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【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。  作者: サイリウム
日常編

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58/86

58:ただいま準備中





「これが台本ですか……。わ、いい紙使ってる。」



台本が届いた次の日、アルを膝に乗せながら一緒に冊子をのぞき込む。アルの頭で隠れて少々見にくいが、これぐらいなんてことはない。というかアル、あなたちょっと背が伸びたんじゃない? うんうんいいこと、今後もちゃんとカルシウム取りましょうね~。


本当は台本が届いたその日に全部確認したかったんだけど、そもそも疲れていた上に夕食の用意もしなきゃならなかったので簡単にしか見れていない。なので纏まった時間が取れる今日、一緒に詳細を確認しようってわけだ。


別に信頼していないってわけではないんだけど、色々説明が面倒だったり、どこから漏れるか解らないのでアルには私の前世、地球のことや転生してここにいるってことなどは伏せている。話の流れや『どこで知ったんですか?』という疑問を投げかけられることもあるが、その時は『ここから遠い場所、帝国の外にある辺境の村』ってことにして誤魔化してるって感じだ。



(そもこの世界の唯一神にこっち連れてこられたとか明らかに厄ネタだからねぇ。)



そも私の神へのスタンスは『存在を認知し神がいることを信じてはいるが、信仰はしていない。』というもので、対してアルはこの世界の生まれとして正しい『神の存在を確信し、信仰もしている。』というかたち。私は前世の日本の感覚のままここにいて、アルはこの世界で一般的な神の信仰者、ってことだ。


神本人が何故か家に襲来したり、聖女が謝りに来たりとアルもアルで何かしら感づいているところもあるだろうが、私が宗教関係の話題を全く話さないこともあってアルからこれらのことについて説明を求められたことはない。まぁ自分の信仰する神が目の前にいるっていう異常事態で色々記憶が吹き飛んだのかもしれんけど……、どこにお耳が潜んでるか解らんからね。滅多なことは言えないのよ。


それに今の私の体の出どころが解らない以上、最悪(最高?)神が気まぐれで作った体って可能性も考えなきゃならない。神サマの話し方からして手作りした、って可能性はないだろうが少なくとも一回、剣神祭の時にこの体に神の手が施されている。もしこれが大々的に発表されてしまった場合……、とんでもなく面倒なことになるのは確実だ。



(人前で演じるのってかなり精神にダメージ行くのに、そこからグレードアップして"信仰される"なんて絶対に私のメンタルが死ぬ。)


「師匠? 読まないんですか?」


「あぁ、ごめん。じゃあ早速目を通していこうか。」



手触りのいい紙、神の意向で砂糖の大量生産が可能になったこの世界では製紙技術もかなり発展している。どこか和紙の様な感触を指で感じながら、ページをめくっていく。私の物語の、始まり始まりってね?





物語は、帝国の辺境にある小さな町で始まる。架空の名を与えられたその町に住む一人の少女、それが私だ。



「……あれ? 師匠って帝国の出身じゃなかったんじゃ?」


「うん、そうだね。」


「…………ここに帝国って書いてますけど。」


「自分のルーツを簡単にさらしちゃダメでしょう? それに物語だから面白さを重視しなくちゃならない。本筋は同じだけど大半作り話だよ? 三章構成だけど、実際にあったのは二章の後半と三章だけだし。あとは大体"おはなし"。」



師匠の過去を知れると思ってちょっとワクワクしてたんですけど……、と少し落ち込む彼女。いやごめんね? さすがに前世のことを語るわけにもいかないし、かといってこの体での記憶は奴隷商人にドナドナされていた時から始まっている。だから作り話にするしかないんだよ。ほら故郷の話聞きたいのなら後で話してあげるし、教えられないこともあるからちょっと変えるだろうけどそれで我慢して、ね?


それに実際にお客を呼び込んで商売として演劇をやるわけだから楽しめるように色々工夫しないといけない。つまり初めて私のことを知る観客には"ビクトリア"というキャラに共感しやすいように、すでに私のことを知る観客にはそのルーツを知って楽しめるように、最初の章では自身の幼少期から奴隷になるまでをメインに語ろうと思っている、ってわけだ。



「ならいいですけど……、忘れちゃだめですよ?」


「もちろん。じゃあ"おはなし"に戻ろうか。」



辺境の町で過ごす少女、ビクトリアは貴族の教育係の家に生まれた。何の爵位も持たない平民ではあるが、代々積み重ねてきた知と武によって歴代の領主から重宝される家系だった。領主の跡取りたちに貴族としての振る舞いや尊き者として必要な知識や武力を伝え、彼らが成人すれば良き話し相手となる、彼らが子をもうければ次の世代へと託せる様に彼らが子供だった時と同じように教育を施す。それが彼女の家だった。


