毎年会う度に可愛くなっていく従姉妹と18回目に会ったら……
俺・三隅洋には、三隅美織という従姉妹がいる。
二人ともじいちゃんっ子であることや、同い年という理由から、俺と美織はとても仲の良い従姉妹同士だ。
美織と初めて会ったのがいつなのかは、残念ながら覚えていない。
父さん曰く俺が1歳の頃、祖父の家に遊びに行った時に初めて会ったそうなのだが……当然のことながら、そんな小さい頃の記憶なんてある筈もなく。
朧げだが記憶として残っているのは、5歳くらいの頃からだろうか? 二人で近くの公園で暗くなるまで遊んでいたら、両親からめちゃくちゃ怒られたのを覚えている。
俺が都内に住んでいる一方、美織は地方在住だ。
新幹線を使っても片道4時間はかかるので、頻繁に会うことも出来ない。
美織と会えるのは、年にたったの一回だけ。夏休みに、祖父の家に行く時だけだ。
「一年ぶりね、洋! 元気にしてた?」
SNSでのやり取りはあるものの、実際に会うのは去年の夏以来。……気のせいだろうか? 今年の美織は、一年前の彼女よりずっと魅力的な気がする。
顔つきは少女から徐々に大人の女性へと変わっているし、体の発育も顕著になっている。喋り方や立ち振る舞いも、どことなく違っているような。
要するに、一言で表すならば、美織は可愛くなったのだ。
一昨年よりも去年の方が。去年よりも今年の方が。だからきっと、今年よりも来年の方が。
会う度に、美織は決まって可愛くなっている。
前年比大幅プラスだ。自己ベスト更新だ。
新幹線に乗りながら、そんなことを考えて。俺は18回目となる美織との邂逅に臨んだ。
◇
車窓から去年の夏以来の景色を眺めて、俺はふとこれまでの夏の思い出を想起する。
あれはそう、7歳の頃のことだった。
俺と美織は祖父に連れられて、山に虫捕りに来ていた。
夏の山は、昆虫たちの宝庫と言える。
セミやトンボやその他諸々、様々な昆虫が至る所に生息している。
今でこそ「虫なんて怖い!」と言い自室に蜘蛛が出るだけで一目散に逃げ出す情けない俺だが、当時は率先して昆虫を捕まえていた。若気の至りというものなのだろう。
「それじゃあ、洋! どっちが沢山の虫を捕まえられるか、勝負よ!」
「良いよ! まぁ、勝つのは僕に決まっているけどね! なんたって僕は、クラスの昆虫博士なんだから!」
「言ってなさい。……因みに特別ルールとして、ヘラクレスオオカブトを捕まえたらその時点で勝ちだから」
「わかってるよ。絶対見つけてやるもんね」
「日本の山に野生のヘラクレスオオカブトなんて生息しているか!」と、当時の無知な自分にツッコんでやりたい。
朝10時から始めた虫捕り勝負は、お昼までの2時間を制限時間とした。
2時間後に、祖父の待つ山の麓に集合することになっている。
トンボはすぐ逃げてハードルが高いので、俺はセミやバッタを主に捕まえることにした。
この山のことは、あまり知らない。だけど昆虫のことなら、それなりに詳しいつもりだ。
俺は昆虫たちのいそうな場所を見つけては、次々と捕まえていった。
あっという間に2時間は過ぎ去り、12時の30秒前に、俺は祖父のもとに戻ってきた。
「おかえり、洋」
「ただいま、爺ちゃん。……あれ? 美織は?」
集合時間直前だから、てっきり美織は既に戻っていると思ったのに……彼女の姿は、どこにもなかった。
「いや、まだ戻ってきとらんよ」
「戻ってきてないって……もうお昼になるじゃんか」
集合時間に間に合わなければ、どんなに沢山の虫を捕まえていても失格だ。勿論、万が一ヘラクレスオオカブトを捕まえていたとしても。
12時が過ぎた。
一応ロスタイムとして5分待っていたが、それでも美織は現れない。
……これは、流石におかしいぞ。
俺も爺ちゃんも、そう思い始めていた。
「洋はここに残っておれ。儂は美織を探してくる」
俺を置いて美織を探しに行こうとする爺ちゃん。でも……そんなの耐えられなかった。
「待って! 僕も美織を探しに行く! 美織が心配だ!」
「……そうだな。わかった。でも絶対に、儂のそばから離れるなよ?」
結論を言えば、美織は集合場所近くの木の上にいた。
カブトムシを採ろうと木に登ったは良いものの、降りられなくなってしまったらしい。
何はともあれ、怪我がなくて良かった。
木から降ろして貰った美織は、大泣きしながら俺に抱きついてくる。
「えーーーん! 怖かったよーーー!」
「えーと……よしよし」
俺は安心させるように、美織を抱き締め返す。
思い返してみると、この時だったのかもしれない。
美織のことをただの従姉妹ではなく、一人の女の子として見るようになったのは。
◇
14歳の夏。
俺と美織の関係に、大きな変化が訪れた。
中学2年生になり、俺たちは子供から大人への転換期に差し掛かる。
虫捕りに興じていたあの頃とは、もう違う。
例えば少しずつ成長し始めた美織の体に、つい視線がいってしまったり。だって思春期ですもの。
お互い他意もなく繋いでいた手も、今では多少の下心が生じてしまう。
大人になるにつれて、好きになるにつれて、美織との距離が遠ざかっていくように感じた。
