月光V.S.桜園
晴れ渡る空の下、それでも厚く大きな梁が陽の光を遮り、神殿の内部を薄暗くしていた。光は、ほんのわずかに、隙をついて忍び込み、気づかれぬように神殿の隙間で戯れている。
彼は、その無邪気に遊ぶ陽光を踏み越え、まっすぐ内殿へと進んでいった。
その時、陽の光が届かぬ闇の隅から、彼の名を呼ぶ声がした。
──声は、上からだった。
見上げると、そこには── 最近知り合い、互いを「志を同じくする者」と認め合った仲間たちの姿があった。
二人の表情は疑念に満ちている。 だが、その中で最も際立つ存在が、一際傲慢な姿勢で彼を見下ろし、軽く口を開いた。
──そして、彼は闇の中で突然、目を覚ました。*
上半身を起こすと、すでに人々が闘技場の後片付けを始めていた。
自分は、まるでゴミのように端へと押しのけられていた。
それでも、なお邪魔者のように扱われる。
興味を引かれて後ろを振り向くと、人々は先ほどの戦いを語り合い、口々に彼の無様な敗北を嘲笑していた。
──ここは弱肉強食の世界。
誰も、敗者に同情などしない。
勝者はすでにどこかで勝利の余韻に浸っているのだろう。
敗者である自分は、ただの紙くずのように放置され、誰からも気にされることはなかった。
失意のまま立ち上がると、その人はすでに出口で彼を待っていた。
従えているぬいぐるみが、静かに扉を閉める。
星児は俯き、黙ったまま。
ぬいぐるみがそっとハンカチを差し出す。
──涙を受け止めるために。
星児の目には、涙が溢れそうになっていた。 まるで逆流する銀河のように。
──五歳以来、初めての涙。
五歳の時、「宿命の敵を見つける」と誓い、それ以来、決して涙を流さないと心に決めていた。
己がすべてを超越する男となるために。
だが今、彼は自らの誓いを破った。
その瞬間、彼はこの世界に負けたと感じた。
この世界の残酷さを、ただただ嘆くしかなかった。
雨水は、ただ静かに言った。
「悔しいか?……当然のことだ。」
「誰にでも、そんな時期がある。」
そして、続ける。
「大切なのは、自分の弱さを知ることだ。」
「そして、正しい道を歩み、強さを求めること。」
「行こう、訓練を続けるぞ。」
星児は、悔しさを滲ませながらも素直に頷いた。
そして、雨水と共に次の場所へと向かう。
──月光は、その敗北した背中を見つめながら、ある人の姿を思い出していた。
あの姿……どこかで見たことがあるような気がする……。
「あいぼ、どうやらお前の番のようだぞ!」大暑の声が、月光を現実へと引き戻した。彼がスロットマシンを見ると、案の定、そこには自分の顔が落書きのように描かれていた。
「対戦相手も、さっきのごが苦戦していたあの男だな!」
大暑が指さす方向には、電話をかけながら苛立った表情を見せる樱园浅行の姿があった。彼は乱暴に電話を切り、そのまま月光と目が合った。
月光は180度の完璧な笑顔を見せたが、樱园は冷たく無視するような視線を送った。その反応に、月光はすぐに笑顔を引っ込め、何も言わなかった。
「ドン——!」 開戦の鐘がついに鳴り響いた。
「行ってくます。」
「気をつけろ、樱园浅行は手強いぞ。」大暑が忠告する。
「心配わいりませ。私の脳は、この男を倒すためにフル回転してるですからな。」 そう言って、月光は自信満々に戦場へと歩み出た。
樱园浅行は堂々と立ち、誰にもその鋭気を削がせることはない。だが、月光も恐れはしない。この鋭き刃を、彼の剣で削ぎ落としてみせる。
彼は素早く剣を抜き、高らかに宣言した。
