昇格したようです
本日2回目の投稿です
「旦那達、今日は決まってるね。特に、団長様。今日は一段と胡散臭いなぁ。ハハハ」
情報屋が御者を務めており、今から乗せるのが皇太子殿下だと気がついてないようで、ブラウン団長の潜入捜査の一環だと思っているようだ。
「今日も頼むよ。チップは弾むからな」
団長は御者に話しかけると、まかしとけと胸を叩いた。
「これはここにいる情報屋の男性から、廃業した不動産屋の馬車を借りました」
「それは高くつくな」
皇太子殿下は驚いた顔をした。
「そうですね。情報屋へのお礼はたっぷりとしますよ。それより、今日の私はこの馬車に書いてある『ボラントス不動産のボラントス社長』ですよ」
人の良さそうなブラウン団長が楽しそうにそう言った。それに対して皇太子殿下は真面目な声を出した。
「情報屋へは私が負担するから心配は不要だ」
御者をしている情報屋はホクホク顔で馬車を出した。
「お願いなんですが。二人とも外国訛りの不自然な言葉を話してくださいね」
ブラウン団長の言いたい事がわかったので私たちは頷くと外を眺めた。
「……第一王妃が行方不明になったのはいつからですか?」
ブラウン団長が聞きにくそうに質問してきた。
「もう9ヶ月になる。ある日忽然と離宮から消えた。国王陛下が病に臥せって3年。そんな時に第一王妃がいなくなるなんて大事だ」
「確かに。それを公表はできませんね。でも騎士団が秘密裏に捜索にあたることもできたのでは?」
「私もそう思う。私は希望したが、阻止された」
「だから、ご自身で……。それは大変だったでしょう」
ブラウン団長の言葉に、皇太子殿下は何も答えなかった。
ちょっと派手なボラントス不動産の馬車は高級な住宅街へと入っていく。
そして、私達はそこで馬車を降りた。
「こちらの住宅街は中心部にすぐ行けますし、お庭も広く取れますよ」
ボラントス社長になりきったブラウン団長が説明して行く。
説明を聞きながら周りを見て歩く。
「ここは、かつて大司教様の邸宅でした。そしてこちらは、非公式ですが前国王陛下のお住まいだった時期があるようです」
そうブラウン団長は説明をする。
「貴方。すてぃきねえ。この家今はどーなてるの?」
二人で前国王陛下の縁ある不動産を見る。
当時と持ち主が変わっており、現在は中年の少し気難しい未亡人が住んでいると事前情報で教えてもらっていた。
中は見れない、そう思っていたのに、ブラウン団長は大胆にも、そのお屋敷の呼び鈴を押した。
メイドが出てくる。
「すいません。ボラントス不動産と申します。この辺りで、お屋敷のご売却意向がないか伺って回っているのですが。ご主人様にお話を伺えないでしょうか?それから。もしこの辺りで売りたい意向がある方がいれば教えて頂きたいのですが、あちらのご夫婦がこの辺りの物件を欲しがっていまして」
メイドは私達をチラッとみた。
「……はあ。一応主人に伝えてはみます」
しばらくして、またメイドが戻ってきた。ご主人様がお会いになるそうです。
サロンに通され、出てきたのはちょっと陰気な女性だった。
この変装した二人に興味があったのか、根掘り葉掘り聞いてくるが、皇太子殿下が片言の言葉で上手くかわしながら、この家を手に入れた時期などを書き出して行く。
「そのメイドは美しいわね。我が家で働かない?」
と、周辺の不動産事情を教える交換条件としてベアトリスを渡すように言われたが首を横に振った。
「このメイド、祖国からの。渡せない」
私は外国語訛りで断ると、売り家の話は無くなった。
そこで皇太子殿下は人好きのする笑顔でお願いをする。
「この家にレターセット、ある?手紙書きたい」
「まぁ!我が家のレターセットを?でも生憎、あまり手紙は書きませんの」
と言って汎用品が出てきた。
「ありがと。またこの辺で家探しているからよろしく」
そう挨拶をした後、私達は馬車へと戻った。
「あの女主人はこの屋敷が、前国王陛下のゆかりのものだって知らなかった。あそこは関係ない。このレターセットも、ダンプド公爵の持っていた物と違うし、他の気になる手紙のものとも違う」
そう言って、レターセットをカバンにしまった。
次の屋敷も空振りだった。
とうとう、最後の一軒になった。
