49:開始ィ!!!
皆様ご機嫌麗しゅう、ララクラ子爵家が娘。マリーナ・ベン……。いえ、ただのマリーナです。
貴族としての最低限の役目すら果たせなかった人間にその名を名乗る資格などございません。今はただ、名にふさわしい存在になるため努力するのみ。他の貴族の方々へ挨拶する際は『例の件』を考えると流石に名乗らなければなりませんが、普段はただのマリーナとして過ごすことにしております。……まだ少し、慣れないんですけどね。
あの後、父と共にヘンリエッタ様への謁見を終わらせた後。一度ララクラへと帰った私はもう一度帝都へと戻ってきました。そう、ヘンリエッタ様のお屋敷です。本来ならどこかで宿をとるか、新しく子爵家の人間として恥じない屋敷を借りるなど、厄介な手続きをせねばならなかったのですが、あの方のご厚意でこのお屋敷に住まわせていただくことになりました。
「……やはり、大きいですね。」
「我が家の何倍の広さか……、全く見当もつきませぬ。先日荷物の受け渡しの時ここのメイド長にお聞きしたのですが、抱えている使用人は100を超えているとのこと。本当に規模が違いますな。」
「帝都の豪邸はそれそのものが一つの街になっている、と聞いたことがありますが本当だったんですね……。」
前回は不安や疲労などのせいでしっかりと確認できなかったのですが、ある程度落ち着いた今ならようやく理解できます。その大きさに圧倒されながら、付いてきてくれた爺やとそんなことを話していました。本来は身一つで来るつもりだったのですが、過保護な父や爺や。それとヘンリエッタ様のご厚意により彼が付いて来た形になります。
そんな私たちは政治・経済・文化の中心地である帝都で優雅なバカンス……、ではなく毎日勉強尽くめの日々を送っております。
折角帝都に来ているのだから少しぐらい街を観て回りたい、という気持ちがないわけではありませんが、学ぶ時間があるというのは貴族の特権であり責務でもあります。どれだけしんどくても甘えるわけにはいきません。
「それに、ヘンリエッタ様にこれだけお世話になっているのですから……。少しでも早く結果を出さねば。」
あの謁見の時、私は貴族として恥じない力を得るために、ビクトリア様こと、ジナ様に師事することになりました。しかしながらただ力を持つ者が貴族というわけではありません。領地の運営や、配下たちの掌握、外交のやり方や貴族としての教養、そのすべてが求められます。確かに力のみを追い続けても貴族にはなれます。もちろん、ヘンリエッタ様に課された伯爵という目標も。しかしながら単に力だけでは元老院へと足を踏み入れることは許されません。
力は大前提、ララクラが引き起こしてしまった事件をどこにいたとしても事前に排除し外部に漏らさぬ能力。つまり自身が領地にいなくても完全に管理できる能力、もしくはそれができる人材を抱え込む必要があります。そのほかにも敵派閥に付け込まれないような立ち回りや、田舎貴族では必要とされない教養など、学ぶことはたくさん存在しているのです。
「ですが……、さすがに多すぎませんか?」
「そう~? これでも加減してるのよ。ま、大変だろうけど頑張りなさいな。気張れ、若人! って奴ね!」
山の様な教材に埋もれる私に、様子を見に来てくださったヘンリエッタ様がそう応援してくださる。『孫が一人増えたようなものよ』と快く私を居候させてくださり、教育まで施してくださる。それが彼女の利益につながると言えども、本来何も知らずララクラという地で過ごすはずだった私に、高度な教育を施そうとしてくださるこの恩はどうしようもなく大きい。だが田舎貴族が急に都会の貴族の常識を叩き込まれるのは少し、キツイと言いますか……。
い、いえ! この体に流れるのは名誉あるララクラの血! 風の魔法によって皇室を守り続けた先祖たちの子です! これぐらいなんてことはありません! 見ていてくださいまし! こんなものすぐに頭に叩き込んで血肉にしてみせますわ!
