してはいけない間違い
今日は一気に複数話投稿していきますので、順番を間違えないように読んでください。
こちらは2回目の投稿です
国王陛下が公務に復帰した日だった。
エルドレッド殿下は喜んでお祝いをしよう、と言った。
国王陛下がリハビリをしながらでも日常生活を送れるようになった事は、エルドレッド殿下の心の支えになったようだ。
いつものように殿下の部屋に行くとシャンパンが準備してあった。
「さあ、お祝いだ!」
そう言って立ち上がると、私の手を取り踊り出した。
「エル、ご機嫌ですね」
「ああ!今日は本当にめでたい」
私達は踊りながらシャンパンを飲んだ。
この日はいつになく上機嫌で、普段なら、ワインを一杯しか飲まないのに、シャンパンを1瓶開けたところまでは記憶にある。
「うーん眩しい……」
目が覚めると、殿下の膝に頭を乗せて寝ていた。
頭痛い……。
昨日、いつの間にか寝てしまったんだ。
テーブルの上には2本の空のシャンパンの瓶と、干し肉やナッツを食べた残りが置いてあった。
殿下は、私の頭を膝に乗せて、ソファーで寝落ちしていた。
今何時?
時計を見て、一気に目が覚めた!
「エル!エル!起きてよ!」
殿下を揺さぶって起こす。
すると、あくびをしながらゆっくりと起きた。
時計を見ると、朝6時半。まだギリギリでメイドは来ていないはず。
「ヤバいです。エル!もう朝です!私、すぐ部屋に戻ります」
そう言って急いで部屋に戻ったが……遅かった。
朝の水差しが、誰も寝た形跡のない私のベッドの横に置かれていた。
終わった……。
終わってしまった。
これで私は、もう普通の結婚は望めない。
もう、何もなかったと言ったとしても誰にも信じてもらえないだろう。
泣きたい気持ちを我慢する。
自分の不注意だ。
でも、考えを改める。
結婚していたオリアーナだって白い結婚だった。
だったらいいじゃないのか?
シェリルはここにいる時だけの名前で、本当はアンネッテだ。
もしかしたら、ビアンカ様や広域課の方は私と皇太子殿下に何もなかったと言っても信じてもらえないかもしれない。
でも、本当に何もなかった。
後ろめたい事などない。
私は自室のソファーに腰掛けた。
頭をクリアにするためにお水を飲む。
昨日のシャンパンが残っていて少し頭が痛いけど、姿勢を正した。
朝の着替えの為にメイド達が入ってきた。
なんとも言えない雰囲気の中、いつも通り着替えて朝食へと向かうと、項垂れている皇太子殿下がいた。
「昨日は本当にすまない。責任を取らせてほしい」
何を言い出すのよ、人前で。
普通にしてくれればいいじゃない。
私は焦って挙動不審になる。
「ななな何を言うんですか?責任を取ってもらう事なんて何もありません」
と言い返したけど、まだ項垂れている。
この皇太子殿下の態度。
まるで何かあったみたいじゃない!
私の顔は引き攣る。
「昨晩過ごした事だ。シェリル、責任を取って結婚してほしい」
エルドレッド殿下は、膝を突き、私の手を取った。
「はぁ?何を……。お酒を飲んで寝落ちしたくらいで責任なんて取ってもらわなくて大丈夫です」
そんな私の態度に、居合わせたメイド達は気まずそうにしている。
それもそうだ。
皇太子殿下の恋人だと思っていた女性が求婚されて断っているのだから。
でも、一言も『好き』とか『愛してる』とか『君が必要だ』とか言われていない。
……そう言われてないから。
だから、私はこんなに断っているのかな?
逆を言うと、好きと言ってほしいと思っている?
