20.王宮に入れるのね
ロジェと恋人になって三ヶ月後。メリルは出かける準備をしていた。
今日はモニークの再出発の日だ。
モニークは同じ場所に店を作った。借り手がつかず、空き家のままだったのだ。
――いっそ、同じ場所で店をやってみない?
ボネ夫人が提案して、モニークは了承。
店名は「ヌーヴォー」と一新した。再出発の意味を込めて、モニークが名付けた。
開店の日、メリルとロジェは来賓として呼ばれていた。メリルは心を弾ませて、ロジェに話しかけた。
「とうとうモニークの店が始まるのね。プレゼント、喜んでくれるかしら」
「あぁ……そりゃあ、喜ぶだろう。なんていったって、モニークの為の生地だからな」
この日の為に、メリルとロジェはモニークに内緒で新しいデザインの生地を作っていた。
ロジェの言葉にメリルは笑顔になる。
「喜んでくれると、嬉しいわ」
メリルがほぅと息を吐き出すように言うと、ロジェが不意打ちで頬にキスをした。
気が抜けていたメリルは、背中をびくびくっと震わせる。
「……びっくりしたじゃない」
目を据わらせていうと、ロジェはにやけていた。
「可愛いなと思ってさ」
ロジェはご機嫌でメリルに右手を差し出す。
「エスコートさせてくださいませんか?」
気取った口調で言われて、メリルは口をへの字にさせながらも、がっつりロジェの腕に絡み付いた。
思った以上に、ぐいぐいこられてロジェは動揺する。
「……早く、行きましょう」
メリルが頬を赤くしながら呟くように言うと、ロジェはこくんと素直にうなずいた。
(うわっ……すげぇメリルが近いんだけど……)
ロジェは高鳴る心臓をおさえようとシルクハットを指でつまんで、直す。
一方、メリルといえば。
(腕を絡ませながら歩くのって、難しいわ……)
足元ばかり見て、ロジェにしがみついている。
ロジェと密着してドキドキしたのをメリルは忘れていた。
そのまま、二人はぎこちなく、もだもだしたまま歩きだした。
*
モニークの店は、メリルたちが作った生地の専門店となっていた。
店に着いたメリルは、ショーウィンドウに飾られたドレスに目を細め、店の扉を開く。
「モニーク、こんにちは」
笑顔で店に入ると、モニークはすでにグズグズに泣いていた。
「あっ……メリル……」
「もう、どうしたの? せっかくの日にそんなに泣いて」
目を真っ赤にしたモニークにメリルが近づく。
「うぅっ……だっで、うれしくて……また、ここにお店を出せるなんて思わなかったから……」
「モニークの実力よ。おめでとう」
メリルは用意していた生地を鞄から取り出して、モニークに差し出した。
モニークは生地に描かれたすずらんの花の絵を見て、目を大きく見開く。
「これ……」
「今日は五月祭でしょ? だから、一本に、十三の花を咲かせてみたのよ」
五月祭には、親しい人の幸福を願ってすずらんの花を贈る。十三の花を付けたすずらんを贈られた者は、一年、幸運の女神が微笑むと言われていた。
モニークは鼻まで真っ赤にして、涙をぽろぽろと流す。
「ありがどお……メリルぅ……!」
「ううん。こっちこそ。わたしたちの生地をドレスにしてくれてありがとう」
トルソーに飾られたワンピースドレスを見て、メリルは微笑んだ。
「思った通り……ううん。それ以上に、素敵なドレスだわ……」
モニークは感極まって、メリルにしがみついた。言葉にならずに、わんわん泣くモニークをメリルは優しく抱き返した。
モニークの店は順調だった。
店の前を通った人々はショーウィンドウに飾られたドレスに見惚れた。
「恥知らず」と書かれた張り紙で埋まった面影はどこにもない。店には人の笑顔があふれていた。
メリルの生地も注文が殺到していた。
ここ数ヶ月で資金繰りに奔走し、すっかり痩せてしまったメリルの父は、ほっと胸をなでおろした。
兄はものすごい勢いで経理処理をしている。
まるで水を得た魚のように生き生きしていた。
忙しくも充実した日々でいたある日。
メリルの元にオトリー夫人から招待状が届いた。
メリルは仰天し、ポストから招待状をとると、新聞を読んでいたロジェの元に駆け寄る。
「ロ、ロロロ、ロジェ! 大変! 大変よ! オトリー夫人から! からっ! 屋敷にこないかって! 招待状が! きたわ!」
