ケルベロスを倒す!
海棠はまさに三つ頭の犬の爪の下で命を落とそうとしていた。そんな時、彼女にできるのはただ目を閉じることだけだった。
その時、もうひとつの巨大な影が現れ、海棠を抱きかかえて連れ去った。その姿をはっきりと見た瞬間、月光は唖然とした。
それは六日だった。彼女の下半身は狐の体で、上半身は人間のまま。まるでアニメの狐のように逞しくて可愛らしい姿だった。どう見ても人間とは思えないその姿で、六日は歯を剥き出しにする三つ頭の犬を厳しい表情で見つめ、決死の覚悟を決めていた。呆然としていた月光は、やがて歓喜の声を上げた。「六月!」
六日も喜びを込めて応えた。「月光!」
ついに彼らは再会を果たした。ほんの数時間しか離れていなかったはずなのに、何年も会っていなかったように感じた。
「その姿、何ですが?」月光は抑えきれない好奇心で尋ねた。
「その姿って……?何のこと……?あああああっ、これ何なの!?」六日は不思議そうに自分の下半身を見下ろし、ついには理解不能の叫び声を上げた。
「?」
「どうして!?何が起きたの!?何もしてないのに!?一体どうして!?」六日は恐慌状態で走り回り、巨大な狐の体と尻尾を振り回して、危うく月光をなぎ倒しそうになった。「落ち着いてくなさい……」月光はそれをかわしながら、まるで暴れ馬をなだめる飼い主のように彼女をなだめようとした。
六日の腕の中にいる海棠は、まるで生まれ変わったような六日を見つめ、驚きとときめきを隠しきれなかった。彼女がいざという時には行動するタイプだと知ってはいたけれど、こうして本当に「ヒロインを救う女英雄」の姿を見ると、心が高鳴ってしまう。
彼女は口元を手で覆いながら、胸の高鳴りをなんとか隠そうとした。何が起こったのかを尋ねたかったが、それでも思わず心の声が漏れてしまう。「かっこいい……」
そんな中、場違いなタイミングで大暑が口を挟んだ。「さっき六月ちゃんが飛び出したとき、沙樹ちゃんが紫色の光を放ってたように見えたんだけど?」
海棠の胸が一気に冷え込み、興奮から緊張へと変わった。「は……」彼女は、大暑のあまりにもフレンドリーな様子に、少しだけ怯えも感じていた。「沙樹ちゃんは気づいてなかったの?」
月光もどこか警戒した様子で尋ねた。「本当に何か特別な能力あるんじゃないですが?」
「わ、私……分からない……」沙樹――海棠は本当に何も分からなかった。
「ふーん……」月光は鋭い視線で海棠を見つめた。その目が怖くて、海棠は視線を合わせることもできなかった。
「ってことは、私がこうなっちゃったのって、海棠のせいってこと?」六日はそう問いかけた。
「ま、まだ確定じゃないし!お願いだから、そういうパニックになるようなこと言わないで。親友なんだから、そういうのやめてよ……」
六日は気を取り直して話を戻した。「海棠、何が起きたかはあとで説明する。今はとにかくここから離れて!」
「えっと……」海棠は本当に自分が歩けるのか自信がなかった。
いつも義理堅い大暑は、当然のようにその場に残ることを選んだ。三つ頭の犬と戦うために。「こんな大事な時に、俺を呼ばないなんてあり得ないだろ!」
大暑だけじゃない、他にも実力ある悪魔たちが次々とその場に残り、この巨大なボス戦に挑もうとしていた。
三頭犬は当然、恐ろしい咆哮をあげて進もうとする者たちを威嚇した。狐の身体を持つ六日は素早く、その先頭に立って三頭犬へ突撃した。四足の脚は、彼女をこれまでより何倍も速く動かし、軽やかな動きで三頭犬の注意を引きつける。
六日だけでなく、他の悪魔たちも全力で三頭犬に挑んでいた。目的は、大量のポイント(pt)を稼ぐこと。もちろん、誰もが理解していることがあった。ボス戦が終わった後、悪魔たちの間には内乱が起きるのだ。互いに殺し合い、ランキングの上位を狙う戦いが始まる。
この場所にいる全員が、捕食者であり、同時に美味な獲物でもあった。
