57:えぇ、こわ……。
「じゃあさ……。ちょっと腹ごなしに、ちょっと殺し合いしない?」
「あ、いつもの模擬戦ですね。了解です。」
「…………なんか、こう。もっといい感じの返しをしてくれてもいいんじゃない?」
かわいいかわいいビクトリア様のお誘いだというのにこの子は……! まぁ別にいいんだけど。ただちょっと同じようなお誘いをし過ぎたせいでインパクトが無くなってしまったのだろう。『磯野~! 殺し合いしようぜ!』とどこかの仲の良い近所の男児っぽく誘ってみても反応は常識人のものだった。最初の方は結構可愛らしい反応してくれていたんだけどな……。
実際、私と実力が拮抗していてなおかつ今後も成長していきそうな存在は目の前にいるコイツ、異形しかいない。剣闘士時代同僚だったタクパルは興行から身を引き後進の育成に尽くしている。つまり現状維持はあり得るがこれ以上の成長は見込めないし、本人も自覚していた。かといって私と普通に打ち合えそうな奴を探しても可能性として上がるのは国の中枢にいる者ばかり。気軽に『一緒に訓練しましょ♡』などと言える相手ではない。
となると身近で、私よりも若いが故に伸びしろが有って、なおかつ成長意欲がある彼しかいないことになる。しかもたぶん何やっても死なない。というかこいつが死ぬところを想像できない。どっかの化け物みたいに細胞がひとかけらでも残っていれば復活してきそうな怖さがある。本人もそれを目指してる的な感じらしいし……。
「あはは、もう慣れちゃったので……。ルールは以前と同じような形で大丈夫ですか?」
「大丈夫、魔法ナシでの一本勝負。」
たまにコイツの希望で『本気で殺しに来てほしい』という要望を受けてやることもあるが、今日はギャラリーがたくさんいるのでそれはなし。健全に剣のみでの戦いだ。……スキルの話になるんだけど、私たちの体に宿るこの力は使い続けるほどにその効果を向上させていく。もちろん例外はあるが私の『加速』と異形の『再生』は同じ、速度を上げれば上げるほどに上限が上がっていき、再生すればするほど再生速度やその効果が高まっていく。
私は単に自分の体の限界ギリギリに倍速を掛け続ければいいのだが、この異形が手っ取り早くスキルを育てるには体を欠損させる必要がある。私と同じようにどこか狂ってしまったこいつは偶に『スキル鍛えるために両腕引きちぎろ~』みたいなことをしてしまう。体ぶっ壊れるレベルで倍速掛けている私が言えた義理じゃないが、結構ヤバいのだ。色々。
この前ほんとヤバかったのよ? ヘンリと仲良く二人でお茶していたら『見てくださいこんなに早く再生できるようになりました! これでもっとヘンリエッタ様に恩返しができます!』って笑顔で腕引きちぎりながらやって来たんだよ? いや確かに文字通りそうだったわけではないけど、そんな感じのことがあったのは事実。しかも彼がスキルを鍛錬していた場所がほんとにヤバかったんだから。
今から血のお風呂入るん? ってくらい血まみれでべちょべちょ、しかもそこら中に"彼だったモノ"が山になるレベルで散らばっているんですもの。もうなんか色々やばすぎてヘンリ様と一緒に空を見上げちゃいましたよね。血まみれの彼を風呂場に叩き込んで、彼だったモノを庭に放り出して火をつけた後、ヘンリ様と一緒に体育座りしながら火を眺めたあの時間は忘れようにも忘れられないよね……。
(だからこうして自分の鍛錬兼コイツのガス抜きみたいなのをしなきゃいけない、ってわけ。)
拾ってくれたヘンリ様への恩返しに、得体の知れない自分を受け入れてくれた護衛兵の人たちの役に立ちたい、自身が持つ異能で守れるようになりたいと願うのは理解できるし、そのために自分の強みを強化したいのも解る。でもね? もうちょっと見た目とかそういうのをさ。ね?