夜。
俺が和室に寝転びながらゲームをしていると、いきなり美織が入ってきた。
「あら、ここにいたの」
「入る前に一声かけろ。着替えていたらどうするんだ?」
「今更あなたの裸を見たところで、なんとも思わないわよ」
こっちはなんともなくないんだよ。恥ずかしいんだよ。
俺は仕返しとばかりに、
「逆の立場でも、同じことが言えるのかよ? 俺に裸を見られてもなんとも思わないのかよ?」
「……死ね変態」
なんとも思わないと言ったのはお前じゃねーか。理不尽すぎる。
「……それで、何の用だよ? 俺を探しているみたいな口振りだったけど?」
「……あぁ、そうそう。天体観測、一緒に行かない? あなた星が好きだったでしょ?」
爺ちゃんの家は田舎なだけあって、星が綺麗に見える。
東京では見られない星空を眺めることも、年に一度の楽しみになっていた。
「わかった。……キリのいいところまで終わらせたらな」
「は?」
「ごめんなさい、すぐに準備します」
俺はゲーム機を即座にスリープモードにして、外出の支度を始めた。
暦の上では真夏とはいえ、田舎の夜はそこまで暑く感じられない。というより、都会が暑すぎるだけなのかもしれないが。
天体観測をする場所は、毎年決まっている。爺ちゃんの家から歩いて20分程の展望台だ。
「毎年のことだけど、もうちょっと近くに展望台があったら良いんだけどな。流石に疲れた」
「何情けないこと言ってるのよ。日頃運動しないツケが回ってきたのね」
確かに運動していないけどね。だけど俺、望遠鏡担いでいるんですよ。その辺を考慮して貰いたい。
展望台に着いた俺たちは、早速星空を眺める。今夜の星空も、例年と変わらず綺麗だった。
先に望遠鏡を覗いた(俺に運ばせたくせに、だ)美織が、俺の服の裾を引っ張る。
「ねぇねぇ! オリオン座が見えるわよ」
「いや、見えるわけないだろ」
オリオン座は冬の星座だ。真夏に見えるわけがない。
「本当に見えるんだって! 騙されたと思って、覗いてみませんよ!」
「……わかったよ」
あり得ないとわかっていながらも、もし本当なら世紀の大発見だと思い望遠鏡を覗いてみる。するとそこには……
「……オリオン座なんて、見えないじゃねーか」
つまりはものの見事に騙されたというわけだ。
……ったく。いつまで経っても子供みたいな悪戯をしやがって。俺たちはもう、中学生なんだぞ?
一言文句を言ってやらないと気が済まない。しかし俺が望遠鏡から離れる前に、美織は耳元でこう囁いてきた。
「……好き」
バッと美織の顔を見ると、暗がりの中でもはっきりとわかるくらい頬を赤らめている。
その表情は、満点の星空よりも綺麗に思えて。
こうして俺たちは、従姉妹から恋人同士になった。
◇
――現在。
祖父の自宅に到着した俺たち家族は、祖父と美織の家族と挨拶を交わす。
……美織の奴、今年も一段と可愛くなっているな。こんな素敵な女の子が俺の彼女なんだと思うと、なんだか誇らしくなってくる。
俺と美織は母さんに頼まれて、夕食の買い出しに行くことになった。
近所のスーパーへ向かう道中、周囲に知り合いはいない。
それを良いことに、俺たちは手を繋いだ。
「洋の手、また大きくなってるわね。頼もしさが増したわ」
「お前こそ、大きくなったんじゃないか?」
「……どこ見て言ってるのよ? エッチ」
「ごめんごめん。……去年よりも魅力が増したって、伝えたくてさ」
「……そっか」
悪態をついていたのが一転、俺に褒められて美織は照れていた。
「私たち、付き合って何年になるっけ?」
「お前に告白されたのが中2の時だから……4年になるのか」
「4年、か。遠距離恋愛の割に、結構続いている方だよね」
「それについては同意する。……美織はこの4年間、告白されたこととかないのか?」
美織みたいに可愛い女の子なら、同級生どころか先輩後輩、他校の男子生徒から告白されることもあるだろう。
その中には、俺なんかよりずっとカッコ良い男もいるわけで。それでも俺と付き合ってくれているのが、不思議で仕方なかった。
「沢山あるわよ。OKしたことは、一度もないけど」
「みんな美織の眼鏡にかなわなかったわけか」
「うーん。というより、洋のことが好きすぎるだけかしら」
……っ。この女は、そういうことを恥ずかしげもなく言う奴なんだよな。
まぁ、嬉しいんだけど。
「……あっ、オリオン座」
空を見上げながら、美織は言う。
「またその嘘かよ。オリオン座は夏には見えない。まだ昼だから、そもそも星が見えない」
「そんなことないって。ほら、騙されたと思って見てみなさいよ」
「……わかったよ」
俺は渋々空を見上げる。オリオン座なんて、ありはしない。
「ったく。もう18歳なんだから、こんなくだらない嘘はーー!」」
美織の方を向いた途端、彼女がいきなり俺にキスをしてきた。
「美織……」
「そう。私たちは、もう18歳なのよ。結婚出来る年齢なのよ。だから……私を洋のお嫁さんにして下さい」
話を聞くと、美織は東京の大学を受験するらしい。
もしこっちの大学に通うことになったら、その時は年に一回ではなく、毎日のように彼女と過ごすことにしよう。