不注意からくる綻び
「ラーシュ小隊長は、いつ入団したんですか?」
私は当たり障りのない質問をする事にした。
「半年前かな。でも入団試験は受けてない。第三騎士団の第15小隊から20小隊は、元々は誰かに雇われていたプライベートな護衛をしていた者なんだ。雇主からの推薦で、騎士団に籍が置けるんだ」
つまり、個人的な護衛だった人の集まりという事なのかしら?
そう思いながら、後をついていく。
いつもとは違い裏庭を抜けた。
「推薦をもらうにあたって決まりはあるんですか?」
「護衛としての実務経験3年以上」
ラーシュ小隊長はそう言って角を曲がると次の倉庫の前だった。
「わー!近道だったんですね」
ラーシュ小隊長は人差し指を口に当てて、静かにしろとちいう仕草をした。
そして、倉庫前で待機していた騎士団員に話しかけて、入り口が見えない位置に移動してくれた。
その間に、鍵を開けて中を点検した。
倉庫の中の備品は、遠征で使ったまま手入れがされていない。
私は点検表に書き込みながら、倉庫の奥へと進んだ。
途中、しゃがんだ時にきちんと畳んでいないテントの帆にぶつかった。
これは報告事項がいっぱいだ。でも、今日の任務は終わり!
ラーシュ小隊長のお陰で早く終わった。
倉庫から出ると、私を待ち構えていた騎士団員はいなくなり、ラーシュ小隊だけが待っていてくれた。
そして、私を見て笑った。
「いきなり砂埃だらけだな?」
「ここの倉庫、備品をただ放り込んだだけだったので、倉庫の中が汚かったんです」
私はそう言って、埃っぽい制服を叩いた。
「ラーシュ小隊長、ありがとうございました!お陰で助かりました」
「それならよかった。しつこい奴らもいるから広域課まで送るよ」
そう言って私の荷物をまた持ってくれた。
今度は私の速度に合わせて歩き出した。
「ラーシュ小隊長は、王都の治安維持部隊という事は、遠征はしないのですか?」
「遠征は滅多にないね。第四騎士団は、遠征が多い部隊だから、そこに所属している奴らなんか『非常食ばかり食ってるから、たまには普通の飯が食いたい』って言ってるよ」
「ええ?遠征の食糧って現地調達じゃないんですか?」
私は驚いて聞いた。
「現地に行ってみないと食糧になる物があるかわからないのに、そんな無謀な事しないよ。何も食べれず全滅したら困るだろ?だから。10日行くなら、10日分の食糧を持っていくのは常識だよ。」
ラーシュ小隊長は笑った。
「…知りませんでした。現地調達できる能力が必要だと座学でおそわりましたから。騎士団に入る条件にそれもあるのかと思ってました」
私はびっくりして、立ち止まってしまった。
という事は、あの湖で「騎士団員の護衛がいる」とこの方に言ったのが、嘘だってバレてたわけだけど。
…なんで自分で魚を獲ったのがバレたのかな?
立ち止まった私は、我に帰るとまたラーシュ小隊長の後をついて歩き出した。
「特殊部隊は荷物を最小限にしないといけないから食糧は持っていかない。ただ、その場合は火を使わない物しか食べれない。確かに、特殊部隊に所属するなら必要な能力だな。煙で敵に位置を教えてしまう事になるから、火を使わない物を現地調達するのは本当に大変らしいけどね」
「なるほど…。色々あるんですね」
そんな話をしていたら広域課に着いてしまった。
「今日はありがとうございました」
とお礼を言うと、
「じゃあ。どこかで見かけたら声をかけて」
と言ってラーシュ小隊長は戻って行った。
湖で見かけた黒髪の男性は、多分ラーシュ小隊長だ。
同じゴーグルをかけているし、さっきの他の騎士団員との立ち話の内容を含めてもそうだろう。
ただ、雰囲気が違い過ぎるので確信は持てない。
…もう別荘に行く事はないかもしれないから、確かめようもないけど。
仕事を終えて戻ると、一週間後に毒見の夜会があるからシェリルにな準備が必要だと言われた。
アンネッテとしての仕草が出ないように。
そして、アンネッテの時にシェリルの仕草が出ないようにおさらいが始まるようだ。
オリアーナはまだ任務で戻らないので、ビアンカ様とグラファント夫人は2人で連れ立っての参加で、私は皇太子殿下と参加だ。
「夜会が待ち遠しいです」
と答えたけど、なんとなく気持ちがスッキリしない。
ディナーの後、お茶を辞退して部屋に戻った。
クローゼットを開けて草庵に行った時のドレスを眺めたりした。
きっと、あの湖で出会った黒髪の男性…ラーシュ小隊長の事を考えているせいかしら?
