28:準備しに行きましょ
ハァイ! 元気? ビクトリア様ことジナだよ。
最近の調子はどうかな? 何かいいことあった? 楽しいこと嬉しいこと、嫌なこともあるだろうけど、少しでも世界に彩りが出てくると最悪な世界でも楽しめるよね。ま、私は最近そんな最悪な世界から抜け出して来たわけなんだけど。
抜け出して来た、ってのは勿論剣闘士の世界。血で血を洗い、人が死にまくるのが当たり前の世界だ。人間としての権利を欠片も認めてもらえず、物として民の娯楽になるために消費されていく。前世の豊かな生活と比べるとまさに天と地の差、だよね。
知らずの内にこの世界に転生? してきた私は男としての体を失い、全く知らないこの世界の女性の体を手に入れた。それだけ聞けば一部の界隈の方々は喉から手が出るほど羨ましいと感じるだろうが、残念ながら奴隷スタート。しかも私を買った主人は最悪の浪費家。この世界じゃ一般的な奴隷を物として扱うオーナーだった。買われた直後に闘技場、しかもルール無用の裏の方にポイ、だった。
普通ならそこで『ジナちゃんの冒険はそこで終わってしまった! セーブ? ねぇよそんなもん。』だったんだけど、スキル。この体に宿っていた『加速』という力のおかげで生き残ることができた。自身の速度に倍率を掛けて加速できるスキル、その分体に負荷がかかるって言うデメリットもあるがコレのおかげで今もここにいる。まぁ一度このスキルに殺されたともいえるんだけど……、まぁアレは私のせいだしノーカンってことで。
その後はまぁ……、色々あった、って感じ?
私を買った時のオーナーが老衰で死んで、彼の息子がオーナーに。剣闘士の運営方針の転換から私は裏の試合から足を洗って表に。それまでの蓄積のおかげで力量は付いていたから結果が出て、さらに"ビクトリア"という今のキャラクターを演じることで人気が爆発。そこからタクパルと知り合ったり、アルを弟子にしたり、ヘンリエッタ様に出会ったり、まぁ色々あった。
詳しく説明しだすと長くなるから割愛するけど、簡単に言うと試合に勝ち続けてお金が溜まったから自分とアルの身分を買って市民になったって感じ。つまり狭くいつ自分が死ぬか解らない剣闘士の世界から、自衛手段と納税。あと法を犯さなければ何をしてもいい外の世界に乗り出したってわけだ。
因みに出てすぐ何をしたかというと……。
「まぁ法の勉強だよね。」
「……よく読めますよねそんな分厚いの。」
「滅茶苦茶しんどいけど命かかってたらねぇ?」
この世界の犯罪者への罰の一つとして奴隷行き、ってのがある。わざわざ奴隷から市民になったのにもう一回落とされるのはいやだよね、ってことで。こんなに真面目に机に向かったのって前世のいつぐらいだろう、ということを思いながら読み進めていく。盗み、殺し、貴族や神への不敬。他にもまだあるけど、気を付けておくのはそれぐらいだろうか。
さて、楽しくもない法の話は置いておいて次の話に移って行こう。
今の私の職業だけど、実は「無職」である。……いや一応収入はあるのよ? 剣闘士を止めてからも"ビクトリア"としての活動は続けている。私が奴隷身分から市民になったことは公表されてるし、それの前提でグッズや握手会みたいなイベントも開催している。古代ローマっぽい世界でこういうことを考える奴、実行に移す奴、結果を出せる奴は珍しくて私ぐらいしかいない。今のところは、ね?
