろ。 それと、バーベキューグリルは届いてるか?腹減った。」


その瞬間、白いドアが音もなく開き、 そこに立っていたのは、清潔感あふれる美青年の給仕だった。

彼は恭しくグリルを押しながら頭を下げた。「お待たせしました、バーベキューグリルでございます。」


さっきまで火花を散らしていた二人の女たちは、 一転してにこやかに振り向き、争いをあっさり忘れてしまった。


立春美紀子と呼ばれた優雅な女は、瞬時に顔を変え、柔らかく微笑んだ。「ありがとう、小真こま。あそこに置いておいて。」


そんな彼女の豹変ぶりを、麻理亜は鼻で笑い、 小声で「演技くさい」とぼやいた。


雨水はグリルを手に取り、手際よく準備を進める。 グリルの熱が徐々に上がり、 焼ける肉の香ばしい匂いがあたりに立ち込める。


月光の空腹は一層刺激され、喉が自然と鳴った。


雨水たちはそんな彼を冷ややかに見ながら、肉を頬張り始めた。 月光は必死に唾を飲み込み、 みっともない姿を見せまいと堪えた。


だが、美紀子は優雅な微笑みを浮かべながら、 焼き上がった肉を一切れ、月光に差し出した。

「よかったら、ひと口どう?」


春風のようなその笑顔に、月光は思わず警戒を緩めそうになったが、 すんでのところで思い直し、慎重に顔を近づける。 ……まるで餌をねだる子犬のように。


しかし、案の定だった。 あと少しで肉にかじりつけるという瞬間――


美紀子はするりと肉を引き、月光は虚しく空を噛んだ。


これが何度も続き、月光の顔はついに悔しさに歪んだ。


「ふふ、猫みたいな顔してるけど、中身は犬ね。」美紀子は白く滑らかな指先で、 まるで光る宝石を弄ぶように、月光の顎をくすぐった。


美しい女にからかわれるのは嫌いじゃない月光だったが、 今回ばかりは、まるで子犬のように弄ばれた自分に耐えきれず、顔を歪めた。


美紀子は楽しそうにクスクスと笑った「やっぱり――まだまだ未熟な小犬ちゃんね。 元の飼い主、手放したわけだ。」


その「元の飼い主」という言葉に、月光は即座に反応した。「六月たちはどこですが!あいつらに何をしたですが!」


雨水は少し硬いバラ肉をもぐもぐと噛みながら、 無造作に答えた。「今ごろ、しっかり取り調べと治療を受けてるさ。 ……まずは自分の心配をするんだな。」


そう言うと、雨水も一切れ肉を月光に差し出した。先ほどの悪戯を思い出して警戒していた月光だったが、 雨水にからかう意図がないと判断し、おそるおそる口を開けた。


……しかし、またしてもその肉は雨水自身の口に運ばれてしまう。


月光は悔しさに歯ぎしりした。


雨水はファンタを一口啜り、 からかうような口調で言った。「さて、いくつか質問させてもらう。

……本当に、自分が何者か、まったく覚えてないのか?」


月光は一瞬、目を丸くした。 そして無垢な声で答えた。「……失くしたもんはどうにもならないでしょう? それに、あんたらにわざわざ話す義理もなですがら。」


雨水はにやりと笑い、大胆に言い放つ。「素直に話すなら、ここにある霜降り牛肉――全部お前のもんだ。」そう言って、彼は一皿の霜降り肉をどんと置いた。その艶やかに光る肉は、まるで雪のように月光の目に飛び込んできた。


視界を支配するほどの美味そうな香りと照り―― 思わず、月光の胃袋が「ぐぅぅぅぅ」と情けない音を立てた。


実に12時間以上、何も口にしていなかった。


「ちょっと待って!それ、私たちの分でしょ!」 麻理亜が抗議の声を上げる。


「そんな、高級肉とB級肉の違いもわからなそうなガキに全部渡すつもり!?」 美紀子も驚愕して叫んだ。


月光は眉間にシワを寄せ、苦悩する。


飢えが判断力を鈍らせる中―― それでも、彼は必死に頭を回転させ、慎重に考えた。


……そして、ついに条件を呑む決意をした。


喉元から唾液が溢れ、目の前の霜降り牛肉に視線が釘付けになる。


もうすぐ、あの肉が自分の胃袋に収まる――


そう思った瞬間、胸が高鳴った。


その時、美紀子が鋭く問いかけた。「……見覚えのある物とか、人とか、なかった?」


続けて、麻理亜も興味津々に顔を寄せてくる。「そうそう、初めて見るはずなのに、 なんか"懐かしい"って感じた人とか?」


月光はキラキラと輝く顔で答えた。「うん、あなたたちにはすごく見覚えがある気がする!」


その瞬間、空気が凍りついた。


「……お願いだから、 命が惜しいなら、ナンパは控えて?」美紀子が冷ややかにため息を吐いた。


「つまり……完全に記憶喪失、頭の中が空っぽってことね。」雨水はスマホにメモを取りながら、さらに質問を重ねた。


「で、自分が記憶を失ってるって気づいたのはいつ?」


月光は眉をひそめ、必死に思い出そうとする。「……完全に空っぽってわけじゃないけど、でも……目が覚めたら、何もわからなくなってでしだ。」


彼の脳裏にあるのは、曖昧でぼんやりとした映像だけだった。まるで自分自身の存在までもが、輪郭を失っているような感覚――。


「つまり、目覚めるまでは昏睡状態だったってこと?」雨水は手元のスマホを器用に操りながら、顔色ひとつ変えずに訊いた。


(おかしいまでノキア携帯を使ってたくせに……)


