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銀河鉄道の夜  ショートショート

作者: 渡辺昌夫

教室の窓のから見る阿蘇山は今日も白い煙を上げる。まるで給食の時間机に牛乳をこぼした時の様に白い雲がモクモクと昇る。小学六年にもなると代り映えしない学校生活に飽きてくる。毎日毎日、変わらない日々。国語、算数、理科、体育。体育以外はからっきしダメな僕は、一日中体育の授業をしてほしい。勿論そんなことになれば脳みそまで筋肉になる。窓から吹く風が気持ちいい。田んぼの稲も黄金色に色づき、風にあおられ波のように揺れている。あと5分で授業も終わる。そう思った時、先生が僕の名前を呼ぶ。僕は咄嗟に立ち上がると、とりあえず「わかりません」と答える。静まり返った教室から割れんばかりの笑いが起る。いつもの事だ。すると教壇で先生まで笑っている。「えっ」いつもと違う。普段、先生はこんなことも分らないのかという表情を浮かべる。教室の笑い声が治まると先生が話しかける。

「算数のプリントに出た名前に返事をするとは、授業を全く聞いていないようだな」

 僕は慌ててプリントに目を落とす。すると問題にまさお君が買い物に行ったと書かれている。先生は問題を読み上げていただけなのだ。僕の顔に一気に血が駆け上る。肩を落とし力なく席に座る僕に教室では再び玉のような笑い声が広がる。しかも授業の終りを告げる鐘。結局、残りの問題は宿題となった。学校の帰り際、みんなから「宿題を増やすなよ」と声を掛けられ、頭を掻きながら急ぎ足で校門を出る。

 僕は母と二人暮らしだ。母は近くの温泉旅館で中居をしている。そのためお昼過ぎに家を出、夜は僕が寝静まった頃帰って来る。夕飯は台所に作り置きしているおかずを温め、一人テレビに向かい愚痴りながら食べる。一日の中で母と顔を合わせるのは朝だけだ。朝食時、僕は食べるのも忘れ、母に話しかける。母はいつも目尻を下げ聞いてくれる。家を出るまでの時間が僕にとって一番幸せな時間だ。家を出ると学校までの足取りが急に重くなる。

 二番目に好きな時間は学校が終わり家に帰るこの道のりだ。家まで30分ほどかかる。見渡す限り田んぼが広がるあぜ道。途中踏切を抜けるが、1時間に1本程度の電車に足を止められることは無い。この時期、黄金色の穂が重そうに垂れ、お米が早く食べてと言う。辺りにはすでに稲刈りを終えた田んぼも見え始める。今では藁塚を作る田んぼがめっきり減った。藁塚は僕の遊び場である。どこまでも真っすぐ続く道の先に踏切が見えて来た。

 踏切近くまで来ると突然カン、カン、カンと音が鳴り遮断機が下りて来た。僕は不思議に思い線路の左右を見渡す。しかし何も見えない。しかも列車が来る方向を示す矢印がどちらとも点いていない。仕方なく遮断機が下りた踏切で待つ事にした。数分が過ぎる。僕は左右をもう一度見渡す。すると左から列車が近づいて来た。一両の列車は、今まで見たことが無い柄の列車。下地は濃い藍色で、金色に輝く星を線で繋ぎ白鳥座が描かれている。その列車はなぜか踏切で停車する。次の瞬間、踏切の警報は止み遮断機が上がる。故障でもしたのか。すると突然列車のドアが開き中から人影が見えて来た。荷物を握った人が降りて来る。降りてきた人の顔を見て僕は思わず息を呑む。その人は変なお面を付けている。先に降りて来た人は白キツネのお面をかぶり首元に赤いスカーフを履いている。次の人は天狗の面なのか赤い顔で鼻が高い。しかも両手には抱えきれないほどの荷物を持っている。最後の人は象のお面をかぶっている。長い鼻の付いた象のお面を僕は始めて観た。三人が近づいて来る。僕は二三歩後ずさりする。三人は何事も無かったように僕の横を通り過ぎる。歩き去る三人の姿をぼんやり眺めていると突然姿が消えた。僕の頭はパニックに陥る。後ろの列車から足音が聞こえ、振り返ると中から車掌さんが降りて来た。車掌さんは列車の色と合わせた濃い藍色の服を着ていた。背が低く上着が妙に長い。恰幅がよく愛嬌がある。勿論、妙なお面もかぶっていない。その車掌さんが僕に話しかける。

