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いつか山姥切国広に還る日は

死亡・刀剣破壊・軽微なグロ・特殊設定等が含まれています。

山姥切国広と三日月宗近のカップリング(左右なし。将来的には付き合うしそういう関係になるかもしれないけど、作者が左右に興味ないから左右決めてません)のつもりです。

「今すぐ撤退しなさい」

 頑丈な扉と壁に守られたセーフルーム。

 そこにある機械を通して、本丸中のスピーカーから審神者の声が響き渡る。

 極めた山姥切国広は、審神者の背後でそれを聞いていた。

 歳を取り丸くなった背中、白くなった髪、皺だらけの手や顔――痩せ細った身体を覆う死装束。

 その全てを目に焼き付けていた。

「私はもうすぐ死にます。だから、もう守る必要はありません」

 背後では扉を壊そうとする重い音が、絶え間なく鳴り続けている。

 国広が振り返ると、扉は歪み始めており、音がする度にそれが大きくなっていた。

 勤めを果たす時が近づく予感に、柄に添えた右手が震えた。

「一口でも多く生き延び、新しい主の元で力を振るうのがあなた達の使命です。

 どうか、ご武運を」

 マイクのスイッチを切る音がした。

 国広が再び審神者を見ると、彼女は国広を正面から見上げていた。

「いいのか? 最期なんだぞ」

 案ずるように紡いだ言葉は、実際には僅かな時間稼ぎをしたいだけだった。

 審神者はそれを見透かしたかのように、頷いた。

「こんな日が来るかもしれないと、覚悟はしていたの。

 だから普段から、伝えたいことは全部言うようにしていたわ。

 大丈夫よ」

 そう言って、審神者は微笑んだ。

「ごめんなさい。後はお願いね」

「……分かった」

 国広は静かに頷くと、ゆっくり刀を抜いた。

「切れ味の冴えは保証する。痛みはないはずだ」

 審神者が静かに目を閉じた。

 国広は一つだけ深呼吸して、審神者が苦しむことがないように、勢いよく審神者の首を跳ねた。

 鉢巻がその動きに合わせてたなびく。

 審神者の首が、ごろりと畳の上に落ちる。

 国広はそれには目もくれず、足元に置かれた金属製の缶を持ち上げた。

 泣き叫びたい気持ちを必死に堪え、缶の中にある燃料を審神者に振りかける。

 缶が空になるとそれを投げ捨て、上着の内ポケットからジッポライターを取り出した。

 政府支給のそれは、この時のためだけに近侍が携帯する事を義務付けられていた。

 かつて審神者の体が、遡行軍に利用された。

 敵の刀を顕現する媒介にされたのだ。

 顕現自体はしたものの、戦うまでもなく自壊した。

 しかし、次も失敗するとは限らない。

 そのため審神者の生存が困難な場合、近侍が介錯し、敵に奪われないよう燃やすことになっていた。

 国広はライターに火を付け、審神者の亡骸に落とした。

 同時に、扉が打ち破られる。

 ライターの火は巻き散らした燃料に着火し、瞬く間に広がった。

 審神者の亡骸は炎に包まれ、その姿が見えなくなる。

 部屋に侵入した遡行軍の打刀が、国広の脳天目掛けて刀を振り落とす。

 国広はそれを後ろ手に受けとめ、受け流す動きとともに振り返った。

「髪の毛一本たりとも、あんた達には渡さない!」

 そう泣き叫ぶと、たった一振りで次々と現れる侵入者に立ち向かった。


 乱藤四郎の右腕 捜索協力願い

 所属サーバー:大和国

 本丸番号:六六七八三

 審神者名:ヒイラギ

 紛失物:乱藤四郎・極の右腕(肘から先すべて)

