予期せぬ来客
お父様がぼやいていると、外が騒がしくなってきた。
窓の外を見ると、ダンプド公爵様がいらっしゃったようだ。
「よりによってこんなタイミングで!」
外の騒ぎに気がついたお父様は、水をガブ飲みすると出迎えに行くためにジャケットを羽織った。
お父様について行くと、既にダンプド公爵はサロンに案内された後だったようでそちらに向かった。
サロンにはダンプド公爵様がゆったりと座っていた。
その後ろには、侍女が控えている。ダンプド公爵様付きの侍女のようだ。
年齢的には20代後半くらいかしら?
「グリーグ子爵、先触れも出さず申し訳ない。今日からしばらくアンネッテ嬢の安全のため、直接護衛をつける。」
お父様はポカンとした顔をして、
「はぁ」
と間の抜けた返事をした。
「ここにいる侍女のオリアーナは、こう見えてかなり優秀な護衛だ。当面はオリアーナがアンネッテ嬢の護衛になる。
アンネッテ嬢は今後のためにもオリアーナに慣れてくれると嬉しい。質問はあるかな?」
私は小さく手を挙げた。
「なんだね?アンネッテ嬢」
ダンプド公爵様はこちらを見て威厳たっぷりに微笑んだ。
「あのー。騎士になるつもりの私に護衛は必要でしょうか?自分で自分の身は守れます」
騎士団への入団が決まっているのに、新人騎士に護衛がつくなんて、なんともおかしい話だと思う。
「アンネッテ嬢。これから君が配属されるのはかなりの重要部署だ。今のところ、君以上の適任は見つけられない。だから、今は君を危険に晒すわけにはいかないのだよ」
わかったようなわからない事を言った後、ダンプド公爵は帰って行った。
1人残されたオリアーナは隙のないメイド服を着た女性だった。
新しい客人が長期滞在する事になるので、両親と私と弟でもてなしをする事にした。
しかしオリアーナを客人としてもてなそうとしたがオリアーナはそれを断った。
「当面はアンネッテ様の侍女兼護衛として仕えさせて頂きますのでよろしくお願いいたします」
そう言ってオリアーナはさっそく侍女として働こうとするので、それを両親が止めた。
「護衛の方を侍女と同じ扱いは出来ません。普通、護衛は屋敷内では自由に過ごすものなのに、侍女の役割までさせられませんよ。あくまで我が家の客人です」
父は困った声を出して、もてなしをさせて欲しいとお願いしている。
メイド服を着た若い女性に『もてなしをさせてほしい』とお願いしている両親。
この様子がおかしくて私と弟は吹き出しそうになるのを我慢するのが精一杯だ。
その時、またしても先触のないお客様の到着があったようだ。
サロンの窓からから玄関を見ると、アンデル侯爵様とレオン様が立っていた。
お父様が対処しようとエントランスに向かおうとしたが、オリアーナが遮った。
「グリーグ子爵家の方は、二階の階段の隅から眺めていてください。
絶対に出てこないでくださいね」
そう言うと、エントランスに向かった。
2人は案内されていないのにズカズカとエントランスに入ると、そこにあるソファーに勝手に腰掛けた。
その後ろには、ツンとした横柄な侍従が2人控えている。
「いらっしゃいませ。今日は先触れは受け取っておりませんので、失礼ですがお名前を伺ってもよろしいですか?」
オリアーナは深々と頭を下げて挨拶をした。
「私達を知らないのか?なら他のメイドを呼べ」
アンデル侯爵は横柄な態度で命令した。
「申し訳ございませんが、本日は既に分刻みの予約が入っておりまして、誰も応対できるものがおりませんので、もしも別の者も対応を望まれるなら、来月以降のご予約をお願いいたします。
そこまでは誰も予定が空いておりません」
今日も明日も何の予約もないけど、オリアーナはしれっと相手を牽制した。
その言葉を聞いたアンデル侯爵とレオン様はあからさまにイライラした様子を見せた。
「アンデル侯爵が来たと言えばわかる。要件はこれだ」
そして、おもむろに書類をテーブルに置いた。
「こちらの書類と言いますと?」
オリアーナは相変わらず表情を崩さない。
二階の階段の隅からオペラグラスを使って眺めている私達4人はハラハラしながら物音を立てないようにした。
「見ての通り婚約書だ。何故私達が損を被るのか理解できない。アンネッテ嬢は他に嫁ぎ先など見つけられるはずないのだから、我が家に嫁ぐ事を改めて認めてやろう。だからここにサインをすればいい」
レオン様が一方的に婚約破棄をしたので婚約は白紙になったのに、アンデル侯爵は何を考えているのか。
しかも上から目線で……。
するとオリアーナは書類を一瞥して、エントランス横に置いてある先程、我が家に来た際に持ってきた書類鞄を開けた。
鞄から、数枚の書類を出して、
「お嬢様とお見合いのご希望でしたら……30番目になりますので、最短でも半年後です。
ご予約されていきますか?」
オリアーナは相変わらず無表情で聞いた。
「何の冗談だ!」
レオン様は鼻で笑ったが、オリアーナは全く反応しない。
「今、お嬢様にはダンプド公爵様を通じて沢山のお見合いの話が来ております」
オリアーナの言葉にアンデル侯爵はバカにしたように笑った。
「娘の持参金目当てで沢山の婚約話が来てるのか!フン、貧乏貴族ばかりだろうよ」
自分達の事は棚に上げて、相変わらずの態度を取っている。
「お見合い相手はどなたなのか、守秘義務があって申せませんが、数名の方は持参金は不要の上、お嬢様専用のマナーハウスを準備してくれるとおっしゃっていると聞いております。
……それより好条件を提示頂きますと、お見合いの順番が10番目になります」
オリアーナはサラッと言ってのけた。
「それでも10番?1番から9番はどんな相手なんだ!」
アンデル侯爵のイライラは募るばかりだ。
「国内外問わず、血筋のはっきりした資金力が潤沢な高位貴族のご子息になりますね。
ですので、お嬢様に何かあったら」
そこまで抑揚のないゆったりしたペースで説明していたオリアーナが、あっという間に動いた。
目視できないほどのスピードで動いたようで、気がつくと、短剣を持って数メートル離れた2人の喉元に短剣の刃をあてていた。
「ダンプド公爵様から何を言われるかわかりませんよ。気がついた時には、お家ごと抹殺される可能性だってあるかもしれません」
オリアーナの言葉に、アンデル侯爵とレオン様は動けなかった。
「っわかった……」
アンデル侯爵から絞り出すような返事が聞こえると、オリアーナは元の位置に戻り、先程と同じように、ただ立っているメイドになっていた。
……短剣はどこから出てきてどこにしまったのか……
それとも夢?
緊張と恐怖で全く動けないアンデル侯爵とレオン様にオリアーナは、うっすら微笑んだ。
「では。お帰りはこちらでございます。次回は必ずご予約をお願いいたします」
エントランスの扉を開き、2人が立ち上がるのを待っているオリアーナからは『早く帰れ』のオーラが出ている。
その殺気に押されて、アンデル侯爵家の2人の侍従は腰が抜けた主人を引きずるようにして屋敷を後にした。




