84:魚の血ってたまにすごく跳ねる
「おろろろろろ」
「あぁもうだから言ったのに。はいはい背中さすってあげましょうねぇ。」
「い、色々すいません……。」
甲板から海へと虹を描くテクラちゃんの背中をさすってあげながら、海を眺める。まだ陸地が見える距離だけど、海上の潮風ってのはまた格別だね。
彼女が持ってきたあの大量のお酒だが、一応何とかすることが出来た。船の責任者の人と色々協議と言うかお願いした結果、全て寄付という形で受け取ってもらえることに。船内で販売する形で使用し、私とテクラちゃんが無料で飲み放題という感じで落ち着いた形だね。ちなみにアルとマリーナも無料ではあるんだけどまだ未成年ってことで飲ます気はありません。
んでまぁ飲み放題と聞けば飛びつきそうなのが一人いるわけで……。意気揚々と船の食堂に突撃し、そのままぐびぐび。出港したことも知らずに飲み続けた彼女は、無事船酔いを発症。お酒と船のWパンチを喰らってKOという感じ。
お陰様で? 酔いは醒めたみたいだし、真面に会話できるようにはなったんだけど……。
「お願いだから船内で戻すのはやめてね? 掃除するの私だろうし。せっかくフリーで吐き出せる海があるんだから、そっちにお願い。あと酔ってもいいけど暴れすぎないこと。……大人なんだし。」
「うぐッ!? き、気を付けます……。」
はいはい。んじゃ酔い止め飲みましょうねぇ。
結構な精神ダメージを喰らったらしい彼女に水と薬を手渡してやりながら、ちょっと後ろに視線を移す。するとそこにいるのはもう途轍もないというべきか、救い様のない者への視線を向けるウチの弟子たちの姿が。聖職者ということである程度の尊敬とかはあったんだろうけど、これで完璧に消し飛んじゃったね。……あと確かにこの目線はきついわ。私に向けられてないハズなのに心に来るものがある。
ま、まぁね? 迷宮付いたら色々挽回できるはずだし、これ以上失点しないように頑張ろテクラちゃん。
……話は変わるけどさ。あの量のお酒、どうやって買ったの? 寄進を貰ったとか言ってたけど、それってそもそも使って大丈夫だった奴?
「あぁ、はい。帝都の教会にお世話になると言うことで幾つか仕事を振って頂いたのですが……。まぁ落ちこぼれと言えど一応聖女見習いですので、お貴族様相手の説教や治癒の行使をやらせて頂きました。そしたらまぁ皆さんお金持ちで。」
「あー、確かに見栄を気にしてか凄い額収めたりするらしいねぇ。」
「何割か貰ってもいいということでしたので、ありがたく頂き、夕食を探しに外に出てみたのですが……。まぁ色々ありまして。気が付けば酒屋さんに到着していたんですよね。そしたらまぁ品ぞろえのなんと良いことか。流石経済の中心地ですよねぇ。」
もしかしてそこ、お店の前に大きなワイングラス掲げたおじさんの絵が飾ってあるお店? あ、やっぱりか。そういう看板出してるお店滅多にないから悪目立ちしてるけど、品ぞろえとか店員さんの知識量が凄くていいお店だよねぇ。試飲も出来るし、相談したら手ごろな物出してくれていいのよ。
しかも庶民向けにってことで手ごろな値段の奴ばっかりだし、お願いしたら結構遠方のお酒を取り寄せてくれたり、取り置きもしてくれる。私も結構お世話になってるよ。……ちょっと鞄の中見たけどさ。あそこでプッリャの20年物買ったでしょ。こっちでの著名な銘柄の奴。
「……ッ! 解るのですかッ!?」
「嗜む程度だけどね。ほらこういう職だからさ、どうしてもそっち方面の知識は仕入れないとでしょ? アレ特段に香りがいいよね。」
「えぇ! えぇ! そうなんです! わ、私。誰かとお酒の話して見たくてッ! ずっと、それを……、うぷッ!?」
あぁはいはい。気持ちは解るけど虹は海に向かって描いてね。
煙草は肺をやるからってことで手を出したことはないけど、お酒は少しなら解るし、話も付き合うからさ。
……聖都から帰る時軽く聖女のお婆ちゃんから聞いたけど、やっぱり堅苦しい生活してたからその反動が今来てる感じなのかな。ある程度同じ趣味持っていたとしても聖都じゃ絶対数が少ないだろうし、位の差もある。ある程度対等に話せる人っていなかっただろうから、色々舞い上がっちゃったんだろうねぇ。
「……師匠、別にダメとは言わないですけど酔い過ぎないでくださいね。」
「ちょっとテクラさん二人分をどうにかするのは私達には……。」
「あ、うん。ちゃんと抑えるから安心してね? テクラちゃんのことも止めるから。だからそんな目で見ないで、ほんと。心に来るからッ……!」
お、お酒が悪いわけじゃないからね? 確かに飲み過ぎると肝臓が死ぬし、デメリットも多いけどすっごく良いものなんだから。ほら酒は百薬の……、ってこっちにそんな言葉なかったや。まぁとにかく付き合い方次第だから、ね? ほら師匠の私がそう言ってるんだから、ダイジョブだって!