女として生まれた彼女には家を継ぐ権利はなかったが、教師の家の者として誰かに教えを授けられるレベルになるため、厳しい教育を課される。彼女はそれを苦しみながらもこなし、着実に成長していく。厳しいがその胸に大きな愛を持つ両親に育てられた彼女は、領主の娘のよき理解者として過ごすようになる。



「ほへー、これ全部嘘なんだ。……そう言えば師匠、この"少女"って誰が演じるんです?」


「コレ? 私でもよかったんだけど……、ってそんな引くような顔しない。誰かに任せる感じになるだろうね? よかったらアルやってみる?」


「大勢の人、しかも貴族の方々にも見られるんですよね? もちろんヤです。」


「だよね。じゃあ続き。」



両親にも、友にも恵まれた彼女。永遠にこの幸せな時間が続くと思っていた。このままゆっくりと大人になり、誰かと愛を育み、結婚し、子を産み、家を続けていく。そんな素晴らしい日々が……。



「え、ちょっと待ってください。」


「ん? どしたアル。こっからいいとこなのに。」


「いやそれは解るんですけど……、師匠って結婚願望あったんですか?」


「ないよ?」



私の返答と、『この子何言ってるんだろ?』という顔を見て何故か落ち着くアル。まぁ確かに私が恋愛して結婚でもしたら貴方との時間減っちゃうもんね。うりうり、可愛い奴め! ……え、違う? 師匠みたいな人でもそういう欲あったのか!? と思ってびっくりして聞いただけ? それはそれでなんか腹立つな。


実際、自分の体が女であることを剣闘士始めたころに"理解した"し、"受け入れている"んだけど、そこから恋愛対象が男性! ってコトには繋がらなかった。男か女かどっちが好きかって言われれば即女って言うだろうし……。まぁ性別"私"って感じかな? とにかくそういう欲は今の私には全くない。前世とこっちで過ごした年を合わせればかなりいい歳だし、もう子供みたいなのもいるしね~。



さて、話を戻そう。


そんな素晴らしい日々が続くと思っていたのだが……、まぁ案の定続かない。彼女たちの町の付近で人知れず迷宮が発生、そこで繁殖を続け増えに増えた魔物たちが一斉に都市へと進行。いわゆるスタンピードが起きたわけだ。魔物たちは瞬く間に街を占領し、破壊。貴族の役目として戦った領主や彼女の友人は他界、それに続いた両親も行方知らず。何とか彼女は生き残り、同じように逃げ延びた人たちと共に近くの町を目指して足を進めることになる。


この部分脚本家の人と文でやり取りしながら詰めたんだけど、実際十数年前に同じような事件が北の辺境の方で起きたみたいで、覚えている人は覚えている様な事件らしい。その事件を忘れないためにも、自分たちが同じ目に遭わないように警戒を促すためにもこういうのは定期的に入れるんだって。


んでまぁ街を目指すんだけど……、無事たどり着くわけがない。女子供が多かったという理由で盗賊に見つかった私たち。普段ならなんでもなく撃退できる相手なのだが、魔物から逃げるのに体力を使い過ぎたせいかすぐに捕まる。そして高値で売れそうな私はそのまま人狩りへと売られ、そのまま奴隷落ち。帝都へと向かうことになる。



「これにて第一章<幼少期編>の終わり、後は奴隷編の第二章に、剣神祭編の第三章って感じかな?」



ここから先はみんなも知っている通り。裏の闘技場に放り込まれて、オーナーが変わって、色々あってアルを弟子にして、剣神祭出て~、って感じ。演劇の中には出せない内容だったり、出しちゃったらへんなところから目を付けられる内容もあるから適宜改変してるけど、大筋は同じだ。あんまり変え過ぎたら既存のファンに怒られちゃうしね。



「にしても結構なボリュームになってますね、これ何時間ぐらいやるんですか?」


「細かいとこは演出家の人とかとも詰めなきゃだけど……、想定では1時間×3って感じかな? 間にクールタイムとか挟むだろうから全体で4~5時間ぐらいを想定してる。」


「あ~、じゃあ準備とか含めたら丸一日使う感じなんですね。」


「そゆこと。それに一日やってはいオワリ、ってわけでもないしね。」



実はなんだけど、これを公開する劇場。ヘンリ様が出資して現在建築中なのだ。剣神祭の折にあの人『じゃあもう劇場建てちゃうわ~!』って言ってたけどマジでやりやがったのである。冗談だと思ってたのに、私の劇のためだけに劇場を建てちゃったのだ。一応帝都の大きなスペースを使うってことで国も色々出しているみたいだが、メインはヘンリエッタ様が出しているとのこと。やっぱ金持ちはスケールが違うよねぇ。


