73:愛の力
というわけで師匠に『遊んでおいで~』と言われたので走ってきたのだが……。
「なんかコレジャナイ感がすごい。」
とりあえず用意してもらった用具で少し遊んでみたのだが、熱中するほど楽しい! とまではならなかった。砂遊びはちょっと対象年齢があってない感じがするし、私もマリーナもそこまで凝り性というわけではない。バケツに砂を詰めてひっくり返してこの後どうしようと顔を合わせるしかないという悲しい状況になってしまった。
ボール遊びも人数のせいかキャッチボールみたいなことしかできず、途中から本気で投げ合ってどっちが先にボールを弾くかという遊びじゃなくて鍛錬に近いものに成ってしまったためこちらも中断。遠くから見ていた師匠がジェスチャーで何かの動き、頭の上で手のひらを空に向けたり、手を組んで腕の腹をこちらに見せるような動きをしていたが理解できなかった。
「ごはん終わったら教えてもらお。」
「ですわね。」
そして最後に浮き輪と、多分掴まって泳ぐ用の木の板だと思うのだが、正直二人とも海への恐怖をそこまで払拭できていない。まだ浜辺に近いこのあたりであれば生き物の姿が見えず、海面から地面が見えるので安心して泳げるのだけど、より遠くに行ってみよう、という気にはなれない。ここは無事でも、もう少し外洋に出てしまえば何が出るか解らないからだ。どんなものが来ても跳ね返してくれそうな師匠から離れるのもちょっと、いやかなり怖い。
となるとやはり最初に海に飛び込んだ時と同じように、浜辺の近くで泳ぐか浮き輪に乗って波に揺られるぐらいのことしか残っていない。目印を決めて泳ぎの競争とか色々やったけど、延々と泳ぎ続けるほど私たちに体力はない。結果的に浮き輪に乗って波に揺られるぐらいしかすることが無くなってしまった。
まぁ私はこれで十分楽しいし、たまに吹く風とか空を眺めてるだけでちょっとだけ幸せな気分になって来るのだが……。マリーナはどうやら違うようで。
「えひー!」
(どこから出てるのよその声。)
よくわからない声を上げながらずっと師匠の方を眺めている。普段よく見る貴族としての責任を背負っている彼女の顔や、ライバルとして剣を合わせている時の真剣な表情、たまに家に来て鍛錬の合間とかに師匠のことを視てる時の顔。そのどれとも違う完全にとろけているというか、女としてちょっと終わっている顔をしている。滅茶苦茶鼻血出てるし……。
いやまぁ確かにここには私たち以外の人間はいない。普段のコイツは今後自分の家を子爵から伯爵に上げるために必要なもの、それまで全く持っていなかった知識をどうにかして得ようとしている。その上実家のララクラ家のことや、ヘンリエッタ様のお屋敷で居候しているっていう状況。貴族としての責任などに雁字搦め。
もうちょっと気を抜いた方がいいのではないか。無理やり引っ張って遊びに行くっていう口実で休ませないと倒れるんじゃないかって思うぐらいこいつは自分を追い込んでいる。
(そう考えればこれぐらい気が抜けてるのを見ても、放って置いてあげた方がいいんだろうけど……。領民が見たら泣くよ、その顔。)
お顔は真っ赤で目はちょっとイってるし、口はゆるゆる。鼻からは赤いものが流れ出てるし、たまに震えてる。熱中症かもと思って師匠からもらった氷の入った瓶を額に当てさせているが、息の荒さはずっと変わらない。いや気持ちが解らない訳ではないのよ? 何も着ていない時の師匠と、今の水着師匠。比べてどっちがヤバいか、って言えば後者だし。
筋肉が付き過ぎないように筋肉を筋肉で抑える(本人談)という意味不明な方法で、女性的な丸みを持った理想的なプロポーションを維持。肌はどこ見ても透き通るような白、だけど決して病弱そうな白ではなく、太陽の様な生命の鼓動が感じられる白。そこに師匠の髪色に合わせた水着、見たことの無い様なえっちい奴だよ? 肌面積ケンカ売ってる様な奴だよ?
