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【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。  作者: サイリウム
迷宮編

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80:言い方が悪い!





「あ、あれ。例の酒浸りじゃない?」

「すごく内臓に負荷がかかる、て言ってもやめない子?」

「そうそう、煙草もしちゃって……。」

「え、肺とか大丈夫なのかしら……。」



自身の同僚とも呼べる人たちの声が、聞こえてしまう。


非常に、居心地が悪い。彼女たちの声を振り切るように、足早に彼女たちから離れていく。私に対する心配の声が、批判の声が酷く耳に残る。わざわざそんな陰口みたいな会話をするのならば面と向かって言えばいいじゃないか、酒とタバコに溺れた聖女見習い、教会の面汚し、って。


私は、テクラ。聖都にて神に仕える身だ。


最初は、単なる口減らしだった。貧しい村に生まれた私は、何の才能も持たない人間だった。三女として生まれた私には何の価値もなく、ただの穀潰しでしかなかった、まだ女としての使い道は残っていたが、育つまでにかかる費用を用意できるほど裕福でもなかった。


せめてもの情けだったのだろう、人買いに売られず教会へと身柄を預けられた私は、神の家で過ごすようになった。


そこからは、世界が変わった。


ただの穀潰しの村娘では得ることのできなかった知識、見ることのできなかったであろう神の奇跡。そして教会で過ごす者たちからの暖かな感情。家にいた時のようにただの邪魔者扱いされることはなかった、必要とはされていなかったけれど、ここにいていいと許してもらえるような気がしていた。



(私が最初に手に入れた、安心できる場所。故に、失うのが怖かった。)



それを理解したのが、私が末っ子ではなくなった時。私と同じように外から子供がやってきた時のことだった。当時の私よりも幼い、小さな子供。皆の視線が私から彼女へ移り、私は"お姉ちゃん"になってしまった。与えられる側から、与える側へと。それが、酷く怖かった。


今なら理解できるが、当時は出来なかった。自分から関心が薄れていく世界が、新しい子へと移っていく世界が、まるで自分の居場所が徐々になくなっていくような感覚に襲われた。一度得たものを失いたくない。私の頭の中はそれで一杯だった。



だから、学んだ。



教会の者として、何が求められているのかは理解していた。神に奉仕する者として、人々に教えを授け導く者として、相応しい人間になることを求められていた。自分の居場所を失わないために必死だった私は、死に物狂いで向かって行った。寝る間を惜しんで奉仕活動に励み、皆が休む時間ですら机に向かった。そんなことしなくても居場所はなくならなかったのに、狂ったように、進んでしまった。


進めば進むほどに、みんなが褒めてくれた。称えてくれた。神の僕として相応しい行いであると、人の指標と成り得る人間だと。私の身を削る努力を、みんなが称えてしまった。褒めてしまった。何も考えずに……、いや、褒めるしかなかったのかもしれない。とにかく、私は狂ったように進み続けてしまった。



(そうして、気が付けばここにいた。)



ちょうど、時期も悪かったのだろう。今代の聖女様は御高齢であり、次代の聖女を見つけるための動きが教会内で活発化していた。優秀な者や、勤勉な者、聖女に相応しいであろう人間が全てこの聖都に集められることになる。私も、その中の一人だった。


本来ならば、喜ぶべきことである。


ただの何でもない一教会のシスターから、"聖女見習い"と成れば階級的には一気に跳ね上がる。なんでもないシスターが、司教扱い。もし見習いの競争から落ちてしまっても、司祭見習いであったことは変わらない。最低でも、司教の位は保証されるのだ。そしてよりもっと上手く行けば、枢機卿。もし選ばれてしまえば、聖女。教会の頂点へと上り詰めることが出来るわけだ。とんでもない、栄転だった。


みんな、みんな私のことを笑って送り出してくれた。"頑張れ"って言ってくれた。でも……



私からすれば、一番欲しかった居場所から、追い出された。そうとしか思えなかった。



ここに来てからの数年は、本当に記憶がない。ただ無気力に生活していた。候補として必要最低限のことをして、上から指示されたことをして、ただ日々を生きていく。あのままだったら私は、そのまま候補から外されて、どこかの教会で燃え尽きた灰のような生活をしていたのだろう。だけど、そうはならなかった。


