広域課のもう一つのお仕事
本日2回目の投稿です。
帰りの馬車の中でも皇太子殿下は仕事をしていたので、私は何も言わずにそっと皇太子殿下を見ながら、今日起きた事を思い出していた。
…皇太子殿下の顔が近くにあった…
薄目を開けて見ていたけど、本当に美しかった…。
思い出してまた心臓が破裂しそうになりながら、なんとか平常心を保って帰宅をした。
今日の出来事を報告した後、事件の考察には加わらずに、
「疲れたので寝ます」
と言って早々にベッドに入った。
事件の事を思い出すと、至近距離で見た皇太子殿下の顔が浮かんで眠れなかった…。
考えてみれば、今までの生活で家族以外の男性が身近にいた経験がない。
確かに領地で生活しているとき、屋敷の外に出れば年の近い男性はいたし、使用人にもいた。
誕生日にはプレゼントをもらった事だってある。ただし皆は私の事を領主の娘だと思っており、友人だとか身近な存在としては見てくれていなかった。
そしてレオン様とは婚約していたけどほとんど会ったことがなかった。
…でも、騎士団の試験の時は周りは全部男性だったから男性が苦手だとか傍に来ると緊張するとか、そういった自覚はない。
ベッドに入ってから自分では理解できない事を考えてその日は遅くまで眠れなかった。
そして出た結論は『考えても仕方ない』だった。
考えても結論が出ないことは考えない。だって次の公式行事まで数週間ある。
その間は、「シェリル」としてのマナーの勉強と、それ以外の時間は「アンネッテ」として騎士団の業務をこなす事になった。
基本的には騎士団の仕事が中心になるそうだ。
数週間もあれば、たまに突然フラッシュバックする至近距離でみた皇太子殿下の顔を思い出さなくなるだろう。
次の日から騎士団に向かう毎日になった。
オリアーナは別の任務があるようで私一人での出勤になる。
アンネッテとしての日常の業務になるため、地味なメイクとメガネをかけて灰色の三編みのウイッグをかぶり、騎士団の地下にある広域課に行って地味な作業や倉庫管理をしていた。
それから一週間経った頃、いつものように出勤するととユーベル伯爵が待っていた。
「グリーグ子爵令嬢。今日から騎士団の修練生に稽古をつけてほしい。一昨年入団した修練生から来月、騎士団に昇格する予定者が数名いるが、まだ実力を測りかねている。そこで広域課に今年入団したグリーグ子爵令嬢と対戦を行ってもらいたい。相手の外見や肩書で手を抜いた場合は昇格見送りを考えているからちょっと手を貸してほしい」
そう言ってユーベル伯爵は無造作に髪を搔き上げた。
「任務なら行います。」
そんなに難しいことではなさそうだから深く考えずにすぐに返事をしたら、ユーベル伯爵は立ち上がって私の目の前に来て満面の笑みで私の右手を両手で握った。
「ありがとう!毎年オリアーナの任務なんだけど今年は別件があると聞いていてどうしようかと困っていたんだ」
ユーベル伯爵は潤んだ目で私をじっと見た。
…なんで男性ってこんなに躊躇なく至近距離に立って私を見るのだろうか。
このユーベル伯爵といい、皇太子殿下といい。
『権力と美貌を兼ね備えた男性は未婚の女性の半径50センチ以内に行く事を許可する』なんて法律でもあるのかしら?