つまり劇場の完成と共に私主演の劇が始まるってこと。オープニングセレモニーってやつ、さらに建設費の回収もしないといけないから短くても一月ぐらいはやり続けないといけない。つまりその間はずっと私のスケジュールは埋まるってわけだ。しかも劇の公開前も大変で、こっから演出の準備とか、小道具大道具の開発とか、私以外の役者の選定アンド練習、追加して音楽はどうするのかなどなど、これから当分フリーな日はなさそうなんだよね~。



「……つまり訓練はお休み?」


「なわけないでしょう、もう用意してるぞ♡」



甘えたことを言いそうになったアルの目の前に先ほどの台本よりもかなり分厚い冊子を置く。アルとマリーナの二人分にはなるが、彼女たちのトレーニングメニューを思いつく限り書き記し、どの段階に到達すれば次に進めるかなどを事細かに書き記した冊子だ。結構作るの苦労したんだよ、これ?



「ちゃんと傍で見るつもりだけど、忙しくなってきたら無理になるかもしれない。というわけで作っちゃった♡ ウィウィ先生のメニューもあるだろうからあっちとよくよく相談しながら頑張ってね♡」









 ◇◆◇◆◇








メニューの内容を見て青い顔になっちゃったアルを眺めながらニコニコしていた日より数日後。ウィウィ先生にアルとマリーナを任せた私は一人馬車に揺られていた。窓から外を見れば今日も今日とて活気で溢れている帝都の様子が窺える。一歩外に出れば魔物やら盗賊やら面倒なのがいっぱいいるんだけど、この都市はそんな些細なこと全く気にしなくてもいい。



(貴族とさえ関わりがなければ住みやすい街なんだけどね。……まぁ昔よりはマシなんだけど。)



剣闘士の人権なんかクソ喰らえな時期と違い、今の私は普通の市民。しかもヘンリエッタ様の後ろ盾があるおかげで滅多なことがない限り"消される"ってことは起きえない。つまりお貴族様のファンと交流したりする際にそこまで気を遣わなくてもよくなったわけだ。まぁ身分の差は依然としてなくなってないから緊張するし、相手を怒らせたら最悪その場で犯罪者扱いされる可能性があるから油断できないんだけど。



(さすがにもうよっぽどなことがない限りその場で殺される、ってことはないだろう。もしそうなったとしても逆にやり返してやるし。)



さて、なぜ私が馬車に揺られているのかというと。ヘンリ様が建築中の劇場の方にお呼ばれしたのが理由だ。普段ならウチのお馬さん、ルぺスかコピアの背に乗せてもらってファンサービスでも振りまきながら向かうんだけど、馬車を用意したって言われるともうお言葉に甘えるしかない。それにたった一人で馬車に揺られるってのも思考の整理とか出来ていいしね。


お呼ばれの理由としては自分がどんな場所で演じるのか見て欲しいってのもあるだろうけど、本題は脚本家と演出家との顔合わせ兼計画の作成ってのが挙げられる。台本、演劇の骨格となる部分は一応完成したのだけれど、人にお出しするためにはここから肉付け、演出を整えていかなければいけない。


そのためには原作者である私がどういう考えを持っているのか、それを骨格としてまとめた脚本家がどのような意図をもって作り上げたのか、肉付けを担当する演出家が何を目指せばいいのか、そして出資者であるヘンリ様がどのような劇を求めているのかなどのすり合わせをしていく、ってわけ。



「っと、そろそろか。」



目的地に着き止まった馬車の手すりに手を伸ばし、ゆっくりとドアを開ける。



「思ってたより大きい、ね。」



目の前にあるのはこの世界ではあまり見ない巨大な建築物、というよりも超巨大な階段というべきだろうか。半円状に建設されている劇場は半円の舞台を囲う様に観客席が作られている。確か1500名程度観劇が可能な劇場にするんだったけ? すごい規模だよねぇ。個人的に劇場と言えば屋内にある宝塚みたいなのを思い浮かべちゃうんだけど、この世界での劇場と言えば野外ステージみたいなものらしい。



「あ! やほー! ビクトリア様~! こっちよ~!」



はたらく職人さんたちを眺めながら未完成の劇場の中を歩いていると、遠くから声を掛けられる。振り返って見てみれば普段より少し軽装のヘンリエッタ様がこちらに向かって元気よく手を振っていらっしゃる。う~ん、お婆ちゃんなのにすごく元気。というか何その姿勢? まっすぐすぎて逆に恐怖を覚えるわ。ほんと歳を感じさせない人だなぁ……。 



