67:それでは、始まります。
息を吸って、軽く吐く。この仕事というか、こっちに来てから人に見られる前提のお仕事ばっかしてきてるから慣れてるはずなんだけど、やっぱり緊張はしてしまう。昔みたいに失敗したら相手に殺されるっていう環境でもないし、無礼働いたら打ち首っていう環境でもない。それを考えれば緊張なんかしないはずだし、しかも今は私だけじゃなくチームでのお仕事。
たとえ自分がミスろうとも他の誰かがカバーしてくれるだろうし、こっちも誰かがミスればそれをカバーする。アルとかマリーナとか、そんな親しい人たちと比べると確かに一緒に過ごした時間は短いけど、彼女たちとはまた違ったタイプの信頼がある。けどやっぱ緊張するんだよねぇ……。心臓バクバクですよ。
「ある意味、初めてだったのかも。こんな大人数のチームで何かやるってのは。」
学生の時みたいに自分たちが楽しければそれでよかった文化祭のノリとは違い、お金をもらって全員が仕事として熱量を持ったまま前に進む。今日までやってきたのはそういうものだ。そもそも初めてが一杯で色々大変だったけど……、その分楽しかった。アレだね、掛けた苦労の分本番が緊張する状態。それが今の私だ。
「ヤバいぐらいに緊張してますよ、師匠。心配になるくらい。」
「えぇ、観客としてお呼ばれしましたのにこっちまで心臓の動悸が。」
「……それ緊張じゃなくて興奮の方じゃない? お前師匠のファンだし。」
「あはー、二人はいつも通りだね。……あとそんなにヤバい顔してた、私?」
「「(コクコク)」」
劇の開演前にわざわざ控室の方に来てくれたアルとマリーナ。アルは毎日顔を合わせてたけど、マリーナの方はちょっと久しぶりだ、一段と大きくなったような気がする。体の大きさじゃなくて存在の大きさね? 二人の距離も前よりもずっと近いように感じられる。軽口を言い合える二人の仲を眺めていると、少し緊張も薄れてきた。
(ほんと、来てくれてありがたいよね。)
あぁ、ごめんね。そういや説明してなかった。なんと今日は私の劇の公開初日。新しくできた劇場、正式名称『帝国マニスカラ大劇場』のオープン記念公演って奴だ。前回は"トルマリンスプラッシュ!"ことエンリットちゃんが爆発する話をしてたと思うんだけど結構飛んだでしょ? まぁ練習風景とか同じことずっと繰り返してるだけだし、面白みないもんね。練習の様子見るなら本編の方見てよ! ってことだ。
ちなみに劇場の名前、ヘンリエッタ様が最後まで『やだー! ビクトリアにするのぉ! してくれなきゃ謁見の間でみっともなく泣き叫ぶゥ!』って言いながら抵抗して、ほんとに実行したらしいんだけど……。結局彼女の家名から名前が取られてこの名前になったらしい。ヘンリエッタ様が大半のお金を出してるけど、残りの建設費や土地代とかは帝国が出してる。流石に一市民、それも奴隷上がりの名を付けられるほどではなかったようだ。
(ま、ただでは転ばなかったらしいけど。)
詳しくは聞いていないというか色々怖くて聞けなかったんだけど、ヘンリ様側が譲歩した、って形に落ち着いたらしくて譲ってあげた代わりにその分国からいろんなものをぶんどったらしい。いやその時の笑みを浮かべた顔とかさ……、うん。めちゃ怖かった。
それにちょっとその話が出るまでね? 私のバイオリン演奏をヘンリ様よりも早く見てしまった上にソレで爆散して迷惑をかけた件でエンリットちゃんが物理的にスプラッシュ、それを横目で見ながら私が、エンリットに『アレだったら寝る前の読み聞かせしようか?』と言ったことがどこかから漏れたせいで彼女からお説教というか、同じことしろっていう強要というか。
うん、色々ありました。
「っと、色々脱線してたら緊張も解れてきた。二人とも。もうそろそろ開演だろうし、席の方に戻っちゃいな。ヘンリ様のボックス席の方にお邪魔するんでしょう? あそこ一番いいとこだから楽しめると思うよ。」
「あ、了解です。楽しんできますね! あ、あと師匠。頑張ってください!」
「このマリーナ、全力で応援させていただきますッ! ヘンリ様からこの"さいりうむ"なるものの扱い方も教わってきましたので!」
「うんうん、ありがとね。あとその棒はNGね? 座ってお行儀よくお願い。」
ったく何教えてるんだあのお婆様は。というかなんでちょっと前までは存在しなかったはずのソレがあるんですか? アレか? 役者の次は歌って踊れて戦えて虐殺もできる帝国のアイドルをやれってコト? 勘弁してくださいな……。そもアイドル張れる様な年じゃないって。そういうのはアルとかマリーナにパスパス。
ま、気を取り直していきましょう。昔と比べたら観客もだいぶ少ないんだしね~。闘技場、コロッセオの方は剣神祭の時に5万人近く来てたって言うけど、今日は2万人弱だ。満席ギリギリらしいけど、それだけ集まってもらってもまだあの時よりはマシ。そう考えれば大分気も落ち着く……、いやそれにしても多いな。通常席でも結構な値段するぞ?
