60:厄介事は出来る奴に頼むに限る
「そういや顔隠しての移動って久しぶりですね。まぁオーナーのところに行くのも久しぶりですけど。」
「あ~、そういやアルはあんまこっち連れて来てなかったか。そうなるとやっぱ懐かしい感じかな?」
「……まぁ確かに懐かしくはありますけど。」
そこまでいい思い出ではないですね、という彼女の言葉を聞きながら馬を走らせる。今日はこの前話していた人材の確保、私とやり合える程度の実力がある人と見ず知らずの楽器を練習して仕上げて来てくれる人を探しにオーナーのいる商会を目指している。あ、今は元オーナーだね。一応私の本業のサポートとかグッズ展開の仕事もしてくれてるから正確に言うとすればプロデューサー兼事務所ってところだろうか。
彼のいる商業区画なんだけど、治安はいいけど私に対して恨みを持つ人が多い区画でもある。なにせ剣闘士の興行をしているオーナーたちがわんさかいる地区だ。私に大切な金蔓をお釈迦にされたわけだから無茶嫌われてる。たまにガチで暗殺しかけて来たり往来で喧嘩売ってくるからこうやってフードでお顔隠しながら進まなきゃいけない。
ルぺスとコピアには喋らないようにお願いしなきゃだし、地中海のカラッとした気候と言えど暑くなってきたこの夏の時期に上からもう一枚羽織るってのは結構しんどい。もう色々面倒だし、一気に集まって襲い掛かって来てくれないかな……、そしたら一掃できるのに。
「そういう考え方ってマジで師匠ですよね。」
「……何それ? マジで師匠?」
「強者故の余裕とか慢心とかそういうのです。まぁ師匠ならそんなのあっても普通に圧勝して帰って来そうですけど。」
お~、わかってんじゃん。そうそう、真に強い人はどんな状態でも強い。傲慢であることが求められていて、強者ならではの振舞い方が求められる。アルがどんな道を目指すのかはわからないけど、もし私のようになりたいのなら自己の強さを疑わないが故の傲慢をもって、吐いた言葉を全て実現させるぐらいまで強くならないとね。
「ま、別に傲慢じゃなくて謙虚に生きるってのも間違いではないんだけど……。」
「あんまり客受けはしない、ですか?」
「そゆこと。」
私の元々の性格や"ビクトリア"としての性格、あとは容姿とかが違えば"傲慢さ"よりも"謙虚さ"の方が受けたかもしれないが、私の場合じゃ絶対に前者だ。そもこの世界の人間の一般的な感覚として強者を貴ぶ風潮がある。強いから憧れる、強いからなりたいと思う、強いから守ってもらうとき頼りになる。そんな感じね?
「ま、単純な"傲慢"だけじゃ人は集まらない。何かしらのアクセント、他要素も必要となってくる。それで私が選んだのが、"ファンとの近さ"ってわけだ。アルも私のようになるのなら貴方だけの一面、見つけておかないとね。」
「……考えておきます。」
「まぁでも? こんな風に歩いてたら普段のパフォーマンスもできないし、色々嫌だよねぇ。……もういっそのこと商館の位置変えてもらおうかな。ウチの隣とか。」
「本気ですか? あの人がお隣さんになるの正直嫌なんですけど。」
「だよね、わかる~。」
確かに、あの守銭奴で何考えてるかよくわからん奴の私生活とか見たくもないよねぇ。そりゃ経営者とか商人とか、そういうお金に関することに対しての彼の信頼度は非常に高いけど、その人間性とかは全く気にしてない。ほらあれよ、私生活どうでもいいから『栄養は取れればいい』とか言いながら一日分の食事を全部ミキサーにぶち込んで朝昼晩に分けて飲む奴。仕事は出来るかもしれんけど友達には成りたくないタイプだよね。
ちな普段のパフォーマンスってのは試合に参加しなくなったことで私に会う機会の減ったファンたちへのサービスと、新規層の開拓のために行ってる奴だ。お仕事のために移動してる時とか、買い物の際に声かけてくれた人に"ビクトリア"としてちょっとだけサービスしてあげる感じ。私を近くで感じられる、ただ眺めるような存在ではなく、隣にもいる存在。
一応偏らないようにはしてるんだけどね~。どうしても仕事の契約ってのは大口がメイン、金払いのいい貴族がメインの興行になってしまう。平民のファンとも触れ合えるように握手会とかサイン会とか演舞とか場所借りてやってはいるんだけど、それを短いスパンでやり続けるってのは回数を重ねるごとに人が来なくなって、利益が出なくなってしまう。つまり貴族には一対一で長時間お話してくれるのに、平民相手じゃサインや握手の一瞬。そうなると自然と平民のファンたちが不公平感を感じちゃうわけだ。
いくらこの世界の人間が貴族と平民みたいな階級の差の元で生まれ育ったといっても、不満を感じてしまうのは間違いない。イメージの商売だから『ビクトリアは守銭奴!』とか『貴族の子飼い!』とか言われちゃうと私にとっては大ダメージなわけだ。その影響を出来るだけ少なくするために外に出る時はもう色々諦めて"私"ではなく"ビクトリア"として振舞ってるわけね。