「わたしの名は立夏月光です!参る!」
その姿勢には、若者特有の沸き立つ興奮と、戦場を渡り歩いた戦士の熟練さが共存していた。しかし、何よりも彼を際立たせていたのは、彼自身の持つ特別な気質。その気質が、彼を堂々たる戦士として見せ、誰も侮ることができない存在にしていた。
樱园は、月光の気迫を感じ取りつつも、傲慢にはならなかった。指を軽く動かす。その指の動きはまるでピアノを奏でるかのように優雅だった。しかし、その優雅さとは裏腹に、地面から次々とゾンビが湧き出し、苦しげな唸り声をあげる。
月光の剣は、夜空に輝く月のように光を放ち、闇を打ち払おうとしていた。彼は迷いなく剣を振り上げ、最初の一撃を繰り出す。
次の瞬間、彼の姿は樱园の頭上にあった。閃光のごとき速度。しかし、樱园も負けてはいない。彼が指を鳴らすと、地面から再びゾンビが湧き出し、月光の足を掴む。まるで悪夢のように、彼を地獄へと引きずり込もうとする。
だが、月光は冷静だった。素早く剣を振るい、ゾンビの腕を切り落とす。踏みしめるゾンビを次々と斬り倒し、ついにはその死体を足場にして立つ。
樱园は、また指を動かした。さらに多くのゾンビが現れ、月光を取り囲む。
「同じ手でわたしを倒せると思ったか?もう見破っですよ!」 月光は爽やかに笑う。だが、樱园もまた不敵な笑みを浮かべ、足元を指さした。
月光が視線を落とすと、すでに多くのゾンビが彼の足を掴み、地面へと引きずり込んでいた。すぐさま剣を振るい腕を斬り落とすが、彼はすでに樱园の罠の中にいた。
高く舞い上がり、雷の魔法を発動する。黄金の雷が降り注ぎ、ゾンビたちを焼き尽くす。腐臭が漂い、観客の中には思わず鼻を塞ぐ者もいた。
だが、樱园は驚いた様子もなく、自信に満ちた表情を見せた。
その瞬間、地面から「桜の木」に似た巨大なゾンビの樹が生え、その枝に吊るされたゾンビたちが一斉に腐臭を放つ液体を吐き出した。
死体の粉末に、その液体が流れ込む。すると、粉末は再び一つに集まり、より巨大で強靭なゾンビが生み出された。
「しまった……!」
月光はすぐに剣を振るって粉末を破壊しようとするが、無数のゾンビたちが彼を押しとどめた。
新たに生まれた巨大ゾンビは、圧倒的な力で月光を吹き飛ばした。
激痛が体を駆け巡る。内臓が裂けるような感覚。 だが、月光は倒れない。血まみれになりながらも、彼は立ち上がり、「本物の剣」を抜いた。
しかし、ゾンビの大群が彼を包み込む。
視界が閉ざされ、かすかに見えるのは外の光。
彼が剣を振るい脱出しようとしたその瞬間、巨大ゾンビの拳が襲いかかる——
彼の体に、衝撃が走った。
——五臓六腑が、砕けるような感覚がした。
樱园は貴婦人のように優雅に笑いながら、丁寧な口調で言った。 「本当に申し訳ないけれど、こういう戦い方をする人がいるって分かってたから、たまには戦術を変えることにしたんだ。ぼくのゾンビはミイラのように干からびていて、正直言ってすぐに壊れてしまう。だからこそ、ぼくはこの技を開発したのさ。」
彼はゆっくりと説明する。
「桜の木に吊るされた死体から流れ出る樹液、つまり“死の水”を使って、粉末を再び融合させ、巨大なゾンビにする。それが、ぼくの切り札だ。」 樱园は微笑みながらも、断言するように言った。 「この勝利を、きみには決して渡さない。」
巨人ゾンビが荒々しく息を吐く。悪臭が競技場全体に充満し、場の空気がさらに重苦しくなった。
月光は、まるでゴミのように地面に投げ捨てられた。しかし、彼はまだ生きていた。彼の肉体は誰よりも強靭だった。しかし、それでも、このまま無数の重撃を受け続ければ、いずれは死ぬ。
