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【書籍化】TS剣闘士は異世界で何を見るか。  作者: サイリウム
剣闘士編

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20/86

20:毒の彼女



「私の『裂穴』の真価、とくと目に刻みなッ!」



彼女がそう言った瞬間、私の周囲に穴が生成される。


さっきのおしゃべりも、握手のネタも、レイピアでの刺突も。まぁ簡単なお遊びの様なものだ。でも、あの刺突が避けられなかった時点で目の前にいる彼女の単純な身体能力は大方把握できる。どれだけ自身の偽装に自信を持っていようと、いつだって失敗した時の対処は脳の中にあるはずだ。その結果としてあの速度で後方に後退だから、まぁ身体能力の底は見えたって感じかな?


ま、この世界の戦闘は肉体だけでは決まらないからこの情報はそこまで意味がないんだけど。


前世の理から外れたすべての異常、それが私に襲い掛かってくるわけだ。殺し合いはどれだけ数を重ねようとも好きにはなれないけれど、こういった異能に触れるときはどうも心の中の男の子が良く反応する。私が使えないらしい魔法がその最たる例だ。……っと、そろそろ攻撃が飛んできそう。「加速」使ってると思考も早いからこういう考える時間ができるのはいいよねぇ。



「ㇱ!」



太腿のホルダーから放たれたナイフたちは、最初一直線に私に向かって飛来する。だが、その途中すべてを喰らう様に『裂穴』が出現し、飛翔物を全て飲み込んでしまう。開いた穴と穴を繋げる、簡単に説明出来てしまうがその能力のポテンシャルは非常に高いと言っていいだろう。穴の出現位置が何もない空間、という縛りはあれど0距離で生成してしまえばどんな奴だって一殺。


ほら、こんな風に。


私の視界から消えたナイフたちが次にこの世界に姿を現すのは、私の体表。ワイバーンの皮鎧に守られた部位ではなく、その継ぎ目。刃を通すことができれば確実にダメージを与えられる部位。



「っと!」



それを、避ける。


片足を軸とする。そして体のバネと柔らかさを駆使し、人間ができるギリギリの可動域まで身体を曲げすべてを回避する。


私は「加速」だけの人間じゃない、単純な技術も鍛えなければ生き残れなかったから。前の世界じゃ『そうはならんやろ』という回避も『なっとるやろがい』が出来てしまう。



「さすがに連続は無理だから、ね。」



同時に行うのは"射線"の管理、いくら好きな位置にナイフを出現させることができたとしても、その攻撃はどうしても直線になる。だからまだ避けられるし、こっちも上手く妨害ができるわけだ。直線でしか動けないのならば、避けられることも考えて『裂穴』を生成する位置も直線にしておけばいい。だけど私が軌道を変えれば? 相手に余計な処理を押し付けることができるってもんだ。



「それ、にッ!」



幾ら装備で私の"五倍速"が知覚できるようになっても、彼女自身の"速度"がいくら向上したとしても。あくまでも"補助"に過ぎない。いきなり五倍速の世界にこんにちわ! ってことはできない訳だ。……つまり、どうあがいても私の"待ち時間"が生まれる。


どれだけ訓練しようとも人間の速度には限界がある。投げナイフなんて本当にそうだ。つまり、私の速度に合わせて追加のナイフを補充するのは無理ってこと。


ホルダーから取り出し、眼で照準を合わせ、投げつける。これだけでも三工程。しかもそこに12ぐらいの穴の管理も入ってくるんだ。初撃はまぁいいだろうが、私が妨害をし続ける限り檻の形成に必要なナイフの数は徐々に減っていく。今のところは私の方が有利、って感じかな? 彼女はまだ札をたくさん残してそうだけど。