「確かに師匠の凄さは理解してますけど、私生活の方はあんまり……。」
「一緒に住んでるアルがそう言うってことは、やっぱりそうですの?」
「なんて言えばいいんでしょう。良い時と悪い時の落差が激し過ぎるというか、付いていけないというか。ダメ人間になってる時は見ないふりして無視した方がお互いのためにもいいと言いますか……。」
ゴフォッ!? あ、アル? 人は言葉でも死ぬんだよ……?
ま、まぁいいや。とりあえず私はテクラちゃんの面倒見てるからさ。先に客室の方に行っておいで。数週間そこでお世話になるんだし、覗いておいでよ。あ、地図はさっきアルに渡したパンフの方に乗ってるけど、解らなかったら近くにいる船員さんに聞けば解ると思うから。
ちょっとした探検代わりに行っておいで。
「船に乗るのは私も初めてですし、確かにちょっと気になりますわね。アル?」
「あ、うん。じゃあ師匠。」
「はいはい、またあとでね~。」
「おろろ、おろろおろろろろ。」
◇◆◇◆◇
そんなわけで師匠と別れた私たちは船の中へと入り、自分たちの船室を探して冒険と相成ったのですが……。自然とマリーナとの会話は、あのシスターさんのことになります。あ、聖女見習いさんだから、正確にはシスターじゃないんでしたっけ?
「あまりよく知りませんがおそらく違う括りなのでしょうね。定かでない知識に頼るぐらいなら名前呼びした方がいいと思いますよ? ご本人もそれを望んでいらっしゃるようですし。」
「みたいですねぇ。」
テクラさん。聖都で出会い、私達の修行の旅に同行することになった聖女見習いの方。既に今の聖女様が後継者として定められたそうなので、次代の聖女ということらしいのですが……。どうも初対面のイメージが頭から離れず、なんだか色々と信じられません。
だって目の前でお酒ラッパ飲みしながら煙草吸ったと思えば、げろ吐いちゃったんですよ? 師匠が見えないように目を塞いではくれましたが、想像できますし吐瀉物が地面に落ちる音は聞こえちゃってますし、耳に残っちゃっています。
ちなみになんかこう、水分だけが無理矢理排出されてるような音でした。
「まぁ聖女様も色々と凄い方でしたし、聖女になる人って色々とヤバい人じゃなきゃ務まらないのかもしれませんけど……。そういえばマリーナ。あの『御声』については気持ちの整理できました?」
「……アレ、夢とか幻聴ではなかったんですよね?」
「うん、私も師匠も聞いてたし、聖女様も言ってたでしょ?」
そういうと、なんだか色々こらえきれないといった表情で、天を見上げるマリーナ。まぁもう船内に入っちゃったので天井ですけど。
私はもうなんか慣れてしまったというか、私達の家に神様が降臨されて『そのプリン私のッ!』って駄々をこねなさったときから色々と察してしまっていましたが、やっぱり神様の存在は私達にとってとても大きな存在です。
故郷の村はそこまで信心深いわけでもありませんでしたし、余裕があるわけでもありませんでした。なのでミサも不定期にしかいけませんでしたし、ちゃんと出来たのは神様の生誕祭ぐらい。そのせいか私も一般的な人に比べると、そこまで信仰が深いわけではないです。
でも貴族のマリーナであれば、色んな付き合いや行事に参加する必要があったことでしょう。私よりもたくさん聖職者の方から話を聞いていたでしょうし、もっと多くの儀式を経験してたはず。だからそれ相応な信仰を持っていたんだとは思うのですが……。
「多分コレ、召されるまで黙っておくべき話なんですよね。お父様にも話せませんわ、こんなの。」
