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ヒイラギ本丸の大侵寇

「いつか山姥切国広に還る日は」の後日談。

本丸サイドがどうしていたか、事後処理はどうなったのかという話。

審神者、山姥切長義、乱藤四郎しか出てきません。

この話単体ではカプ要素もないです。

でも、一応二振のカプ前提なのでカプタグ使ってます。

 ヒイラギは、自分の本丸が普通だと思っている。

 戦績はまずまずで、素行だって悪くない。

 強いて変わった点を上げるとすれば、逸話とは異なる呪いを持つ刀剣男士を数口所持していることくらいだ。

 ヒイラギは呪われた刀の管理所持を、政府から命じられている。

 それは彼が、代々呪術師をしている古い家の生まれだからだ。

 彼の実家は呪いを解くことを専門にしており、呪いに関する知識は他の追随を許さない。

 家督を継いだ兄程ではないが、ヒイラギにもその知識が人並み以上にある。

 だから呪いを解いたり、それが無理なら弱めたり、封じたりといった対処が可能だった。

 そうした対処が必要な場面に何度も遭遇したが、今は平穏な本丸生活を送っている。

 そんな普通の本丸に、政府勤務の山姥切長義が現れた。

 挨拶もそこそこに、ヒイラギはひとまず応接間に長義を案内した。

 応接間は和洋折衷で、畳の上に赤い絨毯が敷かれ、背の高いテーブルと椅子が置かれ、出入口は襖になっている。

 宴会の準備をしているため、部屋の外はかなり騒がしかった。

 しかしその喧騒こそが、逆に室内の静けさを際立たせる。

 長義と向かい合うヒイラギの隣には、厨当番の手伝い中に呼び出された乱藤四郎が座る。

 折れた刀剣男士に呪われた彼の同席は、長義の指示によるものだった。

 通常の任務も呪われた刀に関する特殊な任務も、通信や管狐を使って行われる。

 だから政府職員がわざわざ訪れる理由なんて、一つしか浮かばない。

 ヒイラギの予想通り、長義はテーブルの上に一枚の紙を置いた。

「これに間違いはないな」

 それは本丸の出陣・遠征記録、その四月分だった。

 棒グラフが赤青白の三色で塗り分けられ、縦軸は日付、横軸は時間となっている。

 そして紙の半分以上が、出陣を示す赤い棒で塗りつぶされていた。

 棒の中には出陣・遠征先が書かれていて、そのほとんどが対大侵寇防人作戦フィールド。

 防人作戦は十二日に終了したが、ヒイラギの本丸は特例としてそれ以降の出陣も許可されていた。

 ちなみに防人作戦フィールド以外の出陣先はすべて函館。

 遠征を示す青い棒の中には、『比叡山延暦寺』『西上作戦』『公武合体運動』と書かれている。

 つまり一部隊は常時防人作戦フィールドに出陣し、残りの三部隊は小判回収の為に遠征をし、男士が疲労したら俗に言う桜付けをしていた事が読み取れる。

「はい、間違いありません」

 ヒイラギは、緊張した面持ちで肯定した。

 長義は淡々と、事務的に言葉を紡ぐ。

「原則として、審神者以外が指揮を取ることは禁止されている。

 しかしこれは、君一人では不可能だ」

「確かに指揮を近侍に任せました。

 ですが過去に、同じような事例がありましたよね」

 審神者が無茶をして動けなくなった際、近侍が出陣許可を出した本丸がある。

 かなり有名な本丸なので、ヒイラギも当然知っていた。

「あれは緊急時の特例だ。

 残念ながら、君の本丸には適応されなかった」

「彼らの発見は、急を要するものでした!」

 思わず語気が強くなり、ヒイラギは慌てて長義から顔を逸らした。

 四月一日。

 防人作戦フィールドにて、乱藤四郎の右腕が切断された。

 この乱藤四郎は折れた刀剣男士から鍛刀されており、右腕には資材にされた山姥切国広と三日月宗近の思念が宿っていた。

 防人作戦終了後もフィールドへの出陣が許されたのは、右腕と共に消えつつある二振りを救うために他ならない。

 ヒイラギにとって、右腕に宿った彼らは大切な自分の刀だ。

 だから彼は罰せられるのを覚悟で、近侍と交代で常時本丸を稼働させた。

 政府や他の本丸から応援を得られた事もあって、腕は無事発見された。

 しかしあと少し発見が遅ければ、国広の方は消えていただろう。

 今準備している宴会は、戻ってきた腕の帰還、三日月宗近の修行出立、七星剣の顕現を同時に祝うためのものだった。

「……しかし、政府はそう考えていない。

 新しい腕が生えていたことから、そもそも探す必要性を感じていなかった。

 捜索許可と政府の応援があったのは、応援要請メールを読んだお人好しが頑張ったからだ。

 それだって、作戦フィールドの安全が確認されてなければ実現しなかっただろう。

 それと規約違反はもう一つ――乱藤四郎」

「へっ、ボク?」

 完全に油断していたらしい乱が、ヒイラギの隣で素っ頓狂な声を上げた。

「遠征や特命調査などの長期任務を除き、四十八時間以上続けての出陣は禁止されている。

