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【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。  作者: サイリウム
剣闘士編

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23/86

23:一つの終わり


瞬間、彼の体がくの字に曲がった。


うん、すごく痛そう。今の私にはついてないけど、昔は付いてたからね……。気持ちはよくわかる。マジでなんか、こう……。蹲るしかないような痛みが最大出力で継続的に来るよね。しかもこの音、何か水分が含まれていた肉がはじけ飛んだ音を聞くに文字通りふきとばしちゃったから……。もっかい謝っとくわ、ごめんね?


まぁそんなどうでもいい謝罪は置いておいて、お仕事に戻りましょう。


彼の体はブーメランのように曲がり、ちょうど頭部が良い感じのところにまで下がってきている。そして今の私の倍速は七倍速。さっきよりも速度も破壊力も上がっている状態。代わりに体へのダメージが大きいんだけど……、目の前のコイツに確実にダメージを与えるにはこの倍速がちょうどいい。


空中での回転切りも、レイピアでの刺突も駄目なら……。地面に足をつけて全力の振り下ろしをすればいい。条件はそろっている。


異形の足に突き刺した剣とは違うもの、背負っていた新しい長剣を抜き。振り上げる。


狙うは、その脳天。





(叩っ切るッ!)




私の刃は確実にその頭を捉え、刃が突き刺さる。


人間の構造的に、頭部には筋肉が少ない。彼の全身を覆うその鉄よりも固い肉ではなく、骨が内部を守っている。だから、割れる。骨もまぁ固いが、今の速度なら可能。


両手に嫌な感触が響き、その頭蓋が割れたことを教えてくれる。そのまま振り下ろす瞬間、確実に殺すために内部で刀身を回し、組織を破壊。後は一思いに、そのまま振り抜く。


地面に突き刺さるのは少しだけ赤く汚れた私の長剣。


目の前にあるのは、ちょうど脳天から縦に割られた異形の姿。


……うん、殺せた。首の根元から上は半分に切れているし、内部で剣を回したおかげで脳も破壊できている。かの時の吸血鬼が銀の騎士を操る人に向かって言っていたことを参考にしておいた。私たちが扱う『スキル』ってのがどこから発生して効果を及ぼしているのか解らないけど、人間は頭がなきゃ生きていけない。


首を刎ねたら死ぬ、この原理がこれまで通用している以上。脳を破壊すればこいつも死ぬはずだ。




何があってもいいように、この加速した世界で奴を観察するが、動きはなし。





確信を持った後、『加速』を解除する。


瞬時に私の時間と世界の時間が合わさっていき、観客たちの声がようやく鮮明になって聞こえてくる。


正直。七倍速を使ったせいで体が悲鳴を上げてるからちゃんと聞き取ることはできないんだけど、まぁ非難というかそんな感じの声だろう。だってまぁ、明らかな急所を破壊した訳だし。というか私も同性だったら『もうちょっとこう、手心というか……』ってな感じで口を濁しただろう。殺し合いの席はなんでもありなことは確かだけど、物としか扱われない剣闘士の間にも暗黙の了解みたいなのはある。


う~ん、まぁそこまで炎上することはないだろうけど終わったら帝都から雲隠れした方が得策かな? ある程度収まったら戻ってくる感じで。




そんなことを考えながら、目の前に膝を突いたまま沈黙している異形を見る。




振り下ろすときに結構全力でやってしまったせいか、体に掛かった負荷が多く首を上げるのが億劫になっている。そのせいでちょうど奴の体が目の前にあるわけだ。頭を真っ二つにしても倒れない、体幹というか筋肉が大きすぎて自立するとかほんとにねぇ……。こんな最期になってしまったのは、かなり不名誉というか可哀そう。


最後の相手だろうし、名前ぐらいはちゃんと彼の口からきいた方が良かったかもしれない。そう思いながら彼の骸に腰布を掛けようと動き始める。彼のご子息を粉砕した奴が何をやっているのかと思われるだろうが、せめて遺体ぐらいは隠してやる。勝ち負けは重要だし、まともにやって勝てたかどうか怪しい相手ではあるが、元男としてこの終わり方は申し訳なさが勝つ。その詫びとして顔を覆うぐらいはしてやろうと、自身の腰の方に視線をずらす。



その、視界の端で。































奴の指が、動いていた。









右足が掴まれる。










「ァガ」










砕かれた。


『加速』を起動し、残った左足で思いっきりその腕を蹴りつける。片方が使い物にならなくなったせいで威力は弱かったのだろうが、それでも拘束は緩んだ。腰に下げている鞘を地面に突き刺し、もう一度左足で地面を蹴り後方へ。


まずい。



後方に右足を庇う様にしながら、左足で地面を滑る。ちゃんと右足はあるが、全く感覚はない。私の瞳が捉えるのは、力なく横たわる私の右足。もう、使い物にはならない。



そして、自然とその眼は奴の方に。



そこには、明らかに人間のするものではない不可解な動き。まるで脳を無理やり弄られた生物の様な動きをしながら、立ち上がろうとする奴の姿が。それに、私が叩き切ったはずの脳が、肉の糸を引きながら元の形に戻ろうとしている。二つに裂け搔き混ざったそれを修復しようとしている。



