62:悩んじゃった
「ごめん! 遅れた!」
「いえいえ、大丈夫ですとも。」
色んな書類を片手にヘンリエッタ様のお屋敷の一室に駆け込む。そこには30分近く待っていてくれたのだろうお爺ちゃん先生ことウィウィ先生がいて、優雅にお紅茶を嗜んでいらっしゃった。わぉ、優雅な午後のタイムを過ごされていらっしゃる。何のお紅茶? 私はミルクティーが好き、あの甘ったるいのが良いんだよね……。まぁもう飲めないんですけど!!!
「ほんっと、すみません! 必ず埋め合わせはいたしますので……。」
「お気になさらず、お忙しいところに時間を取って頂いているのは私の方ですので。」
「それでも約束を守れなかったのは私ですので……、また今度ご飯でも奢らせてください。」
ほほ、では楽しみにさせていただきますか、と仰る先生。いやほんとにごめんなさい。今日午後から『アルとマリーナに色々教えちゃおーズ』こと私とウィウィ先生でちょっとしたすり合わせをする予定だったんだけど、午前に別の仕事入れちゃって……。ほら前にも言った『私を叩いてくださいまし!』って言った貴族令嬢の方覚えてる?
今日はあの人のお家にお邪魔してさ、土下座してお金積まれたから仕方なく言われた通りにぺしペししたんだけど……。それが令嬢のお父さんに目撃されちゃってさ。あはは……、マジで大変だった。いやほんとに。最初は私が手を上げているって勘違いされてたし、その誤解が溶けた後もその令嬢と一緒にお父様から説教を受けるっていう奇妙な体験をしてきまして……。
(いやマジで大変だった。)
「では帝都にお詳しいビクトリア殿の一押しのお店に早く行けるよう仕事を済ませてしまいましょうか。」
「ありがとうございます。」
彼に勧められた対面の席に腰かけ、持ってきていた紙束を机の上に置く。彼女たちを指導している間に気が付いたことや、普段やってもらっているトレーニング内容をまとめたモノ、後は二人の模擬戦の成績と講評に、私が例の劇以外に何もできなくなる間やってもらう内容について書かれたものだ。
パソコンどころかワープロもないし、もちろんコピー機もない。全部手書きで私とウィウィ先生の分書き上げたもんだから腱鞘炎になるかと思ったよ……。そう言えばこっちの筆記具って大体羽ペンだけど鉛筆ってもうあるのかな? なかったらオーナーにアイデアだけ投げとこっと。
「ではこちらがお二人の講評です、口頭でも説明いたしますが一応書類の方もご用意しておきました。」
「ありがとうございます、じゃあお返しに私の方も。それとご意見いただければと、私が劇の方で二人を見て上げられない時のメニューも持ってきました。よろしければ。」
「了解いたしましたぞ。今日は時間的に難しそうですし、後日郵送で送らせて頂いても?」
軽く頷き了承の意を伝えながら、ウィウィ先生の書いた二人の学習状況に目を通す。何々~?
〇アル
本人の言葉通り火と水の魔法について適性あり。また風属性に対しての適性が非常に低いと見られる。詠唱魔法の習熟度に関しては、最初はルーン魔法を扱っていたため手間取ったようだが、十分に授業に理解を示し、少しずつ記憶したフレーズの量も増えている。また授業の合間にルーン魔法について講義と実習を簡単に行ったが、非常にイメージの構築が早いように見えた。両方を扱える魔法使いは非常に貴重なため、今後とも両方を伸ばせて行けるように指導する予定。
座学のレベルはすでに学園の初等・基礎レベルを中ごろまで終了しており、そろそろ応用に手が出せるかと言ったところ。実習では魔法の構築や、詠唱速度・精度の向上などを行っているが実戦を想定した場合まだまだといったところ。
〇マリーナ
家の特徴と同じように風の魔法に強い適性を持っている、また風と比べるとかなり劣るが次点で雷属性への適性が見られた。本人は風属性への思い入れが強いようだが、二つの属性を持ち入れるように指導を行っている。元々独学で学んでいたせいか呑み込みが早く、すでに理解していたフレーズもあり、アルと比べるとかなり先に進んでいる。だがアルの方も彼女に追いつけるよう、マリーナも彼女に追いつかれないように切磋琢磨しているため、この関係が崩れぬように適宜声を掛けていく。
座学のレベルは学園の初等・基礎レベルを習得しており、応用に挑戦中。実習では時間を気にせずゆっくりと魔法を行使すれば比較的大型の魔法も発動できるようだが、いざ実戦となると使用できない魔法が多い。実戦経験不足が多くみられる。
「とまぁ、そんな感じですな。あぁそれと書き忘れてしまったのですが、たまに私のゴーレムと模擬戦をしていただいております。……あぁ、ご安心を。訓練に使用しているのは土を素材としたゴーレムなので危険性はないですぞ。」
「そうでしたか……。やはりそちらの方は?」
「えぇ。アルくんの方が優秀でしたな。」
そっか……。いや二人ともすごく頑張っているみたいだし、ウィウィ先生の表情もニコニコ顔だからすごく優秀なのだろう。二人の師匠としては純粋にそれが嬉しい。けれど二人とも、特にマリーナちゃんの方で問題が見えてしまっている、っていうわけか。
「実戦経験の少なさ、ですか……。アルは私の元でまぁ"色々"していましたのである程度はあると思うのですが……。」
「マリーナくんは身分のこと、お父様のこともありますからなぁ。まぁそれでも学園に入学したばかりのひよっこ、お二人より何歳も年上の子たちと対面させた場合負けることはないでしょうが……。」
「「求められているレベルが違うからなぁ」違いますからなぁ……。」