師匠の地元じゃお腹出すのが普通かもしれないけど、帝国じゃそんな人全然いないですからね! 私もマリーナもお腹隠してるんですよ! なのにそのお腹を見せつけるような上下分かれた水着! 自重してください死人が出ます!
(あの格好で帝都歩いたらほんと大変なことになりそ。)
まぁそんなわけなので隣で壊れてるマリーナに特にいうことはない。自分のライバルが壊れてるのを見るのは少々心に来るものがあるが、いつも頑張っているのだし今日ぐらいは別にいいだろうということで。私は私でゆっくりと海と夏を堪能させても~らおっと。
そんなことを考えながら足で浮き輪を少し動かす、ちょっと大きめのサイズで用意してもらったこれは単に腕で抱えて浮力を得るだけじゃなく椅子のように座って浮かぶこともできる。マリーナの方、浜辺の方を見ても師匠とマリーナの血でちょっとだけ赤くなった海しかない。せっかく海に来ているのだし、青い海と空を眺めながらゆっくりしようと思った私は浜辺を背に外洋の方を眺める。
「あ~! いい風! たまにはこんな日も…………。何、あれ。」
◇◆◇◆◇
「っと、こんなもんかな?」
持ってきた机の上にざっと食材を乗せ、眺めてみる。とりあえずBBQ用のコンロとか鉄板とか炭とかは全部用意してるし、火もつけた。家で作っておいた料理も別の机の方において、取り皿の方も準備完了。肉とか海鮮系が焼ける間に摘まめるように持ってきて正解だったね~。あ、あとこの前の冷麺の時に色々試行錯誤してできた重曹を入れて作った疑似中華麺。あれで焼きそばとかもできるからその準備もしとこうか。
ソースは前世で食べた様なものができなかったから塩焼きそばになるけど、これでも十二分にうまいはず。さ、飯の用意もできたことだし二人のこと呼びに行きますか。
「みんな~、ご飯できたからおい」
「師匠ッ!」
のほほんとしながら気が抜けたような声で皆を呼ぼうとすると、アルの切羽詰まった声が鼓膜を揺らす。即座に自身の脳を切り替え、私だけの『加速』の世界。十倍速へと入り込み状況の把握に努める。
アルがこちらに向かって叫びながら、隣でまだ要領を得ていないマリーナを引っ張ってこちらに逃げようとしている。その視線の奥、彼女たちが逃げようとしている存在。
(…………はは、マジかよ。)
どう考えても、ここから数キロ以上の距離が離れている。しかしながら、デカい。デカすぎる。これだけ距離が離れているというのに、ここから見えるあの真っ黒な背ビレはどうしようもなく巨大で、その生物がなんであるか、どれほどのサイズなのかを私に教えてくれる。そう、海の絶対的な王者にして人類の天敵。サメの上位互換である、メガロドン。こっちでの呼び方は解らないが、明らかにそれ相応の存在。
正確なサイズは解らない。だがとてつもなく巨大で、まるで映画に出てくるようなレベルのものがこちらに向かってきているということは理解できた。
(ッ!)
思考を回しながら、そのまま地面を蹴る。『加速』した世界の中にいるせいで相手の正確な速度ってのが把握しにくいが、現状私の方が速い。
地面を蹴り、海面を蹴ることで海上を走りアルとマリーナの場所まで移動する。どう考えても海にいるのは危ないし、もし戦闘になった場合この子たちは付いて来れないだろう。できるだけ衝撃が行かないように注意しながら二人を抱え、もう一度海面を蹴り即座に陸へと避難する。
足を地面にめり込ませながら私の方で衝撃を緩和、加速を切りながら二人を地面へと降ろす。
「二人とも、じっとしててね?」
笑みを浮かべながら二人にそう投げかける。少し視線をずらせば先ほどよりも大分大きくなった背ビレ、まだ数秒も経ってないというのにここまで近づかれてしまった。まぁそれはいいのだが背ビレだけで数mはありそうな感じだ。全体になると、どれ程のサイズになるのか……。
正直ワクワク感と恐怖が入り混じるような感覚。普通のサメなら捌いてオヤツに、と軽く言えるんだけどサイズがサイズだからなぁ……。いやマジで異世界なんでもアリだな。こういうサメ映画はね? 実際に会うよりも画面越しで見るから楽しめるのよ。私一人だったら単なるアトラクション的なノリで遊べたんだけど、こっちは若い子二人もいるんだぞ? 加減しろバカ!
