61:考えるの大事
「う~ん、懐かしい雰囲気。ただいまー! って叫びたくなるね。」
「そんなにですか?」
アルと宿舎の中を歩きながらそんなことを話す。
オーナーのところから半ば逃げてきた私たちは、昔住んでいた剣闘士たちの宿舎まで足を延ばしていた。本来こういった宿舎に部外者が入り込むのは色々な問題に繋がっちゃうからダメなんだけど、私はもう顔パス。出入り口を固めてる守衛さんにも『あ、ビクトリア殿。お久しぶりです、何か御用でしたか?』なんて雑談挟みながらすんなり通してもらった。いいねぇ、OG待遇ってのは、ラクチン。
「……袖の下渡してたからじゃないですか?」
「まぁそれもあるだろうけどね。」
アメリカみたいなチップ社会ってほどではないけれど、門番だったり、警邏の人に色々プレゼントするっていう文化はこっちにもある。来るたび来るたびに結構な額渡してるし、まぁそういう好感度が関係してるってのは十分にあると思うよ。でもやっぱ昔ここで暮らしてて、出てからも何度か顔見せに行って、その期間問題らしい問題を起こしてないっていう信用もあるからだと思うよ。
「そういうものなんですね~。」
「積み重ねの信頼、って奴ね。ところでアル、そういえばここから出てから一度も戻って来てない訳だけど……。実際どう? 懐かしさとかあるかな?」
そう言いながら軽く庭の方へと目を向ける。宿舎の構造的に剣闘士たちが訓練したりできるように庭というか開けた場所は結構存在している。ちょうど今みたいに軽く視線をずらしてみれば所属している剣闘士たちが剣を打ちあっている姿が見れるくらいには。私の様子を見てアルもそちらの方に視線を動かしながら、言葉を紡ぐ。
「そうですね……、やっぱり懐かしさはあります。ここも何度も歩いた通路ですし、あっちには何回か話した人もいます。ただ見たことの無い顔、新しく入ったであろう人がいるのがちょっと気になる、かもです。仕方ないことだとは思うんですが……。」
「あー、そうだね。」
実際、何度かこっちに顔を出している私でも来るたびにいなくなっている奴と、新しく入っている奴がいる。オーナーの剣闘士に対するスタンスは私のせいで結構変わり消費するのではなく長く使っていくものに成ったらしいが、周りが同じように変化した訳ではない。
未だ剣闘士の試合の多くは殺し合い前提だし、観客たちも他のオーナーたちもそれを望んでいる。そっちの方が派手だし、死に物狂いで戦っている様子が見れるから数字が取れるわけだ。オーナーが提唱しているらしい殺しナシの試合にあまり人が流れていないことからもそれは明らかなのだろう。若い剣闘士の育成の場や、失いたくない剣闘士同士の調整の場としての"価値"はあるらしいが、あまりうまく行っていないのが現状だそうだ。
それに私は違ったけど、殺し合いの中でこそ生を実感できる奴や、人の命を奪うことに快感を覚える変態さんも存在している。オーナーとしても本人の希望を無視して生産性を下げたり、反抗的になるのは面倒みたいで彼らの意見通りにするみたいだが……。ま、長くは続かないよねぇ。
「でもま、"ウチのオーナーの剣闘士"って枠組みだけじゃ結構生還率高まってるらしいし、それは普通に喜んでよさそうだよね。」
「あ、タクパルさんの。」
「そうそう。っと、いたいた! お~い! おっひさー!」
アルとそんな会話をしていると、ちょうど近くを歩いていた男。異形ちゃんよりは小さいけど十分な大男なタクパルを見つける。ちょっと声を掛ければこちらのことに気が付いてくれたようで、笑みを浮かべながら近づいてきてくれる。
「おぉ! また来たのかビクトリア。それに今日はアルも一緒か、久しぶりだな。」
「はい、お久しぶりですタクパルさん!」
「また、って何よ。またって。というかタクちゃん元気そうだねー! 引退しちゃってどんなへにゃへにゃになってるかと思えばちゃんと鍛えてるみたいだし、感心感心。……けど下半身ちょっと筋肉足りなくない?」
「足りなくないわ。お前の走り込みの量が異常なだけだぞ?」
軽くその腰を叩きながらじゃれつくが、現役の時と変わらない体幹。揺れはするが倒れない、衝撃をしっかり足で受け流してる。うんうん、感覚的な衰えもまだみたいだねぇ。私もタクちゃんも当分"現役"張れそうで何より。
「どう、調子は? 後ろのあの子たち見る限り絶好調って感じに見えるけど。」
「絶好調、とまでは言わんが試行錯誤しながらなんとかやっている。」
そう言いながら彼の後ろ、アルぐらいの子たちやそれよりもうちょっと上の子たちが集まっている場所に目を向ける。ちょうど訓練みたいなのしていたみたいで、各々が素振りしたり剣を合わせたり基礎トレしたりと頑張っている。昔と違うことと言えば……、平均年齢がかなり下がったのと、上の年齢の奴や私が剣闘士してた頃の同僚が子供に剣を教えたりしてるとこかな?