「さ、楽しもうか。」
自分が一番楽しむからこそ、お客さんにも楽しんでもらえる。高い金払ってもらってるからね? お値段以上をお見せしますとも。
◇◆◇◆◇
「うわ人多、どんだけいるのこれ。」
「さらに多いだけじゃないみたい。ほらあそこ、ヤバいお偉方がいる。」
「うわさすがお貴族様、服装からして色々格が違う。しかも絶対あそこクソ高い席なんだろうなぁ、うらやまし~!」
女性二人が、そんな話をしながら開演前の劇場を歩く。かなり大きく作られたここでは自分たちの予約した席まで移動するのに結構な時間を要する。しかも新しい劇場が出来て、しかもそれが一世を風靡した"ビクトリア"のものとなれば観客はもう大変。そのせいかほんの少し移動するだけでも大苦労、かなりの渋滞が起きている。
「にしてもほんとに正規の値段で手に入ってよかったよねぇ。」
「マジで転売屋許さんわ、そもそもの値段ですら厳しいってのに。」
そんな愚痴を吐きながら列の進行を待つ二人の職業は、冒険者。男女二人ずつの同じチームに所属していて、ともにビクトリアのサイン会や握手会に一緒に参加するぐらい仲が良い。今回の公演の話を聞いたその日からずっと色々切り詰め、ようやくチケットを手に入れることが出来たのだ。そんな苦労して手に入れたチケットを買い占めてさらにそれで儲けようとするなんて……、一部の貴族様方に発見されて文字通り駆逐されたらしいが、それでも怒りは収まらない。
「ま、嫌なことは忘れて楽しみましょうよ。……と、この列だね。」
「一番安い席しか取れなかったけど……、全然見えない訳じゃなくてほんとよかった。」
夢のある冒険者と言えども、一般的な力量しか持たない彼女たちにとっては薄給で夢のないお仕事。命と金の釣り合いを取りながらの仕事となるため、どこかの『ここら辺の魔物そこまで強くないしそもそも遅い。生活するぐらいなら普通に稼げるなぁ。』と言っていた加速ウーマンみたいなことは出来るわけがない。
何日もかけて準備して、時には情報のためにお金を使い、やっとの思いで実行に移してようやく金銭が入ってくる。失敗すれば一銭も入ってこないし、ケガをすればその分治療費が掛かるしもっと運が悪ければ死ぬ。さらに武器や防具の整備や更新も考えれば、こんな仕事やめて新しい職を探した方が絶対にいい。まぁ他の職が見つからない上に、ある程度食べてけるからやめられないんだけどさ……。一山当てれば一生遊んで暮らせるっていう夢も確率は低いけどちゃんと転がってるし。
そんな中で今日のために無理やりお金を貯めて、お貴族様も来る上にそもそも推しの前でヘタな格好はできないと色々奮発した彼女たち。文字通りすっからかんになってしまったが、何とか最低限のドレスマナー程度は整えることが出来た。お貴族様たちに比べると可愛いものだが場違いな装いではない。
こういった場は初めてだったため、ようやく一息つけるとたどり着いた席に腰かける。野外ステージと言えど国や貴族が金を掛けて、しかも出来立てということもあり綺麗で石製の椅子だ。流石に敷き物の持参がベストであるが、所々破損している闘技場の椅子に比べれば何倍もいい。固いけど背もたれもあるから工夫すればくつろげそうだ。
「そういえばさ、あそこの一番ランクの高いボックス席。いくらくらいだっけ? 見るからにお貴族な格好した人しかいないし、絶対ヤバそう。」
「確か入口でもらったパンフに書いてなかった?」
席を予約する際にどのあたりが見やすそうかなどを話し合った彼女だったが、いい席程ランクが高く値段も跳ね上がる。そのため薄給な自分達で何とかとれる一番下の席ならどこがいいかを話し合っていたため正確な値段は覚えていなかった。片方の指摘を受け、懐にしまっていた席の所有権を示すチケットと受付でもらった会場と演目のパンフレットをのぞき込む。