「ぶるるるるっ」
「っと、悪い悪い。そろそろだね、ありがとうコピア。」
厄介事に繋がらないように、人の言葉ではなく馬のように鼻を鳴らすことで目的地の到着を教えてくれる。彼女たちの馬種である"聖馬種"はまぁお金持ちの証、高級車みたいなものだ。見る人が見れば毛並みとかでもわかるらしいが、素人からすれば普通の馬との見分け方は喋るか喋らないかだけ。わざわざそっちの方で話しかけてくれたことに感謝しながら、優しく彼女の背を叩く。
「さ、オーナーちゃんにお願いといこうか。」
◇◆◇◆◇
「構わんぞ。」
「マジ? 助かる~!」
「ただ金は払ってもらうが。」
「……割引とかある? ほら元奴隷キャンペーン! とか。」
「ない。」
「だよね~。」
というわけで交渉成立? ってことで! 一応許可貰ったし、後はネチネチ耳元で囁いて値段交渉を……。
いやしないよ? しないってマジで。うんうん、世話になってる元オーナーにそんなわけ……。解った解った謝るから、書類直そうとするのやめよ? やめないとこの商館全部吹き飛ばすぞ♡ うん、わかったのならよろしい。
「……お前対策の護衛が欲しくなってきたな。」
「私レベルの強さの奴? 居たとしてもユーの手の届く範囲にいるわけないでしょうに。大体どっかに囲い込まれてるよ普通。現役の時の私とか、タクちゃんレベルなら探せば出てきそうだけど、そっから育つかどうかはガチで運だよ?」
「だろうな。」
さて、この私と楽しい会話を繰り広げている元オーナー現プロデューサー兼事務所の男と何を話していたかというと、彼の所有物である剣闘士たちの貸し出しについてだ。まぁつまり私とある程度戦える人材を剣闘士から呼んでこよう、って奴だ。役者に私と殺陣出来るような奴がいないのなら、できる奴がいるところから引き抜いてくればいい、ってわけね!
普通ならタクパルとか、彼が教えている生徒とかに直接交渉してスカウトしたりお願いしたりするのが筋なんだけど……、残念ながら身分の差ってものがある。目の前のコイツなら私が駄々をこねれば事後報告でもOKしてくれそうなものだが、一応筋は通しておかなければならない。どこまで行っても剣闘士は奴隷で、奴隷はオーナーの所有物なのだから。
……ま、私がいたころよりいい暮らしさせてなかったらコイツぶん殴って全員無理やり解放させちゃうけどね! なはは!
少しだけ不安そうな表情を"作りながら"、彼に話しかける。
「んじゃまそういうことで。後でタクちゃんのとこにも顔出してできそうな奴何人か借りていくよ。あ、あと役者の道で大成しそうならこっちで引き抜いちゃうけど別にいい? 予定では一月程度だけど、反響がよかったら今後もやるだろうし。」
「構わん、だがこちらに話を通した上で契約は書面で行う。それとよほど才があるのなら『買戻し』の際にいくらか割引をしよう。条件はあるがね。」
「はいはい、私と同じように後援にオーナーがいますよ~って解る様にあのチューリップのマーク、商会の印つけるんでしょ? わかってるって。」
ちゃっかりしてるんだから~! ……実際、そういった手法はすごく効果的だ。奴隷の解放、買戻しってのは滅多に起きないもの。そりゃ人件費無視して好きなだけ働かせても誰からも怒られないんですもの。そりゃみんな使い続けるし、解放なんか割に合わないもの。けれど、わざわざ解放した奴隷が業界で活躍したってなると話は変わってくる。
今後金の卵を生み出すはずの鶏をわざわざ放したってことは、その鶏に頼らずとも十分な利益を出せる力があるってことの証明だし、その商会が人道的な基準で奴隷の買戻し時の値段を決めているってことの証明にもなる。お金を持っている証明と、不義理な契約をしないっていう二重の証明になるわけね。
でもまぁそんな利点他の方法でも証明できるわけだし、やってるところは少ないんだけど、ね。オーナーはオーナーで人道的なヘンリ様や、奴隷という体制への忌避感をもつ私との接点を失いたくはないんだろう。とんでもないお金持ちで権力者、そしてほっとけば勝手に仕事を取って来て利益を上げてくれる鶏、しかもひよこ付きってなれば配慮する方が得になるって考えてるのだろう。
「あ、それとさ~。例の件? どうなってる? いい人知らない?」
「例の未知の楽器を扱うという話か? 残念だが私では無理だろう。伝手を辿ったがいい返事は戻ってきていない。」
そも音楽家を一月も拘束するのが難しい、と話す彼。まぁ確かにその通りだ。それに演者たちとの合わせも考えるとさらに拘束期間は伸びるだろう。基本彼らはどこでも引っ張りだこだ、宮仕えや教会務めしてる奴らはもとよりフリーの奴らだって私と同じようにお貴族様の要望に応えるために日夜帝都を走り回っているのだろう。