三つ頭の犬も負けじと、前足で大地を激しく踏みつけ、大きな音を鳴らして若き悪魔たちを威嚇しようとした。しかし、悪魔たちはその荒々しい威圧にも怯むことなく、まるで子供の遊びのように前へ進み、目の前の勝利に微笑みかけていた。
三つ頭の犬は再び天を揺るがすような怒号を発し、それぞれの口から危険な青い光が集まり始めた。その光は一つに収束され、悪魔たちに向かって放たれた。悪魔たちは必死にそれを避けようとし、青い光が廃墟に炸裂するのを見た。青い炎が激しく燃え上がり、攻撃を受けた何体かの悪魔たちは苦しげな悲鳴とうめき声を上げた。青い炎に焼かれた彼らの身体には、大きな火傷ができ、その苦痛に耐えきれずに戦線を離脱し、目の前の報酬を諦めざるを得なかった。
月光は六日に問いかけた。「こいつ、いだいどういうことつまりですだ?」
「私にも分からない……。突然暴れ出して、まるで何かを警戒しているみたいだったの。」六日は不安げに答えた。「その前までは大人しかったのに。」
三つ頭の犬は勢いに乗じてさらに猛攻を仕掛けてきた。青い光の攻撃はますます強力になっていく。彼らはすぐに身を隠し、次の攻撃を避けるために暗がりに逃げ込んだ。そして、この攻撃について急いで話し合った。
「その前までは……?」月光は疑わしそうに尋ねた。
「それまではずっとお利口さんだったの。見た目は怖いけど、本当はすごくおとなしい子なのよ。」
「まったく説得力ないなません……。」月光は力なくツッコんだ。
それまで、一人と一匹は「疲れたら休んで、お腹がすいたら六日のポケットに入っている非常食を食べる」という、なんとも緊張感のない関係だった。二人の旅には危機感など微塵もなく、牢獄は意外と広く、どれだけ歩いたのか分からないほどだった。足が棒になり、空腹に耐えても、光の兆しは見えなかった。
そんな中、二人はある場所でうなだれながら休んでいた。三つ頭の犬は退屈そうにあくびを一つし、少しだけサボろうとしたその瞬間――その目が大きく見開かれ、三つの頭すべてが闇の奥を睨みつけ、警戒するように牙を剥いた。
さっきまで従順で可愛らしかった三つ頭の犬が、まるで別人のように凶暴な姿へと変貌したのを見て、六日は不安を募らせた。彼女は三つ頭の犬の毛を優しく撫でながら、何とか落ち着かせようとした。しかし、それが逆効果だったのか、犬はさらに暴れ出し、ついには六日を振り払った。
六日は吹き飛ばされ、背中には鮮やかな赤が滲んでいた。痛む体を抱えながらも、彼女は目の前に迫る三つ頭の犬の獰猛な姿に息を呑んだ。先ほどまでの穏やかさは見る影もなく、そこにいたのはまさに獣そのものだった。犬は大きく咆哮し、地面を激しく踏みつけながら六日に襲いかかってきた。事態の深刻さを悟った六日は、やむなく逃げ出すしかなかった。
「やっとのことで逃げられたの……」六日は力なく言った。明らかに疲労困憊で、その声にも元気が感じられなかった。
「そですがそですが……?」月光は彼女の話を一応聞いてはいたが、その手は落ち着きなく六日の腰回りの毛を撫で回しており、もう少しで尻尾のあたりにまで達しそうだった。まるで道端で見かけたふわふわの子猫を衝動的に撫でたくなるような、そんな無邪気な手つきだった。
それに怒った六日は、後ろ脚で思い切り月光を蹴り飛ばした。その様子を、大暑は淡々と眺めていた。月光がまた新たな傷を負うのを見届けるかのように。
「わざとやったでしょ、絶対!」六日は怒鳴った。
「だって……道端の野良猫とか見たら、つい撫でたくなるでしょ……?」と月光はぼそぼそ呟いたが、六日はもう聞いていなかった。
「また光線を撃ってくるぞ!」誰かが叫んだ。
三つ頭の犬が再び咆哮し、強烈な一撃を放った。青い炎が月光たちの目の前の地面を灼き尽くすように燃え上がる。その熱気に耐えきれず、月光たちは後退を余儀なくされた。その炎はまるで地獄の業火のようで、とても耐えられるものではなかった。