「でしょうねぇ。確かお声を聴くだけで列聖? って感じで名前が刻まれちゃうみたいですし。そっちの道に進むんならいいんでしょうが……。私は師匠のお世話しなきゃですし、他にやりたいこともあるんであんまり魅力は感じないんですよね。あ、でも。マリーナならなんか使えるんじゃないですか? 貴族ですし!」
「いやこんなこと話しても異端者扱いされますわよ!?」
列聖、所謂聖人として歴史に名を刻まれること。とっても名誉なことで、聖都での生活や聖職者としての上位の役職を任される凄いことらしいんですが、テクラさんとかのことを見ているとあんまり魅力は感じません。それに過去の職人さんたちの一部が神の声を聴いても教会に申請しなかったとかあるそうですし、黙っておくのはそう珍しい……。いや神様の声聞いてる時点で珍しいってレベルを超えてるのは確かなんですが。
でも貴族であるマリーナなら自分の発言権とかを増やす感じで上手く使えるのかなぁって聞いてみれば、目を見開いて反論して来る彼女。
まぁ、誰が自分たちの信じていた神が聖女と一緒に賭け事に興じてぼろ負けしたとか信じるんですかって話ですからねぇ。まぁ一応全能神ってコトらしいですし、負けてるってことはそういうことですもんね。 確かに……【いやちゃんと全能神だよ? でも賭け事に力使って買っても面白くないじゃん。不便を楽しむのも神の一面的な?】……は???
「あ、ある……?」
「い、いまの……、で、ですよね?」
「わ、わぁぁ。」
え、え。い、今のどう考えても神様ですよね!? 神様ですよね!? え、え! どどどどうしたらいいんでしょ!? 聞いちゃいました、聞けちゃいました! 師匠関係なく!? というかマリーナも!? え、ほんとにこれどうしたらいいんですか! なんかこう、お礼とかしなきゃいけない奴ですかこれ! というか私達が聞いちゃって大丈夫な奴なんですか!? わかん、解んないです! どうしたらいいんですコレ!?
め、名誉なことでいいんですよね!? なんかすごく不敬なこと考えてしまって、その訂正に声をかけられたって奴……。あ、あれ? これって名誉っていうより、すごくずごいまずいんじゃ? 神様への不信を、神様に指摘されちゃったってこと!?
あッ! あッ!? なんか! なんかすごく不味くてヤバい気がするぅぅぅ!!!
「どどど、どうしたらッ!? 私達どうしたらッ!? これお詫びにどっか飛び込んだ方がいい奴なんですか!? 死んで詫びる奴ですか!?」
「やだぁ死ぬのやだぁ! けど私たちのせいで不興かっちゃうのもっとやだぁ! あああああ!!!」
「ととと、とにかく! 聖職者……、テクラさんに相談しましょうマリーナ! たぶん、何とかしてくれる、いやなんかいい方法知ってるはずです!」
「びぃぃぃぇぇえええええ!!!」
【あ、ジナちゃんのノリで話しかけちゃった。マジごめん。】
あ、これ思ったより大丈夫な奴ですね。……いや私は大丈夫でもマリーナは大丈夫じゃないですよ!? 神様ァ! という師匠!? 神様とこんなノリでお話してたんですか!? ほんと色々大丈夫なんですか!?!?
ちょっと本当かどうかは解らないのですが、聖書にはいくつもの神様の逸話が書かれていると聞きます。そして神の不興を買った存在が大陸ごと沈められたというお話も。私が奴隷に落ちる原因になった長年続く麦の不作も誰かが神様を怒らせてしまったから、って話ですし、マリーナがこうなっちゃうのも解ります。だって自分のせいで国や大陸が終わるって聞いたら壊れちゃいますもん。なんか今回は御声的に大丈夫だとは思うんですけど……。とにかくマリーナがヤバいです!!!