「昏睡……だったのかは、わからないけど……」月光はぼんやりと答えた。


「とにかく、昔のことは何も思い出せないんだ。」


「それ、ちょっと老人性認知症っぽくない?」麻理亜が勝手に口を挟んでくる。


「黒羽先生、あなた医者なんだし、何とかできるでしょ?」


「私は心臓外科。脳は専門外だ。」雨水は冷たく言い放ちつつ、月光の証言をきっちりデータに残していった。「となると、『無底の穴』で何が起きたかも、こいつからは引き出せないってわけだな。」


「無底穴?」月光はぽかんと口を開けた。


「まさか……知らないの?」雨水は呆れた様子でため息をつく。


「常識だろ、悪魔なら誰でも知ってるはずだ。最強の天使だったルシファーが、最初に堕ちた場所――

それが『無底の穴』だ。」


月光の表情が、一瞬で強張った。


……その言葉に、彼の内側で、何かが――微かに、震えた。


彼は確かに、どこかで――その「無底の穴」という言葉を知っている気がした。


月光の表情はさらに不服そうになった。雨水は再びウェイターを呼び、映写機を持ってこさせた。


映写機は、登場したばかりの頃の形式で、羊皮紙色の画面に細くて背の高い大人たちが次々と歩いていく。 月光はその光景に夢中になった。見たことのないレトロな品はいつだって人を新鮮で魅了させる。月光も例外ではなかった。 彼は体を起こし、真剣に映像を見ようとした。


ところが、彼が真剣になろうとしたその瞬間、画面に現れたのは、白黒の囚人服を着たコアラだった。

しかも目元に謎の黒いモザイクがかかっている。コアラは語り始めた。


「そうだ、ぼくが彼に会ったのは、5月5日の夜12時53分だった。」


「その日、ぼくは二つの悪魔ギャング団の揉め事をうまく仲裁し、言うことを聞かない三人の悪魔たちを指導し、さらに七人の悪魔と通話して問題を解決し、大量の報告書と契約書を仕上げた後、ようやく12時31分に仕事を終えたんだ。 12時37分、疲れ果てた体で、ユーカリの葉のドライチップスと一緒に食べるカップ麺を買いに行こうとした時、あの子に出会った。」


「場所は町外れにあるコンビニの裏路地だ。そこにコンビニを建てたのは、旅人が立ち寄るために絶対必要だったから間違いじゃない。 その日は十五夜で、月がとても明るかったから、彼の姿もはっきり見えた。 彼は全身血まみれで、まるで誰かに刺された後のようだった。服もボロボロで、しかも明らかに70年代風の古いスタイルだった。 経験豊富なぼくには、彼が悪魔であることはすぐに分かったが、彼の匂いはとても若々しく、服装と不釣り合いだった。」


「ぼくが彼を観察していると、酔っ払った未成年の不良高校生たちが絡んできた。しかも彼よりずっと小柄なのに。 今思えば、彼らの服は結構センス良かったな。多分、都会に住むボンボンたちだろう。 あいつらは好き勝手に絡み始めて、明らかにケンカを売ってきた。 ぼくは助けに入ろうかと思ったが、その前に彼が強烈なパンチを繰り出し、不良たちを次々と地面に叩きつけた。」


「その拳と蹴りを見た時、俺は一瞬ブルース・リーが転生したのかと思ったよ。 『ハッハッハッ』って声が聞こえたような気がしたけど、もちろんそんな声は出してない、ぼくが脳内で効果音を付けたんだ。

不良たちは一撃で地面に沈んで、数時間は起き上がれなかったはずさ。」


コアラは喉を潤すように、隣に置かれたウーロン茶を一口飲み、続けた。「その後、彼は倒れた不良たちの中で一番金持ちそうな奴の服を脱がせて、自分で着替えた。 そしてそのまま立ち去ろうとしたから、ぼくが慌てて彼を呼び止めて、悪魔社会のルールを教え、手続きを済ませた。 なんとか1時25分に登録が完了したけど……あいつ、ずっと逃げ出そうとしてたんだ。超手間がかかったよ。」


「その後、俺は彼をあるアパートの屋上まで連れて行き、大家を催眠して住まわせようとした。 だけど、大家一家が爆睡していて、催眠すら効かなくてね。 それで別の場所に連れて行こうと思って、一旦戻ったんだけど―― 2時10分に現場に戻ったら、もう彼の姿は消えていた。」語りは、そこでぷつりと途切れた。