「えっと、私らの席が500ツケロで。一番高いので……、200万!? ぼったくりでしょコレ!」
「まぁお貴族様だしねぇ。絞れるところから絞るんじゃない? ほら逆に高くないと品位が低いとか。」
彼女たちの知らぬところだが、ジナによると大体1ツケロ=100円ほど。それを考えると一番安い普通席で5万、一番良いボックス席で2億である。そもそもボックス席は複数人で利用するものだし、値段相応に椅子の材質や一般席にはない他の観客の視線を遮る壁。そして空調関係の魔道具や内部の音を外に漏らさない防音系の魔道具も完備されている。
パンフによると公演後の演者による挨拶や、ドリンク・軽食など貴族向けのサービスなども整っているようだが、それでも額が額である。付加価値って言っても限度があるでしょうに……。
「でもその一番いい席が全部埋まってるんだよねぇ。見えるとこ全部埋まってるじゃん。」
「……貴族ってほんとに"貴族"なんだろなぁ。」
まぁ少し目を逸らしてみれば舞台の正面に当たる席にちらほらと市民たちに交じって観劇しようとする貴族もいるし、お高いボックス席もパンフをより細かく覗いてみればサービスの差や部屋の大きさを下げたもっと安価なプランや、個人で楽しむ貴族用のプランなども用意されている。一番上の例のプランを一月全て抑える、ビクトリアの劇を毎日見に来ようとしている人などそれこそあの御婦人ぐらい……。まぁ小市民の彼女たちには関係のない話ではあるが。
【開演、5分前となりました。お急ぎのお客様は、焦らずゆっくりとご予約のお席まで。席でお待ちのお客様は、幕開けまでもうしばらくお待ちください。】
「え、なにこれ!」
「あ、見てよ椅子の下! 魔道具になってる!」
アナウンスの声に驚く二人、教えてくれた彼女のいう通り下をのぞき込んでみれば確かに魔道具らしきものが稼働している。それにちょっと周りを見渡してみれば自分たちの席の合間合間に塔の様なモノがたっており、そこからも音が出ている。彼女たちに魔力を判別する力はなかったが、それが魔道具であること。そしてかなりの高級品であることは理解できた。
「か、金かかってるぅ。え、そもそも席間違ってないよね!?」
「大丈夫なはず……、うん。多分これ全部の席についてる奴だわ。マジでやばい。」
音を広範囲に伝える魔道具の存在はこの世界で結構有名である、戦場での情報伝達や比較的簡単に討伐できる魔物の素材が使われていることから存在自体は皆知っている。だが実物を見たことのある人間は大分少ない。そもそも高価であることや、魔道具の小型化・軽量化が現在不可能なため一度設置すると簡単に移動させることが出来ない。
そのため城の一部施設や、帝国が管理する広場、もしくは教会であったりと一部の場所。それも人目に付かないような場所に置かれているため一生を実物を見たことがないまま終えるという人間も多いのだが……、それが頭おかしいのかと言えるレベルで乱立している。先ほど貴族御用達の席の値段に驚いていた彼女たちだったが、このレベルの施設を建てようと思えばそりゃそれぐらい回収せねば成り立たないと納得する。逆に自分たち小市民が500ツケロで観劇できるのがおかしいレベルだ。
「……と、とりあえず金の事気にしたら楽しめなさそうだし、気にしないでおこ?」
「賛成。」
考えていたことを全て放棄し、これから始まる演目へと意識を移す。現代のようにSNSの様な情報伝達ツールも存在しないため、内容を知るためには噂話などを元にしなければならない。そのため自分たちの持つ伝手を使って色々と調べて見たのだが……、その結果は散々だった。とりあえずあのビクトリア様の半生が描かれることは確かなようだが。
【開演時間となりました。皆さま、お静かにお待ちくださいませ。】
「(あ、始まる!)」
「(やっばドキドキしてきた!)」