「あ、それと。明日ビクトリア様の授業だから、頑張ってね?」
「ほんとですか!?」
「ほんとほんと、ヘンリちゃん嘘つかない。でも羨ましいわ~、いつもなら全部投げ捨ててでも『私もご教授いただきたいわ!』って突撃するのにあの子ったら急に呼びつけるんですもの。もう海に沈めちゃおうかしら。」
「……あの、ヘンリエッタ様? もしかしなくてもあの子って?」
「陛下よ?」
「考え直してくださいまし!?」
まぁたまにこんな冗談を仰る方なので、勉強がしんどくても辛くはない。……冗談ですよね? 陛下を沈めたりしませんよね!?
このお方はかなり楽しい方で、こういった冗談をよく仰っている。ただ今日の冗談みたいに反応しにくいのもあり笑っていいのかどうかわからなくなってしまうこともあるが……。
(遠い、なぁ。)
近くでこの方を見て、気が付くことがある。明らかにレベルが違うということに。ただの田舎娘が何を言っているのかと言われてしまいそうだが、見上げれば見上げるほどこの人の高さが理解できてしまう。器の大きさに、能力。魔法の個人練習の際に少しだけ見せていただいたが、練られた魔力の質が言い表せないほど高かった。幼少期ひそかに目標としていた風の魔法が、幼子が棒を振っている様子に書き換えられてしまうほどに。
この方と、同じ存在になる必要がないことは理解している。だがこの方が用意した道を走る者として、この方の描いた画を完成させる者として。
(頑張らないと。)
明日は、自身が初めて『この人の元で学びたい』と感じた、ビクトリア様の元へ行く。帝都に来てヘンリエッタ様に布教されてようやく気が付いた彼女の正体、あの時魅せられた剣に、帝都での活躍。憧憬の念がさらに強くなり、日付が変わるのが待ち遠しい。ヘンリエッタ様が私に課す課題の多さから、彼女の指導も決して楽なものではないだろう。
だけど、やはり楽しみだ。
一瞬にして自身の常識やそれまで積み上げてきたものを破壊し、一つの到達点を見せてくださった彼女。そして伝聞ではあるが、彼女がビクトリアとして残した様々な功績。本来であれば自身の姉弟子である彼女しか得られなかった指導を、自身も受けることが出来るという奇跡。興奮しない方がおかしいと言える。
(よしっ!)
だが、いくら役立たずと言えども貴族としての身分は変わらない。緩みそうな口を必死に抑え、せめて少しでも多くの学びを得ようとジナ様の家にお邪魔したのですが……。
「というわけで今からお二人には殺し合いをしてもらいます。」
姉弟子と殺し合いをすることになりました。
なんで???
◇◆◇◆◇
「始め!」
いやまぁ冗談だったので、それは良かったのですが……。
(雰囲気が、まるっきり違う。)
目の前に立つ、姉弟子が纏う雰囲気の変化に気圧される。
先ほどまでの彼女、にこにこ笑いながら私の手を引き庭まで連れて来てくれた彼女。ジナ様の冗談に突っ込む彼女、さっきまでの彼女とは全く違う雰囲気。戦う者が纏う空気が目の前にあった。体格は明らかに私の方が上なのに、何故か気圧されてしまう。
構えは、私の知る帝国のものではない。過去に一度見たジナ様のものに似ている。その構えを使う者に一方的にやられた経験のせいか、それとも彼女が纏う雰囲気がそうさせるのかはわからないが、どこから打ち込んだとしても負けてしまう感覚に陥ってしまう。
両者向き合いながら、出方を窺う。けれどジナ様がアルさんにかけていた先ほどの言葉を考えるに、私が放棄しない限り初手は譲ってくださるのだろう。こちらが動きを見せぬ限りは、動きそうにない。かといってこちらから勝負を仕掛けようにも勝利への道が見えない。がむしゃらに剣を振るっても、それは自身の糧にはなりにくいことを考えれば、策を見出してから進むしかない。
(考えろ……。)
正面をじっと見つめながら脳裏で思い出すのは、帝都に来てからの記憶。ジナ様に教わる前にせめて基礎だけでも固めたい、もう一度確かめたいと庭先で剣を振るっていた時の記憶。こちらのことに興味を持ってくださったヘンリエッタ様のお屋敷を守る護衛兵の皆さまたちの教え。剣を見てもらう弾みでジナ様について尋ねた時の記憶。
『あ~、あの人なぁ。何度か手合わせしてもらったけど完全に遊ばれてたよな。』
『うんうん。まぁあの速度で意味不明なパワーしてるんだもの、仕方ないわよね。普通スピードタイプってパワー控えめなはずなのになんであんなに強いのかしら。素手で剣握りしめて破壊するとかどこの化け物よ……。』
『ま、軍属の上の方だったらそれぐらいの力持ってる奴はいるんだけどな? あの人の強みは速度に力、それに技も全部押さえてるところだ。そんな人に師事できるとかお嬢ちゃんすごい幸福だぜ?』
彼、彼女らの話を纏めるとジナ様の強みはその圧倒的な速度だけでなく、それ以外も高水準で纏まっていること。技術だけでも下手な貴族の私兵程度であれば軽くひねってしまうであろう護衛兵の方々よりも上。唯一勝てそうなのが謁見の場にもいた黒騎士殿ぐらいである。帝都に来るまで知らなかったが、さすが剣神祭で優勝した実力者! ビクトリア様ってすごい!