そんな気持ちに求婚された今気がついてしまった。
私はエルドレッド殿下に『好きだ』って言ってほしいんだ。
責任感だけの求婚なんていらない。
「君はこれから先、色々な事を言われてしまう。だから、観念して私と結婚するしかないんだよ。残念ながら決定事項だよ」
エルドレッド殿下は低い声でそう言った。
義務的な求婚しかしない殿下に対して泣きたい気持ちでいっぱいだけど、今は我慢。
むしろ絶対に泣かない……。
求婚されたのに片思いなんて可笑しくて泣きたい。
晩餐会で毒を飲んだのは、国王陛下のためっていう大義名分があったんだけど、でもそれだけでは実行できなかった。
私はエルドレッド殿下が好きだったから、あんな無謀な計画を立てたんだ。
そんな事にも、今ようやっと気が付けた。
自分はなんて鈍感なんだろう。
レオン様の事があったから、誰かを好きだと自覚するのが怖くて気がつかないふりをしていただけなんだ……。
自分がバカすぎて嫌になる。
ここで『わかりました』と言えないのは自分に自信がないから。
王族は第五王妃まで迎えられる。
たとえ私と結婚しても、それは義務的な婚姻で、いつかほかに愛する人を王妃に迎えるだろう。
それを耐えられるかな?
嫌、私には無理だろう。
この嫌な雰囲気の中、私は自室に戻ったが、皇太子殿下は追いかけては来なかった。
当然……よね。
義務で求婚したんだもの。
任務として受け入れたシェリルという外見を改めて鏡で見た。
本来の私とは違う、シャンパンゴールドの髪。
愛らしく見えるように行なっているメイク。
何もかも、自分で決めた外見ではない。
シェリルとして生きていくつもりは無い。
私はアンネッテだ。
広域課には辞表を出そう。
広域課で決められた三つ編みの銀髪に、メガネをかけた姿も本来の私と違うもの。
私は私でいたい。
今日は皇太子殿下は公務に行くはず。
私は、殿下が出かけた時間を見計らって、ビアンカ様のお屋敷に戻りますと、メイドに伝えて馬車を用意してもらった。
しかし、ビアンカ様の元には戻らず、実家にも戻らない決意をしていた。
機密事項を知っている私は下手をすれば指名手配だ。
広域課の辞表を皇太子殿下の自室の机の上に置いた。
いつの頃から、このドアの鍵を掛けなくなっていたんだろう?
当たり前に毎日この部屋で二人で過ごしていた事自体が私には手の届かない夢だったのに。
アンネッテである私はしがない子爵令嬢。
少し、夢を見過ぎていた。
たかが子爵令嬢で、皇太子殿下に求婚された事自体があり得ない事だった。
それなのに、好きと言ってほしいなんて。
思い上がりも甚だしい。
そう自分を律した。
もうシェリルはいない。
そう思って用意してもらった馬車に乗った。
この後、私は買い物がしたいと御者にお願いをしてドレスショップの前で停めてもらった。
ドレスショップのメイクルームを借りるフリをして裏口から出て、そのまま古着屋に入り、着ているドレスを売って古着のドレスを買った。
そして安いスカーフを2枚買って頭から被り、外に出る。
残りの一枚は、鞄の柄を隠すように巻いた。
売ったドレスは広域課で用意してもらったドレスの中でもかなり高い部類に入る。
売ったお金は、私のここまでのお給料と退職金だと思ってありがたく頂いた。
一度に持ち物を全部売るわけにはいかない。
おかしい人だと思われる可能性があり、警ら隊を呼ばれても困る。
次は靴屋に入り、安くて歩きやすい靴を買った。
自分の靴は袋に入れてもらった。
この靴も売れば多分高いだろう。
それから、乗合馬車の切符を買った。
グラファント先生から地理を教わっていたおかげで、どこの街を目指すのかすぐに決まった。
王都から乗合馬車で半日かかる都市を目指す事にしたのだ。
小さい街だと仕事がない。
大きな街を目指さないと、一人で生きていくには大変だもの。
諜報員になった時点で、自分はもう家には戻れないのかもしれないと薄々感じていた。
でも、その日がこんなに早く来るとは思っていなかった。
わがままな話だが、もう名前は偽りたくない。
自分の外見も偽りたくはない。
ただ、自分らしく生きていきたいが、残念ながらグリーグ子爵令嬢としては生きられない。
その事を胸に刻んで、私は乗合馬車に乗った。