さて、改めて状況の整理と行こう。お互いの勝利条件の確認って奴だ。




私の勝利への道筋は彼女の『裂穴』を無力化し、自身の刃を彼女の肉体に突き刺すこと。『裂穴』ちゃんの勝利条件はナイフを私に当てて毒状態にさせること。


いくら装備で『毒耐性』を付けてもらっても無効化するわけじゃないからね、一発でも毒を喰らえば徐々に私の体を蝕んでいくだろう。喰らったとしても勝てばオーナーが用意してるであろう解毒薬とか神官のレトちゃんがいるから何とかなるだろうけど、体内に毒が入ってしまえばその分私の体は弱っていく。身体能力が落ちて速度が終わればジ・エンドってわけだ。



「というわけで、早めに決めましょう、かねッ!」



盾でナイフを弾き、大きく踏み込む。タイミングは彼女の手から新しいナイフたちが離れた瞬間。


投擲での『裂穴』の手順は三つ、まず所定位置に向かって投げたナイフを穴に吸い込ませる。次に攻撃する相手の近くに穴を生成、そして回収用の穴。こっから先は二回目と三回目の攻撃と回収を繰り返し、ナイフの勢いがなくなれば地面に放棄という形だ。


それを、初手で潰す。


大体どの地点で穴を作るのかはさっきまでの攻防で把握した。そこに体を滑り込ませ、回転。彼女が放った6本のナイフを全て盾で地面に叩きつける。そして、攻撃へと、転ずる。






刺突。






私が突き刺したそれは、確実に彼女の脳天へと吸い込まれて行き……、止める。


案の定というべきか、伸ばされた刃の先に出現したのは彼女の『裂穴』であり、その脳天を貫こうとしていた刃は、私の眼のほんの少し手前で止まっていた。



「おっと危ない。」


「ちッ! もっと深く差し込んでも良かったんじゃないの?」



さっきからずっと五倍速で動いてるのに反応できてる、ってことは振りの早いレイピアでも直接攻撃は無理ってわけか。明日も試合なわけだし、体に負担のかかる七倍速は最後まで取っておきたい。回復魔法だって万能じゃないらしいし、自傷に繋がる手段はいったん封印だ。


となると、相手の能力の限界を見極めていく必要がある。昨日の『倍撃』みたいに一撃も喰らってはいけない状況ではあるけど、保険がある上目の前の彼女の身体能力はあの気狂いよりも下と考えていいだろう。アイツよりも上だったら最初のレイピア回避してただろうし。


ということで彼女が発した言葉が終わる前に、瞬時にレイピアから手を放し、原始的な攻撃方法である"拳"を選択する。狙いはレイピアが吸い込まれた彼女の脳天付近に生成された『裂穴』。さっきの踏み込みからの刺突はある程度予測できただろうけど、これは無理なはず!



「ッ!」



レイピアを離したことで動揺したのか、彼女はすぐにホルダーからナイフを取り出し迎撃しようとするが、私の方が速い。私の拳は確実にその穴の縁、穴の内部ではなく外側を捉える。


直撃した瞬間、感じたのは軽い抵抗。想像していたような固いものではなく、まるで暖簾をなぐったような感触。そして起きるのは『裂穴』の崩壊。レイピアが差し込まれていた穴と、繋がっていた穴の両方が消え、私のレイピアが何事もなく返ってくる。



……うん、まだ確証はないけど。当たりだ。



検証は出来たし、もうこれ以上彼女の傍にいる必要もない。速攻を決めたいところだけど、レイピアじゃまた同じことをされる。かといって今からロングソードを抜くのは時間が掛かり過ぎる、だったら違う攻撃手段を選べばいい。"ビクトリア"なら選ばない手段だが、彼女にダメージを与える方が優先される。


もう片方の腕で腰に差しているロングソードの方に手をやり、視線誘導。彼女の眼がそっちに行った瞬間に、腰に下げた剣を鞘ごと地面に突き刺し、支柱代わりに。不安定な体勢から両足を上げ彼女の胴体に蹴りを放つ。