ちょっとした愚痴みたいなことを言いながら、二人で笑い合う。声は上げない小さなものだったけど、お互いの認識は同じようだ。ヘンリエッタ様がマリーナに求めているレベルや、おそらくアルが心の中で目標としているレベル。それはとても高い。
ヘンリ様は常識のある方だし、子供がそんな大きな力を持つことに疑問を覚えられる方だ。だが現状それが必要なことは理解しているし、大人になった時力を高められる時間があるかどうかわからないみたいなことを言っていた。私と見えているものが違うのでその詳細を見ることは叶わないが、今のマリーナちゃんのレベルでは足りないこと、そしてより早く強くなって欲しいということが理解できる。
アルはアルで掲げている目標が高い。本人から直接聞いたことはないし、ちょっと恥ずかしいので多分今後も聞けないのだが、あの子は私の隣に並べるような強さを求めている。まぁ早い話が私やハーバル、異形ちゃんのことね? この化け物レベルに成ろうとしているのだ。これはマリーナちゃんが課されている目標よりも高く、たどり着けるか解らないレベル。たまに愚痴を言ったりしているが、絶対に手を抜かないしこっちで休むように制限しなければずっと剣を振るっているのではと思ってしまう危うさもある。……彼女の故郷の一件が理由の一つになっているのは確かだろう。
「多分ですがブレーキを掛ける。……あ、進むのを押しとどめて休ませたり、成長を止めたりするとどこかで爆発してしまいそうな気がします。二人とも意欲はありますし、こちらで進む速度を負担にならないレベルのギリギリまで制限するのが良いのかな、と考えていました。」
「そうですな……、私も同じようなことを考えておりましたし、その方針でよいかと。ですが、そのためには次の目標を用意してあげる必要があるかと。足りていない実戦経験を積めるような……。」
ま、早い話『二人に実戦経験付けさせた方がいいんじゃない?』ってコトか。
「……というわけでして、まだ草案段階なのですが、こちらの迷宮都市を利用するのはどうかと考えております。こちら、資料ですじゃ。」
「どうも。」
え~、何々?
帝都から船で移動して一月ぐらいの場所にある属州の一つ、そこにある迷宮都市。複数の迷宮が一か所に集まっており、初心者用の迷宮とも呼べる比較的弱めの魔物が集まるダンジョンもあり。
……へぇ、こんなのもあるんだ。でも普通に遠いな、行くのはかなり難しそう。
「初心者用、中級者用、上級者用と三段階の迷宮が存在している珍しい都市でしてな。神が冒険者のために特別に用意したのではないかと教会の者たちの間では言われているそうです。」
「へぇ~。(多分マジでそうなんだろうな。)」
「こちらに長期間滞在しながら修練を行う、一度行けば帰ってくるまで非常に時間が掛かりますが成果は期待できるかと考えていますな。」
なるほどね。でも多分ウィウィ先生が勧めるってことは効果抜群ってわけなのだろう。この人どこからどう見ても人生経験豊富そうだし、その上学園でずっと教職を取っていたってことはそういう経験値も盛りだくさん。頂いた手書きの資料を見る限り危険性とかも十二分に確認して、大丈夫だと判断したんだろうね。
◇◆◇◆◇
「どーしよっかなぁ?」
ヘンリ様が用意した馬車に揺られながら、一人口を滑らせる。
今日は午前に外回りやってたから鎧を着てたんだけど、帰りは着替える部屋を貸してもらったので普段着。重い鎧は降ろしてゆっくりしながらの帰宅だ。家に帰った後は荷物を置いて、アルを拾ってウィウィ先生とご飯っていう形になる。終わったらご飯~って話冗談なのかと勝手に思ってたんだけど、マジだったみたい。即断即決だね~。
(ま、ヘンリ様に見つかったから彼女とマリーナも連れて行くんだけど。)
そのため最初の予定だった平民向けのちょっとお高いお店から、貴族向けのかなりお高いお店にジョブチェンジ。『え! 私に秘密でご飯行くの!? ひどいわビクトリア様! 私も行く!』って言われちゃえば仕方ないよね。でも貴族向けのお店って滅多にいけないし、そもそも平民お断りなところもある。だから結構楽しみなんだよね、それにお酒のボトルキープみたいなノリで部屋をキープしているらしく、個室で楽しくお食事なんだと。
「お呼ばれした時の会食みたいに食べる量をセーブしなくていいし、緊張しいのアルも少しは緊張するかもだけど、見知った顔しかないしだいぶマシなはず。」
ついでにこの世界のテーブルマナーの練習にもなるだろうし、お食事とお勉強が一緒に出来て効率がいいね、って話だ。ま、正直そこまでがみがみいうつもりはないけどね? お高い食事とか、貴族向けの食事とかめったに食べられるもんじゃないし、料理を楽しむのが大前提だ。……行く前にちゃんと伝えとかないと勘違いしちゃいそうだから忘れないようにしないと。
「……にしても、迷宮かぁ。」
先生と色々お話して、すり合わせは十分にできた。それに私が劇の準備や講演で二人のことを見れない時に、指導をお願いするって約束もすることが出来た。むしろ任せてくれって感じで快諾してもらったし、ありがたいよね~。
でも、その先の目標がまだ決まっていない。
劇を頑張る、二人を育てる。両方大事なことだけど、多分専念するには片方しかできない。ちょっとずつ劇の用意が始まって来て、役者の選定とかも手伝ってるんだけど、すごく大変なことが実際やってみて解った。こっからお稽古して、講演してとなるともっと重労働なことが想像できる。多分この生活を続けるのなら二人の面倒は見れない。
「個人としてやり続けたいという気持ちはあるにはあるけど……。」
なーんかね?