そんなわけで何故か増えたお貴族のお嬢様方からの熱烈なアタックを躱しながら、生活費を稼いでいる。もちろん剣闘士だった時と同じようにグッズの制作販売やイベントの会場を押さえるのはオーナーに任せてるから、全部が入って来てるわけじゃないけど……、アルと二人で数年のびのび暮らすのには十分な額だ。
「でもこのままじゃどっかで詰むから、何かしらの職は得ないとねぇ……。」
さっきまで読んでた法の本を机に置き、空を見上げる。剣神祭直後のブーム、私が優勝したことで飛ぶように売れたグッズたちの利益、それで購入した自宅の中で午前の何もない時間を過ごす。庭ではアルが素振りをしており、私は庭先に出した椅子に座りながらそれを眺める。
剣闘士、という身分を抜け出しもう二度とあの殺し合いの世界に足を踏み入れたくない私は、"ビクトリア"という名をさらに広める方法を失ったことになる。これまで私の主な宣伝方法は試合で勝利することだった。それを失ったわけだから時間の経過はファン数の減少、食い扶持の減少に繋がる。今はまだいいけど、いつかは食べるのにも困る様になるだろう。それまでに"今のビクトリア"以外の手段を見つけるべきだ。
「余裕がある内に、って奴。ひー、ふー、みー……、ぐらい?」
一つ目はまず、今やってるビクトリアの延長って言う策。簡単に言えば『役者』の道。
机の上にある本、さっきまで見ていた法関連の物以外に劇の台本。そしてこの世界の一般的な風習、風土について書かれた本が積み上げられている。そしてその一番上に何度も書き直した跡がある紙の束。これはまだ剣闘士のころにヘンリエッタ様と約束した私が主役である劇の台本、そしてその資料たちだ。
私の半生をそのまま劇とし、そこから私の『役者』としてのキャリアを積み上げていくっていうルート。明らかに私の胃がお亡くなりになりそうなルートではあるが、しっかりとしたパトロンがいる上に貴族階級向けの娯楽であるため実入りは非常にいい。帝都から離れることが難しくなるだろうけど、"ビクトリア"の延長だから失敗しにくいルートだと考えられる。
十分アルを食べさせていける仕事だし、そこら辺は自由だがアルが望むのであれば引継ぎなんかもうまく行きそうな職でもある。……まぁそれを成功させるのにはまず台本の作成、存在しない奴隷になる以前の記憶を全部0から作り出さないといけない訳なんだけどねぇ。
「マジでここら辺どう書けばいいか解らん……。こっちの常識がない上に、そも台本とか作ったことないのにねぇ……」
因みに私の劇をやる、ってのはもう決定事項らしく今度どんな道を歩むにしてもやらなければならない仕事だ。
お次、二つ目。『冒険者』という道。
気ままに世界を冒険して、魔物なんかを倒してお金を稼ぐ仕事。今持ってる武力をそのまま使うルートだね。
こっちの良いところは何にもまして自由、ってところ。誰にも縛られないし、止められることもない。私が見たかった異世界という世界を自由に楽しむことができる。まぁつまり旅行しながらお仕事するって感じ? さっきの『役者』としての道が堅実寄りだとすれば、こっちは私の願望寄り。魔物とかの死の危険性はあるし、私の趣味嗜好にアルを突き合わせるのはどうなのか、っていうデメリットはあるけどかなり魅力的に映ってしまう。
私の体が衰えたりすればできなくなる仕事だし、アルが付いて来るにも、付いて来ないにしても彼女の安全をどう確保するかって問題もある。傍にいるとしても勝手の知らない場所で守り切れる自信はないし、どこかにおいていくのも不安が残る。どっちにしろアルの修行がひと段落するか、魔法の習得が出来てからじゃないと難しそうだ。
「すぐにはできないし、経済的な不安が常にある。でも憧れるよね、冒険。」
「私もできるならば師匠と一緒に色んなとこ行きたいです。……でもそれ以上に足手まといになるのはもっと嫌です。」
「そっかぁ。」
最後、三つ目。まぁ選ぶことはないだろうが『騎士』という選択。
少し前にヘンリエッタ様が言っていた『騎士爵』が空いたって話、私はそれに誘われている。『必要な武力は十分だし、読み書き計算もビクトリア様できるでしょう? ならもう貴族として求められる最低水準は軽く超えてるわ! というわけで私の物にならない!?』という感じに。
貴族として求められているのはまず武力、外敵から庇護下の民を守るに足る力が必要で、それまでの爵位を継承するときも、新しく作るときも最低限そこを見ているらしい。まぁ力と言っても経済的な力だとか、知力的なもので代用可能みたいだしあんまり厳しくはないみたいなんだけどね? (実際今の貴族でその個人が実戦に耐える能力を持っているのは少ないみたい。あ、ヘンリエッタ様はイケイケな方だって。)
武力の方は剣神祭で十二分に示したし、もし所領とかを貰ったとしても『普通に経営のイロハとか教えたら貴方普通にできるんじゃないの?』とのことで強く勧められてるわけだ。
……条件はいいんだけどね。怖いぐらいに。