彼らは再び身を隠せる場所を探し、そこへと避難した。
「アイツに、何か弱点とかないですか?」月光が慌てて六日に尋ねる。
「犬っぽいところがある……とか?」
「いや、それ答えになってないでしょう。」月光は冷静にツッコんだ。
「拘束紋とかで押さえ込むのは?」と彼はさらに訊ねる。
「無理よ……強すぎて制御できないの。」六日は諦めたように言った。
「……待って、さっき“あいつが地下から出てきた”って言ったでしだね?」と、月光が突然問いかけた。
「そうだけど?それがどうかしたの?」六日が首を傾げる。
「いや、いけるですかも。いい手が思いついたですだ。」月光はにやりとした。
「なに?」二人は当然、月光に疑問の視線を向ける。
「考えてみなさいよ、あいつ、たぶん長い間ずっと閉じ込められてたんじゃないですが?長い間閉じ込められてたってことは……ちゃんとエサとかあったんでしょよね?」と月光が言う。
「確かに……!じゃあ、特大サイズの肉を探せばいいのね?」六日は期待に満ちた声で答える。
「そのとおり。ここまで暴れてるってことは、きっといま腹ペコなんしょう。今なら何か食べ物を見せれば、間違いなく飛びつくはずですがら!」月光は自信満々に微笑んだ。
「でも、そんなデカい肉どこにあるの?しかもちゃんと食わせないと意味ないし……」大暑が身振り手振りで大きさを表現した。
月光が何か言おうとしたその時——
上空から、まるで風に揺れる竹のような、冷たく誇り高い声が降ってきた。
彼らが見上げると、そこには浮遊する磁気盤に立つ黒羽雨水の姿があった。そして、隣にはなんと星児もいた。
「星児!」六日は驚き、大きな声でその名を呼んだ。
だが星児が何か言う前に、先に口を開いたのは雨水だった。
「どうやら、三つ頭の犬を倒すヒントを見つけたようだね。」彼は余裕の笑みを浮かべながら言った。
月光と大暑は警戒心むき出しに睨みつけ、月光が鋭い声で尋ねる。「何が言いたいですが?」
星児はただ、心配そうに彼らを見つめるだけで、言葉を発することができない。
「この戦いで役立ちそうな“道具”を提供してあげてもいいけどね……」雨水はもったいぶった口調で、彼らを試すように言った。
「なんでだか“知らないけど”この怪物を制御できるアイテムを持っているんだよね~」と、雨水は皮肉交じりに笑い、「あげても構わないけど……」と曖昧に続けた。
そのとき、三つ頭の犬が再び攻撃を仕掛けてきた。しかし雨水はまるで関係ないかのように、冷ややかな目でそれを見下ろしていた。
月光が彼を睨みつけると、雨水は愉快そうに微笑み、「でもさ、そのアイテム、タダじゃあげないよ?」と告げた。
月光が鋭い爪から間一髪で飛び退くと、その一挙手一投足を雨水はじっと見つめ、まるで焼きつけるように記憶していた。
「取引条件はね……私と“遊んで”もらうことだよ。」そう言って、彼は月光を指差し、名指しで指定した。
月光にはもう、考える時間など残されていなかった。雨水がこのタイミングで現れたのも、すべて狙いすました上でのことだ。
「望むところですだ!」この切迫した状況下、月光は即答するしかなかった。
雨水は小さな何かを放り投げた——わざとなのか、偶然なのか、それはずいぶん遠くへと飛んでいった。月光たちはそれを拾いに走らねばならない。
「さて、こいつをどうやって三つ頭の犬から引き離すか……」彼らはすぐに作戦会議を始めた。
「囮をひとり出して、あいつを引きつけよう。大暑、よろしくお願いしますね。」 月光はまるで心がないかのように提案――いや、ほぼ命令した。
「ちょっとは情ってもんがあるでしおう!?」六日が叫んだ。
「おお、任せてくれ!」 大暑はそれでも快くその大役を引き受けた。
「良心が痛いわ……!」
「でもさ、どうやって三つ頭の犬の注意を引くの? 今、めちゃくちゃ興奮してるし、たぶん俺のことなんて無視するかも……」と大暑が不安げに言った。