開演を始めるベルの様なモノが鳴り響き、それと同時に騒がしかった声が一斉に消えていく。彼女たちはこれが初めての観劇であったが、それでもあのベルの音が開始を伝える音であったことを理解できた。
音の消えた世界で、劇場の右端からコツコツと足音が響いてくる。敢えて響かせているような、そんな感じ。そして私たちの目の前に現れるのは、彼女たちが待ち望んだ人。その人生の中で一度も見たことの無い服に身を包んだあの人だった。
トガ、古代ローマで一般的だった白いローブのような服が一般的なこの世界の者たち。そんな彼らが見たことの無い黒い服装。すらっと伸びた足をより細く、長く魅せるような黒く細いズボンに足首の肌を見せるような底の薄い黒の靴。上半身は白いシャツで首元にはフリルの様な装飾であるジャボが付いており、そこから黒い上着を羽織っている。現代であれば探せば見つかりそうな恰好であったが、この世界においては彼女が最初。そんなビクトリアは、観客たちの大半が理解のできない木製の箱の様なモノを片手に壇上へと現れた。
『…………。』
いつの間にか舞台の中央に置かれていた棒状の機器と、その後ろに存在する箱の様な機器。見る人が見れば劇場の至る所に設置されている音響魔道具に類するものだということは理解できるだろうが、学のない彼女たちには理解できない。理解できるのはただ視線の先にいる推しが、よくわからない木の箱を構え、自分たちの前に立ったことだけ。
『さぁ、始めようか。』
彼女がそう言った瞬間、世界が変わる。
舞台の後ろにある城壁から一斉に光が灯り、同時に音という暴力が彼女たちを包み込む。あの舞台上にいるビクトリアだけの音ではない、その舞台の下にあるくぼみ、そこに詰めている演奏家たちが一斉に演奏を始めた。
聞いたことのない音色が、何重にも重なりながら体を突き抜けていく。この世界の誰もが経験のしたことの無い音楽が始まった。
『(掴みは上々、だね。)』
ステージを一人で独占する彼女が成功を確信し深く頷いた瞬間、音楽のテンポが高まっていく。それに合わせ自身も演奏しながら舞い踊る彼女、ステージを全て使いながら適宜その身に宿る加速の力を用いていく。それに合わせ背後の城壁からは光や魔法を用いた演出で人々の目を奪い、一部の者は自分がどんな顔をしてどんなに前のめりになっているのか気づかぬまま食い入るように演目を眺めていた。
『みんな、今日は来てくれてありがとう。これからご覧いただくのは私の半生、ビクトリアという名で生まれ落ちたこの私が、如何にして皆の前に立つことになったのか。少しだけ、時間を貰うよ。』
◇◆◇◆◇
(よし! よし! よぉーし! いけてる!)
一瞬照明の消えたステージの上で、急いで移動しながら観客たちに見えない位置で軽くガッツポーズを決める。まだ演奏家の人たちが続けてるし、スタッフの人たち。黒子さんたちが急いで舞台装置やらさっきまで中心においてたスピーカーの撤去など走り回っている。私の出番もまだまだあるわけだけだし気を抜くのには早すぎるけど一番不安だった"掴み"が確実に決まったことでテンションがヤバい。
「(ビクトリアさん!)」
「(OK、解ってる。……そっちもよろしくね!)」
ステージの端、ギリギリ観客に見える位置に移動すると舞台端からミリアムちゃんが小声で話しかけてくれる。何かとかなりの時間ずっと一緒にいた子だ。顔が平静を偽ろうと普段通りの微笑みを維持してるけど、内心すごいことになっているのを見抜いてくれたのだろう。注意を受け取り、精神を落ち着かせながら次のメインを張ってくれる彼女へと激励を飛ばす。
呼吸を大きくではなく、観客から見えぬように長く薄く整えながら指示を待ち、スタッフの人からゴーサインを受けたのちに声を張りながら言葉を紡ぐ。こっから本格的に始めていくよ!