「ォッグ!」



吹き飛ばされ、轟音と共に闘技場の壁に叩きつけられる彼女。石材の壁が大きく凹み、その少し上で見ていた観客が悲鳴を上げる。



「っと! やっぱ柔らかいね。魔化とか毒に全振りで防御はなぁなぁで済ませてる感じ?」


「……ッ。思ったより足癖が悪いのね、ビクトリア様は。」



口から血を吐きながらそんな軽口を言う彼女。ドレスの下に一応簡易の鎧を着ていたらしいが、私の蹴りによって肉体にめり込んでいる。だけど、彼女の受け答えはちゃんとしてるし、まだそんな軽口を吐けるぐらいの体力はあるらしい。……でも、十分な痛手だ、もう一度彼女の至近距離まで近づければ私の勝ち。そしてその傷じゃさっきみたいな投擲は無理だろうし、近接も難しいだろう。



「ま、どこで生まれたかも解らない人間だからね。お行儀のよさなんかわかりませんわ。」



まだ彼女のブラフって可能性もあるけど、さっきのパンチで理解できた。『裂穴』自体に何か特殊な力があるわけではない。殴った感触は非常に柔く、穴の消滅時に内部の物が切断されるという特徴もない。刺突メインのレイピアだと穴による防御が成立するからちょっと難しいけど、ロングソードで穴を破壊しながらの攻撃ならまだいけそうだ。



「で? 内臓でもヤった? 確実にお腹をぶち抜いてあげたし……、次で終わりかな?」


「……ふふ、それはそっちも同じ。そうは思わない?」



息を整えながら、彼女は私の顔を指さす。



「その綺麗な顔、薄皮一枚だけだけど……。壊してやったわ。頭にも近い、どれだけ持つかしら、ね?」



そう言われ、ようやく異変を感じ、顔を触る。いつもの白い手甲ではなく黒い革の防具のためわかりにくいが、確かにそこに付着していたのは赤い血。深くはない、だが確実に喰らっている。『毒を喰らった』その事実を理解したせいか、すでに体に回り始めたのか全身に軽い痺れを感じ始める。まぁ後者だろうが……、やられたね。



「…………よくやるよ。」



少し後ろに視線をずらしてみれば、私を傷つけたのであろうナイフが転がっている。私が蹴り飛ばそうとした瞬間に上手く投げたのだろう。ほんと、手癖の悪い子猫ちゃんだこと。……おっと、ファンじゃないのを忘れてた。


私に毒の知識はない、多分魔物由来の毒だからタンパク質系のだろうとは思うけど、そもそも前の世界の常識はこの世界じゃ意味がない。解毒することはできるだろうが、今の私に残された正確な時間なんか解るわけがない。今着ている装備の『毒耐性』の効果がどこまで続いて、どこまで私を守ってくれるのかもわからない。


可能な限り素早く、彼女を殺す。



「さて、私も本気出さないと負けそうだし……」



私が踏み込もうとした瞬間、彼女がドレスの中に隠していたナイフのすべてを地面に放り投げる。



「投げるのは無理そうだから、全力で嫌がらせを。……踊ってくれるかい、ビクトリア様?」



瞬間、彼女の足元と、私の頭上に生成される『裂穴』。……あぁなるほど。


投擲の代わりに、重力を使用する。穴を上下においておけば無限に加速し続ける機構の完成ってわけだ。それに投げる時に使った動作が減るおかげで『裂穴』のコストも全て攻撃に割ける。確かにコレは"踊らない"と回避できそうにない。



「えぇ、もちろんッ!」



さっきの檻よりも何倍も濃厚なソレを避けていく。


体の痺れのせいもあり、単に避けることが難しくなっている。盾で弾くのではなく受ける、鎧で止める。時たま十分に加速されたナイフが飛んでくればそれをロングソードで真っ向から叩き割る。


……ちょっと無理しても進むべきだね。


さっきと同じようにロングソードの鞘をもう一度支点として使い、無理矢理ロングソードで『裂穴』を吹き飛ばす。


そして、空いた両足で。


距離を詰める。


こんなことを言ったら物理の先生に怒られそうなものだが、『加速』時の踏み込みはその時の倍率どころじゃない。速度が上がれば力も上がる、力が上がれば速度も上がる。つまり加速の無限ループ。実際にはちゃんと限界があるが、その限界は肉体の終わり。普段は耐えられるギリギリのレベルだが、動けば動くほど毒が回る。そのせいで全身の倦怠感と麻痺がひどいことになっている。だけど、無視する。