そんな十中八九叶わぬ願いを思い描きながら、ゆっくりと歩を進める。彼はあまり動かないが、私は速度を用いた戦い方故結構なスペースを必要とする。そんな私たちの様子を理解したのか、護衛兵の皆が距離を取ってくれた。それでウチのかわいい弟子たちは……、アルはもう慣れたみたいだけど、マリーナの方はまだちょっと困惑気味みたい。まぁ急に私が『殺し合い』とか言い出したら普通ビビるか。
「よ~し、じゃあ気張るとしましょうかねぇ。」
◇◆◇◆◇
「うぇっぷ。……あれ、止めなくても大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、いつもの奴だから。それよりも早く下がらないとミンチになるよ。」
私と同じように口から溢れそうな物たちを何とか押しとどめている姉弟子に手を引かれ、ようやく安全圏までたどり着く。
我々の師が『殺し合い』云々を言い始めることは特段おかしなことではない、むしろ初めての授業で『今から殺し合いをしてもらいます』などと冗談を言う方であるためもう慣れている。師が本当に"殺意"を明確にするのは、"敵"の前だけ。先日の襲撃者に襲われた際も彼女は普段のように軽口をたたいていたが、眼は全く笑っていなかった。
今日の師の目は普段の彼女というか、あの黒騎士殿をからかってやろうという眼だった。故に心配ではないのだが……、ミンチになるとは?
「あ~、そう言えばあなた師匠のちゃんとした戦闘とか見てなかったっけ?」
そう言われれば、確かに自身は師の"戦闘"というものをしっかりと見たことはない。まぁそもそも目で追える速度ではないと言われればそうなのだが、私たちに剣を教える師の動きは"指導"であり、襲撃者に対しての行動は"蹂躙"だった。"ビクトリア"としての剣舞は戯れで見せてもらったことはあるが、どれも戦闘とは程遠い。
「だったら、ちゃんと見といたほうがいいよ。参考にはならないけど、あぁいうのがいることは理解できるから。」
普段の少し生意気な彼女、競い合う相手としての彼女ではなく、姉弟子として私にそう教えてくれるアル。確かに、師の戦い方は正直参考にはならない。師の持つ技術、継続戦闘能力を高める方法、相手の動きを読む方法、カウンターを始めとした剣の技術など、その多くが私たちの血肉と成り得る。だが師が持つ一番大きな力であるその戦い方は私たちにマネできるものではない。
アルから聞いた話ではあるが、師の持つ才の一つに『加速』というスキルがあったそうだ。その効果が如何程なのかは我々には把握できぬものだが、師の速度を重視した戦い方に必須のスキルであることは予測できる。つまりその『加速』を持たぬ我々では到底真似できぬ戦い方なのだろう。故に"参考程度"、それは理解できるのだが……
「そもそも私見えないんですけど。」
「…………よわよわ?」
「いや見えてる貴方が異常でしょうに。」
我らが師の動きは理解を絶する速度だ、確かにかなり離れてそれを眺めればどこをどう通ったかぐらいは視認できるが、その速度で繰り出される剣の切っ先など視認できるわけがない。聞いたこともない単位だった故それがどれほどのものなのか理解はできなかったが、以前師は『あ~、どれぐらいだろう。普通に走って原付以上自動車以下ぐらいだから時速30くらい、そこから10倍ぐらいしたら300だから時速300㎞ぐらいかね?』ということをおっしゃっていた。
理解は出来ぬが多分滅茶苦茶速いということを表現していたことは理解できる。
「アルは見えているのかもしれませんが私からすれば師が瞬間移動しているようにしか見えませんからね?」
「だよね、となると何か魔法か装備とかでバフつけたいんだけど……。」
「……無理ですわよ?」
そもそも魔法によるバフは結構ややこしいのです。確かに私の様な風の魔法使いは速度系統の向上に適性があるのは確かですが、それを私が習熟しているかどうかは話が別。そもそも単純な身体強化、よっぽど魔法に適性がない者でなければ使える魔法ですら私たち習得してないのですよ? なんで私が使えると思ったんですか! 必要なフレーズすら知りませんよ!?