他の貴族に目を付けられたり、一月以上拘束することへの料金などを考えるともうどこかの音楽家グループを買った方が安いかもしれないという話をされる。ただその場合でもこの世界では馴染みのない楽器たちを十全に扱えるかはわからないし、その上拒否される可能性もある。笛一本でやって行こうとしてる奴や、太鼓一筋でやって来た人たちに『違うのやって♡』というのはまぁ無理だろう。
「ま、だよね~。じゃあこっちでなんとか……」
「ビクトリア、お前も薄々理解はしているのだろう?」
「……何がさ。」
珍しく、オーナーが私の目を見ながら話しかけてくる。
普段の彼であればずっとその目線は机の上、大商人である彼は私と仕事の話をしながら、手元ではずっと違う仕事をしていた。まさに仕事が友達とでも言うような動きをずっとしている。そんな男が、珍しくはっきりと私の顔を見ている。
「お前の言う音楽の問題とやら、一瞬で解決する方法があるということ。お前も解っているはずだ、一般論として気持ちを推察することは出来るが、理解は出来ん。なぜ頑なにそれを拒む。」
「……使われる、消費される側の気持ちを理解していながら、いざそこから自分が抜けだしたら消費する側に回る。惨たらしく殺したくなるほど嫌な存在じゃない?」
彼がいう解決策とは、非常に簡単な話だ。奴隷を買い、買った彼らに練習させれば全て解決する、と。……そうだね、それが一番手っ取り早いし確実だ。彼らを奴隷契約によって縛り、達成できれば無償で解放させた後音楽団として雇ってやるという契約。それを結べば彼らは必死になって練習してくれるだろうし、私が求めているクオリティの確保って言う目標は達成しやすくなるだろう。
確かに、私でもソレが一番確実で、手っ取り早いことは理解できる。もし私が剣闘士としての経験を持たなければ、それを選んでいたであろうことも理解できる。だが、一度消費される側。裏の世界だけではなく、闘技場で幾度ととなく見せられてた人の命を何とも思わないような人間たちを知ってしまった今。"アレ"と同じ存在になりたいなどと思うわけがない。
「お前が食べている穀物は基本プランテーション、奴隷を労働力として使用する農園によって生産され、帝都の民の食卓を彩る海の魚たちを取る漁船の主な労働力も奴隷だ。お前の故郷は違うのかもしれないが、少なくとも帝国において生活の基盤は奴隷が担っている。」
「理解してるよ。」
「……心情的な問題、とやらか。理解できん。」
ま、そりゃそうだろうね。お前さんは人を金で判断できるタイプの人間だ。確かにそれは金稼ぎの力になるだろうし、場合によっては強い力になるだろう。けどお前と私は違う人間だ。育ってきた環境だって違う、本来であればこんな風に喋ることなんてなかったかもしれない訳だからね。考えると頭の痛い話ではあるけど、間接的なのであればまだ我慢できる。でも私が直接かかわるとなると話は別だ。……とっても"傲慢"最悪な方の傲慢だね。
「正直な話、別にどうしようとも構わない。だがお前の性格上、気になってな。……ビクトリア、お前私のところから引き抜いた剣闘士。全員を役者として大成させようと考えているだろう。せっかく命を賭け金にしなくてもいい場所から遠ざけたのだ、新たな場所で生き残れるように、自分の手の届く範囲ぐらいは守らないと。……そんなことを考えていたのだろう?」
「……なんでそこまで分析できるのに、ここで私が嫌がる話するかなァ?」
彼の言う通り、実際そのつもりだった。才能が有りそうな子しか引き抜かない、だけど一度私が彼・彼女の手を握ってしまったのならばせめて独り立ちできるレベルまで引っ張り続けてあげないと、そう思っている。私の後ろで静かに話の行く先を待っているアルも、今頃ヘンリ様のお屋敷で貴族としての勉強に励んでいるだろうマリーナも、私が手を引いた子たちだ。
最後まで、面倒を見る必要がある。それが私だし、私が目指す"人間"だ。
「そうだな、お前に投資する人間として。いやお前よりも生きた人間として一つ忠告しておこう。『自分の抱えられる以上のことは抱え込むな』、お前の精神・理想とやらは素晴らしいものなのかもしれんが、それでお前が潰れれば意味がない。むしろお前が抱え込んでいた者たちが行き場を失い、より面倒なことに発展するだろう。」
「…………それ、実体験?」
「ふ、若いころに少し、な。」
そう言いながら軽い笑みを浮かべるオーナー。……なんだろ、もっと顔がよくて普段正義感に溢れているようなオジ様であればもっとこう、ニヒルな感じで絵になったのかもしれないが、コイツがやるとマジで大悪党が悪いこと思いつきました、って感じの笑みになるからあかんね。やっぱ人間顔なんですかねぇ? ……というかお前と私の年齢そんな変わらんからな? 前世とこの世界の年齢合わせたらマジでお前と同じくらいやからな? 偉そうに『若い子に指南しちゃうぞ♡』みたいな雰囲気だしてんじゃねーぞおっさん!