(……いや、今必要な情報はそれじゃない。)
自身が師事することになった憧れの人への想いが爆発しそうになったが、急いでそれを修正する。必要なのはあの人の技術の部分。速度はどうしてもそのものが持つ素養や、スキルなどが関わってくる。そうなると目の前の姉弟子が一番影響を受けているのは技術面、ジナ様と同じ構えをしていることから間違いではないでしょう。
『あの人の剣か? どっちかというと"受け"メインの剣だな。確かに速度と力を活かした剣を使ってるせいで勘違いしそうなもんだが、多分嬢ちゃんが教わるのもそっちだと思うぜ?』
速度を活かし力でねじ伏せるだけで片付いてしまうため勘違いしそうなものだが、その根幹にあるのは後の先を制すもの。非力なものが自身よりも強い存在に打ち勝つための方法。私が修めている帝国の剣がバランス型と呼べるならば、この方々が扱う型はカウンター。
(そうなると、姉弟子に向かって強く打ち込み過ぎるのは悪手以外の何物でもない。一瞬で勝負が決まってしまう可能性がある。)
「ならッ!」
大きく踏み込み、上段からの振り下ろしを選択する。剣の表面で流され、反撃されることは想定内。だからこそ!
両足を軽く地面につけたまま、いつでも体勢を変えられる状態で振り落とす。威力は乗っていないが、それでいい。目の前の姉弟子は想定通り私の剣を刃で受け止め、その勢いごと地面へと流される。触れあっていた剣が離れた瞬間、それまで抑えられていた力が解き放たれ、そのまま横薙ぎへと移動させるアルさん。
(想定、内!)
姿勢移動をしながら、地面へと流されそうになっていた剣を体の左側まで移動させ、その横薙ぎを受け止める。軽い。
こちらの振り落とした剣の重みから、私がカウンターを警戒していることは相手にも伝わっているということ。ここから先は、至近距離での剣戟。私はカウンターを警戒するが故にアルさんよりも優れている体格を活かすことはできない。つまりここからは単純な技量勝負。
(ッ! なんでそこから流されるの!)
目の前で相対し、改めて理解できる。目の前の彼女の技術は、明らかに私を凌駕している。確かに私の方が力が強い、だがその力は技術を打ち破れるほど大きくない。ちょうど彼女に利用されて、そのまま終わるような力。自身は彼女のように受け流すことはできず、無理矢理体力を消費して剣の腹で受け止めることしかできない。やはり、見える未来は敗北のみ。
ジナ様が試合前におっしゃったように、彼女が持つ受け流しの技術。そこから攻撃に転ずる流れ、受け止められた後の体重移動による衝撃の緩和。実際に視、両手で握る剣で受け止めることでそれを理解させられる。
(私は、負ける。でも!)