……最悪だ。










 ◇◆◇◆◇









加速した世界の中で激痛に耐えながら現状を確認する。


私の右足。ちょうど膝のあたりを中心に握られたソレは、明らかに砕けている。試合続行どころか、歩くのが不可能なレベルで。後のことを考えることのできる立場であればすぐに棄権していただろうし、前世であれば救急車一択の大けが。けどそんなことはできないし、ここにいる以上私にある選択肢は戦い続けることだけ。


どれだけ動かそうとしても反応がないし、返ってくるのは身を蝕むほどの激痛だけ。幸い、と言っていいのかどうかは解らないが最低限度の原型だけはとどめている。もう少し脱出が遅ければ多分太腿から下はなくなっていただろう。



(そう考えれば、まだ運が良い。)



そう思うことにする。


生物は頭部を破壊されれば死ぬ。そんな当たり前の常識を信じてしまった私が馬鹿だった。ここはどこまで行っても私の常識が通用しない。頭部を破壊しようが、脳をぐちゃぐちゃにしようが、頭を真っ二つにしようが生きている奴はいる。


……とりあえず、少しでも戦える状態にもっていかないと。


思考時間と準備の時間を整えるために私は今五倍速の世界に入っている。一つ踏み込めば届きそうな先にはまだ"異形"がいて、頭部の再生を少しずつだが進めている。頭の再生は難しいのか、それとも私が五倍速に入っているのが理由かはわからないが、完全に回復されるまでにまだ時間はありそう。


腰に纏っていた布を取り外し、動かなくなった右足の下に潜り込ませる。そして添え木代わりとして背負っていた剣の鞘を二本取り、足を挟む。かなり痛むが、生き残った時に足が変な形になってしまうのは嫌だ。これ以上変な形にならぬよう鞘で押しとどめ、上から布できつめに縛る。……うん、使い物にはならないけど固定は出来た。


ほんとはきつく縛り過ぎたらダメなんだろうけど、異世界だし確か治癒魔法には粉砕骨折でも元通りにできる力があったはず。それを信じて今は戦って、生き残ることだけを考えないと。



背からもう一本鞘を取り外し、杖のようにしながらなんとか立ち上がる。



(奴は……。)



"異形"の姿はまだ、さっきとあまり変わっていない。やはり頭部の破壊は奴に取っても大きなダメージだったようで、再生には時間が掛かるみたいだ。だけど半分に割れた裂けめの中で少しずつピンク色の脳みそみたいなのがうごめいたり、少しずつくっつこうとする様子を見せられるのはちょっとどころか、かなりグロテスクだから早く治ってくれた方が良かったかもしれない。


……たぶんだけどさっき私の足を握りつぶそうとしたのは体に染みついた防衛本能とかそういった類なんじゃないだろうか。体に命令を送る脳は私が破壊したし、今彼の体が気色悪い動きをしていることから絶賛今も破壊されている。となるとなんで動けたのか、って理由を探すとすれば脊髄反応とかそんなのだろう。あんまり医学には詳しくないし、そも前世の人類とこの世界の人類が同一の存在か解らないから詳細は解んない。



「とりあえず、やってみるしかないか。」



放っておけば完全に回復される。


片足は動かないが、逆に言えばもう片方は動く。七倍速を使ったせいで、全身に歪が出て来てるが今すぐ暴発するようなものではない、今この時だけ我慢すれば何とかなる。片足をそのままバネにして全体重をそこに掛ける、負荷が倍以上になるからもう七倍速での移動は不可能。五倍速でやる。


左足を後ろに回し、右足は添えるだけ。


杖代わりの鞘を強く地面に押し付け、地面を弾く。




(やッ、ぱっか!)




案の定、飛んできた私を叩き落とすように奴の体が動き始める。


だけどそこには理性は感じられない、子供が飛んできた羽虫を叩き落とすかのような動き。確かに体に染み込んだ技術の跡は見えるが、そこにさっきまで肌で感じていた人の意思はないように思える。これならッ!


もう一度左足を地面につけ、方向を転換。さらに鞘を地面に全力で突き刺し、その反動で空中へと飛び上がる。鞘があった場所に奴の手が振り下ろされ、台座代わりにした鞘が叩き潰される。だが、その地面に突き刺さった腕を足場にし、さらに空へ。


目的地は、切り開いた奴の頭。



「ㇱ!」



繋がり始めていた脳の組織を切断し、そのまま裂け目の根元に剣を突き刺し、彼の後方へと飛び去る。



「ッう、痛ったいけどいける!」



着地に失敗し砕けた右足を地面に、転がってしまうが目標は達成できた。


いける、いける。まだ私は生き残れる。


さっきの反応的に今の奴には複雑な攻撃がまだできない、ブラフもできない。脳をこのまま破壊し続ければ相手の行動を封じ続けることができる。そしてあの状態なら十分片足で、五倍速で対応できる。このまま片足と、鞘でやり続けたら残った左足も壊れる可能性が出てくるけど、戦闘の継続は可能だ。諦めなくてもいい。