「……なんか、昔よりも多いですね。」
「オーナーには積極的にとは言わんが、教育出来る余地のある者を連れてきて欲しいと頼んだ時期があった。それゆえだろうな。」
ウチの元オーナーの父親、つまり私を買ったあいつは奴隷商人と結構深い仲だったらしく、オーナーもそれを継承している。結構大きな相手らしく切るにも切れない縁だから定期的に奴隷を買って色んなとこに配置してるらしいんだけど……。アルの言う通り確かに新入りの子供の量が多い。あと顔が良い奴が結構いる。……ちょっと思いついちゃったんだけど。
「宿舎内で行う『剣闘士学校』。ある程度軌道に乗せることが出来た故、正式な生徒として迎え入れたのが彼・彼女らだ。本来はこんな場所にいるべき者たちではないのだろうが……、奴隷となってしまった以上変えられることなどない。故に少しでも生き残れる術を、とな。」
「…………そうだったんですね。」
「それに、ウチには蓄積があるしな。」
そう言いながら私の方に視線を向けるタクちゃん。え? 私? 確かに『学校作るけど、アイデアがしっかり纏まらないから手伝って~』って言われてカリキュラムとか結構口出ししたし、最低限の読み書きができるように勉強用のテキストとかの作成にも関わったけど……。蓄積とかなんかあった?
「思い出すと少し笑えるのだが……、アルがここに来る前のこやつ……、くくく。」
「…………あッ! ちょ!」
「?」
「子供を預かるなど初めてだったらしくてな、右へ左へと大騒ぎだったのだ。やれ何か遊具はいるのか、やれ絵本とか用意した方がいいのか、やれぬいぐるみとかそういうのもあったほうがいいのかなど、な。……あの慌てぶりは正直笑えた。」
「わー! わー!」
そ、そんな忘れかけてたこと言わなくていいじゃんかぁ! だってさ、色々どうしたらいいかわかんなかったんだもん! こっち見た目女だけど中身男ぞ? 成人男性ぞ? 迎えるのが男の子だったらまだ何とかなったかもしれんけど、女の子ぞ! しかもこっちの常識がガチで通じないこの世界出身の女の子ぞ!? マジでどうしたらいいのか解らんかったのは理解できるでしょうが!
親元から売られてこっち来たわけだから色々心配だろうし、彼女の命だけじゃなく教育もオーナーから任されたせいで何をどうしたらいいのか解らんかったんだからね! 殺し合いが本業なせいで絶対放置したら歪んじゃうし! 情操教育とかどうしようかと迷いに迷って、ぬいぐるみとか絵本とか色々調べたりファンの人にそれとなく聞きながら調べて用意してで大変だったんだよ!
まぁアルが良い子過ぎてあんまり意味なかったんだけどね!!!