「信じられるか?信じられるか?あんな大きな奴が消えたんだぞ!」 コアラは取り乱して叫んだ。「俺は必死にあちこち探したが、結局見つけられなかった。そのあと当然、黒羽先生にめちゃくちゃ叱られたさ!⚪、ぼくは残業代も請求しなかったのにだぞ?それで文句言われるなんて、もううんざりだ!」


「今日からぼくは、悪魔監獄の非秩序悪魔たちと連帯して、ブルーカラー革命を起こすぞ!抑圧され、虐げられた労働者たちのために立ち上がるんだ……な、なにするんだ?!何する気だ?!ぼくの口は塞げても、民衆の目は誤魔化せないぞ!民衆の目は鋭いんだ!きっとぼくの仇を取ってくれるさ……」


「……え、今日の監獄メシ?クリームシチューだって?ああ、作りすぎて余ってんのか……。文句言う前に、まず自分の牢屋ランクを上げろよ、この役立たずが……何するんだ?!やめろー!ぼくは絶対に許さない!きみなんか、悪魔で、社会のゴミで、クズで……!」


バチン、と雨水が映写機を止めた。 そして冷静に言った。「以上がくろの証言だ。さて、ご本人はどう思う?」


「……」 月光は額に冷や汗を浮かべ、さっきの情報量の多すぎる映像を必死に整理しようとした。 最後に、彼はおずおずと頷いた。


「つまり、目覚めたあとの記憶はあるってことだな。」 雨水は言いながら、スマホに詳細を書き込んだ。「そのとき、どんな状態だった?」


月光はまた眉間に皺を寄せ、記憶を手繰り寄せようとした。 なぜか思い出すだけで頭痛がしてくる。


やっとの思いで、彼はぽつりと言った。「……すごく疲れていて、何を見ても不快ですた。 頭が少し痛かったし、腰も背中も痛かった……何もする気が起きなです。」


「どこで目覚めたんだ?」


「……大きな通りの上だったです。やっとのことで気を取り直した時、冬森立秋に襲われて……。 彼に追われ、大きな屋敷の上に逃げ込んだけど、翼を撃たれて、庭に落ちたです……」


月光の表情はどんどん険しくなっていった。 そして震える声で続けた。「こんなことになるなんて、思いもしなかったです……。」


雨水は手元の記録をまとめながら、「なるほど、だいたいわかった」と呟いた。


そう言って、焼き上がった肉を月光の口に押し込んだ。 月光は自然にそれを受け入れ、嬉しそうにモグモグと食べた。 さっきまでの頭痛など、あっという間に吹き飛んでしまった。


まるでハムスターのように夢中で食べる月光を見て、雨水は再び尋ねた。「よし、今度はお前が何か質問あるか?」


月光は困惑して唇を尖らせ、しばらく考えた後、ひとつ質問を口にした。「……貴方たちが言ってた『ルシファー』って、何?」


雨水の冷たい表情に、ようやくわずかな喜びが浮かんだ。 彼は説明を始めた。「ルシファー会とは、才能ある悪魔たちが集まるギルドだ。そこにはITの達人、優秀な戦闘員、そして一流の後方支援要員も揃っている――」


だが、月光はその説明を途中で遮った。「……で、結局は全部、あなたの支配下ってわけですが?」


隣にいた二人の女性たちは、ギョッとしたような表情を見せた。


しかし、雨水はむしろさらに嬉しそうに笑った。「さすがだね、気づいたか。」


「気づかないわけがないでしおう。ルシファーの代理人ともなれば、強権と傲慢を徹底してるに決まってるます。」 月光はできるだけ雨水の顔に近づき、声を潜めて尋ねた。「……じゃあ、次は私の番だよな?」


雨水の口元に、不気味な笑みが浮かぶ。「――お前、よく分かってるな。」


月光はきっぱりと言い切った。「ここでハッキリ伝えておくなさいね。私は誰の操り人形にもならないし、誰にも支配されないですがら。」


それでも雨水は、不敵な笑顔を崩さなかった。「そんなに急いで拒否するなよ。いいモノを見せてやるから。」


そう言いながら、最後の一枚の肉を月光に無理やり食べさせた後、 雨水はどこかに繋がっているらしいレバーを引いた。


ガタン、と大きな音とともに、月光は椅子ごと床に開いた穴に落ちていった。 落ち際に聞こえた月光の短い悲鳴が響き渡った。


「これ、大丈夫なの……?」 焦った表情で麻理亜が尋ねた。


「一歩間違えば死ぬんじゃ……?」 美紀子も不安そうに言った。


だが、雨水はまるで面白い冗談を聞いたかのように、笑いを止めなかった。「平気だよ。どうせ、そのうち蘇る。」そして続けた。「彼の欲望を、目覚めさせるためにな。」


月光は、下から吹き上げてくる風と、急降下するスピードに嫌悪感を覚えながら、必死に耐えた。 やがて、彼は地面に叩きつけられた。椅子ごと何百という壊れた椅子の山に突き刺さり、辛うじて致命傷は免れた。


見上げると、上空の光はだんだんと遠ざかっていき、 周囲の「椅子の墓場」もすっと姿を消した。


いつの間にか、月光の拘束服はゆるみ、自由になっていた。 風に導かれるように、彼は前へと歩き出した。


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