 紛失日時:四月一日 二十二時

 紛失場所:防人作戦フィールド 前線防衛ライン

 幣本丸の乱藤四郎の右腕が、大太刀の一撃により切断されました。

 回収を試みましたが、撤退まで追い込まれ失敗。

 直後に同じ場所に出陣しましたが、既に腕はどこかに移動した後のようでした。

 作戦終了後にフィールドへ捜索部隊を出陣させる特別許可を頂きましたが、一夜明けた今も発見には至ってはおりません。

 各本丸から寄せられた目撃情報はフィールド全域に及ぶため、捜索範囲を狭めることすらできません。

 フィールドは、全本丸が一度に出陣できるほど広大です。

 捜索範囲を狭められなければ、弊本丸だけでの発見は困難です。

 また、乱藤四郎に新しい腕が現れ始めました。

 この腕は最初こそ透明でしたが、少しずつ濃くなっています。

 通常男士から体の一部が切り離された場合、時間経過によってその部位に残された霊力が失われ消滅します。

 新しい腕が現れたのは、恐らく捜索中の腕が霊力不足で消えかけているためでしょう。

 作戦中にこの兆候が現れなかったのは、作戦フィールドが特殊な戦場であったからだと推察されます。

 出陣手形を必要とする戦場は、刀剣が折れないよう微弱な霊力で満たされています。

 また周囲の刀剣男士や時間遡行軍からも、霊力や瘴気が漏れ出ていました。

 切断された腕はこれらの霊力を消費することで、消滅を免れていたと思われます。

 しかし作戦終了によりそれらの霊力はなくなり、腕は消滅を余儀なくされています。

 ご存知のことと思いますが、この乱藤四郎は本丸襲撃で折れた刀剣男士を使って鍛刀されました。

 かつて時の政府で一度だけ行われた、折れた刀剣男士を再利用する試みの一環でした。

 しかし本体である刀剣から丁寧に男士の魂を引き剥がして還す刀解と異なり、折れた欠片はただ溶かして資材にすることしかできません。

 その結果乱藤四郎の中には資材にされた男士の記憶がこびり付き、独立した人格として現れました。

 幸い肉体の主導権は乱藤四郎にあるため、定期検査を条件に任務や修行の許可を頂いています。

 現在彼の中から、山姥切国広と三日月宗近が居なくなっているようです。

 恐らく紛失した腕の中に、彼らの思念が宿っているのでしょう。

 このままでは、この二振りは消えてしまいます。

 どうかお願いです。

 時の政府や他の本丸から、捜索のための人員を割いていただけませんか?

