次の生き方
今日は一気に複数話投稿していきますので、順番を間違えないように読んでください。
こちらは3回目の投稿です
半年後。
私は、昼は花屋で店番をして、夜は食堂の給仕をしていた。
王都を出た日から、新聞も何も読まずにここまで来た。
自分が指名手配されているのか知りたい気持ちがあったが、それ以上に王室に纏わるニュースを見たくなかった。
忙しくしていると気が紛れる。
幸いにも、アンネッテ・グリーグの素顔を知っている人はこの世で一握りだ。
両親と、領民と、グラファント夫妻。そして、オリアーナ。
この街は領地とは遠いし、王都からも遠い。
だから、私はただのアンネッテとして平穏に暮らしている。
花屋の常連のお婆ちゃんや、どこかのお屋敷のメイドさんとも仲良くやっているし、食堂の常連さん達とも仲良くやっている。
たまに飲みに誘われる事があるけど、あれ以来お酒は飲まない事にしていた。
そんなある日の事だった。
この日はお昼から食堂の仕事をしていた。
「明日は、年に一度の大規模演習の日だよ。複数の領地から私設騎士団や軍人さんが集まって演習をする日だから、今晩から街は賑やかになるよ」
食堂のおかみさんがそう言った。
「へえ!演習なんてあるんですか!」
「アンネ、帰り道、酔った騎士さんや軍人さん達が多数出歩いているから気をつけないと」
おかみさんの言葉に常連さん達が心配してくれる。
「アンネちゃん、酔った軍人さんを相手にしたらひとたまりもないから、今日は夜の給仕をやめて帰りなよ」
といつも来る大工のおじさんが言う。
「そうだよ、なんならワシが代わりに働くよ」
ランチを食べに来るお爺ちゃんが言った。
「あんたらが代わりに働いたんじゃ、皿が何枚あっても足りないよ」
そう言っておかみさんが笑っていると、早々と到着したであろう騎士さんや軍人さん達が食堂に入ってきた。
……もしかして王都の騎士団も来るのかしら?
でも、私の素顔を知る広域課からは誰も来ないよね。
例えブラウン団長に会っても、私はシェリルではないからわからないわね。
悪い想像が頭を巡ったけど、そんなわけはないと打ち消した。
「アンネ、注文を聞いてきて」
おかみさんの指示で、ゾロゾロと入ってきた人達の注文を聞きに来たら、なんとそこにレオン様がいた!
でも、レオン様はこれまでの人生で数回しか会った事がない上に私の素顔を知らないから安心して注文を聞こうと気を取り直した。
レオン様は1番下の階級のようだった。
席に近づいて行くと話している内容が聞こえて来た。
「おい、レオン。ちゃんと荷物の点検はしたか?お前はラクをしたがって、この前も休憩地点にわざと荷物を忘れただろう?」
「はい。着替えはバッチリ持ってきました」
「お前バカか?それは普段着じゃないか!今回はお前達、下級兵は最前線に行くんだぞ?演習とはいえ、他所の部隊と本気でぶつかるんだ。防護服を持って来てないなら、大怪我は避けられないぞ?」
「演習ですよね?実践ではないから心配してませんよ」
「バカなのか?腕の一本や二本折るだけでは済まされないんだぞ?それにわざと装備を持たず怪我しても、補償の対象にはならない。お前、怪我して休んでも給料が出ないし、除隊してもお金は出ない上に、怪我した体じゃ仕事もないぞ」
上司とみられる男性は、一生懸命に説明しているがレオン様には全く響いていない。
「大丈夫です。女性に養ってもらいます」
レオン様はそう言ってから、たまたま注文を聞こうとしていた私の方を向いた。
「ねえ、君。僕の物にならない?」
あまりにバカらしくて冷めた目でレオン様を見る。
私が誰だかまずわかっちゃいない。
「嫌です。こんな大した顔でもない、経済力も無さそうな男」
そう言ってため息を吐いてから、
「ご注文は?」
と聞いたら、レオン様の上司は頭を抱えながら、全員分のランチの注文をした。
私の後ろ姿を見ながら、上司の人の言葉が聞こえた。
「いい女の反応はみんな同じだろ?お前はいつもそうやって誰にも相手にされないじゃないか」
「何故だ?俺は侯爵家だったんだ」
レオン様は捲し立てる。
「はいはい。もう没落したじゃないか」
同僚らしき人の声が聞こえた。
厨房に戻る時に、常連さん達がニヤッと笑って私をみた。
「やっぱりアンネちゃんはスパッと言って。いいねぇ。うちの息子の嫁にどうだい?」
「嫌ですよ。私は誰とも結婚しません」
私は笑って今聞いた注文を伝える。
あんな人と長い間婚約してたなんて誰にも言いたくはない。
私は本当に婚約を解消できてよかったとレオン様を見て思った。
こんなに魅力のない人、ある意味では他に知らない。
私は鼻を鳴らした。
ランチの時間が終わると、おかみさんは、危ないから夜は出歩かないように、と言って帰してくれた。
「明日も一泊する部隊がいるが、上層部も一泊して行くからね、、明日は羽目を外す人はいないんだけど、今日は偉い人達がまだいないから、好き勝手する輩がいるんだよ」
と言っていた。
急に暇になったので、ショッピングをしながらゆっくり帰る事にした。
お店のガラスが反射して自分の顔が写る。
長い銀髪を高い位置でまとめている自分の姿が見えた。
久しぶりに干し肉が食べたくなって、少しだけ買って帰る。
庶民には高価な食べ物で、王城を出たあの日以来、口にはしていない。
今はおかみさんの口添えで、一人暮らしのお婆ちゃんの家の一部屋を間借りさせてもらっている。
「あら、アンネちゃん。早かったわね」
お婆ちゃんが声をかけてくれた。
「今日は軍人さんや騎士さんが沢山来るし、夜は危ないからって帰るように言われたの」
私の返事を聞いたお婆ちゃんはフフフと笑った。
「アンネちゃんは美人だし、スタイルもいいからね。こんな可愛い子、一人で歩かせられないわね」
その返事に私は笑う。
部屋に入って、小さなクローゼットを開けて、手前にある荷物を退かした。そこには、あの逃げ出した日の靴と鞄が置いてあった。
あの時、ドレスは売ったけど、鞄は広域課に入ってはじめてのお給料で買った物だったし、靴は……皇太子殿下から贈られた物だったので、売る事も捨てる事も出来なかった。
鞄に付けてある木彫りの猫を手に取る。
もうお酒は飲まないって決めているから、葡萄ジュースを飲みながら干し肉を食べた。
シェリルとして履いていたハイヒールは本当に上品で高価な物だ。
今、庶民として履いている靴とは大違い。
宝石のような靴を眺めながら、シェリルとして過ごした日々を思い出した。
こんなに感傷的になるなんて信じられない。
あの皇太子殿下が私の指先にキスをした事や、一緒に馬に乗ったり、ダンスをしたり……。
あの日から一切思い出さないようにしていたのに、何故だか気持ちが溢れ出して、涙が流れた。
初めから手の届かない、憧れの日々を過ごせたんだ。
泣きながら寝てしまったのだろう。
気がついたら朝になっていた。
もう一度、クローゼットの荷物を元の位置に戻して、靴と鞄を隠す。