「お客様、早くご乗車ください。列車は間もなく出発します」

 僕は辺りを見渡す。しかしここにいるのは僕だけだ。やはり僕に話しかけているのだ。すると彼は不思議そうな顔をし、近づいて来る。

「お客様。胸のポケットにある切符を拝見します」

 僕は慌てて胸ポケットに手を当てる。そこには切符が入っていた。その切符を手に取ると「無限」と書いてある。車掌さんは僕の手から切符を取り上げ、さっさと鋏を入れる。僕は思わず「あっ」と声を挙げる。しかし彼は無表情のまま切符を返した。彼が列車に戻り始めるとなぜか僕の足も勝手に磁石に引っ張られるかの様に列車に吸い寄せられる。僕が列車に乗り込むと扉が閉まり動き始めた。我に返るとすでに列車は動き始めもう降りる事は出来ない。仕方なく次の駅で降りようと思い中に向かう。座席は向かい合わせになっており、乗客は10人ほど乗っている。どの乗客も奇妙なお面を付けている。猫や猿、中国のヘンテコなお面やタイガーマスクの人までいる。怪しげなお面が並ぶ中、狸の愛嬌あるお面の少年が一人で座っている。僕は彼の前まで来ると小さくお辞儀し、ランドセルを座席に降ろす。狸面の彼も軽く会釈をする。席に座り外の景色を見る。どういう訳か窓のすぐ隣に白い雲が見える。飛行機にでも乗っている様だ。あまりの雲の近さに窓の外を二度見する。すると列車は空を飛んでいた。僕は驚きのあまり「あっ」と大声を上げる。静かな車内に僕の声が響く。次の瞬間、僕の足はガクガクと震えはじめた。顔は真っ青になり額からは冷や汗が滝のように流れ出す。そんな僕を見かねた狸君が声をかけてきた。

「大丈夫?どうかしたの」

「この列車空を飛んでいるよ」

 震える声で答える。すると狸君はすまし顔で答える。

「そうだよ。そうでなければ時間がかかりすぎるよ。君、何処まで行くの」

 僕の頭の中は真っ白を通り過ぎ、真っ暗になり無意識に頭を斜めに傾ける。彼は僕の胸ポケットから切符を抜くとちょっと驚いた表情で話しかける。

「無限、どこまでもいける切符。すごいね。僕の名は宮沢賢治。よろしく」

 宮沢賢治。国語の授業で聞いたような名前だ。しかし全く思い出せない。僕も名前を告げる。彼と話しをすると少し落ち着いて来た。すると今度はこの切符の行き先が気になる。

「この列車、何処に行くの」

「えっ。知らずに乗って来たの。この列車南十字星を経由し天の川の果てまで行くよ」

 初めて聞く地名だ。と言うかそれは星座だ。戸惑う僕に車内放送が聞こえてきた。

「お客様。お急ぎの所、誠に申し訳ございません。次は銀河ステーションに向かうところ、急遽ウクライナで乗客を乗せることになりました。銀河ステーションには若干到着が遅れます」

「ウクライナ、今戦争中のあのウクライナ」

 僕は素っ頓狂な声を挙げる。すると賢治君が静かな声で話す。

「戦争中だから急遽列車を寄せるのだよ」

 僕は賢治君の話が全く解らない。なぜ戦争中だと列車に乗る人が増えるのか。頭の中が混乱する僕は、窓の外に見える雲を虚ろな目で眺める。

 どれくらい時間が過ぎたのか、列車は見知らぬ駅に到着した。ホームには数えきれない人で埋まっている。親子連れや工場の作業服を着た人。兵隊さんも沢山いる。賑やかな駅だ。そう思った時、列車は停車し扉が開く。全員の足がこの列車に向かう。一両編成のこの列車に乗れる数ではない。僕は再び我が目を疑う。すると知らぬ間に後ろに列車が伸びている。すでに後ろには十両程繋がっている。これ程大勢の人が乗るにはまだ車両が足りないようだ。

全員が列車に乗り込むと、広いホームは閑散とした。出発を告げるベルが響く。ゆっくりと列車が動き出す。駅を抜けると建物は壊され瓦礫の山。すると線路の先が瓦礫で埋まっている。このまま進むと列車は脱線する。僕は思わず両手で目を覆う。次の瞬間、身体が後ろに傾く。「あっ」声が漏れる。列車は徐々に角度を上げ中に浮かび始めた。長く伸びた列車は猛スピードで何もない空を走り抜ける。