彼は苦痛に満ちた呻き声を漏らしながら、必死に地面から立ち上がろうとする。だが、その隙を与えまいと、巨人ゾンビは連続で拳を叩き込んだ。
一撃、また一撃。
月光は立ち上がることすら許されない。
それでも、彼は悲鳴を上げることを拒んだ。
「おおお!立夏月光がついに立ち上がれなくなったぞ! ついに彼もここで終わるのか?! 彼でさえ、もう諦めるしかないのか?! 立夏月光、ここまでか?!」 司会者は面白がるように叫ぶ。
観客たちは息をのんだまま、その光景をただ見つめることしかできなかった。巨人ゾンビの拳が響くたびに、月光の体が地面に叩きつけられ、その衝撃音が競技場に響き渡る。
「どうしよう……? このままだと負ける……!」 海棠は不安げに呟く。
「落ち着け。彼はこんなもんじゃないはずだ。」 そうは言ったものの、莉莉アンの額にも冷や汗が滲んでいた。
大暑も、もはや冷静ではいられなかった。心の中には不安が渦巻いていた。
それでも——
彼は月光を信じることを選んだ。
やがて、月光は完全に動かなくなった。
——死んだのか? それとも気を失ったのか?
ゾンビたちは、もう抵抗しない彼を、まるで獲物のように地面に投げ捨てた。そして、歓喜に満ちたように彼へ群がり、むさぼるようにその体を引き裂いた。
「……っ!」 海棠は耐えきれず目を閉じた。
大暑は歯を食いしばりながら、その結末を見届けていた。
——最後に、月光の体の一部すら残されていなかった。
樱园はようやく心からの笑みを浮かべ、嘲るように言った。
「“大会の新星”だのなんだの言っても、結局はちょっと力を持っただけで調子に乗ったガキだったな。」
彼は観客へ向けて礼をし、退場しようとした。
——しかし。
その時——
桜の木のゾンビが、絶叫した。
樱园は驚いて振り返る。
何かが、桜の木を引き裂いていた。
ズシャッ——!!
ゾンビの樹が真っ二つに裂け、腐臭があふれ出す。
そして——
「……ぷはっ。」
樱园の目の前で、月光が現れた。
彼の手には、ゾンビの肉片が握られていた。
——いや、それだけではない。
彼の肌は青灰色に変色し、ところどころ黒ずんで腐敗していた。まるで、本物のゾンビのように。
だが——
彼の表情は、ゾンビ特有の絶望や苦しみではなかった。
そこにあったのは——
興奮と、自信。
樱园は、その表情を見た瞬間に悟った。
——勝負は、決まった。
まるで、月光が天から落ちてきた星を掴み取ったかのように——
彼は勝利を、その手中に収めていた。
月光は、無造作にゾンビの肉をかじる。
「……チッ。」 不満げに顔をしかめながらも、ゴクリと飲み込んだ。
観客の中には、耐えきれず吐いてしまう者もいた。
彼は口元を拭い、涼しい顔で驚愕する樱园を見つめた。
樱园は信じられないというように口元を手で覆い、震える声で言った。 「きみ……ゾンビに喰われたはずだ……! どうして……どうしてまだ生きている?!」
月光は、つまらなそうに答える。 「んー? そりゃまぁ、確かにあのままだと喰われて終わりだったですけどな?」
彼はにやりと笑い、低く囁いた。 「私には、まだ“生きている肉”が残ってたんですよ。」
樱园は凍りついた。
月光は、不敵な笑みを浮かべる。 「それはな——私の“脳”さ。」
彼はゾンビの木から引きずり出した肉塊を持ち上げた。
「心臓が止まる前に、自分の意識をゾンビ化させたのです。そして、こいつの根っこを奪い尽くしてやったです。」 彼が掴むゾンビの肉は、今や干からび、呻く声すら弱々しくなっていた。