「お待たせしたみたいだね、今日はお招きありがとう。」


「いーえ! こちらこそ! それでどう、私"たち"の劇場は! いい感じになりそうじゃない?」



他の人の目もあるので"ビクトリア"として応対する。最近色々あり過ぎて彼女の前で気を抜くことが多々あったからね、こっちの方をきっかけでファンになってくれたのだからファンサはしっかりしないと。



「そうだね。最高の劇場になるんじゃないかな? 演じる側としてはそれに恥じない働きをしなきゃいけない訳だから緊張しちゃうけど、ね。」


「あら! 貴方でも緊張するのね! "ビクトリア"様はそんなものとは無縁だと思ってたわ! ……さて、脚本と演出の子はまだ来ていないし、付いてきてくださる?」


「喜んで。」



あ~、からかわれてるよ、まぁ確かに"ビクトリア"は緊張なんかしないように見えるもんね。でもちょっとパーソナルな情報をちょろっと出すのって……、良くない? いいでしょ? ヘンリの顔見たらわかるよ。まぁこの人は"ビクトリア"の方も、出てしまった素の"ジナ"の方も。両方楽しんでいらっしゃるんでしょうけど。


そんなことを考えながら彼女の手を取り、ともに現場の見学へと赴く。劇場を造る際に色々希望を聞かれ、色々アイデアを出したのだがその多くが叶えられているようだ。流石に現代の照明とかの再現は無理だったみたいだけど。



この劇場の特徴的な点として、三つのことが挙げられる。ま、特徴的って言ってもこの世界での"特徴的"だけどね?



一つ目は舞台の後ろの方に存在する何段にも渡る階段。いわゆる宝塚の大階段って奴だ。舞台装置の一つだね。舞台全体のスペースを最初から多めに取ることで他を圧迫せずに作られたソレは単体でかなりのプレッシャーを発している。舞台に"高さ"という概念を持ち込んだそれはこの世界では初めての試みだったらしく、ヘンリはかなり感心していた。



「平坦じゃつまらないし、地元じゃアレに登るのが憧れって人もかなりいたからさ。つい、ね?」


「確かにこういった高低差を用いるのは見たことがないわ。これだけでもかなり注目を集められるんじゃない?」



次は、その大階段の後ろにある大きな壁。サイズ的に城壁と同じようなものが現在建築中だ。イメージとしては千葉にあるけど東京って名前の付いてるあの有名な小動物のテーマパークだ。あそこのステージ結構お城を背景にしてるでしょ? 上から紙吹雪散らしたり、幕かけたりと色々できるかな、ってお願いしてみた。あと舞台裏としても使えるかな? って思ってる。



「すごくいいんだけど……、これ確実に帝都の城壁と同じだよね?」


「あ~、お願いしてる職人たちが城壁の補修をしているところと同じだからかしら? マジでそのまま作っちゃってるわね。……コレ後でちゃんと申請だしておかないと軍事施設と勘違いされちゃいそう。」


「お願いですから忘れないでくださいね? ほんとに。」



最後に、演奏家の人たちが詰める場所。ほらオペラとかでさ、舞台の一段下がったところにオーケストラの人たちがいてそこで演奏してるでしょ? あんな感じ。あったらいいなぁ、って思ってお願いしたんだけど……。うん、残念なことにこの異世界では楽器の発展が全然進んでない。感覚的に古代帝政ローマが繫栄してた一桁世紀の最初の方だろうなぁ、って考えてたんだけどマジで時代相応なレベル。笛とかラッパとかそういう原始的な物しかねぇ! いや一応パイプオルガンとかは教会で見かけたんだけどさ……。



(弦楽器系がマジでないんだよねぇ、たしかアレの成立って中世だっけ?)



「ビクトリア様、ここに音楽関係を置きたいって話だったけど……、聖歌隊でも呼ぶの? 讃美歌でも歌うのかしら。」


「いやかなり違うかな……。まぁそこら辺はおいおい、ね? 観客として待ってくれればうれしいかな。」


「そう? なら楽しみにしておきましょうか。」



実際、音楽というかBGMは結構大切で、これの有無でかなり感じ方が変わる。どんなゲームでもBGMがなかったら味気ないでしょ? だからもし自分が劇に出るならそこら辺にも力を入れて見てくれる人に楽しんでもらいたいなぁ、と思ってたんだけど……。そもそもの楽器がないっていうね? 



(一応手は打ってるんだけど……、奏者の育成とかも考えたら結構ギリギリだろうなぁ。そも初めて見る楽器を演奏しろとか不可能に近いだろうし。最悪ナシ、かな。)



「……ん? あれは……、あぁあの子たちね。ビクトリア様? 二人が到着したみたいだし、行きましょうか。」


「了解、ヘンリ。」




ま、そこら辺も含めてプロの脚本と演出さんに相談してみますかね。





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