「あ~、だからあんなにぬいぐるみとか絵本とかあったんですね。てっきりそういうのが趣味なのかなぁって思ってました。」
「アルぅ!?」
「でも最初にもらったあの絵本、あれでちょっと文字覚えましたし、絵も綺麗で……、大切な宝物です。」
「アル……。」
もう、この子は……。落として上げるとかそんなテク誰に習った……、私? 私か。うん、確かにするね。……もしかして私の存在が教育に悪い? あ、どうしよ。思い当たる節が一つ、二つ、三つ……。う~ん、アルのお母様に申し訳が立たない! 腹切りでもして謝罪しようかな? いやガチではしないけどさ。
「まぁお前のように大量に買い込む、というのは出来なかったがその試行錯誤のおかげで色々とためになっている。」
「……ならいいけどさ。急に変なパスしないでよ。」
「ふ、わざわざ会いに来たということは何かあるのだろう? 代金を先にもらっただけだ、許せ。」
◇◆◇◆◇
「正気か?」
「え、いや。うん。」
代金を前払いさせてくれたタクパルちゃん、彼に頼み事の件を話すと正気かどうか疑われてしまった。どおぢて。
頼み事とは、オーナーにも話した『劇に出てもいいよ~、っていう剣闘士』のことに関して。私との剣撃というか、剣舞にある程度付いて来れそうな子をスカウトしたいな~、劇に出したいな~、上手く行ったらそのまま役者として大成してほしいな~、って話をしたのだが……、何故私はこんな理解の及ばない者への目を向けられなくちゃいけないんで?
「冷静に考えてみろ。まず、そもそもお前と打ち合える相手などそうそういない。劇だったか? 魅せるために速度は落とすのだろうが、それでも無理だろうよ。お前が現役のころの実力ならまだ私も付き合えたが……、相変わらず訓練は続けているのだろう?」
「まぁ、ねぇ?」
「なら悔しいが私でもついていけん。あの速度差はどうあがいても無理だ、それにそもそもここを任されている身、一月以上空けるのは難しい。かといって他の者に任せようにも……。」
「そんなに強い奴は育ってない、か。」
頷きをもって返答する彼、まぁ理解してたけどそうそう私レベル、剣神祭レベルの奴は出てこないかぁ。う~ん、悲しいけど納得と安心の方が強い。あの大会に出てくるレベルの奴らがぽこじゃかPOPしてたら、私色々諦めちゃうもん。うんうん、私や異形がおかしいだけ、うん。……それはそれでちょっとやだな。
「なら、さ。私に軽くあしらわれる役にはなっちゃうんだけど、そういうレベルでいい感じの子、いない? ま、こっちが本命なんだけどさ。」
剣闘士の試合を劇で再現するとき、さすがにずっと接戦を繰り返していたら観客も飽きてしまう。だからこそ『なんか強そうな相手を一瞬で倒しちゃったー!』って演出があると見栄えが良いよね、ってことで脚本にもいくつかそんなシーンが出ている。こっちの方でもリアリティ重視したかったから戦闘のプロともいえる剣闘士の子たちから引き抜こうと思ってたんだけど……。
「それならば、まぁ……。何人か紹介は出来そうだな。」
「あ、そう! ならよかった!」
じゃあさ、じゃあさ。その子たちに話だけでも伝えといてくれる? 私が君たちに興味示してたよ~! って感じで。うまく行けば私と同じように闘技場のスターに成れるかもだし、いい演技が出来れば剣闘士から役者にジョブチェンジできるかもしれない。オーナーにはもう話通してるし、劇の内容的に顔の良さとか振る舞いの良さよりは"声がよく通るか"が重要視されてくるから、って感じで!