……そうだ……。
荘園に持って行った旅行鞄を出して、あの時男性にもらった木彫りの猫を眺めた。
革紐が付いているから、ネックレスになる。
第三騎士団のラーシュ小隊長と、あの湖で会った男性が同一人物かはわからないが、私はラーシュ小隊長よりも、あのおどおどした感じの大人しい男性の方が居心地がよかった。
もう二度とあの男性に会えないような気がして、木彫りの猫を手の中で眺めた。
次の日から、騎士団に行く時に持って行くバッグの飾りとして、付ける事にしたが革紐が長い。
かと言ってカットしたり、違う紐をつけるのは嫌だったので、鞄の持ち手に付けて、中に木彫りの猫を片付けた。
行きの馬車の中で鞄の中に入っている猫を眺めたり、外を見たりして、あの湖での出来事を思い出していた。
やっぱり、もう二度と会えないんだろうな。
そう思いながら、広域課に行った。
「ベルツ副総長様、おはようございます」
いつものようにベストを着て、お茶を飲む副総長に挨拶をした。
ここもと、広域課にいてわかった事だが、ベルツ副総長は、午前中は変装して広域課に居て、午後からは変装を解いて、副総長室にいるようだ。
ここでサボっているのか、それとも方々に散っているスパイ活動をしている広域課員の連絡を待っているのか…。
難しいところだ。
私がここに配属になってから、他の課員はオリアーナしか知らないが、数十人は所属しているようだ。
その副総長が私にメモと封筒を渡して来た。
「ここに書いてあるものを市場に行って買ってきてほしい。資金はその封筒の中だ。」
と言った。
メモを見ると、塩や乾燥フルーツ、インクなど。
しかも値段の相場と、希望の量も書いてある。
どこかで必要な物なのかしら。
「わかりました」
「買って来たら、私の机の上に置いといてくれればよい。市場は初めてかな?」
「はい。領地ではいつも行っていましたが王都の市場は初めてです!」
私はワクワクして早く出かけたくなった。
「なら、ひったくりとスリと、ぼったくりに気をつけて。まあ、制服で行けば、どれも大丈夫だと思うがアンネッテは舐められやすいからね」
と言って笑って、副総長は立ち上がった。
「私はこれから、第六騎士団に備品の管理について講義に行ってくる」
と言って部屋を出て行った。
私は、鞄にメモとお金を入れると急いで市場に向かった。
王都の市場は、テントでできた簡易店舗が数百店舗並んだ大きな所だ。
希望の値段通りの物を探すために、ブラブラと見て歩いて、そこから決めようと思う。
私はブラブラしながら色々なお店を覗いた。
可愛いアクセサリーのお店や、絵葉書のお店。
似顔絵を描いてくれる所もある!
