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ファーストバイト 29

「開けますよ! 開けますから! 黙って待っててください! 近所迷惑です!」


 俺は「立てこもり犯に対する刑事ですか」といったツッコミを入れる余裕もなく、急いで玄関の鍵を開ける。ドアを開ける。先輩を招き入れる。ドアを閉める。


 一仕事を終えた気分で「ふぅ……」と息を吐いて、振り返るとそこには、


「――ふんっ」


 何故かドヤ顔でこちらを見上げている小柄な女性が居た。


 ゴツめのスニーカー、黒いサロペット、薄手のアーミー柄ジャケットを格好良く、マニッシュに着こなしている。パッと見はイカつい男性のスタイルだ。


「……山崎先輩。勘弁してくださいよ。酔っ払ってんすか」


「呑んでねえよ」


「夜中……ってほどでもないですけど、もう夜なんですから。部屋の前で大声を出すとかマジでやめてください。怒られまくって、このマンションから追い出されたら」


「知らん。んなことよりも肉だ。まだ残ってるんだろうな。おにぎりも。食うなって言ったよな。おい」


 部屋の主を玄関に置き捨てて、先輩は一人でずかずかと中に入り込んでいった。


 山崎先輩が我が城を訪れたのは先日、味覚ガジェットを手渡しに来てくれて以来の2回目だ。……2回目の来訪でもう我が物顔ですかぃ。いや、1回目のときも堂々と上がり込んでたか……。


「フライパンは? コンロの上か? ……ふっ。マジで失敗してたんだな」


「マジですよ。ネタだと思ってたんなら来んでくださいよ」


「肉を焼くだけだぞ? こんなもん、失敗してんじゃねえよ。サルでも出来るぞ」


「いや、猿にはムリでしょうよ。火の扱いはニンゲン様の専売特許です」……本当はオーストラリアの鳥が火の付いた枝をくわえて狩りに利用してたりもするけれども。今回は便宜上、ニンゲン様の専売特許ということにしておいていただきたい。


「うるせえ、サル以下。自分で言ってて気付いてねえのか? 今の話を逆に言うと、火を満足に扱えないお前はニンゲンの枠から外れてるってことになんじゃねえのか」


「うっきっきー」


 ……先輩は何をしに来たんだ? 俺の失敗を笑いに……ってそこまでヒマでもないだろうし、陰湿でもないよな。……何かちょっと機嫌良さそうだけど。何だ……?


「よし。喜べ。敷島。その塩っからくて焦げ焦げの失敗肉を再利用してやる」


「……は? 何をする気で」


「おにぎりも出せ。具は何だ? 梅干しか。渋いチョイスだな」


「いつもじゃねえすよ。なんとなく今日の気分は梅干しだったんすよ」


「まあいい。玉子はあるか? ……玉子もねえのか。マジで自炊してねえんだな」


「言ったじゃないすか。あるのは……塩とかコショウとか醤油くらいすね」


「自炊しねえのに。逆に何で塩とコショウと醤油はあるんだよ」


「……さあ?」……実家の食卓にあったから。常備させておくもんだと思って買ったんだよな。パンだのおにぎりだのばっかり食ってたから全く使ってねえんだけど。


 山崎先輩は、


「……持ってきといて良かったぜ」


 と呟いて、サロペットのポケットから白い玉――生の鶏卵を取り出した……!

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