馬車から降りて、先程と同様に、この辺りの不動産を見て回る為に通りを歩きながら立地条件を聞いて行く。
その時だった。
オリアーナの後ろ姿が遠くに見えた。歩き方でわかる。
そしてメイド服を着て歩いている。
「あれ、オリアーナです」
小声で呟くと皆はオリアーナをそっと見る。
「私が話を聞いてきます」
そう言ってブラウン団長はオリアーナの方にかけて行った。
私と皇太子殿下は顔がバレているので、周辺の家を指差しては仲睦まじく話をしているフリをする。
そして目隠しとしてベアトリスが立ち塞がってくれた。
小声で話しているふりをしながらオリアーナとブラウン団長の話に耳をそば立てる。
「こんにちは、お嬢さん。私はボラントス不動産と言います。他国からのお客様に不動産の紹介をしているのです。今、そちらにいるリモビッチ伯爵夫妻がこの辺りを気に入ったとのとこなのですが、売り家の情報が無くて。売却を迷っている貴族の方をご存知ありませんか?」
ブラウン団長の質問にオリアーナはいつもの抑揚のない声で答える。
「さあ。存じ上げません」
「お勤めのお屋敷のご主人様は、そう言った噂話などはご存知ありませんか?」
「さあ。私は存じ上げません」
「そうですか。申し訳ありませんでした」
同じ返事を繰り返して、オリアーナは数軒先の屋敷へと入っていった。
ブラウン団長は戻ってくると、笑顔のまま小声で困った声を出した。
「本当にそっけない方ですが、やはり前国王陛下のゆかりのお屋敷に入っていきました。ここは何としても突き止めたいですね。このまま、この辺りを散策しましょう」
「わかった」
そう皇太子殿下が返事をして辺りを散策する。
オリアーナの性格上、屋敷に入った後私達を監視するだろうから、日傘で顔を隠して、声色でバレないように小さな声で話す。
時折、若い夫役の皇太子殿下とブラウン団長が笑い声を上げて、楽しそうにしているのを装っていた。
オリアーナが中に入っていった屋敷の前を通る時、皇太子殿下は一瞬、鋭い視線で屋敷を観察した。
一見すると普通の高位貴族が住む普通の屋敷だ。
そこに、また別の屋敷からメイドが出てきた。
またブラウン団長が、この辺で売り物件はないかと話しかける。
運良く、そちらのメイドは家主にこの事を聞きに行ってくれた。
ここの家主は高齢の人好きのする女性で、屋敷に招待してくれた。
「まあまあまあ!異国からこの国への移住のご希望なんですか?」
「はい。リモビッチ家のルーツ、この国。是非、移住したく思ってます」
皇太子殿下は、新婚の若夫婦のように、私の手を両手で包み込み、視線を合わせる。
蕩けそうなその視線を演技だと受け止めないと、腰が砕けそうだけど、私も頑張って甘い視線で皇太子殿下をみた。
「わたしもさんさーいです。リモビッチ家のルーツに戻る事」
そう答えて、皇太子殿下の肩に頭を寄せる。
「異国の若い夫婦は情熱的だわね。残念ながら、この辺りは今、なかなか売り物件は無いのよ」
「ここに住んで長いんですか?」
ブラウン団長の質問に、女性は優雅に口元を押さえて笑う。
「そうね。もう50年かしら」
「リモビッチ伯爵夫妻がここに住みたいと考えているのは、この辺りにルーツがあるらしいのです。……何代か前の国王陛下が宿泊されたことがあると聞いているそうなんですよ」
ブラウン団長が核心の質問を始めた。
「あら!それならこの辺りにいくつかありますわ。そこは、2代前の国王陛下の幼馴染の邸宅だったとか。あちらは、3代前の国王陛下の乳母が住んでいたとか。あと、そちらに見える屋敷は先代国王が非公式で見えられた事があるわ」
未亡人は楽しそうに過去を思い出しているようだ。
「どこもずっと同じ方住んでて、売りに出ない?」
皇太子殿下が質問する。
「そうねー。そこの前国王陛下がお忍びでいらっしゃった屋敷は持ち主は変わっていないわね。しばらく空き家だったけど、いつの頃か中年の執事夫婦が取り仕切っていて、最近ではどなたかがお住まいになっているようだわ」
「執事夫婦はいつ頃から?」
「数年前ね。最近では、どなたかお住まいのようで忙しいのかしらね。お住まいの方は、体が弱いのかお姿は見かけないし、執事もあまり見かけないわ」
未亡人の話を聞いて皇太子殿下の雰囲気が変わった。