 欠片とはいえ、彼らは刀剣男士であり、この本丸の大事な一員です。

 私には彼らを救う義務があります。

 どうか、よろしくお願いいたします。


「皆は、無事なんだろうか」

 昔話に花を咲かせていた山姥切国広は、ふとそんなことを口にした。

 重い座卓の向かいで茶を飲んでいた三日月宗近が、湯呑をそっと胸元まで下す。

 国広は髪も目も肌も白く変化し、着ている軽装の紺がやけに浮いていた。

 一方、軽装がないため内番着を着ている三日月には、特に変わったところは見られない。

 そこは十畳ある和室で、床の間には三日月を描いた屏風や紫の花が飾られ、違い棚に筆や香炉などが置かれていた。

 それらの向かいに桐箪笥や小物を入れる棚があり、国広達が座る座卓は部屋の中央に鎮座している。

 メゾネット構造の相部屋であるため、入口近くには国広の部屋に続く上り階段が設けられていた。

 どこを切り取っても落ち着きと品があり、それでいて一つの絵画のように美しく装飾されている。

 部屋の出入り口である襖も同様で、山に浮かぶ朧月が墨で描かれていた。

 本来はそこから縁側に出られるが、今は開くことすら叶わない。

 こうなったのは、乱藤四郎の腕が斬られたのが原因だった。

 国広と三日月は三年前に折れ、資材に変えられ、乱藤四郎の右腕として生まれ変わった。

 乱の中にはかつて国広達が暮らしていた本丸が作られ、そこで資材にされた刀剣男士達は暮らしていた。

 しかし腕が切られたことで、国広達はこの部屋と共に孤立してしまった。

 腕には目も耳もなく、外部情報は触覚しかない。

 それでも国広達は、作戦が終了していることだけは理解していた。

 普段は腕を操ることなどできないが、乱の制御が離れた時は例外的に可能となる。

 だから国広達は腕だけで地面を這い、帰還を試みた。

 しかし蹴られたり踏まれたりして、思うように移動することも留まることも出来なかった。

 そして一週間前、そうした外部からの干渉がなくなった。

 つまりは作戦が終了したということで、おかげで思い通りに動けるようになった。

 しかしそこで、国広はリングワンダリングという現象を思い出した。

 視界の悪い状態で方向感覚を失い、同じ場所をグルグル回ってしまうという現象だ。

 そのため国広達は自力での帰還を諦め、三日月の部屋で茶を飲みつつ、救助を待つこととなった。

 幸いポットのお湯や菓子などの消耗品は、零時になると戻るため無くなることはない。

 国広の記憶にある限りでは、防人作戦は刀剣男士側が善戦していた。

 数は不利であったものの、個々の能力なら刀剣男士の方が圧倒的に高いからだ。

 だがどこかで巻き返され、本丸への侵入を許し、最悪の自体が起こっている可能性は捨てきれない。

「最悪を避けるために、外の俺は姿を消したのだ。

 そう簡単にはやられんさ」

 『外の俺』というのは、腕の持ち主である乱と同じ本丸の三日月宗近のことだ。

 大侵寇があった日、審神者に「野暮用だ」とだけ告げて本丸から消えた。

「分かっているだろうが、俺はその三日月の心配もしているんだからな」

 国広がそう言うと、珍しく三日月の笑みが固まった。

 やはりあれは帰ってこないつもりなのか、と国広は確信した。

「もし皆が無事なら、あの三日月の思い通りにはならない。

 俺は乱藤四郎の身体を通して、あの本丸を見てきた。

 だから、断言できる。

 あいつらが守りたいのは、三日月も居る本丸なんだからな」

「ははは、そうだな」

 三日月は嬉しそうに笑ったが、国広には少し悲しげにも見えた。

 国広には詳しい事情は分からないが、連れ戻されるのは本意ではないのかもしれない。

 折れたいわけでも、あの本丸に戻りたくないわけでもない。

 むしろ帰って、皆に怒られて、心配されて、そういう結末を望んでいるはずだ。

 それでも――いや、だからこそだろう。

 自分が犠牲になることで全てを守れるなら、そこにどんな苦悩があってもそうしてしまうのかもしれない。

「しかしそう言う山姥切も、もう少し己の心配をしてはどうだ。

 外の皆が守ろうとしている本丸には、俺達も含まれているのだろう」

 三日月は座卓に湯呑みを置くと、身を乗り出して、国広の白髪をそっと持ち上げた。

 抜けているは色素ではなく、霊力。

 霊力で肉体を構成している国広達にとって、それは消滅が近いことを意味する。

 腕の霊力を二振りで共有していたが、国広は三日月が消費した分の余りを受け取る形になっていた。

 太刀である三日月の方が、霊力消費が激しいためだろう。

 そのため、国広からだけ霊力が失われていた。

 手を繋いで三日月から霊力を送れないか試したが、それは不可能だった。

「できることがなくてもな」

 三日月は悔しげに顔を歪めて、前髪からそっと手を離した。


 湿った緑と土の匂いで、国広は目を醒ました。

 辺りは薄い霧に覆われていて、景色がぼんやりとしている。

 寝ぼけ眼で視線を動かすと、木製のテーブルに上半身を預けていた。

 その低さと幅の狭さから、恐らく折り畳み机か何かだろう。

 もう少し視線を動かしてみれば、政府支給の箪笥や事務机など最低限の家具が見える。

 ――俺の部屋?