「わかった、わかった。早く抜け出したいと考えている奴を優先に声を掛けて置く、それでいいか?」
「うんうん、お願いタクちゃん! ……というかタクちゃんはいいの? 話し的に『自分はいいや』って感じだったけど。」
「あぁ……。」
ちょっとだけ視線を横に、剣闘士学校の生徒たちへと目を向ける彼。
「……やっぱ誰かを教える方が性にあってる、って奴? 自分の身分の問題はあるけど、それでも自分のしたいことが出来るからここに残り続ける。剣闘士にモノを教える時、相手も同じ立場でなければ要らぬ思いを抱かせてしまう。だった?」
「…………あぁ、その通りだ。あの子たちに慕われるのが案外、励みになってな。」
「お人好しだもんねぇ、タクちゃんは。」
この人の持つ才ってのは確実に戦うものに特化している。だからこそこんな大きな体になってるわけだし、ここまで生き残ることが出来たわけだ。でも本当にやりたかったことは違ったんだろう。私という存在が剣闘士を消費し続ける現状に疑問を投げかけ、彼がそれに対する解決策を投げた。オーナーがそれを受け入れてできたのが『剣闘士学校』、剣闘士たちの寿命を少しでも引き延ばすための機関。そして私の様な化け物だったり、スターに成れる様な存在を作れるかもしれない場所。
「じゃ、私はノイズか。」
「そこまで言っていないが? ま、安心しておけ。今試合に出ている者にも声を掛けておこう。オーナーに話を通してくれているのならそちらからも話があるだろうしな。」
「悪いね、頼んだ。……じゃ、私からのお願いはおしまい。どうする? 今日はもうフリーだし、ユーの生徒たちに"魅せろ"って言うんだったら喜んでさせて貰うけど。」
「あぁ、頼む。」
そうこなくっちゃ。
「ふぃー、やったやった。」
「お疲れ様です、師匠。」
「うんうん、アルちゃんもお疲れー。……あ~、もういい時間だな。外食でいい?」
「あ、じゃあ行きたいところがあるんですけどいいですか?」
宿舎からの帰り道、アルの希望のお店へと足を進めながら何を注文するのかを二人で考える。
いや~、久しぶりに乱取りやったけどやっぱ疲れるね。360度警戒しなくちゃだし、ケガしないように手加減しなくちゃならない。アルもアルで小さい子たちや同年代の子たちにちょっと剣を教えてあげてたみたいだし、思ったより重労働になっちゃった。でもまぁこんな休日もいいよねぇ。
……あの子たちにとって、私は希望に成れたんだろうか。
タクパルからの頼みもあり、あの場で私は"成功者"として振舞った。奴隷、しかも剣闘士になってしまったあの子たちは言葉にせずともあの世界がどれだけ酷い物なのかは理解できているだろう。負ければ死ぬし、勝っても手に入るのはほんの少しの銭。オーナーのおかげで色々改善はしているだろうが、あそこ以外の宿舎はひどい物だろう。
そんな最悪の雰囲気に呑まれないように、そこから抜け出した者が希望として彼らの前に現れ、自分たちも努力し続ければここから抜け出すことが出来る、元の生活に戻ることが出来る。運が良ければ離れ離れになった家族と再会できるかもしれない。……結局気持ちがものを言うからね、私が彼らの心の補強材になれればいいのだけれど。
「そう言えばアルは知ってる? 最近遠征に出てた教会の船が帰って来てなんか新しい食材とか流れ始めたみたいよ?」
「あ、それ私も聞きました! 今は滅茶苦茶高いけど、栽培する方法が整えばすぐに手に取れるようになるって!」
「楽しみだよねぇ、いったいどこに行って何を取って来たやら。」
今日は、色々考えさせられる日だった。
オーナーからは私の価値観と、この世界の価値観。自分が抱えられるものの限界と、誰かに任せる事。
タクパルからは自分のやりたい事と、それを実現させたこと。
そう言えば、私が本当にやりたい事って何なのだろうか。剣闘士のころは世界を色々見てみたい、と思っていたが結局そんな遠出は出来ていない。せいぜいアルの村とか、ララクラとかぐらい。普段の仕事とか、アルやマリーナの訓練とかで時間が取られてちゃんと考えてなかったけど、あんまり自分のこと考えてなかったかも。
アルとマリーナのことは任されたことだし、私も好きでやっている。だから別にいいんだけど……、もし遠くに行くとなれば今の仕事。"ビクトリア"のこととか、今やってる劇のこととか一時的に誰かに任せることになるんだろうなぁ。今準備している劇はもうこれから公開まで一気に走り抜ける必要があるからダメだけど、コレが成功すれば次何するか、って話になって来る。それにもう一度同じ内容を公開してくれー、って声も来るかもしれない。
(劇の準備は始まったばっかりだけど、なんか文化祭の準備してるみたいで楽しいのは確か。でもこれをずっとやっていくっていうのは……、違うかもしれないよね。)
ま、それもおいおい考えていくことにしよう。幸い私には考える時間も、打ち込むべき仕事もあるのだから。
(そういえば明日は……、ウィウィ先生との授業内容の共有会だっけ。普段のマリーナちゃんのこともしっかり聞いておかないと、劇に集中すると言っても二人の師匠なのは変わらないからね、頑張らなきゃ。)
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