 しかし君は作戦終了から腕が発見されるまで、ほとんど作戦フィールドに出ずっぱりだった。

 記録では三日に一度帰城しているが、十五分程度でまた出陣している。

 他の男士は定期的に交代していたが、君だけが働き詰めだった」

「それはボクが、ワガママ言ったんだよ?」

 人の身を持つ刀剣男士の無茶な連続出陣は、疲労からの刀剣破壊を誘発する危険行為。

 そのためヒイラギは定期的に部隊を交代させていたが、乱だけは例外だった。

 彼は腕が無くなったのは自分のせいだからと、休むのを拒んだのである。

 普段から自分の中にいて、親しくしている男士が消えようとしているのだ。

 乱の話と政府にある記録を通してしか彼らを知ることができないヒイラギ達よりも、必死になるのは無理もなかった。

 乱は防人作戦の間、腕がないことで出陣も遠征もできなかった。

 当然捜索のために作戦フィールドに行くこともできず、それも彼が焦燥感に駆らせたのだろう。

 乱の愛くるしさを最大限に活かした全力の懇願に対して、ヒイラギは一期一振などを使って説得を試みた。

 しかし乱が全財産を一口団子に変えて土下座したことにより、ヒイラギが折れる結果となった。

 それから乱は疲れたら一口団子で体力を回復し、食事は交代の男士が持ってきた握り飯やサンドウィッチを食べ歩きし、四六時中捜索に専念した。

 見目を気にする彼にしては珍しく風呂に入る間も惜しんでいたが、ヒイラギの説得で三日に一度シャワーを浴びさせることだけは成功した。

「本人の希望だとしても、審神者の管理責任は免れない。

 審神者を大事に思うのなら、自分の事も大事にすべきだった」

「それは……そう、だね。ごめんなさい」

 頭を垂れ謝罪する乱の姿は、ヒイラギや一期一振に叱られた時と変わらない。

 政府職員への態度としては、どう考えても不適切だった。

「それで、君達の処分だが」

 長義の改まった声に、ヒイラギは姿勢を正した。

 解任などの重い処分はないだろうが、減給や謹慎くらいは覚悟している。

 横目で乱を確認してみれば、特に緊張した様子はない。

 呑気なのか肝が座っているのか、三年の付き合いになるヒイラギにも分からなかった。

「これまで素行に問題がなかったこと、特殊な事情があった事を踏まえ――戒告となった」

「……カイコク? それは、どのような処分なのですか?」

 聞き慣れない単語に、ヒイラギは恥を忍んで訪ねた。

 素行や事情を鑑みての処分だから軽いのは分かるが、それ以上はわからない。

「軽い注意という感じかな。

 厳重注意に似ているが、厳重注意よりは軽いものとなる。

 つまり、今俺がここにいるのがそれに当たる」

「……軽すぎ、ませんか?」

「妥当だろう」

 思わず口をついて出た言葉を、長義はさも当然とばかりに一蹴した。

「それにしても山姥切長義さん、来るのが遅かったね。

 確か、長時間勤務を警告するプログラムが組まれてたと思うけど」

 乱の素朴な疑問に、そう言えばそうだ、とヒイラギは思い出した。

 審神者に就任した当初、説明を受けたことがある。

 任務状況は常時政府に記録されており、違反は自動で警告メールが送られてくる。

 それでも規約違反をした場合、こうして政府のものが直々に足を運んでくるのだ。

 男士に無茶をさせるつもりはなかったので、ヒイラギはすっかりその事を忘れていた。

「……情けないことに、こちらも混乱していてね。

 大侵寇の際、そのシステムを管理する機械が破壊されてしまったんだよ。

 おまけに応援に送った男士達は、間抜けにも君達の規約違反に気づかなかったようだしね。

 先日ようやくシステムが復旧したので、俺が来たというわけだ。

 処分が軽く済んだのは、そういった事情もある。

 今回はいくつもの幸運により軽い処分で済んだが、次はこうはいかない」

 長義はそう言うと、おもむろに懐から一枚の名刺を取り出した。

 知らない名前だが、配属部署から本丸の管理・監視をしているらしいことは分かる。

「また何かあったら、次は彼を頼るといい。

 彼こそが、政府から応援の許可を取り付けたお人好しだ。

 権力はないが、親身になってくれるだろう」


 長義が帰った後、ヒイラギは力なく椅子の背もたれに寄りかかっていた。

 一応見送りを申し出たが、すげなく断られたため、一歩もそこから動いていない。

「お疲れ様、あるじさん」

「……ありがとうございます」

 乱が厨でお茶を淹れてきてくれたので、ヒイラギは有り難くそれを口にする。

 体内に居る誰かが教えたのか、乱は最初からお茶を淹れるのが上手かった。

 ヒイラギの口中に程よい濃さで茶葉の旨味が広がり、全身の力が抜けていく。

 乱もヒイラギの向かい、先程まで長義が座っていた席で同じようにお茶を飲む。

「それにしても、随分落ち着いていましたね。

 貴方はもう少し、動揺するかと思っていました」

「山姥切長義さんが深刻そうじゃなかったから――もしかして、気づいてなかった?