「色々、ありがとうございます。また、屋敷探します」
訛りの強い言葉で皇太子殿下はお礼を言うと、未亡人は笑って送り出してくれた。
馬車に戻ると、馬車の窓からそっと問題の屋敷を眺めた。
どの窓もカーテンが引いてあり中を窺い知ることはできない。
庭にも人影はない。
「多分、ここだ」
皇太子殿下が呟いた。
「オリアーナ様相手では、私は無理です。そっと侵入とかできません」
私の言葉に3人は驚いた。
「相手が違えばそっと侵入した?」
ブラウン団長が聞く。
「皇太子殿下がお望みなら。でも、オリアーナ様はすごく強くて絶対に敵いませんし、何の成果もなく不法侵入で捕まるのは嫌です。オリアーナ様は『デスタン侯爵未亡人』ですし、立場的にも敵いません。……もしやここってデスタン侯爵家、ゆかりのお屋敷ですか?」
私の返事にブラウン団長は考え込むように顎に手を当てた。
「そうですね。デスタン侯爵が亡くなった時、持ち主が有耶無耶になっていて、まだ亡くなったデスタン侯爵所有のままの状態です。デスタン侯爵未亡人とは、そんなにお強いのですか」
ブラウン団長の問いに頷くと、団長は少し考え込んだ。
「わかりました。では、作戦その2ですが……今日はもう夕方です。皇太子殿下、できればまたお時間を頂戴したいのですが」
「わかった。明日は公務など何もないから、時間を作ろう」
「では、皇太子殿下とシェリル嬢は、デートの装いで明日、また10時によろしくお願いします。街を散策するので、できれば護衛をつけてきてくださいね」
「…デートの装い。難しいことを言う。でも、お忍びではないんだな?」
「はい。ただ、少し散財していただく事になりますがよろしいですか?」
「構わない。明日は王室の馬車を迎えに寄越す。ブラウン団長の邸宅に馬車を向かわす」
「我が家に王室の馬車が来るとは!ありがたき幸せ!」
喜ぶブラウン団長に一旦、屋敷に戻ってもらい、朝と同じ服装に着替えてから送ってもらった。
帰りの馬車の中で、皇太子殿下は不貞腐れたようにつぶやいた。
「誰かの協力を得るとこんなにも早く進むだな。一人で内密に調査するのがいかに大変だった事か」
「ラーシュ小隊長には、どうやってなったのですか?」
「出入りの宝石商に、向こう3年の専属契約を結ぶ代わりに、侍従を一人騎士団に入れたいと交換条件を出した。この事を漏らしたら、5年間、出入り禁止にすると伝えてね」
「その方法が……。試験がないから、顔バレせずに活動出来たわけですね。その時間を作るのも大変だったでしょう」
「街の巡回は夜でもできる。だから、ラーシュとしての活動はいつも夜だった。夜なら顔もあまり見られないし活動しやすい」
「その行動力に脱帽です」
私の返事を聞いてフッと笑った。
「シェリル。君にも驚かされる。魚を網取ったり、火を起こして自ら食べたり。野生的だし、パーティーに出れば普通の令嬢として振る舞える」
私は褒められて口元が緩んだ。
「アンネッテとしての君は全く目立たないけど、真面目でいい奴だから……あーもう。こんな事が言いたい訳じゃない!
とりあえず、君を監視する事に決めたので、今日からしばらくは私の客人だ」
私はポカンとして皇太子殿下の顔を見た。
「え?もしかしてお城に住むんですか?」
「ああ。しばらくだけな。毒見係から、恋人に昇格だ」
「昇格……? これって階級制なんですか?」
「まぁそんなところだ」
「これ……他のお嬢様から虎視眈々と狙われる立場なんですけど!ちょっと面白そう。レオン様の時の嫌がらせとは違うのかしら?」
私は考えている事を声に出すと、ちょっと機嫌の治った皇太子殿下の様子がまた不機嫌になった。
「レオンって誰だ?」
「アンネッテの元婚約者。レオン・アンデル様です。当時は侯爵家だったけど、借金で破綻してるかも」
「へえー。今は婚約者はいないんだな?」
「はい」
「わかった。手を打とう」
「ん?手を打つ?」
「シェリルは知らなくていい」
「……わかりました」
そう言っていると王城に着き、サロンに通された後、しばらく一人でお茶を飲んでいたが、一時間後皇太子殿下がやってきて二人でディナーを食べた。
沢山のメイドに見られながらのディナーは想像よりも緊張した。
そして、来賓室に案内された。