とある大きな町へと仕事に行った帰り、どうしてか近くにある店の中の騒ぎがひどく気になってしまった。


聖女の候補となればお付きのシスターもぞろぞろついてくる、そんな彼女たちが止める手を跳ね除け、何故か私はその騒ぎの場所に向かっていた。私にとって、ただ居場所を守るだけに利用していた神の、お声が聞こえた気がして。


騒ぎが起きていた場所、なんでもない町の居酒屋の一つ。


その中に入ろうと扉を開けた瞬間、私は大きな音に驚いてしまった。


酒に酔った人々が、みな好き勝手に話し、なんの脈絡もない会話を続けている。普通、聖女候補なんで物々しい人間がドアの前に立てば、皆騒ぎを止めるだろうに、彼らはあろうことか私の手を引いていた。酔った勢いで私に酒を無理矢理飲ませ、両手を取り勝手に踊り始める始末。


お付きのシスターたちが無理矢理止めようとしたが、彼女たちも私と同じ目に遭っていた。酔っぱらいの中に冒険者でも混ざっていたのだろう、鍛えているとはいえ教会の中から出ないシスターが本職に勝てるわけがなかった。


最初は、喉を焼かれた。まずかった。なんでこんなもの飲んでみんな笑っているのかと思った。


けれど、時間が経つごとに、


とても、とても楽しくなっていって。




私は初めて、神の声を聴いた。




【お酒美味いよね、わかる。もっと弾けよーぜ!】




単なる酔いの中で聞いた幻聴だったのかもしれない、しかしながら自分の中に湧き出す温かい魔力。全身に駆け巡る神の御力、酔いという高揚状態が自身の階位を一つ上げ、より高き場所におわす神へと近づく感覚。


あの時、私は信仰を得たのだ。


それから、私は時間があれば酒場に向かうようになった。お付きのシスターや、私たち候補の教育役。多くの者に止められたが、関係なかった。そもそも教義に飲酒の禁止は書かれておらず、ただ自主的に皆避けているだけに過ぎない。それに、こんなに酒を呷っている私と、ただ聖務に没頭し続ける他の候補。神から授かった魔法の数は私の方が圧倒的に多かった。



(なのに、私は認められなかった。)



候補として外されることはなかったが、聖女見習いの中での序列はいつも一番下。


素行不良という理由だけでいつもドベだった。理解はできたが、どの候補よりも自身の方が上位であるという思いは変えられない。そして周りの自身を蔑むような眼、批判するような眼に耐えられなかった。お酒と言う逃げ道を手に入れた私だったが、未だ自身の居場所を見つけられていなかった。少なくとも、ただの慣習に従う者たちのところにはない。


そんなストレスに耐えかねた私は、煙草に手を出すようになる。神から授かる魔法、神聖魔法も基本は詠唱。故にその根本である肺にダメージを与える煙草は避けるべきだったが、別の町の居酒屋で見た美味そうに煙を吸う者たち、そしてストレスの緩和が見込めると聞いた時。自然と手は伸びていた。


本当に、美味かった。酒と合わせると一生ものだった。あの時間は何事にも代えがたい。



(まぁ。そんな煙草も、もちろん慣習によって禁止されてたんですけどね?)



自分も煙草によるデメリットは知っていたが故に、奉仕活動の比率を上げ、神聖魔法の解釈の変更にまで手を伸ばし、無理矢理肺の状態を元に戻す回復魔法。所謂”部位欠損すら治癒する魔法”まで手に入れるに至ったのだが……。まぁ私への目線はひどくなるばかりだった。


部位欠損を治癒できる聖職者の数は本当に限られている、それができるということはこれまでの努力を神に認められたということ。そのまま大司教への道が開いてもおかしくなかった。ほんの少しだけ、新しい場所を自分で作れるのだと浮かれていたいてしまった。けれど何も変わらなかった、むしろ悪化した。


愚かな自分を叩き潰したくなってしまう。日に日に酒とタバコの量は増えていき、突き刺さる目線の数は増えていく。


治癒魔法によって全て”なかったことにできる”のが余計に拍車をかけた。


酒瓶が重なり、私の手に煙の臭いが染みつき始めたころ、私の元に残っていた人は誰もいなかった。元々、聖女見習いにはお付きのシスターと言うものがたくさんいる。けれど、気が付けば私の元から離れていた。代わりに入って来たのは私と同じように"問題児"とされていたシスターばかり。これはこれで面白く、楽しい時間を過ごしたが……。どこまで行っても傷の嘗め合い。私が真に暖まれる場所、居場所は見つからなかった。