せめて、せめて少しでも長く食らいつく。目の前の彼女が見せてくれる技術を、少しでも長く見る。もう一度胸を張って自身の名を叫ぶために、あの人の元で学ぶにふさわしい人間だと認められるために。
「はぁぁぁああああ!!!」
◇◆◇◆◇
「ほい、そこまで~。」
加速を切り、彼女たちにそう告げる。二人の剣戟の間に挟まり、防御が遅れ直撃を喰らいそうになったマリーナちゃんを助けた形になる。にしてもアル? もうちょっと力入れないとダメでしょ? 私指一本で抑えられちゃったんですけど。
「はぁ、はぁ。……それは師匠がおかしいだけです。」
「あ、そう? ならいいんだけど。とりあえず二人ともお疲れサマンサ、息整えながらでいいからこっちおいで? 冷たい水用意するから。」
そう言いながら水のルーンと氷のルーンを宙へと描き、冷たい氷水を用意してやる。ほんとだったらスポドリとか飲ませてあげたいんだけどね? あいにくそんなものはないのよ。……あ、砕いた岩塩お皿に出しとくからちょっと嘗めておきなさいね? 熱中症で倒れられたら大変だし。にしても思ったより長く打ち合ってたねぇ~。
「ジナちゃん想定外、マリーナちゃん頑張ってるじゃんか。……あ、息整えるの優先していいからね?」
息も絶え絶えで、何か話そうにも口が回らない彼女にそう言いながら、水の入ったグラスを渡してやる。いや正直打ち合い数二桁行く前に終わるかなぁ? って思ってたけど全然そんなことなかった。途中で数えるの面倒になるくらい打ち合ってたもん。そのおかげでアルも結構スタミナ消費しちゃってるし、マリーナちゃんは見ての通りだ。
「じゃ、さっそく講評をする前に……。二人の感想について聞こうかな? アル。」
グラスに入った水を飲み干し、小皿に盛った塩を指の先に付けて舐めていた彼女に話を振る。すこしびっくりしたみたいだったが、ちょっと視線を外して考え込んだ後、自身の思いを伝えてくれる。
「思ったより粘られました。姉弟子として技を魅せろ、ということだったので勝負を決めに行くつもりはなかったのですが、大きすぎる隙があれば即座に終わらせるつもりで臨んだんですけど……。びっくりです。」
「うんうん、マリーナは?」
「はぁ……、はぁ……。技術の差が、かなり大きかった、です。ヘンリエッタ様の護衛兵の方々にジナ様の剣について教えていただいていた故にカウンターが来る前提で動けましたが……。知らなければもっと早く終わっていたかと。」
「うんうん、いいね!」
なるほど、ヘンリ様のお屋敷の護衛兵ってなると……。たまに訓練頼まれて吹き飛ばしてる子たちのことかな? 確かに加速なしでの打ち合いとかもやってるし、そこから私の根元にある剣がカウンター特化ってのを知ってもおかしくない。アルと私の型は同じだし、そこから連想したのかな?
「じゃ、私からの講評だけど……。」
アルは特に問題なし、ちゃんと相手のことを"観て"いたし、相手に戦術がバレてる中でそれを崩さずに戦い続ける。それを通してやり方を見せるってのは私のオーダー通りだし満点。しいて言うならば最後まで息を切らさないで欲しかったのと、ちょっと攻撃が単調になってたのが気になるかな? 得意な横薙ぎを使うのはいいんだけど、多用しすぎると防がれる可能性がどんどん増えてくる。全方向からまんべんなく攻撃するように。
「解りました。」
「あ、あと。明日からランニング量倍にするね♡」
「うげ。」
次、マリーナちゃん。キミもスタミナ不足、継続戦闘能力の低さが見れるから基礎練はちゃんとするように。後でメニュー組んで紙に書いてあげるから頑張ってね? こういうのは継続が力だから欠かさずやること。技術面に関してだけど……、まぁちょっと手加減したアルにあそこまでやり合えてるのはとってもいい。ちゃんと前教えたことも修正してるようだしね?
「あ、ありがとうございます!」
「だけどまぁまだまだ発展途上、"かわいがって"あげるから覚悟しておきなさい。さっきので進む方向性ってのもみえたしね。」
「可愛がる? ……よろしくお願いいたします!」
よしよし、じゃあもう息も整ったようだし……。魔法戦と行きましょうか!
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