「どっかの派閥に所属するのは……、いやもう所属しているようなものだけどさ。まだ未遂みたいなもの。完全に取り込まれたらそこからは嫌ぁ~な政治の世界。自分からそこに飛び込みたいとは思わないよねぇ。」
それに、彼女が"所領"って発言したことから察するにすでに誰か住んでいる土地を私に任せようとしている。つまり自分の命と、アルの命。それ以上の物が私の肩に乗っかるってことだ。
「さすがにこれ以上はご勘弁。」
すでに私の両肩には今まで殺して来た奴の骸がこれでもかと乗っかっている。最近一人カウントし間違えていたが、それでも一人減っただけ。これ以上他人の人生を終わらせることはしたくないし、そんな奴に自分の人生を任せたい奴などいないだろう。
「ま、どれを選ぶにしても。やることは決まってるんだけどね。……アル! そこらへんでおしまいにして汗拭いて来な! 出かけるよ!」
「あ、はいッ!」
◇◆◇◆◇
「何をするにしろ、まずはアルちゃんの親御さんにご挨拶に行かなきゃだしね。その準備からだ。」
「私はありがたいんですけど……、いいんですか?」
「もちろん!」
家庭訪問に行く先生の気持ちってこんな感じなのかなぁ? と言う師匠の顔を見上げる。私たちは今帝都から離れ、その郊外にある牧場へと向かっている。私の故郷まで帝都から結構な距離があるため、その移動に使うための馬を買いに行くらしいです。
普通の人間なら乗合馬車とか、近場の都市まで行く商人とかに頼んでそれに同行するってのが普通だと思うんですが、師匠はそれを選ぶつもりはないみたい。『一応有名人だし、見ず知らずの人と一緒に行くのは結構危ないからねぇ。寝込みとか襲われたくないし。』とのことで、行くなら私たち二人で、という事みたいです。
確かに私はともかく、師匠の顔は帝都の大半の人が知っていますし、知らない人でも師匠の名を聞けば先日の剣神祭の優勝者であることは理解できます。実際今乗っている乗合馬車が集まる駅に向かうまで多くの人が師匠に声を掛けてきましたし、駅に着いてからも大騒ぎでした。そのせいで牧場までの馬車を貸し切りにしないといけなかったですしね……。
「食事にクスリ混ぜたりとか、いろいろあるらしいからねぇ……。冒険者を雇って護衛してもらうっていうのもあるけど外れ引いた時のことや、魔が差しちゃったりすることも考えるとやめておいた方が得策だよね。」
冒険者、と言っても上から下まですごい差があります。その者が持つ力量も、価値観も、千差万別です。故郷にいたころ一度だけ、たまたまやって来た冒険者のチームを見たことがあるのですが、なんというか犯罪者一歩手前って感じでした。もちろんすごくいい方たち、教会の方たちと同じような冒険者の方もいらっしゃいますが、自身が不利になったらすぐに逃げだしたり、護衛対象を逆に襲ってしまう冒険者もいるみたいです。
「正面から来てくれれば負けることはないだろうけど、搦手はねぇ……。例のアイツみたいに私が如何にもできないスキルを持ってる奴もいるかもだし。っと、見えてきたね。」
師匠につられ、外を見る。小高い丘を越えた先には広大な草原と、それを囲う柵。帝都のお膝元で、私たちの口に入る畜産物を生産する巨大牧場です。視界の端から端までが牧場の敷地。少し離れたここからでも牛さんとかがのんびりと草を食んでいるのが見えます。故郷にも農業のお手伝いをする牛さんはいましたが、一頭だけでかなりのお婆ちゃんでした。
「すごい、たくさん……。」
つい、口から洩れてしまいます。ここから見えるだけでも色んな柄の牛さんが見えていて……。なんというかすごく、すごいです。
「お、着いたか。おっちゃん、コレ代金ね。帰りはこっちで調達するから。……口止め料も入ってるからね?」
「へ、へい!」
「アル~、ぼーっとしてないでいくよー!」
「あ、はいー!」
牧場の大きさというか、牛さんの数の多さというか、いろんなものを故郷の物と比べてしまい、圧倒されていたみたい。気が付いたらもう牧場の近くについていた。いつの間にか荷馬車のおじさんに銀貨を投げ渡していた師匠の背中を追って、馬車から飛び降りる。
「アル、どうする? 私と一緒に馬を見に行くか、それとも見学させてもらうか。」
え、どうしよう。弟子として、絶対一緒に付いて行った方がいいと思うんだけど……、すごく気になる。見学、させてもらえるのかな? 牛さんとか馬さんとか近くで見せてもらえるのかな! 故郷にいた時も奴隷になった後もちゃんと傍で触れ合える機会なんか全然なかったし……!
「貴族向けだけどたまに観光とかそういうのもやってるんだって。まぁ色々自己責任らしいから一部の物好きしか来ないらしいけど……。」
そんなことを言いながら、私の顔を覗き込む師匠。ど、どうしよう。ちょっと顔変になってたかな。そわそわが外に出ちゃってたかな。すぐに抑え込んだけど、まだ顔に残ってるかな。
そんな私の不安をよそに、こちらの表情を一瞥した後。笑顔を浮かべた彼女は優しく頭を撫でてくれる。
「了解、そうしよっか。」
「……っ、はい!」
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