うちの執事や使用人、それから領地にいる同年代の男性だって半径50センチ以内には入らない。
…荘園の森で出会った黒髪の男性は転びそうな私を助けるために至近距離にいただけだから別だけど…。
人間には心地よい適度な距離感がある。至近距離でそんなに蕩けるような目で見られると、きっと勘違いするご令嬢も多数いるはずだわ。
勘違いしてはダメよ。
これは相手に言う事を聞かせるための作戦に違いないわ。
私は高鳴る心臓を落ち着かせるために深呼吸をした。
「いえ。任務ですから…」
動揺している事を悟られないために落ち着いた返事をした。
そこにベルツ副総長がお爺ちゃんの変装で入ってきた。
それを見た私達は敬礼をした。
「改まらなくていいよ。この格好の時は広域課の管理長だからね。で、ユーベル君どうしたの?」
ベルツ副総長がのんびりとした声で言った。
「修練生の入団テストをしたいのですが。アンネッテ常にテストをお願いしてもよろしいですか?いつもの2パターンで」
ユーベル伯爵はベルツ副総長に許可をお願いした。
「うん。いいよ。ただ、今後の事もあるから、アンネッテ嬢が入団試験を受けた時の格好でなら許可を出す。」
と、簡単に許可が降りた。
「ではアンネッテ嬢。試験は明日の10時から。まずご令嬢の格好で対戦してもらいます。その後、その三つ編みの騎士団員の格好で対戦してもらいますよ。では、よろしくお願いします」
と帰って行った。
「アンネッテ嬢。上手い相手と戦うのと、下手な相手と戦うのでは戦法が多少違う。だから、色々な相手と実戦を積みなさい。護衛としてはそういった経験も必要だよ」
そう言って、副総長は私に在庫管理の書類を渡してきた。
この日は在庫の管理や第三騎士団の演習で使用した備品の破損などの確認をした。
そして次の日、綺麗に手入れされたプラチナ色の髪のカツラを被り、青いドレスにハイヒール、その上からマントを着て誰だかわからないくらいの濃いメイクをして騎士団にやってきた。
試験会場となる国立闘技館では騎士団の演習服を着た10名近くの修練生がいた。
闘技場は、床が大理石でできており、戦う場所というようりは演舞の場として利用される事が多い。
大規模な夜会も開かれるとビアンカ様から座学の時間に習っている。
私が入って行っても誰も気が付かずに練習している。
今日は入団を決める試験日とあって、各騎士団のトップや副団長が見守っていた。
私はユーベル伯爵の側に行った。
「おはようございます。本日の件ですが、どうすればいいかご指示をください」
私の言葉にユーベル伯爵はにっこり笑って、
「アンネッテ嬢は手加減して負けるとかそれはしないでください。それから、基本的には1対全員になります。今、既に貴方の事を本日の対戦相手だとは誰も思っていないので挨拶しないでしょ?既に減点項目です」
そう言いながらユーベル伯爵は表情を崩さずに修練生を見た。
皆、思い思いの武器を装着して練習している。
確かに、私以外の人が会場入りすると黙礼をしながら練習をしていた。
「こんな偉い人ばかりで私、挨拶をした方がいいのでしょうか?」
恐る恐る聞くと、ユーベル伯爵は首を振った。
「大丈夫です。『広域課の方は強いけどコミュニュケーションが苦手』という設定がありますから。だから他の部署に配属されないという事になっています」
なるほど…。コミュニュケーションが苦手なのはあながち間違いではない。でもそれは私に限った事。
広域課の本当の仕事を皆知らないから、万能だと引き抜きをかけようとしてくるんだ…。
「今年は初参戦のアンネッテ・グリーグ子爵令嬢です。皆の反応が楽しみですね」
そう言いながら半径50センチ以内にまた入ってきた。
「怪我はしないでくださいね。貴方の綺麗な手に傷が付くと、私がビアンカ様から怒られてしまいます」
そう言ってユーベル伯爵は両手を広げて私を抱き締めると、頬に軽くキスをして、私を解放した。
慌てて混乱して赤が赤くなった私を見て楽しそうに笑った。
「これは我が家の家族同士がする挨拶です。私と貴方は親戚という設定ですから行いました」
もう、このせいでここから戦えないかもしれない…。
なんでこんなに私に絡んで来るのかな。
混乱して私は頭を冷やすためにトイレに行った。
戻ってくると、皆整列して闘技場の真ん中で第一騎士団団長の話を聞いていた。
私には席が用意されており、そちらに座るように促された。
第一騎士団団長の話が終わると、副団長であるユーベル伯爵の番になった。
「アンネッテ嬢、一緒に前に行きますよ。私の話が終わったら戦闘の合図です。始めますと言ったら、マントを脱いでください。そこからが開始とします。武器は装着していますね?」
小声で聞かれて私は頷いた。
「戦闘中も舞踏会と思って優雅にお願いしますね。では行きましょう」
私はユーベル伯爵の後ろについて歩いて行った。
10人の修練生の前に来ると、ユーベル伯爵は皆を見てにっこり笑った。
「では、私からは本日の説明を行います。今から第一試験があります。この40メートルの赤いワクワクから出たら負けです。そして相手を倒せばその時点で勝ちです。その後、1時間の休憩を挟んで演習場で第二試験があります。では始めますのでお願いします」
なんとも優雅な物言いで誰もこれが合図だとは気が付かないだろう。
でも、私はマントを脱いだ。
そのマントをユーベル伯爵は受け取ると素早く壁際に移動した。
さすが!第一騎士団副団長!