「……とりあえず、割るか。」
ちょっと後ろにいる二人の顔を見たが、明らかに恐慌状態一歩手前ってところだ。アルはまだマシだけど、マリーナの方がちょっとまずい。自分が血を海に垂れ流していたことに気が付いてしまったようで、このまま放っておくとトラウマなどの悪い方向に転がりそうだ。それ以上のヤバい経験か、『あ、何ともなかったですね。』という形に納めなければ彼女の心に傷を残してしまうだろう。
ま、化け物退治はいつも異形でやっている。メガロドンちゃんが単に図体だけがデカい木偶の坊か、ドラゴンとかの魔物みたいに魔法を使ってくる厄介タイプかは解らないけど……。生き物なら殺せる。殺せるのなら勝てる。勝てるのなら圧勝できる。となれば考えるのは後のこと、あれだけ大きいのなら腹いっぱいにフカヒレが食べられそうだ。前世じゃ食べたことなかったし、楽しみ~!
(というわけでその体、見せてもらいましょうか。)
もう一度十倍速の世界に入り、腰に下げている愛剣を抜く。狙うは眼の前の海。背ビレしか出さない恥ずかしがり屋さんはとっととその面見せなさいな。6割程度の力を籠め、振り抜く。
「「……………え?」」
背後から聞こえるのは愛弟子たちの何が起きたのか理解できない様な声。あ、そっか。できるって言ってなかったね。
剣から放たれた衝撃波は飛ぶ斬撃となり、海を割る。気分はさながら十戒のモーゼ、全てを切り開く空気の斬撃は海を大きく切り分け、海底である砂浜を太陽の光に晒していく。こちらに向かって直進し続けるメガロドンと、海を切り裂きながら進む私の斬撃。その距離は加速度的に縮まって行く。そして、
海の帝王が、太陽の元に躍り出る。
(……………………やっぱでかくなぁい?)
海を切り裂いていったことで弱まっていた斬撃はその表皮に吸収されるが、確実にその体を外気に晒させる。私の視界に収まるのは、横幅。正面から見た顔の大きさだけでも十数mほどありそうな巨大なサメ。前世で遭ってしまえばその場で死を覚悟してしまいそうなサイズ。もうサメというよりも、怪獣と言った方がいいレベルかもしれない。
そしてその巨体は、留まることを知らず速度を落とさずこちらに進み続けている。元々こちらを捕食するために速度を上げて進んでいたのだろう、元々全力でもなかったし、数百mも切り進めばその威力は格段に落ちる。こちらの攻撃を喰らってもその速度は収まらず、距離が少しずつ縮まって行く。
(海割も持って数秒、海中は相手のテリトリーだし……。近づくか。)
加速した世界で思考し、判断した私は割れた海の中を全力で走る。流石の私でも海上はまだしも、海中でこれに勝てるとは思わない。水の中じゃさっきみたいな衝撃波を斬撃として飛ばすみたいなこともできないし、そもそも剣撃の威力がかなり吸収されてしまう。それに大前提として呼吸が持たない。
私が加速している間、酸素の使用量も加速度的に増加する。『加速』は速く動けるように成るだけで、その間に発生する体へのダメージなどは自己負担。当然酸素の使用量も増えるし、高速移動中は普段の活動時よりも多くの酸素を必要とする。明らかに海中戦には向いていない。となるとこっちに有利なフィールドにしないとね?
(おかわりですよっと!)
距離を詰めながら、先ほどと同じように斬撃を飛ばす。今度は一度だけじゃなく、数回。メガロドンちゃんの周囲に存在する海水をできるだけ多く切り裂き、消し飛ばしていく。追加で何発か衝撃波をその巨体に当ててみるが、想像以上に表皮が固い。鮫肌で大根おろしができると前世で聞いたこともあるし、確実に刃を当てるか工夫をしない限りダメージを与えるのは難しいかもしれない。
といっても、多分これ体長50mぐらいあるから……、私の剣でちゃんとしたダメージを与えられるかってなると少し不安だ。多分一太刀じゃ無理だね。回数重ねる奴。というかさ? ちょっと考えないようにしてたんだけど……、デカすぎじゃね? 何おまえ。ほんとにメガロドン? もう一個メガついてて、メガメガロドンとかじゃない?