『私は帝国の北、なんでもない街に生まれた。貴族の教育係の一族で……。』
物語の基本設定とか、説明とかは私が全部担当する。私が語って、過去の回想みたいな感じで適宜幼い私、ミリアムちゃんにバトンタッチする形式だ。ちなみに私が話している間にまだ舞台上の大道具小道具の移動は続いてるのでずっと私にスポットライト当たりっぱなし。せっかくミスなしで綺麗にバイオリン弾けて一息つこうと思ったのに全然無理そうだ。あぁそうそう、この演奏も"両親に教えてもらった"ことになってんの。
『……親にも恵まれ、周りにも恵まれ。本当に楽しい毎日を過ごしていた。そう、この時は、まだ。』
声量をそのままに抑揚やイントネーションの違いだけで感情を表し、ついでに不穏さも出しておく。んでここからはミリアムちゃんのターンだ。スポットライトが私から舞台中央に移動していた彼女へと移り、その間に私は舞台端に移動する。これでようやく一息つけるよ。
『おじさんこんにちはー! 今日も衛兵さん?』
『おぉ、元気だねぇ。そうさ、毎日ここを守ってる。守衛、ってやつね? それでビクちゃんはまたお外かい? あんまり離れすぎずに、気をつけるんだよ?』
『わかってるぅー!』
普段の少しおどおどしているというか、緊張をそのまま表に出している彼女とはちがい、今の私を通じて彼女なりに理解した"ビクトリア"がそこにいる。いや~、マジで私の素だな。こわぁ。確かに何度か素に近いの出しちゃった気はするけどそれでもあそこまで『あ、私だ。』ってところまで似せられるんだねぇ。
「ごめん、台本確認させて。後お水。」
「了解、どぞ。こっから覗いてましたけどかなりいい感じでしたよ!」
「本当? なら最高にうれしいね。」
スタッフさんに頂いた水で最低限の水分補給をしながら台本を確認。それをしながら横目でミリアムちゃんたちの演技を眺める。劇は三部構成で彼女の出番は一部の前半と中盤、その間に何度か私がナレーターとして入らないといけない。そのタイミングとかを確認しているってわけ。
『よぉし、きょうもやるぞぉ!』
視線の先にいる彼女、私を演じるミリアムが行動を始める。序盤の意図としては幼少期の私の性格と、その生活。あとは世界観の共有が目的。一般的な町で生まれ育ったことと、小さいころから私は速かったこと。それを無邪気さを演じる彼女が見せていく。
大道具や城壁でのライトアップなどで演出し、音楽のテンポを急にあげることで幼き私が子供の身ではありえないほどの速度を出していることを表す。ステージ上の彼女が踊る様に走り回りながら、大人でも捕獲困難である兎を次々と捕まえていく。流石に本物は用意できないから剥製なんだけどね?
『う~、さぎ! さん、ちょぉ!』
(私見たことないんだけど、兎の魔物の剥製で大の大人の数倍速いって有名なんだって。それを軽々と捕まえてる演出ってことだ。っと、次の場面に入るね。)
晩御飯というかオヤツとして大量の兎を捕まえた幼女の私、首ねっこを掴んできゅっとした後は懐のナイフでさっと血抜き。多分馬車の中で本当の私が歌ってた鼻歌を再現しながら意気揚々と町へ帰っていく。今日の戦果を門番さんや他の住民たちにプレゼントしながらお家へと直行、ってわけだ。
『ただいまー! ママ見て―!』
『あらおかえりなさい、早かったの……、ってまたあなた勝手に狩りしてきたの!?』
『うん!!!』
『うん! じゃないわよ、危ないでしょうが!』
そして普通に怒られるチビ私。まぁ聞いた話によると歯がえらい鋭いらしくて、武装した大人でも首を狩られちゃうこともあるんだって。そりゃ怒られる。けれど私は『だってお腹空いてるんだもん』と言いながら獲物を母にプレゼント、ため息をつきながらそれを捌いたお母さんにご飯を出してもらう。滅茶苦茶食べる描写をここで入れてる感じだね。
っと、もう少し後で私のナレーションか。ぱっと立ち上がり全身をチェック、ついでにスタッフさんにも衣装や髪の乱れを見てもらい準備完了。ステージの方ではパパさん役の人も出て来て、家族団欒の様子が描かれ始めている。んでここで時間停止。あ、フリね? そういう演出。彼らを照らしていたライトが一斉に消え、舞台端の私に集まる。
『父は代々続けてきたこの町を治める貴族の教育係、彼の持つ知識量の多さから領主の相談役もやっていて……。』