「よかったな」
「すごいことだわ! だって、オトリー夫人は今、王宮勤めをしているのよ……王宮に入れるのよ! あの王宮に……!」
メリルは目を輝かせて、招待状を見つめた。
王宮には、約千人の王族・貴族・使用人が暮らしている。
王宮内には、王族の私室の他に、迎賓館、大ホール、狩場、劇場などもあり、あらゆる最上のものが揃う小さな都市であった。
四キロメートルもある前庭は、市民が出入りできるものだが、庭の奥にある城門は固く閉ざされている。
王宮に入ることができるのは、選ばれた者のみ。
灰かぶり姫が城に憧れたように、誰しもが最上の場所に焦がれた。
メリルもその一人だ。
「王宮に入れるのね……すごいわ……」
「あぁ、メリルは入ったことなかったもんな」
「……ロジェはあるわよね」
「睨むなよ。いい思い出はないけどな」
「…………それでも、お城に入ったことがあるのよね」
「恨めしそうにするなよ。くっそ可愛な。ちゅーすっぞ」
メリルはびくっと震えて、唇を尖らせる。
「……だって、ロジェもモニークも王宮に入れたとき、とても、とても……とても……羨ましかったのよ……」
メリルは招待状を見つめる。
王宮にはどんなに素晴らしいデザインがあるのだろう。
(よく見て、センスを盗まなくちゃ)
メリルの頭の中は、王宮内にある芸術品のことでいっぱいになった。
「ロジェとモニークも招待されているから、三人で行けるわね」
「え? 俺も行くのか?」
「うん。ぜひ、来てほしいって書いてあるわ。ふふっ。嬉しいわ。三人で行けるのよ。ふふっ」
ぴょんぴょんと跳ねたい気持ちになりながら、メリルは招待状を抱きしめる。
そんなメリルを見て可愛いと思いながらも、ロジェは冷静だった。
(余計なことに巻き込まれなきゃいいけど……)
ロジェはメリルほど王宮に夢を見られない。
あそこは絢爛な魔宮だ。
危惧はあるが、メリルの喜びかたを見ていると、行くなとは言えなかった。
新聞を折り畳み、ロジェは立ち上がる。
「楽しみだな」
「うん! ドレスを作らなきゃ。これみよがしに、ティシュー・アーベルの新作生地を宣伝するわよ!」
意気込むメリルに、ロジェはくすくす笑う。
「ほんと、メリルは生地作りが好きだよな」
「あら、当たり前じゃない。生地作りは、わたしの人生、そのものよ」
メリルはご機嫌でいい、オトリー夫人宅に行く日を楽しみにしていた。
招かれた当日、二頭引きの馬車がメリルの工場まで来た。迎えに来てくれたのは、オトリー夫人だ。
「メリルさん、ごきげんよう」
「夫人自ら来てくださるなんて……ありがとうございます。それに、そのワンピース」
「あら、気づいた? この前、ヌーヴォーで買ってきたのよ」
夫人が身につけているのは、メリルたちが作った生地のものだ。おっとりとした夫人をより可愛らしく見せている。
「買ってくださったのですね。ありがとうございます」
「だって、素敵なドレスだもの。着心地がよくて、ポケットも大きい。これ、便利ね」
オトリー夫人と出会ったとき、ポケットが大きいワンピースをメリルは着ていた。ポケットのアイディアをモニークも気に入って、取り入れてくれたのだ。
「……ありがとうございます。よく、お似合いです」
「ふふ。ありがとう。あら、あなたのドレスも素敵ね。新作? 馬車の中で聞かせてね。ささ、行きましょう」
オトリー夫人に招かれて、メリルとロジェは馬車に乗り込んだ。途中でモニークの店により、彼女も乗せて、いざ王宮へ。
(うわっ、うわっ、うわぁぁ……!)
見えた王宮にメリルは目を輝かせた。
緑の剪定された庭を馬車は進み、城門前に来る。門番が御者と馬車を確認すると、鉄の扉が開かれた。
メリルは少女のように頬を紅潮させ、ゆっくりと開かれる門を見ていた。
――再起編 Fin ネクスト 裁判編
ここまでお読みくださって、ありがとうございます!
次回から、王宮の人々が出てくる裁判編になります。
公爵令嬢を含むハピエンを目指しましたので、引き続き、お楽しみ頂けると幸いです。
いつも、いいね、感想をありがとうございます!
誤字報告も大変、助かっていますm(._.)m