 国広は記憶を辿るが、間違いなく国広は部屋に戻っていない。

 だって国広はもうすぐ消えようとしていて、だからこそ最後は三日月と一緒に過ごそうとしていたのだから。

「ああ、起きたか」

 その声に顔を上げれば、正面に山姥切国広が座っていた。

 ボロ布の代わりに鉢巻を巻き、戦装束を身に着けている。

 右腕の袖が通っておらず、よく見ればそもそも通す腕がない様だった。

「……ッ!」

 国広は慌てて立ち上がり、とっさに隻腕の男士から距離をとった。

 刀の柄に手を掛けようとして、そもそも刀を持っていないことに気づく。

 軽く舌打ちをすると、国広は応戦できるように両手を構えた。

「あんた、何者だ」

 本丸ごとの気配というものがあり、自分の本丸の刀を別本丸の刀と間違えることはない。

 この山姥切国広からは、三年前に滅びたあの本丸の気配がした。

 しかしあの本丸の山姥切国広は、国広だけだ。

 国広の問いに、隻腕の男士は視線を右下に向けて、考える素振りを見せた。

「そうだな……俺もお前も同じ山姥切国広だ。

 同位体なんかではなく、まったく同一の。

 本丸が滅びた後、どういうわけか俺達は二つに分かれた。

 そして俺は、彼岸と此岸の間に留まることになった。

 ……あんたが、俺の右腕が今も生きているからだ」

 国広は腕の通ってない右袖を見た。

 刀解で資材になるのは刀剣のごく一部であり、大部分は破棄されてしまう。

 その破棄されたものが、目の前の山姥切国広ということらしい。

「つまり俺は、消えたのか」

 国広は警戒を解いて折り畳み机の前に座り、確認するように尋ねた。

「いや、あんたはまだ消えてない。

 現世に戻ろうと思えば戻れるし、俺と一緒に逝こうと思えば逝ける。

 生死を彷徨っている、という感じだろうな」

「戻れる、のか?」

 国広が確認すると、隻腕の男士は頷いた。

「ああ。この部屋から出れば、現世に戻るはずだ」

「……あんたは、いいのか」

 国広は、隻腕の男士を案じるように尋ねた。

 今ここで国広が一緒に逝けば、この隻腕の男士も彼岸を渡ることが可能なはずだ。

 隻腕の男士がここに留まることを望んでいれば話は別だが、そうでない場合は折角の機会を不意にすることになる。

 次の機会など、いつ訪れるかわかったものではない。

「気にするな、あんたの刃生だ。

 そもそも二つに分かれて別の道を歩んだ時点で、俺とあんたはもう別物だろう。

 主を追って彼岸に渡りたい気持ちはもちろんあるが、あんたの生を奪ってまでしたいとは思っていない。

 ここには、同じ理由で留まっている連中もいる。

 俺の心配はいらない」

 それに、と隻腕の男士は続ける。

「百年も千年も、刀剣男士である俺達には大した差はない。

 あんたが自分の生を全うして帰ってきた時に、あんたの物語を聞かせてくれ。

 ……実を言うと、かなり興味がある」

 そう言って、隻腕の男士は優しく微笑んだ。

 この刀が嘘を吐けないのは、誰より国広自身が知っている。

「……ありがとう」

 国広は隻腕の男士の厚意を素直に受け取り、立ち上がって一階に降りる階段へ向った。

 自身の生に未練はない。

 そもそも一度はすべてを奪われたのだ。

 それが何の因果か、乱藤四郎の右腕として再び戦場に出ることができた。

 だから自分が消えると分かった時、国広はそれを受け入れられた。

 それが正しい在り方だからだ。

 それでも、国広は戻ることを選んだ。

 自分が居なくなれば皆が悲しむとか、生きる手段があるのに諦めるべきではないとかもある。

 しかしそれより何より、自分と同じく乱藤四郎の右腕として生まれ変わったあの三日月宗近の事が気がかりだった。

 近侍をすることも多かった国広は、よく本丸の刀を見ていた。

 だからあの三日月が、ひどく寂しがり屋ということも知っていた。

 国広は彼が一人でいるところを見たことがないし、茶やら買い物やらに国広を含めた誰かを誘っているのも頻繁に見てきた。

 その癖人一倍抱え込み、あらゆる物事を飲み込んでしまう悲しさがある。

 そんな彼を、国広は放っておけなかった。

「行ってくる。土産話、任せておけ」

 次は皆一緒に――今度こそ主も歴史も守り抜いて、乱藤四郎と共に生を全うした時に。

 国広はそう決意して、もう一人の自分に別れを告げた。

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