ゆっくりとステージを歩きながら、懐かしむように言葉を述べていく。父の仕事と、自分たちが仕える貴族の話。そして母の話と両親に対する自身の想い。そういうのを淡々と、ざっと話し終わった後は裏方のマイクの前でスタンバイしている人たちと動きを合わせ指を鳴らす。それと同時にそれまで止まっていたミリアムちゃんたちや、演奏家の人たちが奏でていた音が戻ってくる。
(私にも、この体にも。あったんだろうね。)
そんなことを考えながら、少しだけ名残惜しそうな表情を表しながら舞台から去る。台本通りで演出の指示通りだけど……、やーっぱ自分の話だから感情移入しちゃうよね。私というか前世にそういうことがあったのは確かなんだけど、この体にもそんな時間があったのも確か。確証は得られていないんだけど、私が目覚めた状況や剣神祭の後の神の反応を見るにこの体には元々持ち主がいたのだろう。"彼女"にも、あんな時間があったはずだ。
(あの神サマが『その体私がわざわざ作ったんだよ。』みたいなことを言わなかったあたりこの世界の人間の体である可能性は高い。そっちだったら色々悩まなくてよかったんだけど……、世知辛いねぇ。)
元の持ち主に思うことがないと言えば噓になる、だがかなり長い間この体で過ごしても元の持ち主は一向に出てこないし、私の精神もこの体が自身の物であるという風に認識してしまっている。最初のころはそもそもそんなことを考える暇すらなかったし、ただ生き残ることに必死だった。そのせいでそういう意識になってるのかもしれんけど……、今更どうにかなる話ではない。
それに、目覚めた時の状況や奴隷たちの待遇を考えると……、元の持ち主はもう召されているのかも、なんて私にとって都合のいいことを考えたり。
(っと、今考える事じゃないね。集中集中!)
先ほどと同じように、何度か情報の整理のためだったり、キャラクターが口にすると不自然になってしまうような感情描写などを私がナレーターとして入ることで補足していく。両親とのふれあいや、仕える町の領主たちとの交流。私の体に宿る速さの力についての描写などをゆっくりと。幼少期の私が、領主の息子と絆を育む様子を描いていく。
『ママ、これなんていうの?』
『バイオリン、っていう楽器よ。獣人さんたちが住む北西の草原、そのずっと奥から伝わってきた楽器らしいわ。……弾いてみる?』
『……うん!』
私が持ち込んでしまったが故に急遽追加された部分を聞きながら、私は私で準備中。直前までナレーションしてたけど、このシーンの途中で私が成長して年月が経つ描写がある。ミリアムちゃんから私に替わって、同時にバイオリンの腕も向上してるって描写。そのためにさっきまで着ていたスーツを脱いで帝国で一般的な服、トガに着替えなくちゃならない。
というわけで現在裏でスタッフさんに手伝ってもらいながらお着替え中。さっきのスーツ結構お気に入りなんだけどねぇ、わざわざ作ってもらった特注品だし、何より昔の感覚に近いからちょっと安心する。……公演終わったらもらおうかな?
「確認入ります……、大丈夫です!」
「ありがとう、じゃ。行ってくる。」
チェックを受けた後、舞台端から演奏家の人たちに合わせながらゆっくりと舞台中央に向かって歩いていく。トガだと色々引っ掛かりやすいし、私が普段着てる奴よりも裾が長いから踏んで転ばないように注意しながら、ミリアムちゃんが演じている幼い私に並んで出来るだけ動きを合わせながら曲の終わりまで続ける。
(ミリアムちゃんのは『消音』の魔化が施されてるから音は出ない、だから私の動きをトレースするだけ。)
『……うん、昔に比べれば。だいぶうまくなった。』
"ビクトリア"としてそう呟きながら演奏を終える。小道具の台の上にバイオリンを置き、ミリアムちゃんは大道具の陰に隠れながら舞台端に撤退。バトンタッチでこっから私がメインで進めていくことになる。あ~、第一章のクライマックス、泣きのシーンあるけどうまくいけるかなぁ。エンリットちゃんからはゴーサインもらったけど、すごく不安。
(とにかくやるしかないよね、もうみっともないほどに泣き喚いてやーろおっと。)
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