これまでずっと私は必要なことが目の前にあって、それをこなすことでこの世界を生きてきた。この経験は私を成長させてくれたし、おそらく前世の私とは全く違う存在に変えてくれたのだろう。記憶や考え方、根本的なものは同じかもしれないけど、細かな優先順位とかは絶対に変わっている。昔の私なら自分のことや、自分の夢を優先させていたかもしれないけど……。
「面倒を見る、って言った二人のことを放っておくのは絶対に違うよね。……うん、決めた。」
とりあえず、舞台はあの一月の公演。今準備しているのが終わったら一旦やめよう。確かに一つの物語を作っていく過程は面白いだろうし、お芝居の練習も大変さの中に面白さがあると思う。それこそ文化祭みたいにね? でもそれを全力でやり切ったら一旦おしまい。アルとマリーナの師匠として戻ることにする。ビクトリアっていう"偶像"は当分お休みだ。
んで帝都を離れて、迷宮都市にでも行こうか。そこで二人を鍛えながら私も成長して、滅茶苦茶強くなって帰って来る。それこそ異形を片手であしらえるくらいに。アルもマリーナも目標としている力を手に入れた後、帝都へ凱旋だ。別に長期間いなくてもいい、夏休み感覚で数か月だけでもいいし、途中で帝都に帰って来てもいい。ゆるふわな強化合宿と行きましょう。
「しッ、ようやく道がちゃんと決まった気がする。このごろちょっとフワフワしてたからね。気を引き締めていこう。」
そうと決まればまずは全力で劇に取り掛かろう。役者の選定に、私と戦えるレベルの役者さんを見つけること。そしてもしヒットした時のために、私の後を任せられる人の決定とかもやってしまおう。迷宮都市に高跳びするわけだしね~。
「いっそのこと劇団でも作ってやろうかな? 異世界宝塚みたいなの、面白そうじゃない?」
私の演技とか振る舞いとか、ビクトリアという役の形成にはそこを結構参考にさせて貰ってるしね。この世界に合わせた形になるから多分別物に成っちゃうけど、あれぐらいのレベル目指して頑張ってみましょうか。
「よし、そうと決まれば……、っと。もう着いたのか。ま、とりあえずご飯だね。腹が減っては戦は出来ぬ~。アル、ただいまー!」
そう言いながら馬車から飛び出し家の中へと突撃する。
ただいまただいまアル! 何してた!? 掃除! 偉いねぇ! 頭なでなでしちゃう! あ~、もうカワイイ! 私の子! 産んでないけどウチの子はかわいいなぁ! 留守番の間何かあった? 変な人来た? もしそんな人いたら文字通りみじん切りにしてあげるからねぇ!
「ちょ! 変なとこ触らないでください! というかなんでそんなにテンション高いんですか!? 何もなかったですよ!? 言われた通り課題も訓練も全部終わらせて、後はご飯食べて寝るだけです。」
「マジ!? 偉いね~!!! それとちょうどよかった! 今からご飯行くからおいでおいで! 馬車来てるし!」
「え? あ、ほんとだ。ってヘンリ様のとこの馬車じゃないですか! え、大事な奴ですか!? ちょっと着替えてくるので待っててもら……」
「んにゃ! そのまま行こ! めんどい! というわけで突撃!」
普段着からちょっといい服、まぁ布変えるだけだけど、着替えに行こうとしたアルを抱えてそのまま馬車の中に放り込む。あとはちょっと騒がしくしたお詫びと口止め料を込めて御者さんに銀貨をシュート! 超エキサイティング出発ッ!!!
「だからなんでそんなにテンション高いんですかァ!」
あはははは! 目標が定まった乙女? は強いのだ! さ、明日もがんばろー!
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