(でも、衝撃波だけでも結構な手ごたえはある。そこまで強くないのかもしれんね。)
それに、一時的にとはいえ相手にとって不利なフィールドである海上に頭部が出ているのにも関わらず、魔法などの遠距離攻撃や仕切り直すために後方へ移るなどの行動の兆しが全く見えない。こちらが速過ぎて見失っているのか、それとも油断しているのか。
(ん?)
そんなことを考えていると、ようやく相手側に動き。十倍速の世界にいるせいか非常にスローではあるが、メガロドンがその大きな口をゆっくりと開けようとしている。……あ~、なるほど。エサがこっちに来てるからそのままお腹の中に入れちゃおうって魂胆か。まぁお前のサイズからすれば人間なんてただのオヤツだろうし、警戒するのもあほらしいって感じか。巨大生物が故の傲慢ってところだね。
でもま、その傲慢ってのは『全ての状況を"最悪"の場合として定義しても確実に"勝利"できる』っていう確信がなきゃ成り立たない。たかが野生生物如きの経験に基づいた予想など片腹痛いわ。
よーし、その腐った性根。ジナちゃんが叩き潰しちゃうぞ?
全力で地面を蹴り、海上から海中へと戻りかけていたステージから空へと移る。目標は徐々に口を大きくしていくメガロドン、その遥か上空。
「淑女たるもの食事の際は口を大きく開き過ぎず上品に頂くべきですわよ?」
空中で軌道を変え、そのまま自身の踵をその鼻っぱしらに叩き込む。巨体故に重量もそれなりだが、鍛え抜いたこの体と『加速』をもってすればこれぐらい如何にでもなる。頭部を地面にたたきつけられたことで、その巨体が梃子の原理によって跳ね上がり、その体に纏っていた海水を勢いよく撒き散らす。これまで海中に隠れていたその巨体の大半が、大気に晒された。
「おかわり、だッ!」
その隙を逃さず。素早く地面に足を着け、先ほど海底に叩きつけたその顔に向かって全力でアッパーをぶちかます。下半身が全部海上に出てるんだ。頭だけ隠しちゃ可哀そうだろう? さすがにちょっと許容限界ギリギリなのか、腕から変な音がするが気にせず振り抜く。巨大怪獣がなんぼのもんじゃい! サメ! パンチ! センター!
「はぁぁぁアアアアア!!! ッ!」
表皮を割り、半ばその肉体に拳を潜り込ませながらもその巨体を空中へと打ち上げる。幸いこいつはノーマルタイプ、前世見たあのクソなのかそれとも迷作なのかよくわからないサメ映画どもみたいに頭がたくさんあったり、タコだったり、竜巻だったりの特殊能力はない様子。つまり空中とは奴にとっての墓場!
「単純に切るだけじゃ面白みがないッ!」
このまままな板に乗ったサメを切ることも可能だが、それじゃあただのサメ退治だ。サメとの勝負ってのはもっと刺激的で、イかれてて、ハッピーじゃないといけない。あとこの後サメを捌くときに結構な労力割きそうだし、表皮の硬さや肉厚であることを考えると剣を使わず倒した方が良さそうってのもある。研ぎ石とか持ってないからさ……。
ま、とにかくフィナーレだ。
「さぁ、ルーンを刻もう。」
「愛のルーン、ᚷ(ゲーボ)。力のルーン、ᚢ(ウルズ)。富のルーン、ᚠ(フェイヒュー)。」
愛の力を富のルーンで増幅させ、両手に光り輝く光輪を出現させる。そう、愛とは最強の力。アルを、マリーナを想う心が力を確固としたものにし、別世界において娘を守るために奮闘した父の力が、ここに再現される。
原理? 理屈? んなもん知らん! サメはサメだ!
ということで……ェ!
オカルト殺法を喰らえェ! 即席!
「ミスティック・シールド!」
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