 あの山姥切長義さん、ボクの中に居る刀達と同じ本丸に居たんだよ」

「え?」

 まさかと思い、ヒイラギは目の前にモニターを出現させた。

 空中に投影されたそれは、本丸内ならどこでも使用可能な優れものだ。

 仕事でもプライベートでも使うそれを慣れた手つきで操作し、時の政府のサーバーにある審神者と職員の名簿にアクセスする。

 機密に触れない程度の簡易なプロフィールであれば、下っ端の審神者でも見ることができた。

 戒告に来たということは、長義は管理部の所属だろう。

 幸い管理部の山姥切長義は一振りしかおらず、すぐに彼の来歴を見ることができた。

 乱の言う通り、件の本丸に居た旨がしっかりと記載されている。

「……よく、気づきましたね」

「本丸ごとに気配ってあるでしょ。空気感っていうのかな?

 いつも一緒にいる皆と似てたから、すぐ分かったよ。

 それに実を言うと、管理部に居ることも知ってたし。

 生き残った皆がどうしているか気になって、定期的に政府のサーバーにアクセスしてたからね。

 山姥切長義さんは特にひどかったから、ずっと気になってたんだ」

「ひどい?」

 乱を引き取った際に襲撃事件の記録を読んではいたが、流石に詳細までは覚えていない。

 ヒイラギは再びモニターを操作して、事件記録にアクセスした。

 当該本丸は襲撃時点で顕現可能な刀を全て所持していたが、生き残ったのはわずか十五口。

 その殆どは審神者の呼びかけに応じて撤退に成功したものだが、三口は本丸内で発見されていた。

 山姥切長義は、その内の一口だった。

 他の二口は本丸内で隠れているのを回収されたが、当時門番をしていた長義は正門前に打ち捨てられていた。

 触れるだけで折れそうな程の重症だったため、遡行軍は相手にする必要がないと踏んだのだろう。

 実際発見時の彼は戦うどころか動くこともできず、ただ静かに燃え盛るセーフルームを見上げていたらしい。

 戦うことも、生きるための手段を取ることも、折れることも許されなかった刀。

 その心の傷は深く、自らの意志で刀の姿に戻ってしまった。

 さらには客観的で精密な襲撃事件の記録を残して、聴取は応じないという強い意思表示までしていた。

 実際それから半年間、長義は誰の呼びかけにも応えなかった。

 気の長いカウンセリングの末、ようやく人の姿をとったのは襲撃から一年後だった。

 居た堪れなくなって、ヒイラギはそっとモニターを消した。

「――あるじさんったら、泣き虫だなぁ」

 そう言われて、ヒイラギは乱の顔が滲んで霞んでいることに気づいた。

 三年前は泣かなかった気がするが、長義を前にして現実味が湧いたのだろう。

 乱がヒイラギの隣に移動し、レースのハンカチを手渡してくれた。

「名刺の人ね、亡くなった審神者さんのお孫さんなんだ。

 彼が応援要請メールを見たのも、警告プログラムが故障したのも、応援部隊が規約違反に気づかなかったのも、偶然にしては出来すぎてる。

 多分ボク達の事、ずっと気にしてくれてたんだね。

 勝手に気まずくなって今まで会わなかったのが、なんだか馬鹿みたい」

 ヒイラギは柔らかいハンカチで涙を拭いながら、その言葉を聞いていた。

 あの長義は事務的な態度の中に、こちらを気遣う様子を垣間見せていた。

 緊張でそれに気づかなかったが、長義は最初からヒイラギ達を批難する気はなかったのだろう。

 本当にただ仕事として、形だけの戒告に来たのだ。

「……今度、お礼にいきましょうか」

 ひとしきり泣いた後、ヒイラギは鼻声でそう提案した。

「受け取ってくれるかなぁ。

 ボク達との関係を隠そうとしてる感じがしたけど」

「……ああ、まぁ、それはそうでしょうね」

 同じ本丸の刀というのは、家族のようなものだ。

 身内に対してなら当然甘くなるし、実際そうなっている。

 政府が乱と長義の関係に気づいてないとは思えないが、あからさまに親しくして贔屓を疑われるのもよろしくない。

「でもほら、応援のお礼なら大丈夫じゃないですか?」

「なるほど、それなら受け取ってくれるかも。……ふふっ」

 突然笑い出した乱に怪訝そうな顔を向けると、彼は楽しそうに言った。

「ごめん、ごめん。

 ボクの中の刀達が、何送るかで凄い盛り上がっちゃって。

 久しぶりの再会にはしゃいでるなぁ、これは。

 ねぇ、次は他の生き残りの刀にも会いに行こうよ。付き合ってくれるよね?」

 ヒイラギ、本丸の刀、乱の中にいる刀、山姥切長義、政府職員になった審神者の孫。

 どれか一つでも失われていたなら、この喜ばしい再会はまた違ったものになっていただろう。

 そしてそれは奇跡などではなく、皆の努力の賜物なのだ。

 楽しそうな乱を見ながら、ヒイラギはその事実を噛み締めていた。

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