動きが俊敏だ。
私の服装は夜会用のドレスにハイヒール。
髪は綺麗に結ってあるプラチナ色のカツラを選んだ。
本当は地毛がプラチナ色なのに今はシャンパンゴールドに染めているから仕方ない。
短剣は、ふくらはぎの見えない位置に2本ずつ4本。それから、髪を結っている飾りも先は短剣だ。
初め、戦闘開始の合図だと思っていない10人はドレス姿の私を見ても、まだ説明が始まると思って整列したままだ。
私もずっと立ったまま、様子を伺っていたが、これではいつまで経っても戦闘が始まらないので、私から仕掛ける事にした。
まず、優雅に歩いて行き、勢いをつけて数歩走ると、真ん中二人の間をすり抜けざまに防具で防御された脇腹を攻撃した。
やられた二人はしゃがみ込み、後ろを振り返った。
しかし、その間に右に移動して、今度は振り向かない一人を背後から蹴る。
瞬時に3人が攻撃されてパニックの7人は、初めて戦闘が始まっていると気がついたらしく剣を抜いて私に切り掛かってきた。
最初に私に攻撃された3人も立ち上がると私を攻撃しようと剣を抜いた。
ベルツ副総長が言っていた意味がわかった。
バラバラに不規則に攻撃をしてくるのが、強い相手と対戦するのと違い、ある意味では動きが読めない。しかも実力はまだまだ。
初めの攻撃は挑発程度に留めた。
しかしこの10人は、先程のアレが私の実力だと思っているのかなんなのか。生温い攻撃しかしてこないので、私は武器を出すまでも無い。
…もしかして騎士道とかいう謎のヤツかしら?
女性は弱いと思ってるのかな。
そう言えば。終わり方を聞いていなかった。
全員を倒さないとダメなのかな。
しばらく、流す程度に避けたりしていた。
すると、ユーベル伯爵が大きな声を出した。
「いまからワルツが流れます。3曲流れた後、勝ち負けが決まります」
それって2曲分は泳がせといて、残りの一曲で全滅させろという合図なのか。それとも残り時間を示しただけなのか…。
確かに、ただ避けていても実力は測れないよね。
私はヒラヒラとスカートを靡かせながら、優雅に攻撃を避け、偶然のタイミングで攻撃していった。
レオン様をフラワーガーデンで攻撃した時のように、攻撃しているとは見えないように。
そして2曲目が終わる頃、10人が全滅した。
午後も対戦があるので、なるべく怪我をさせないように枠の外に誘導したというのが正しいかもしれない。
10人とも、口々に
「捕まえられると思ったのに」
とか。大したことは無かったとか。
午後もあるから温存したのに…。まあいいか。
私は地味なアンネッテに着替えるためにマントを羽織り、広域課に向かった。いつもの三つ編みのカツラと違ってこのプラチナ色のカツラは重いので脱いで、フードを被ってコソコソと人に見つからないように中庭を歩いていた。
近道の木陰に入った所で、皇太子殿下と鉢合わせたなってしまった!