ドライフルーツの専門店を何店舗か覗いて、いい物があると買って行った。
それからインク瓶を探して次に行こうとした時だった。
後方から、
「ひったくりよ!誰か捕まえて!」
と声がした。
振り返り、人混みの向こうに見えたのは座り込むお婆さんだった。
そして、そのお婆さんに寄り添うように、側のお店のエプロンをした女性が叫んでいた。
ちょうど、ひったくりが私の方に来たので、脚を払って転ばせた。
ひったくりは立ち上がると、
「何だよ。騎士団気取りか?でもその制服、偽物だろ?だって、どこに所属しているやつでも腕章が縫い付けられているけど、お前にはないからな」
と怒っている。
そんなの知らないわ。
腕章がないのは広域課だかだもの。
「しかも、お決まりの言葉もいわないって事はお前、やっぱり偽物だ」
そう言ってひったくりの男は笑うと、ナイフを出して飛び掛かって来た。
私は他の人に危害が出ないように、ナイフを持った手を蹴り上げて、そのまま顔に蹴りを入れる。
そして後ろに回って、膝蹴りをいれた。
「それ以上、攻撃は禁止だ!」
そう言いながら出て来たのは、ラーシュ小隊長と、その部下らしき背の高い筋肉質の男性だった。
「グリーグ隊員、この場は私たちが引き受ける」
ラーシュ小隊長はそう言うとひったくりの所に行った。
「お前ら犯罪者にも弁明や弁護の機会が与えられるが、正当防衛は成り立たない」
背の高い男性はそう言って、ひったくりの腕を後ろ手に縛った。
「グリーグ隊員、ありがとう」
背の高い男性はそう言って、奥に控える他の騎士団員と共にひったくりを連れて行った。
残ったラーシュ小隊長は、お婆さんに鞄を返していた。
「ありがとうございます」
お婆さんはラーシュ小隊長と、呆然と立ち尽くす私にお礼を言ってくれた!
なんだか初めて人の役に立てたような気がして顔が赤くなった。
そうそう!私はこれに憧れたのよ!
満足顔の私を見て、ラーシュ小隊長は笑った。
「いつもそんな顔してればいいのに」
ゴーグルが光ってラーシュ小隊長の顔はちゃんと見えないけど、なんだかドキドキした。
「私たち騎士団は犯人を捕まえる時、相手の権利を言わないといけない決まりがある。君はそのルールを知らないし、危なっかしいから買い物に付き合うよ」
そう言って私の横について歩き出した。
…この買い物って機密かもしれないけど、変わった物の買い物はない。
塩とか重いから持ってもらおうかな。
「ではお願いします」
私の返事を聞いてラーシュ小隊長は笑った。
「市場に来たことはある?」
「ありません。初めてです!」
「そうだね。君は子爵令嬢だもんな。自分で買い物をしたことないよね?」
笑われたような気がして私はムッとした。
「一人で買い物したことくらいありますよ!…領地で」
「領地と王都は違うよ。気をつけないといいカモになる」
なんだか馬鹿にされた気がして、私は口をキュッと閉じた。
「とりあえず、インクと羊用紙を探します」
私はなんとか話を逸らす事にした。
「ここら辺は食料品がほとんどだから、食料品が必要ないなら、市場の南側に行こう」
「え?食料品店は市場の北側に固まっているんですか?」
「当然だよ、買い物客の効率化を考えてね」
「知りませんでした。では先にお塩を買わないと」
そう言ってお塩を買うためにお店に入った。
指定された5キロを注文して、お会計をしようとお財布を出そうとしたが、ドライフルーツの下に埋まってしまっている。
鞄の中の物を一個ずつ出して、ラーシュ小隊長に持ってもらった。
「鞄の中はドライフルーツだらけだな!何個出てくるんだ?」
ラーシュ小隊長は笑いながら一つずつ袋を受け取ってくれた。
ドライフルーツを出して、カバンからお財布を出そうとした時、お財布に引っかかって木彫りの猫が鞄の外に飛び出た。
「…そのオブジェは?」
両手が塞がったラーシュ小隊長は猫を凝視している。
…これって、『救済を求める合図』だった…。
しかも、くれた張本人が目の前にいる!
自分があげた物だと気がついたら、やばい!
「私、猫好きなの」
そう言い訳して、サッと鞄にしまった。
どうしよう…。見られてしまった!
でも誤魔化せたかな?
あの湖で魚を焼いていたシェリルと、目の前のアンネッテが同一人物だとは思ってないよね。
それに、ラーシュ小隊長はシェリルが何者なのか知らない筈だ。
広域課の計画の綻びが出てきたような気がして冷や汗が出た。
全ては自分の不注意だ。
お塩を買った後、
「室長から指定された時間になったのでインクは今度にします。ありがとうございました」
と言って、小隊長に礼をして、逃げるように広域課に戻ってきた。
自分の不注意で正体がバレそうなんて絶対に言えない…。
どうしようか悩んだけど、その後、小隊長に出会う事はなかった。
相変わらず、皆から逃げるようにして倉庫点検をする日々は続いているけど、それだけだ。