「はいはい、りょーかい。まぁ確かにそういうとこがあるのは認めるし、ちょーっと抱え込み過ぎカモ、ってのは私も思ってた。潰れる前に色々周りに投げることにするよ。」
「それでいい。こちらとしても有望な稼ぎ手がいなくなるのは困るからな。」
そう言いながら軽く笑い合う私たち。目の前の彼は若干営業スマイルが入っているが、私のことを考えてくれた、思考を割いてくれたのは確かなのだろう。メインが金なのは少し気に入らないが、くれた忠告は確かに私のためになるものだ。
たぶんこのままオーナーが手を出さなければ、私一人で勝手に動いて抱え込み過ぎてどこかで潰れていただろう。剣闘士の拾い上げた子たちを役者として食べていけるように手を貸し、ファンの人たちへの恩返しのためにクオリティに妥協できない私は心を殺しながら奴隷に手を出していただろう。んで最終的に良心の呵責で死にかけて、どこかのロボット司令官みたいに爆発。この前のエンリットちゃんみたいになるわけだ。
いやほんと。悪いね、"こんなこと"言わせちゃってさ。色々世話になっているっていうのに……。
「んじゃ! わるいけど役者の選定と、音楽家の確保。お願いね? 私抱え込んじゃうタチだからさぁ~? そんなに抱え込んだら壊れちゃうかも~! ちょーど、周りに頼れって言ってくれた人がいるしぃ~? おねがい?」
彼の顔が、強張る。
「お前、もしかして最初からそういうつもりで……。」
「だーい正解! んじゃ! もろもろヨロシクゥ! お代はお給金から天引きしといて! んじゃアル! 逃げるよ!」
「了解です。」
オーナーに文句を言われる前に即座にその場から退散する。うへへ! もちろんその通りだぜ! 最初からオーナーに面倒な仕事全部押し付ける気だったのさ! だって私も私で忙しいんだもん! 自分の修行にアルたちの訓練、普段の営業にヘンリ様の愚痴を聞く仕事。そこに劇も加わるってんだ! それにお前大口の契約終わらせて当分暇って言ってたよな! ほら新しいお仕事だよ! お仕事大好きだよね? じゃあ、お願い♡
そも私が目に見えて動揺してる場でアルが何もアクション起こさないとかおかしいんだよなぁ! 私たちの絆はそんな薄っぺらいもんじゃないっての! あはは! 顔作って不安そうな雰囲気出してたら引っかかってやんの! 最初からアルにはどんなことするか共有済みデース!
そんなことを考えながら、彼の事務所の出口まで等速で走る。隣にはアルが付いてきてるし、部屋を荒らしたいわけではない。剣闘士の時から今日までずっとグッズとか私の興行とかで結構ぐちぐち言われたからその仕返しをちょっとしたかっただけ。さぁアル! 今度はタクちゃんのとこにでも顔出そうか! 全部任せるって言ってもほんとに全部投げちゃうってのはダメだからね! 自分の目で見に行こう! それにオーナーのとこの宿舎、奴隷商人との付き合いで定期的に人が入ってるみたいだし? OB? OG? まぁどっちでもいいけど先輩として顔出しもしちゃうぞ!
「師匠?」
「ん! どうしたアルちゃん!」
「ほんとに、大丈夫ですか?」
「…………もっちろん!」
ただちょっと、"大人"にならなきゃな、って思っただけ。
感想、評価、ブックマークの方よろしくお願いいたします。