「ほ、ほら! 早くテクラさんの所行きますよマリーナ! 今は大丈夫でも今後どうなるか解んないですから! 今のうちに、今のうちにです!」
「びぃぃぃ!!!」
「だから早く甲板に戻ろ……、ってここどこですぅ!?」
泣きわめいちゃってるマリーナの手を引き来た道を引き返そうとしますが……、何故かそこは、行き止まり。話しながら歩いていたせいで、完全に迷ってしまったみたいです。というか船内に明かりがないせいで、すごく暗くて今いる場所もあまりよく解りません。
一瞬魔法で火をつけて明かりをつけようかと思いましたが、この船は木製です。もし引火してしまえば全員お陀仏になってしまいます。かといってこのままでは感極まり過ぎたマリーナが最悪海に飛び込んで自分から天に召されようとしかねません。神のなんか軽めな謝罪が無かったら多分私も飛び込んでいたでしょうし、ほんと早く戻らないと。
(でもここがどこか……、そうだ! 船員さんッ!)
師匠が言っていた『解らなかったら近くにいる船員さんに聞いてごらん』という言葉。そうです。解んなければ解る人に聞けばいいんです。
「すいませーん! だれか! だれかいませんか! だれかー!」
「えっぐ、ひっぐ。ある、あるぅ! もう、もぅ……。」
「まだ大丈夫! 大丈夫ですから! ほらとにかく誰かいないか探しますよ!」
そう叫んでいると、何処かから何か響く音。たぶん、木が軋む感じの音だ。既に出向して海に出てるから船からそんな音が響いても可笑しくはないんだけど、その音よりは小さかった。たぶん誰かがドアを開けて廊下に出て来たんだろう。
すぐにそちらに視線を向け、マリーナの手を引きながら歩き始める。
船員さんじゃなくて他のお客さんでもこの際いい。流石に自分のお部屋の場所は解ってるだろうし、その人に現在地を聞けばいいんだ。幸い地図は持ってるから、今いる場所さえわかれば甲板まで上がることができる。
そう思いながら、暗い道をどんどん進んでいく。ある程度目は慣れたが、それでも暗闇の全てを見渡せるわけじゃない。
「あの、すいませんだれか……」
ようやくドアが開けられたのであろう扉の前に辿り着き、そう声をあげようとするが……。止まる。
閉じられた船内の中で、火器も厳禁。そんなこの場所じゃ明かりなんか天井から漏れ出るほのかな日光しかない。けれどそのせいか、扉で区切ったその先は完全な暗闇。どうしようもない恐怖を感じてしまい、口が動かなくなる。
そしてイヤに響く、足音。
何故か聞こえる、液体が地面に零れ落ちる音。
ゆっくりと、でも確実にその音の持ち主が近づいて来て。
その輪郭が、私たちの倍以上あるその姿が、見えてくる。
「だれ?」
低い、男性の声。
その手元に見える、金属の反射光。
そして何よりも、その体を染めるほどに掛かった、大量の血。
「「ぎ、ぎゃぁぁぁアアアア!!!!!!!!!!!!」」
気が付けばマリーナと共に叫びながら、私たちは拳を振り抜いていた。
Q:実際に神がキレて大陸が沈んだとかあったんですか?
A:普通にありました。基本的にあの女神は何でも許容しますし、女神に対する罵倒や反逆も『おもしろ』で済ませる神ではあります。しかし幾つか許容できない事項があり、それを為した瞬間最悪星ごと消し飛ばされます。一応元通りにはする様なのですが、対象者は最初からいなかったことになりますし、あまりにも行き過ぎていると元通りにせず星ごと最初からなかったことになります。
そのため教会はその原因と成りうる存在を徹底的に排除し、世界から概念そのものが存在しないように動いています。その取り組みは成功し、この世界では誰もその存在を思いつけないようにはなっているのですが、一応何かあった時の為に聖女や一部の枢機卿の間で口伝にて継承し、常に世界を監視しています。
民は聖書や聖職者から『神の怒りを買えば大いなる災いが落ちる』と聞き、やらかした聖職者が神によって処罰されるところを見て実感し、真っ当に生きるよう促されるといった感じですね。
ちなみに女神本人ですが、ジナと同じノリでアルたちに話しかけたのが聖女にもバレ、ボコボコのボロ雑巾にされました。そのせいで頭蓋にモーニングスターが突き刺さった状態で数世紀振りに真面目に仕事する羽目になったそうです。
6/5 本日発売でございます! どうか本当によろしくお願い致します……!!!
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誤字報告いつも大変お世話になっております、励みになります。