「 」



ただ前進のためにそれを使い、一気に距離を詰める。



「ッ!」



彼女も、限界を超えたのだろう。私の出せる全力で近づいたのに、その眼はしっかりと私のことを捉えていた。彼女も重傷なのに、私が振り下ろそうとする剣の軌道上に『裂穴』を形成し始めている。剣だって言ってみれば縦の直線の攻撃だ。十分な長さの亀裂を用意すれば防げる。故に彼女の装備は防御に重きを置いてなかったのだろう。敵のすべての攻撃が相手への攻撃になるから。



だから。



敢えてその中に踏み込む。



内部に入っていたレイピアは何もなくそのままはじき出された。なら、いけるはず。そう信じ大きく踏み込む。だが、そもそも穴のサイズが足りなかったのか、すぐにそれは霧散する。晴れた穴の向こう側には無理やり腕に固定したのだろう、彼女の手に握られたナイフが突き出されていた。



もう、毒は喰らってる。致命傷でなければそれでいい。



突き出されたソレを体で受け止め、そのお返しとばかりに振り上げた剣を下ろす。






手ごたえがあったことだけは、覚えている。









 ◇◆◇◆◇








「……ぁ。」


「師匠!」




気が付いた時は、見慣れた天井で。本気で泣きかけていたアルが飛びついてきた。


少し周りを見渡せば、心配そうに私のことを見てくれるタクパルやドロ、あとなんか気持ち悪いぐらいに強い視線を向けてくるオーナー。あと両手から緑色の光を出して私を治療してくれていたレトゥスさんだった。



「……ここは、宿舎か。」



若干まだ痺れが残る体を無理やり動かしながら、状況を把握する。どうやら勝ったのはいいけれどぶっ倒れてしまったようだ。


自分の体を見てみれば目立った外傷はないけど、汗でびっしょり。結構気持ち悪いぐらいに、こういうのを峠を越えた後の状態っていうのかね? この身で体験するとかもう二度としたくないけれど。


後で聞いた話だけどこの時の私は毒が異様に早く回り過ぎていて、かなり危険な状況だったらしい。もう少し遅れていればそのまま命を落としていたか、目覚めないまま次の試合の時間を迎えてしまうところだったようだ。


まぁ普通に最後ぶっ刺された奴がけっこういいところに入ってたみたいで、それもあったみたいなんだけど、それはおいておこう。


毒が異様に早く回った原因は私の『加速』のせい。『加速』はこの世界から私の時間を切り離しているようなスキルだ、つまり私が五倍速であの世界に10秒入れば、元の世界では2秒が立っているという計算。つまり毒が私の体を蝕むのも五倍速だったみたい。……正直あそこで無理に七倍速使わなくて本当に良かったと思っている。


結構ギリギリ、って感じだったらしいし。七倍速だったら私もうここにはいないもんね……。


ちなみにだけど剣神祭で出場者が何らかの理由で動けなかったり、寝たきりになってしまった場合はそいつの処刑が始まるんだよね。執行人は対戦相手って感じで。……うん、公開処刑。いやほんと目覚めてよかったよ。



「オーナー。」


「なんだ。」


「席取ってる?」



そう言うとすぐに次の試合、私が明日戦う相手を決める試合のチケットを投げ渡してくれる。ふふ、仕事が早~い。変な顔で私のこと見てたのは許してやろう。んでレトちゃん? どれぐらいで回復終わりそう? あ、もちろん止められても行くからね。ここでおねんねするのもいいけどそれが理由で明日死ぬのなんか嫌だもん。


ドロちゃんは……、おぉいいグッジョブ。装備全部出来てるのね。そりゃよかった、これで何も心配はいらない。タクちゃんは……、特にいうことないな。扱いひどくないかって? いつも通りでしょうに。



「アル、行こうか。」



残り、一戦。


ここまで来たんだ、勝たなきゃね。



……貴方のために。








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