「だよね~、……護衛兵の誰かにお願いしよっか。」
「最初からそうすべきでしょうに。」
その後、護衛兵の方々にちょっとした装備と魔法によるバフを掛けてもらった私たちは共に地面に腰かけながら模擬戦の開始を待っていた。装備の件だが、どうやら過去師にこっぴどくやられた際どうにかして勝てないかと試行錯誤していた際に手に入れた魔道具らしい。どうやらアルのように"眼"の能力を上げる魔法が組み込まれているようだ。それを私が持ち、アルと私両方に速度上昇系のバフを掛けてもらう。
これで全てが目で追える、理解できるとは思えないがさっきよりは何倍もマシだろう。
『あはは、もう慣れちゃったので……。ルールは以前と同じような形で大丈夫ですか?』
『大丈夫、魔法ナシでの一本勝負。』
「あ、そろそろみたいですね。」
アルの声であらぬ方向へと延びていた思考を叩き直す。視線の先は勿論あの二人。自分たちの成長を促すもの、血肉と成るようなものは手に入らないかもしれないが、それまでの自身が理解できないものがそこにあることを"知る"。この行程は非常に重要なものだ。そう思い意識を集中させようとするが、どうしても周りの大人たちの声は聞こえてくる。
「どうやら賭けをなさっているようですが……、私たちもしますか?」
「賭けにならないでしょうが。両方とも同じ方に賭けるし。」
「ですわね。」
試合が、始まる。
「……剣の先見えます?」
「……見えませんね。」
「……なんであの黒騎士は打ち合えているので?」
「……私が知りたい。」
師匠がどういう動きをしているのかは体が見えているので理解は出来る。ただ腕の辺り、剣を振るう腕や剣自体は速すぎて何も解らない。ほぼ一つの音に聞こえる金属同士が打ち合う音と、まるで魔法のようにきらめく火花が二人の間に"勝負"が成立していることを教えてくれる。
手加減した師の速度を何とか目で追えるアルに魔法によるバフを掛けてコレである。多分超人を超えた化け物にしか把握できぬ速度なのだろう。ちなみに後日黒騎士殿本人から聞いたのだが、彼の持つ『再生』は該当部位が破損した場合、体内のエネルギーが十分存在している時に限るが、以前のものよりもほんのちょっとだけ上回る性能で再生されるらしい。
まぁつまり『速度に対応できるまで破損した』ということだ。想像して気持ち悪くなって吐いた。
「今回模擬戦ですし、切り飛ばさないっていう話ですから多分師匠お得意のブラフとか速度変化とかは使ってないんでしょうけど……。」
「そもそも付いていける時点であの方も十二分にお化け、ということですね。」
装備とバフのおかげでおそらくアルと同等か、それ以下の動体視力。私の視界にはちょうど師が5つの腕を振ろうとし、そのすべてが火花へと変わる光景が映し出されている。つまりまぁ5回以上攻撃したけどそのすべてが防がれた、ってことだ。う~ん、速すぎて参考にできない。なにか少しでも自身の血肉にしようと目を見開いていたが、ちょっと無理かも。
師が扱う剣は通常のロングソード、対して黒騎士殿が扱うのはその巨体に見合った特大の大剣。おそらくだがアルと同じくらいの大きさだろうか? いやもうちょっと大きい? とにかく太くて長くて黒い……、これ以上続けるのは少し卑猥なのでやめますがとても大きい剣。柱と言った方が正しい武器だ。その分防御できる範囲も大きい。
(合っているかもわからない感覚的なものですが、おそらく黒騎士殿の方が遅い。)
通常なら致命的な傷に繋がる速度差を、剣の相性と技術、それに有り余る膂力で補っている。今回はまだ模擬戦であるが、コレがもし本当の殺し合いであれば……、とんでもないことになっていただろう。いや実際とんでもないことになったのか、ヘンリ様からのお話にはなってしまうが、剣神祭にて敵同士になったお二人がどのような戦いだったのかは聞いている。
……え? なんで死んだことになっている黒騎士殿の正体を知っているかって? いやそりゃぁもうお屋敷で生活していたら嫌でもわかりますって。ヘンリ様も若干『屋敷の中ならもうあきらめようかしら? ネズミも悪いのは消していることだし。』って言っていましたし。頭が目の前で転がり落ちて『あ、申し訳ない。』って謝る人ですからねこの黒騎士殿は! どこのデュラハンですか!