皇太子殿下は木陰で考え方をしていたようで、地面に座っていた。
なんでこんなところにいるの??
…やばい!
カツラを取っているから、フードの下はシャンパンゴールドの髪で、メイクは違うとはいえ「シェリル・コーラブル」状態だ!
私は後ろを向いて急いでカツラを被った。
そして、不自然なくらいの声色で
「お休みのところ、失礼しました」
と挨拶をした。
私はバレないように下を向いて猫背でいる。
だから!こちらからも皇太子殿下の事を伺い知ることはできない。
「…嫌。気にしなくてもいいよ。急いでいるんだろ?私がここにいた事を内緒にしてくれるなら行っていいよ。…髪が乱れているからマントを被っているんだろうから…本当は脱いでと言いたいけれど、今日はいいよ」
そう言われてホッと胸を撫で下ろし、例をして立ち去ろうとした。
フードを被ったままなんて不敬罪に問われるかもしれないけど、不問にしてくれた。
「…青い服か…」
と呟くと、更に、
「今日は魚料理をリクエストしよう」
と言いながら立ち去っていった。
料理の事を考えていたの?こんな所で…。また迷惑な。
気がつくと、確かにマントから青いドレスの裾がはみ出ていた。
危ない危ない。
私は急いで広域課に戻って着替えるためにマントを脱いだ。
すると、皇太子殿下に遭遇した時に急いで被ったプラチナ色の髪のカツラは少しズレており、少しだけシャンパンゴールドの髪がはみ出ていた。
フードを取らなくてよかった。
安堵して私は化粧を取ると、ナチュラルメイクをして、銀髪の三つ編みのカツラを被り、メガネをして騎士団の制服を着た。
これでいつもの広域課のアンネッテ・グリーグだ。
次の試験会場である演習場に向かった。
そして第二戦が始まった。
次も、制服を着た私をみくびっていた10人だったが、今回はかなり本気を出して来たようでさっきよりも動きの切れ味が良かった。
今回は60メートル四方の正方形から出たら負け。
この試験で終わりと聞いていたので私は、10人を3分で戦闘不能にした。
具体的には相手に攻撃させて疲れた所で、攻撃を入れて枠の外に放り出す。
一回戦も二回戦も武器を出す事なく終了したので誰にも怪我させずに終わってよかった。
流石に10人を相手にすると疲れるわ。
終了と共にユーベル伯爵が近づいて来た。
「受験者の皆さん。一回戦も二回戦も、相手を見た目で判断しませんでしたか?強い相手は見た目ではわからないのです。その経験を踏まえた上で、後日、合格者を発表しますが、本日は皆様に内緒で皇太子殿下も一回戦から視察していました」
あっえっ?皇太子殿下が初めからみていた???
だからマントを着た私と中庭で鉢合わせになった時、私が青いドレスの対戦相手だとわかってマントを脱ぐように言わなかったんだ…。
「では、皇太子殿下からお言葉を頂戴いたします」
ユーベル伯爵の言葉の後、皇太子殿下がいらっしゃった。
相変わらずハチミツ色の髪の毛を後ろで三つ編みにして、今日は王族の服をきっちりと着こなしていた。
皇太子殿下は一歩前に出ると、騎士団への感謝と激励をした後、今日の感想を述べた。
それから私の方を向いた。
「では、試験の対戦相手となってもらったこちらのレディに拍手を」
終盤、皇太子殿下は私のことを言ってくれて会場から拍手が巻き起こった。
私は赤くなってカーテシーをした。
この任務を引き受けてよかった、そう思った。誰かのためになるのは楽しいし嬉しい。
こうしてこの日の試験は終わった。
いつもお読みいただきありがとうございます!