……勝ち筋を、探さないと。


幸い奴の再生は振り出しに戻すことができた。五倍速をかけている間でなら考えを十分形にできる。


今私にできるのはロングソードとレイピアを使った斬撃・刺突と、片足と両手を使った打撃のみ。それも全部空中での攻撃に限る。右足はマジで使い物にならない以上、移動に左足と鞘。つまり片手を使う必要がある。そうなるとしっかりとした踏み込みからの攻撃とか不可能だし、空中よりも逆に地上の方が攻撃の質が下がってしまうかもしれない。だから、空中のみ。


それで、肝心の"異形"は……。完全に受け身になっている。私が攻撃しない限りはあっちはずっと回復に専念し続けるだろうし、こっちが攻撃すれば迎撃してくるだろう。普通なら失血死とか狙うんだけど……、頭から垂れる血が止まる速度が異様に速い。かなり深く切ったはずなのに頭から垂れる血は想定よりも少ないことからすでに再生によって止血とかがされてるのだろう。


たぶん私が『再生』って言ってるだけで、本当はまた違うスキルな気がしてきたが、どっちみち奴に失血死をさせることは不可能だ。と、なると……、体をそのまま全部吹き飛ばすとかか?


存在そのものを消し飛ばせば、こっちの勝ちだ。それは幼子でも解る理屈だろうけど、残念なことに私にそんな力はない。ダイナマイトとか魔法とか使えれば可能かもしれないが、私のお手手にあるのは剣だけ。普段はとても頼りになるはずなのに、あいつを目の前にすると不足感が否めない。と、なると……、体の一部分。頭部をそっくりそのまま吹き飛ばすぐらいしか方法はなさそうだ。


頭を縦に半分こした時、あいつの体は確実に動きを止めた。その後動き出したので、何が理由かはわからないが、とにかく頭部を破壊することで動きを止めることができる。仮死状態、とでも言おうか何かしらの損傷を与えればその状態にすることが出来そうだ。


私が欲しいのは、奴の死ではあるけど。実際は審判、いや正確には主催者である皇帝からの死亡判定だ。例えそいつが時間を掛ければ復活するとしても、試合の結果が決まってしまえばその時間を掛けることは許されない。つまり体に脳がくっついている状態である縦の切断ではなく、脳そのものを吹き飛ばしてしまえばいけるのではないだろうか。


ただ切り離すだけだと吹き飛んだ頭部を拾いに行って、頭にくっつけて回復とかもされそうだ。完膚なきまでに吹き飛ばして、頭部全体の回復が終わるまで動けない状態にする。その間に審判から私の勝利を宣言してもらえれば、こっちの勝ちだ。


問題は、どうやって吹き飛ばすかだけど……。




「覚悟、決めようか。」




背負っていたすべての剣を下ろし、両手にロングソードを取る。そして、それを鞘ごと地面に突き刺す。


吹き飛ばすのならば、刃はいらない。必要なのは表面積だけ。


いつでも抜けるように外していた固定具を嵌め、抜けないかを確認する。



「よし……、やろう。」



柄を手に取り、そのまま左足に力を集中させ……、爆発させる。


五倍速の世界のまま、異形に向かって真っすぐ、進む。


振り下ろされてくる柱の様な手を避けながら、同じように、空へ。





正直、これをしたら自分がどうなるかはわからない。七倍速でも体が悲鳴を上げているのに、さらにその先に踏み込めばどうなるのか。想像できないし、したくもない。でも、選択肢は残されていない。片足を持っていかれた以上、時間は私の敵だ。時が進むほどこの体は使い物にならなくなる。そして私が疲弊して動きが鈍くなるほど被弾する可能性は増え、攻撃が薄くなればなるほど奴は回復する。


すでに今の私に、試合開始時点の彼と戦う力は残っていない。だからこそ、彼が弱みをさらけ出しているところに、全てを賭ける。





……以前、言ったことだけど。





私の『加速』の限界は、体の限界よりも先に行っている。スキルの成長に体の頑丈さが間に合ってない。私の『加速』の上限は、七じゃない。今からやるのは、体の限界じゃなくて、スキルの限界。体は壊れるだろうけど……、勝てなきゃ私に残ってるのはただの死だけ。あの子の元に帰るために、ちゃんとただいまって言うために。


出来る事なら、なんでもやってやる。



速さは、力だ。




空中に飛び上がり、奴の裂けた頭部の間に、両腕の剣を差し込む。


繋がり始めていた肉片が飛び散り、これ以上の破壊を止めさせるために叩きつけた奴の手がゆっくりと戻ってくる。



覚悟はもうできている。



一瞬剣を手放し、両腕をクロスさせ、2本の剣を逆手に持つ。



後は全力で、腕を広げればいい。



限界を、超えろ。















<加速> 二十倍速




















その速度に入った瞬間、脳が焼き切れていく。


だけど、もう考える必要はない。


吹き飛ばす、だけ。








「アぁぁぁぁあああああアアアアア!!!!!」










私の、勝ちだ。



これで、やっと……。








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