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【ハイファンタジー 西洋・中世】

王の剣

作者: 小雨川蛙
掲載日:2024/08/01

 

 王宮の外から響く怒声や建物が崩れる音が大きくなった。

 つい先ほどまで続いていた平和はハサミで切り落とされた糸のように不意に終わりを告げた。

「一体何があった!?」

 君が僕の隣で近衛兵へ問う。

「反乱です!」

 彼の声に呼応するが如くどこかで何かが砕ける音が響いた。

 最早、時間がない。

 そう理解した僕は勢いよく君を押し倒す。

「何をする!?」

「王子を縛ってください!」

 君の言葉を無視して叫んだ僕の言葉。

 それが意味することを理解した近衛兵は即座に君を縛り付けて猿轡を噛ます。

 大暴れをする君を尻目に僕は侍従長に命じた。

「髪を切ってください」

 僕の言葉に君は叫びそうなほどの表情を浮かべていた。

 けれど、君は何も発することが出来なかった。

 口を布で強く塞がれていたから。

「急いでください。時間がもうありません」

 僕の命を受けた侍従長が慌てて長い髪の毛を切り落とす。

 君の望みで伸ばしていた髪。

 君が良く撫でてくれた女性の命はあっさりと落ちていく。

 新たな姿に。

 つまり、完全なる君の姿になるために。

 はらり、はらりと落ちていく薄赤色の髪の毛の一本一本が僕と君の決別を表しているように思えた。

「時間がないと言っているだろう。急げ」

 僕の口が動いた。

 自分でも驚くほどに君の声色に近い。

 君の声は高い。

 もう十四歳にもなったのに未だ声変わりが完全ではない。

 遅くて良かった。

 僕と君の声が剥離せずに済んだから。

 努めて僕は目を閉じた。

 君の辛そうな表情を見たくなかったから。

「晒しをきつく結べ。僅かでも相手に疑問を持たせるな」

 自分でも驚くほど僕の声は君に似てよく響き、その直後、胸が強く締め付けられた。

 浮かぶ平穏な日々の記憶。


 この王宮の中、君と同い年なのは僕しかいなかった。

 近い歳の子供も居たと君は話していたけれど、利害関係が存在しない関係は一つもないとも話していた。

「僕が本心を話せるのは君だけだ」

 君の言葉に僕はどう答えて良いか分からず習いたての言葉遣いで答えた。

「私には勿体ないお言葉です。王子」

 途端、僕の頬を君が叩く。

「僕は自分のことを『僕』と言う。油断するな。君は僕の替え玉なのだから」

「申し訳ありません。迂闊でした」

 謝罪して鏡写しのように似た姿を持つ君に僕は忠誠を捧げた。

「僕はもう決して油断しません。僕は君なのですから」

 その言葉に君は満足げに頷いていた。

 政争に明け暮れる国の中で王族である君は常に命を狙われていた。

 君の父もそうだったように、君自身にも替え玉つまり身代わりが必要になった。

 そして、白羽の矢が立ったのが下級貴族の子女である僕だった。

 僕の父は喜んで僕を王家に捧げた。

 それをするだけで王家との繋がりを作ることが出来たから。


 あれから幾年も僕と君は共に過ごした。

 僕は君と共に生きていった。

 それが僕が君に捧げられた目的だったのだから当然だ。

 けれど、僕にとってそれはいつの間にか、君と共に居るための手段に変わってしまっていた。

 僕の胸は気づけば膨らみ、体つきも少しずつ君と変わっていった。

 辛かった。

 僕はもう君の替え玉として生きていかれないと思ったから。

 そんな不安を君に打ち明けた時、君は僕の顔を見ないままに。

「替え玉として役に立たなくなったら、俺の」

 少し間を置いて確かに言ってくれた。

「俺の妾にしてやるよ」

 使い慣れない言葉を必死に絞り出す君。

 その表情が。

 その姿が。

 僕にとって狂おしいほどに愛おしくて仕方なかった。


「終わりました」

 侍従長の声に僕はようやく目を開く。

 君は相変わらず暴れていたけれど、僕はそれを無視して姿見の前に立つ。

 あぁ、驚くほどに。

 僕は君と瓜二つだった。

「世話をかけたな」

 僕はそう言うと君の近衛兵に告げた。

「命を賭して王子を守れ」

 自分の声に君の意志が宿っているのを感じる。

 少なくとも僕にはそう思えて仕方なかった。

 君自身が全身で僕の意を拒絶しようとしているのが見えているのに。

「連れていけ。早く。一刻も早く!」

 僕の叫んだ言葉に近衛兵は侍従長と共に頷くと君を抱えて走っていく。

 その後ろ背を見送りながら僕は一つ息を吐く。

 不思議なほど悲壮感はなかった。

 恐れもなかった。

 きっと、僕はここで死ぬだろうと確信があったけれど。

 それでも。

 それでも、君の役に立てたことの方が嬉しかった。

 歩くのに君を真似る必要はなかった。

 僕と君はいつだって共に行動していたから。

 王座へ向かう。

 反乱者がまず狙うのは王と決まっている。

 そして、王の次に狙われるのはその血族だ。

 歩く最中、僕は君の剣を手に取る。

 君と違って僕は剣術より槍術の方が得意だったけれど、僕の目的は一人でも多く殺すことではなく、少しでも長く君の逃げる時間を稼ぐことだったから。

 辿り着いた王座の下では既に君の父である王が倒れ伏していた。

「いたぞ! 王子もいたぞ!」

 反乱者の先導と思わしき人物が叫ぶ。

 恐怖はない。

 僕は僕の目的を果たすだけだから。

 剣を愚民たちに向けて告げる。

「覚悟せよ、反逆者共。貴様らの名を一文字たりとも歴史には残さぬ」

 君ならばそう告げただろう。

 やがて偉大な王となる才覚を持つ君ならば。

 反逆者共が叫びながらやって来る。

 あぁ、安心した。

 僕は君になれたんだ。

 息を一つ吸い、剣を構えて。


 私は王に仕える剣となった。

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