「それなら簡単ですよ?」そう言いながら、月光は自分の手首を切ろうとした。血を大暑に浴びせようというのだ。
その行動に、六日と大暑は揃って悲鳴を上げた。
「ちょっと! もっと自分を大切にして!!」六日は慌てて彼に抱きついて止めに入った。
「じゃあ大暑、あなたが自分で血を出せくなさい。なんで私のを使おうとするんだよ?」 月光は真顔で言ってのける。まったく問題点がわかっていない。
「……わかったよ!」
「そんな軽々しく命を投げ出すなっての!」六日は怒鳴った。
「とにかく、俺がやつの注意を全て引き受ける!」 そう言い残し、大暑は周囲の制止も聞かずに遮蔽から飛び出し、三つ頭の犬に向かって果敢に攻撃を仕掛けた。
狙いは的中、三つ頭の犬の視線は完全に大暑へと向けられ、憤怒の咆哮をあげた。彼の挑発に乗った三つ頭の犬は、「まずは目の前の不届き者からだ」と言わんばかりに襲いかかってくる。
大暑の突撃は、周囲の悪魔たちにも影響を与えた。彼らも次々に応戦を始め、三つ頭の犬を中心に包囲網が形成されていく。
「今しかない!」 その隙に、月光と六日は走り出した。三つ頭の犬の注意が完全に逸れている今、あの“道具”を手に入れるチャンスだった。
それは、見るからにボロボロの牛の尻尾だった。
三つ頭の犬はついに彼らに気づき、その手に握られたものを見て、さらに興奮しながら吠え立てた。しかし、今の彼にはもはや強力な攻撃を繰り出す体力は残っていなかった。
月光は無意識のうちに、その牛の尻尾をぎゅっと握りしめた。
すると、三つ頭の犬はまるで激痛に襲われたように苦しみ始め、凄まじい悲鳴を上げた。
その身体にはまるで誰かの手で強く押さえつけられたような跡が浮かび上がり、体全体が一回り小さくなったように見えた。
六日は止めようとしたが、月光に言われてしまう。「私たちの安全を確保するためには、こうするしかないんですだ。」
六日は緊張の面持ちで、強く握られている牛の尻尾を見つめた。心臓の鼓動がどんどん早くなる。
そのとき、夜の帳がようやく明け始めていた。
闇は薄れていったが、人々の胸に渦巻く不安を追い払うことはできなかった。
東の空に白んだ光が雲間から覗き、人々はまだ夜の影を振り払うことができずにいた。
三つ頭の犬は地面を転げまわり、痛みから逃れようともがいていた。
その心は無理やり冷静さを強いられ、自分の身体ではないような感覚に襲われていた。
やがて動きは鈍くなり、意識が薄れゆく寸前まで追い込まれる。
それでもなお、牙を剥き、恐ろしい表情で悪魔たちを威嚇し続けようとしていた。
悪魔たちは冷ややかに、そしてどこか不安げにその制御不能な怪物を見つめていた。
そのとき——
「もう十分……お願い、やめて!」 六日が月光の手をぐっと握り、必死に制止する。
「六月……」 月光は言葉を失い、哀しみに満ちた六日の表情に心を打たれ、ようやく尻尾から手を離した。
彼はゆっくりと牛の尻尾を地面に置き、それ以上のことはしなかった。
三つ頭の犬は困惑したように、自分をかばった少女をじっと見つめた。
悪魔たちは冷たい視線で、無知なる少女を見下ろしていた。
六日は孤独を感じ、助けを求めるように瀕死の三つ頭の犬を見つめた。 どうすればいいのか、頭の中で必死に考えていた。
——その次の瞬間。
三つ頭の犬に強烈な電撃が走り、凄まじい叫び声とともにその巨体が倒れ込んだ。
その場にいた誰もが驚愕し、声を失った。
そして、あの優雅で気だるげな声が再び響いた。
「よし、これでいいだろう。」
男が電磁浮遊盤の上に立っていた。 東の白みがかった空を背に受け、その姿はまるで高貴な孔雀のように美しく、傲慢に見えた。
彼は一つあくびをし、昨夜の徹夜で疲れ切った様子を隠そうともせず、こう言った。「さて、私の“願い”を果たしてもらおうか、立夏月光。」




