婚約破棄の証人
本日2回目の投稿となります
「このような公の場で婚約破棄とは!」
後ろから声がして、振り返ると、そこにいたのは髭を蓄えた背の高い男性だった。
その後ろには複数の男性がダンプド公爵様を中心に歩いてきていた。
それに気が付いたアンデル侯爵様は、貴族の礼をした。
「これは、皆様お揃いで、ポロが終わったのですか?」
先程からのやりとりのせいですっかり顔がこわばってしまったアンデル侯爵様は、一呼吸するとそう言った。
「このような公の場所で貴殿のご子息は大変な事を宣言しましたな」
ダンプド様は質問には答えずに、アンデル侯爵様に向かって話しかけた。
グラファント夫人から教わった勉強内容によると、侯爵家でも序列があり、末席の侯爵家よりも、建国当時からの伯爵家の方が発言力があるなど暗黙の秩序があるらしい。
アンデル侯爵家はあまり立場が強くないのかもしれない。
「我が愚息の発言は本心からではございません」
冷や汗をかきながらアンデル侯爵様は言い訳をしてレオン様を見た。
「そうであろう?レオン!」
同意を求められたレオン様は毅然とした態度で、アンデル侯爵様を見た。
「父上、何を言っているのです?こんな婚約は形ばかりで、結婚さえしてしまえば好きにしてもよいと父上は言っていたではありませんか!
そもそも形ばかりのものなら破棄してもいいではありませんか」
話が通じないレオン様を見て、アンデル侯爵様の顔色は悪くなっていく。
先ほどの髭を蓄えた男性が一歩前に出て口を開いた。
「たまたま偶然、ダンプド公爵様、それからシームズ司教様がここにいらっしゃる。お二人が証人となって手続きをしてしまいましょう」
その言葉をうけて、
「レオン様の意思は硬いと見た。
この場をもって正式な婚約破棄という事で受理する。アンデル侯爵子息、それからグリーグ子爵令嬢、2人とも異議はありませんな?」
と司祭様であろう方が言った。
こんなに簡単に破棄できるとは思っていなかったので、すごく驚いたけど破棄するなら早くしたいので私は頷いた。
レオン様も嬉しそうに頷き、周りの女性達ははしゃいでいる。
「では、これをもって婚約を破棄を受理する」
シームズ司祭様は宣言をした。
その宣言で、アンデス侯爵の顔色は更に悪くなった。
「確か…この縁談をまとめたのはニドムス伯爵でしたな。理由はアンデル侯爵家の資金難で、グリーグ子爵家からの資金援助を受ける代わりに、グリーグ子爵令嬢とアンデル侯爵令息の縁談を勧めたと聞いておりますが…間違いありませんか?」
シームズ司祭様は、私たちの方を見て質問してきた。
「はい。間違いありません」
お父様の返事を聞いたシームズ司祭様は、神妙な顔で腕組みをした。
「では、この婚約破棄については、形ばかりの婚約を破棄したいというアンデル侯爵子息の意向での破棄で間違いないですね?」
シームズ司祭様は私を怖がらせないように優しく質問をしてくれた。
「はい間違いありません」
私はゆっくりと断言した。
こんなに意向を確認されるものかと思うけど、致し方のない事だと思う。
そして、チラッとレオン様を見たが、レオン様は当然だという表情をしている。
「ところで…アンデル侯爵子息を取り囲んでいるお嬢さん方は?」
シームズ司祭様の問いかけに1人の女性が微笑んで、
「私達は、レオン様のファンクラブで、毎週末レオン様のお友達も交えて観劇に出かけたり、遠乗りに出かけたりしております」
そう答えた。
「では、グリーグ子爵令嬢とは婚約者としての交流もほとんど無かったわけだね?」
司祭様の問いかけにレオン様は、
「もちろんだ。形ばかりの婚約者と交流を持つ意味があるとは思えない」
可愛らしい女性の髪を撫でながら言った。
その返事を聞いてダンプド公爵は口を開いた。
「わかった。ここにいるすべての者が婚約破棄の証人となった。
後日、アンデル侯爵家とグリーグ子爵家に貴族院から婚約解消完了の証書が届くだろう。
なお、凡例に則り、貴族院からの仲裁結論が付く。
そして、もしも婚約破棄の取り消しを願う場合は、アンネッテ・グリーグ子爵令嬢からのみ申立が可能となる。
それでは、私達はいくとしよう」
そう言うと、ダンプド公爵様を中心とした一団はローズガーデンの奥にある大きなマナーハウスに入っていった。
「仲裁結論か。それは格下の子爵令嬢と婚約させられていた慰謝料が私の元に入るのだろう。早くこうすればよかったんだ」
レオン様は楽しそうに女性達を見つめた。
「それでは」
お父様はそれだけを言い、私の腕を掴むとアンデル侯爵の返事を聞かずに急いで立ち去った。
「目が合わないように前だけ見るんだ」
お父様は私の耳元でそれだけを言うと、後は無言のまま早足でローズガーデンを後にした。