そうして、もう自分がどれだけの酒瓶を重ね、煙を吸い続けたのか解らなくなった時。




聖女様に、呼び出された。




(どうして。)



あの方だけは、私のことを認めてくれていた。そう信じていたのに。


次の聖女候補としてお会いした時に、耳元でこっそりと打ち明けてくださった言葉、『私も結構いける口なのよ、今度一緒に飲みましょうね?』、あの言葉に私は救われていた。ずっと厳しい視線を受け続けるこの聖都で、唯一認めてくださる方だと思っていた。


けれど。


私にこの通達を渡して来た枢機卿の顔、私以外の候補たちの顔、噂好きの聖職者たち。そのすべてが、同じ顔をしていた。



……失おうとして、ようやく気が付くのかもしれない。私が追い求めていたものはどこにも存在しない幻想で、すでに居場所は手に入れていたのではないかと。この身を焼かれるような視線に耐え続けるこの場所が私の居場所で、一生ここで過ごすべきだったんじゃないかと。また故郷の村の、あの寒い家のような場所に放り出されるのなら、そっちの方が良かったのではないかと。




(……もうすぐ、時間だ。)




荒れる息を何とか整えながら、普段は立ち入ることすら許されない階層のボタンを押す。瞬時に転移の魔道具が起動し私の考えが纏まらぬうちに、目的の場所へとついていた。



(これまで候補として置いていただいたことへの礼、教会で育てていただいたことへの礼、あとは傷を嘗め合ったあの子たちがまだここに居れるように嘆願する。)



身だしなみを整えながら、すべきことを脳内に挙げていく。


直前までヤケ酒をしていたため、シスターのあの子たちに風呂に叩き込まれてしまったが、そのおかげでアルコールの匂いも煙の臭いも全て落ちている。全身に魔力を回し、煙によって浸食された肺の汚染も全て取り除いている。教会の頂点、あの方にお会いする準備は整っている……、はずだ。



「この部屋、ですね……。」



あの方の元へと行く緊張か、それとも全て失うことへの恐怖か、震える手を何とか抑えながら扉をノックする。



「あ、テクラちゃんね。開いてるわ、どうぞ~。」



普段通りの、ラフな時の楽し気な聖女様の声。それがひどく、恐ろしい。


ほんの少しだけ、勇気を頂けるように神へと祈った後。扉を開けると……。









 ◇◆◇◆◇








「「あ、酒カスさん。」」


「……アル? マリーナ?」



なんか短時間で色々あり過ぎたせいでうちの子がお口ワルワルになってる……! どうしましょ聖女様! うちの子が不良になっちゃいました! あわわわわわ……、って茶番は置いておいて、ほんとに聖都に着いた時にあった酔っぱらいの"聖女見習い"さんじゃないか……。えぇ、もしかしてユアさんさ、この人が例の人なの?



「あ、貴女方は……。」


「ジナちゃん正解~。さ、テクラちゃん? こっちの空いてる席にお座り。」



眼の前で何が起きているのか未だ把握しきれていない酒カスことテクラさんにそう指示し、無理矢理自身の横に座らせる聖女。まぁ驚くのも仕方ないよね。


ついさっき迷惑を掛けた相手が聖女様のお部屋にいて、お茶しているんですもの。しかも聖女様の部屋もよく見たら粉砕されたコントローラーや、なぞの大画面テレビ、あとは美容系の雑誌とか小物……。いや現代日本の品多いなオイ。



「と、言うわけでこちらが私おススメの"テクラちゃん"! 神聖魔法の練度もかなり高いし、部位欠損も回復可能! それに近接戦闘能力も十分ある方だからお買い得な子よ! 今ならジナちゃんが次の聖女になるだけでタダ!」


「「「え!?」」」


「前にも言ったけど嫌だって……、私に"アレ"の相手を四六時中するのは無理。」



急にぶっちゃけた話をし始めるユア聖女様。


一回死んで神の元に行ったときににも言われたが、"神と会話した"という実績と"神の力によって復活した"という実績を解除している私は、十二分に聖女になる資格があるらしい。でもまぁそうなった瞬間目の前にいるユアさんと同じように、あの神の邪知暴虐な振る舞いに付き合い続けないといけなくなる。


ユアさんからすれば、自身が死んで天使となった後も地上世界で仲のいい私が聖女をしていればとても安心。あとさっきみたいに神に対して思いっきり罵倒を吐けるところとかを評価してもらっているのだろうが……。申し訳ないがいつも断わってる。


まぁアレだ、大貴族のヘンリエッタ様が『私のモノにならない?』と言ってくるのなら、聖女様は『次の聖女にならない?』と誘ってくる、と言うわけだ。


……なんか私お婆ちゃんたちにずっと言い寄られてない?