まるで、枯れかけた朝顔のように——。
「そ……そんなバカな……!」 樱园は後ずさる。 「きみ、きみの心臓は止まったはずだ……! それなのに、なぜ……?!」
月光は、ただ笑うだけだった。
「こういうことなんで。。」 月光は胸元から青灰色の枯れ枝を引き抜いた。観客席から驚きの声が次々と上がる。
それは、ゾンビの手だった。
彼はずっとその手を使い、心臓を“手動”で動かしていたのだ。
この異常な光景に、桜園は戦慄し、思わず後ずさった。まさか、こんな形でルールの抜け道を突いてくるとは思ってもみなかったのだ。
巨人ゾンビも信じられないといった表情で口を大きく開いた。その衝撃で、顎の肉片が地面に落ちた。
「手動心臓!??」 海棠が思わず叫ぶ。
リリアンは驚きの声をあげながら、内心では月光の奇抜な作戦に歓喜していた。
「いやいや、それはルール違反だろ!?審判、きみも何か言えよ!」 桜園はすぐさま抗議した。
審判は冷や汗を拭いながら、しどろもどろに答えた。 「し、しかし……彼は確かに心臓を動かしている……ルール違反にはならない……」
「そんなバカな!!!」 桜園の怒りの叫びが響く。
その時ーー
「さて、少し言っておくしましょう。」 月光は急に声を張り上げた。
「これはもともと貴方が操っていたものだろ?だが、今はもわたしのものですがら!」
そう言うや否や、巨人ゾンビが突如桜園に向かって拳を振り下ろした。
その顔には、苦痛と絶望が浮かんでいた。
観客席から誰かが叫ぶ。 「こいつ、クズすぎるだろ!!」
桜園は慌てて新たなゾンビを召喚し、必死に防御を試みた。しかし、月光は容赦なく巨人ゾンビを操り、じりじりと彼を追い詰めていく。
途中、巨人ゾンビが一瞬自我を取り戻し、月光の支配から逃れようとした。だが、月光はそれをあっさりと封じ込めた。
「もう貴方は私のものです。」
軽く指を弾くだけで、巨人ゾンビは桜園の防御を粉砕し、彼が必死に張った魔法陣を踏みつぶした。
そして、逃げ場を失った桜園の頭上に、巨大なゾンビの拳が振り下ろされたーー
「ドガァンッ!!!」
桜園はその一撃で吹き飛ばされ、さらに倒れ込んできたゾンビたちの下敷きになり、完全に息絶えた。
観客は目を見開き、誰もが言葉を失った。
しばしの沈黙の後ーー
「試合終了!この戦いの勝者はーー立夏月光!!!」 審判の声が響き渡る。
草地興陽は呆然としていたが、すぐに現実を受け入れ、次の戦いに向けて準備を始めた。
月光は歓喜の声を上げ、桜の木から飛び降り、ゾンビの死体を踏みしめながら仲間たちの元へ向かった。
その姿を、立秋は静かに微笑みながら見つめていた。 「あの戦い方は、本当に独特で面白いな。」
大暑はそう言いながら、月光の肩を叩いた。そして次の瞬間ーー 「じゃあ、楽になれ。」
ズブッ。
大暑は月光の胸に刃を突き立て、彼を"殺した"。
「お前をゾンビのままにはしておけないからな。」
血が流れることはなかった。月光の身体はすでにゾンビ化していたからだ。
これで彼は、再び人間に戻れる。
そんな騒がしい試合が終わり、会場は再びざわめき始めた。
だがーー
「……鏡が、ない?」
月光はふと気づく。 いつも持ち歩いていたはずの鏡が、どこを探しても見当たらない。
焦る月光は、必死になって鏡の行方を探し始めた。
一方ーー
黒羽雨水は、何やら不穏な計画を練っていた。 困惑する星兒だったが、雨水は何も答えず、黙々と準備を進めていくのだったーー。