知らぬ間に辺りは暗闇に包まれ列車は川沿いを走る。

「まさお君。この川をよく見てごらん」

前から賢治君の声。僕は立ち上がり窓に近づくと川の底にキラキラ光る物が見える。思わず綺麗と声を漏らすと、彼は星たちだよと教えてくれた。僕は何も考える事なく川底に光る青白い星を見る。列車は風を切りながら進む。

 通路を挟み反対側の席に、先ほどの駅で乗って来た三人の子供が座る。一番大きな男の子は中学生位だろう。二番目の女の子は僕と同じぐらいだ。三番目の男の子は幼く、まだ小学校にも通っていない様に見える。なぜか三人とも服が泥だらけで末っ子の服は破けている。その末っ子が二人に話しかける。

「ねえねえ。今からどこに行くの」

 浮かない顔で長男が南十字星まで旅をすると答えた。末っ子は嬉しそうに窓の外を眺める。すると女の子は寂し気な様子で兄に話しかけた。

「お兄ちゃん。もう学校いけないの。私、もっと色んな事を勉強したかったのに。ねえ、お兄ちゃん。もう学校いけないの」

 女の子の問いに長男は外を眺めたまま口を開かない。二人の間に重苦しい空気が流れる。末っ子の無邪気な笑い声が、場違いの様にその場に広がる。

 列車はその後銀河ステーションに止まり、北十字、プリオシン海岸へと進む。その頃には賢治君とも打ち解け話が弾む。賢治君は小説を書いており作品をいくつか読ませてもらった。夢のある作品が多く普段読書などしない僕でさえ食い入るように読む。隣の席の三兄弟とも仲良くなった。車内で鳥を取る人に鷺を貰い、みんなでガヤガヤとピクニック気分で鷺を食べる。チョコレートより美味しいお菓子に皆の顔から笑顔がこぼれる。

「次は南十字星に止まります」

 車内放送の声。三兄弟が降りる駅だ。末っ子だけがはしゃぎ、残る二人の表情は浮かない。列車は広々としたホームに到着した。兄は僕達に挨拶をして列車を降りる。末っ子が別れ際、僕に木で作った人形をくれた。黄色のスカーフを頭からかぶり、花柄の服を纏った女の子の人形。こけしに似ている。その人形を開けると中には同じ柄の小さな人形が現れた。その人形を開けるとまた中から小さな人形が現れる。4回繰り返すと最後は小指の先ほどの小さな人形。

「これ貰っていいの」

「もういらないからあげる」

 末っ子の笑顔に僕もつられてほおが緩む。

「ありがとう。大切にする」

 そう答えると彼は大きく手を振り列車を降りて行った。広々としていたホームには足の踏み場のないほど人が押し寄せている。三人の姿も人波に呑まれ消えて行った。ここで降りるほとんどの人がウクライナで乗車した人達だ。表情も様々で、旅行気分で明るい表情の親子ずれがいれば、軍服を着た兵隊はこの世の終わりを見て来たように暗い。人波は改札口に向かいアリのような行列を作る。駅を覆う様にクリスタルで出来たような巨大な南十字星が光る。みんなあそこに向かうのだろう。

 出発を告げるベルが鳴り列車は再び動き出す。知らぬ間に列車は一両に戻っている。車内は閑散とし、僕は虚ろな目で外の景色を見る。南十字星が青白い光を放つ。列車は進み、その十字架はだんだん小さくなり、とうとう見えなくなった。

 僕は列車の中に目を移す。正面に座っていたはずの賢治君がいない。彼の座っていた席に手を当ててみると冷たく、誰も座っていなかったかのようだ。僕は一人になり急に心細くなる。仕方なく窓の外に目を向ける。川沿いを走る列車。川底に光る星までも寂し気だ。

しばらく走ると、真っ暗闇で先が全く見えない場所に列車が向かう。乗客の一人がブラックホールだと騒ぎだした。見る見るうちにブラックホールに吸い込まれる。列車と共に僕の身体も奈落の底に落ちるようにブラックホールに吸い込まれた。


眼を開ける。乾いた藁の匂い。僕は藁塚に寄りかかって眠っていた。辺りはすっかり暗くなり阿蘇山にまん丸なお月様が顔を出している。僕は起き上がろうと地面に手を着く。すると手の中に人形を握っていた。よくみるとあの時末っ子から貰ったマトリョシカだ。夢じゃなかった。すると空から列車の汽笛が聞こえて来た。温かな光りを放つ月を見上げる。月の前を黒い影が横切る。列車だ。そこには銀河鉄道の列車が月明りに照らされ浮かび上がる。僕は大きく手を振り「またね」と叫んでいた。


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