偽装工作
そして、ファブリック店に寄った。
ファブリック店では、ブラウン団長が前国王陛下のゆかりの便箋や封筒などを見せてもらう。
ゆかりのデザインは複数あった。
その中に。先日ダンプド公爵が持っていた、あの天気の事ばかり書かれた手紙と同じ便箋もある!
「これはもう納品はしていないのか?」
皇太子殿下が質問した。
「いえ。ここにある全ての品は今もご利用頂いておりますので、それぞれゆかりの地に今も納品しております」
問題の便箋の納品先をそれとなく聞くと、驚いた事に二箇所に納品されていた!
「どちらにも、病気の女性がいるというデスタン侯爵未亡人ゆかりのお屋敷です」
ブラウン団長は小さな声でつぶやいた。
「もしよかったら皇太子殿下も、オリジナルをお作りしますか?」
皇太子殿下のお立場として確かに必要な物ではあるので、渋々ファブリックを注文していた。
店を出て、さらにゆっくりと貴族の住宅街を散策して歩く。
昨日オリアーナが入って行った前国王陛下ゆかりのお屋敷へと向かう。
こうやって沢山の人がゾロゾロとついてくると、多分オリアーナも断れないだろう。
これがブラウン団長の狙いだったのね!
さすが、第二騎士団団長。よくわかっている。
この作戦は私では思いつかなかった。
ゆっくり歩いて問題のお屋敷に着いた。
オリアーナにどんな顔をしていいかわからないから、息を呑んで笑顔を作る。
呼び鈴を鳴らすと、オリアーナが出てきた。
いつものように抑揚のない対応で初めは中に入れようとはしてくれなかったが、後ろに控える観衆からブーイングが起こった。
仕方なく、オリアーナは中に入れてくれたが、屋敷内の様子がおかしい。
他に人がいない……。
メイドも執事も誰も、本当にいない。
ブラウン団長も皇太子殿下もその事に即座に気がついたようだ。
「オリアーナ。久しぶりだね。何故、この屋敷は誰もいない?噂では、中年の執事が取り仕切っていると聞いていたが」
皇太子殿下の質問にオリアーナは何も答えない。
「君の任務が何かは知らない。ただ、誰に忠誠を誓うのが騎士道なんだ?正義を持って行動するのが騎士団の本質ではないのか?私は今、母である第一王妃を探している。だから知っていることは教えてほしい」
オリアーナは無言でこちらを見た。
それからしばらくして、王室の馬車がやってきて4人を乗せてブラウン団長のお屋敷に向かった。
ゾロゾロと後をついてきていたギャラリー達は、4人が馬車で帰って行ったので、なんとなく皆いなくなったが、その直後、裏口から馬に跨った二人の使用人が出て行った事には誰も気が付かなかった。
それは金髪のウィッグを外し使用人の服を着た黒髪の短髪姿となった皇太子殿下と、同じく使用人の服を着て頭にスカーフを巻いたシェリルだった。
お屋敷から馬車に乗ったのは、ブラウン団長とベアトリス、そしてシェリルに変装したオリアーナだ。
皇太子殿下については、この屋敷に置いてある複数の使用人がいるように見せかけるための等身大の男性模型に皇太子殿下の服を着せた。
そして、シェリルの服を着たオリアーナがまるで仲睦まじく歩いているように持ち上げながら馬車に乗ったのだ。
御者にもバレないように、人形に先程買った帽子を被せ、皆で楽しく笑い合いながら何とか乗り込んだ。
その頃、私と皇太子殿下は、私達が偽物だとバレた時に、『趣味の悪い遊び』として皆の前に出ていくために様子を見ていた。
でも、御者にもバレてはいない。
少し安堵して、次の目的地へと進む。
少しでも早く到着するために、それぞれ馬に乗って先を急ぐ。幸いにも、馬車を引く馬が厩舎に2頭いたため、それに乗って行く事にした。
「あの人形、皇太子殿下に擬態できてましたね」
「だから、エルドレット!何で名前で呼んでも良いと言っているのに呼ばないんだ」
「えー?だって私は毒見係ですよ。なかなかお名前でお呼びするのは恐れ多いです。……エルドレット殿下」
「わかればいい。急ぐから置いていかれるなよ」
「大丈夫です。こう見えて私、騎士団員ですよ」
貴族街を抜け、高台へと向かう。
木々の間を登っていくと、あの前国王陛下ゆかりの便箋のもう一箇所の納品先であるお屋敷に到着した。
外観を見て驚いたが、お屋敷というより、お城だった。
夜は灯台の役割も兼ねているのか、塔が見える。
私は使用人の服装を正し、オリアーナに見えるように立つ。
オリアーナの立ち居振る舞いはずっと見てきたから、きっと真似できる。
唯一、髪の色は変えることができないからスカーフで隠した。これで、どこからどう見てもオリアーナだ。
深呼吸をしてから呼び鈴を押した。
今は私は一人だ。
エルドレット殿下は森の中で様子を伺っている。
「何か用があったのか?」
中から男性が出てきた。
「貴方には話せない。困った事になった」
私はオリアーナに似せた少し低い抑揚のない声で返事をする。
「ちょっと待ってろ」
入り口の男性は舌打ちをして、中に人を呼びに行った。
私は殿下を急いで手招きした。
エルドレット殿下が側に来ると、すかさず殿下の肩に足をかけて跳び上がり、門を乗り越えて、中から鍵を開ける。
「さすが!」
エルドレット殿下は私の素早い動きを見て、楽しそうにそう言いながら、中に入った。
そして入れ違いで私はまた、戻いた門の外に戻る。
これで、殿下が侵入した事は完全犯罪でわからない。
侍従が戻っても、私はまだ鍵の掛かった門の外に立っている状態だ。
「殿下は隠れてください。私はオリアーナとして中に入れてもらって、どこに何があるのか、誰がいるのか見てきます。
これだけ広い建物だと、迷子になって捕まるのがオチです」
私の言葉にエルドレット殿下は頷き、敷地内の樹木の影に隠れた。
しばらくして、侍従が戻ってきた。
「入れ」
そう言われて、門を開けてもらう。
馬を、柵のそばにある簡単な厩舎につなぎ、私は案内されて室内に入った。
室内、沢山のメイドや侍従が働いており活気に満ちている……。
本当にこんな所に、第一王妃が軟禁されているのかな?
どこからどう見ても、普通の屋敷だ。
室内の奥へと進み、執事のいる執務室へと案内される。
「オリアーナ。こんなところまで来るとは珍しい。何かあったのか?」
そう聞いてきたのは、執事の格好をした知らない男性だった。
「これを」
私はあのファブリック店で貰ってきた、問題の便箋を出した。
「? これがどうかしたか?」
この執事はこの便箋の意味に気がついてないのかな?
「この便箋を見た皇太子殿下が、本日、タウンハウスを訪問されました」
「何故この便箋ごときで?」
「……わからないなら、わかる人を呼んできてください」
私はオリアーナの真似をして、強気に出る。
執事は便箋を受け取ると、私を睨みつけてどこかへ行ってしまった。
しばらく待っていると別の人物がやってきた。
だが、またしても執事の格好をした中年の男性だった。