『あはー! やっぱいい練習になるわ。正直前よりも速度上がってるのが怖くてしかたないけど。』
『ま、まだまだ発展途上ですので。』
『打撃系の蓄積ダメージも"再生"可能。……わかってはいたけどコレもっかい試合したら勝てるんかね私。』
「師匠。明らかに剣神祭の時より速度上がってるし、異形さんもまだ"発展途上"? やっぱり人間じゃない? どこまで行く気? お化けの上って……、何???」
「激しく同意ですわね。」
◇◆◇◆◇
「う~ん! いい運動になった!」
「あ、あはは……。」
すこしボロボロになっているアルの愛想笑いを聞き流しながら帰り道を歩く、と言ってもあと数分で家に付くのだが。
いやはや、むっちゃいい運動になった! もう全身がバラバラになるくらい! 『加速』の使い過ぎだね! うん! 異形ちゃんとの戦いはお互いに決定打を打てずに私のスタミナ切れで降参、あっちが譲歩してくれたから結果としては引き分けになるんだけど実質私の負けだよね。
そりゃ確かに模擬戦だから速度の切り替えとかブラフとかは最低限だったし、現在の私が継続して行使できる限界の十倍速を超えることもなかった、もちろん最近手に入れた力である魔法も使ってないし、剣神祭の時みたいにたくさん武器を持って行ったわけでもない。けれど結果としては全部の攻撃が弾かれた上に、こっちのスタミナ負けでおしまい。『加速』の負荷に体が耐え切れなくなってちょっと泣きそうになりながら『こうさ~ん』したわけだ。
……うん、ちょっとというかかなり悔しいね。
こっちが魔法を解禁していれば確実に勝てた。自身の魔力は平均程度だから彼を消し飛ばすほどの魔法は撃てないけど、やりようはある。彼の再生速度のこともあるので確実に勝てるとは言い難いが、最低限の勝率は確保できる。だが、今回の模擬戦はそういう話ではない。自分の技術と速度が殺し合いの場ではなかったとは言え、防がれた。
(鈍ったかなぁ。)
新しい力である魔法や、自身の根幹ともいえる『加速』。この二つの成長にかまけて剣闘士時代の感覚を忘れてしまったのかもしれない。まぁ市民になってからは格下の奴らとしか戦っていない。腕というか感覚が鈍ってしまうのも仕方のないことかも、ね。
(んで、雑魚相手に粋がっていた私を、地道に頑張っていた異形が追い抜いたって感じか。)
「? どうかしましたか師匠。」
「ん~? いや頑張らないとなぁ、って。あと家着いたら即風呂かな、ってのも。」
午前はアルもマリーナも頑張って護衛兵たちの訓練に喰らいついていたが、指導の開始時期がアルと比べ格段に遅いマリーナは午後に入ってすぐにダウンしてしまった。対してアルは何とか最後まで喰らいつくことが出来たのだが、その分ボロボロになってしまっている。かなりの回数地面を転がされていたし、服もドロドロだ。
ちょっとした擦り傷とかのケガ自体は教会の方から看護係長? っていう治癒魔法専門のシスターがお屋敷にやって来て治してくれたから大丈夫なのだけど、魔法で精神的な疲労までは取れない。今日は風呂入ってご飯食べてそのまま睡眠かな?
「了解です~。あ、そう言えば今日の晩御飯って何ですか?」
「今から買い物に行く気力もないし、夕方だから多分いいの残ってないだろうから……、あり合わせかなぁ? 確か氷室に昨日処理した魚とかあったとおもうからそれ食べる感じかな。」
昨日市場を回っている時になんでも近海にいたでっかい魔物が討伐されたとかで、漁獲量が滅茶苦茶上がっているなんて話を魚屋のおっちゃんから聞いた。んで旬の魚と久しぶりに食べたかったからイカとタコも買ったんだっけ。おっちゃんの口車に乗せられて大量に買ったもんだからまだ氷室に数が残っていたはず。マリネにでもして食べようかな~。
「というわけでとうちゃ~く、ただいま~。」
「おかえりなさいですー。」
「あ、アルー? 私荷物先に入れとくから郵便受け見といて。」
鎧やら武器やらその他もろもろを家の中に叩き込みながら、留守番していたるルベスとコピアに声を掛けておく。留守番させて悪いねぇ、なんかあった? 配達員がちょっと来ていたぐらい? ならいいや。飯は……、あぁ勝手に倉庫漁って食べたのね。あー、うんいいの。あそこに置いてるの二人用のごはんだけだし。あ~、なんか足りなくなっていたら明日の買い出しの時にまた教えてね。
「師匠~。」
「ん? どったの?」
肩の力を抜いて言葉を崩しながらアルの方へと向く、ウチのウマーズちゃんたちが『配達員来とったで。』と教えてくれていたし、荷物を持ってきてくれたのだろう。あ、ちなみにウチの郵便受けは登録者の魔力に反応して開くタイプの奴。
「なんか分厚い封筒来てましたよ? またファンレター関連ですか?」
「ん~? ……いや、違うみたいね。」
封筒を開き中身を取り出しながら彼女にそう答える。
その冊子の一番上のページにはこの世界の言葉でデカデカと私の名前が書かれている。ひゃぁー、実際直接目にすると滅茶苦茶こっ恥ずかしいねぇ! ぺらぺらとめくって中身を見てみるが、間違いなさそうだ。
「ようやく、って感じかな。」
私の手に届いたのは、前々から言っていた私主演の劇台本。
さ、本腰入れて準備していきませんと!
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