「だよね~! 知ってた! じゃあ次の聖女はテクラちゃんね! 決定!」


「え? え? え!?」



あらあら、可哀想にテクラちゃん……。聖女様に遊ばれてますわ! まぁ気持ちは解らんでもないけど。



「ちょ! ちょっと待ってくださいジナ様!」


「どしたマリーナ。」


「せ、せ、聖女様って! え!? ど、どういうことですか! というかなんでさらっと断っちゃうんですか!? とっても名誉あることですよ!!!」


「え~!」



だって嫌なんだもん~! それに聖女に成っちゃったら、もう二人の師匠じゃいられないよ? それはイヤでしょう? というかアルはあんまり突っ掛かって来ないね。この話もうしてたっけ?



「いえ、してもらってないですが……。例の件(プリンと神事件)とか、師匠の性格とかある程度理解してますから。」


「あら。嬉しいこと言っちゃって。」


「んん~~~~ッ! そうですねッ!!! とっても不敬で怖いですけど! 私もジナ様にずっと教えていただける今の方がいいです!」



あら~~! マリーナもありがと。二人ともぎゅ~ってしちゃう。……あら破裂音。胸に二人の顔を押し付けたせいでマリーナの鼻の血管が切れちゃったのかな? 胸元が急速に熱くなってきた。ほらティッシュあげるから血を止めましょうね? アルの方は……、ギリギリ耐えてる。えらいね! あ、お腹だったらヤバかった。……もっかいやろうか? 次はお腹で。



「うんうん、あっちは上手く? 収まったわね! じゃあ次はこっちね! テクラちゃん~、貴方が次の私よ~。」


「え、え、は、破門……ではなく?」


「破門? 何それ。あとその漢字はとても危険だから今後使わないように……、って言っても解らないか。とりあえずお仕事没収とかじゃないわよ?」


「せ、聖女、と言うのは……。」



私がマリーナの鼻血の処理をしながら、もう片方の手で抵抗するアルのお顔を自分のお腹に沈めようとしている横で、そっちでも色々お話が行われているようだ。


ほらアルも、頬ずりしたいんでしょ? この前寝言で言ってたよ? 『え、ちょ! マジですか師匠! ってこんなとこでカミングアウトしないでくださいよ!!!』 う~ん、それはそう。ごめん!



「私も結構年でしょう? いつお迎えが来るのかは……、解ってるしまだ時間があることは確かなんだけど、後進の育成とかは早めにしておきたいの。それで候補の中からいい子を探したら……、貴女しかなかった感じね!」


「ちょ、ちょっと待ってください! わ、私なんかよりも……!」


「それは素行だけでしょう? 酒とタバコって別に禁止されてないのに自主規制しちゃってる奴。あれぐらい誤差よ、誤差。一番大事なのは心よね~!」



ユアから聞いた話なのだが、まぁ聖女と言うのは大変なお仕事らしい。それと、これまで抱いていた信仰がゴリゴリと削られていって全部なくなってしまうようなお仕事であるとも。つまりただ単に教会での活動を熱心に行い神へ信仰を捧げているものほど、泡を吹いて倒れてしまうのだという。まぁ環境キャラ使って煽って来るメスガキだからね……。


故に色々経験を積んだものや、私のような真っ向から反抗できる者が選ばれるらしいんだけど、現在ちょうどいい人間が彼女を除いて全くいないらしい。み~んなお堅い聖職者でもう困っちゃう、とのことだ。



「確かに不安定なところはあるみたいだけど……。逆に言えば、あなたは何か確固としたものを手に入れられれば確実に化ける。だから貴女を選んでるのよ?」


「そう、なの、ですか……。」


「それで、ここからが本題。どうやってその"確固"なものを手に入れるかって言うと……」





「テクラちゃん、聖都から出ていきなさい!」





ジナ「いやもうちょっと言い方……」



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