植樹祭でのこと
この後、パーティでのおさらいがあった。
ダンスの仕方や、公式の場でのお辞儀の仕方など。
いつものように天真爛漫に振る舞うと、他の貴族からの反感を買い、嫌がらせや妨害が始まるから警護どころではなくなってしまう。
その辺りの駆け引きなどもオリアーナに教えてもらった。
それから、夜会のドレスは沢山のパニエを着るので太もものナイフは現実的ではない事や、その代替え品の武器、そしてドレスを着ての警備の仕方の最終チェックをした。
「植樹祭の後のパーティーなら着替えずにそのまま参加する形です。例年通りなら、皇太子殿下は何も口にはしませんが、シェリルをなんと紹介して、どうするつもりかによりますね」
とビアンカ様は言った。
その言葉で、グラファント夫人は小さな袋を用意した。
「シェリル。もしも何かを口にして、それが毒だった時の事を考えて解毒剤を準備しておきます。
すぐ取り出せるようにした方がいいけど…。シェリルの大きな胸の辺りに隠す?
でも、そうすると胸から解毒剤が出てくるなんて下品よね…」
グラファント夫人は困っていた。
私は、自分の胸を見た。
何故か私は胸が大きいらしい。
オリアーナの胸と同じくらいの大きさだから、こんなものかと思っていたけど、実はかなり大きいらしい。
オリアーナに聞いたところ、トレーニングの種類によっては胸を鍛えられるそうで、そのおかげらしい。
そういえば、レオン様との婚約解消の時は、あまりウエストを絞らない服を着て、太って見せていたけど、胸がある程度大きいから服によっては太って見えるんだ。
「やはりスカートの裏に隠すしかないわね」
そう言ってグラファント夫人はスカートにせっせと解毒剤の袋を縫い付けていた。
結局、遅くまで準備をしたのであまり眠れなかった。
次の日、オリアーナと私の支度を始めた。
植樹祭なので、長時間外にいるという事で、オリアーナは真っ白な日傘を持ち、袖がレースでできた、長袖のセルリアンブルーのドレスに真っ白なヒールを合わせていた。
私は、淡いスミレ色のレースを基調としたドレスに、同型色のヒールを履いた。
髪は巻いて毛先をカールさせて、可愛らしさを出している。
支度が整った頃、ユーベル伯爵がオリアーナを迎えに来た。
何故か、私とオリアーナにと花束を持ってきて頂いたようで、メイドから「ユーベル伯爵様からですよ」と渡された。
それは色とりどりのチューリップの可愛らしい花束だった。
「植樹祭では、チューリップの品評会も行われますからね。それでかしら?」
とグラファント夫人の言葉を聞いて、今からの自分の役割を考えた。
毒見係って、どのタイミングでするのだろう?
疑問に思いながら馬車で植樹祭の会場へと向かい、開始30分前に皇太子殿下の待つ植樹祭近くの、王族控え室へと向かった。
昨日の手紙にある通り、封蝋のついた封筒と招待状を持っていくと部屋の前にいた護衛に、皇太子殿下専用の控室に通された。
中に入ると、入り口側に老齢の執事が待機しており皇太子殿下の座っている応接セットのところに案内された。
そこにいた皇太子殿下は、長い髪を後ろで一つに結び、式典用の王族の服を着て、メガネをかけ、応接テーブルの上に100枚以上はあろうかと思える沢山の書類を置き、ソファーに座り精査をしていた。
服装と眼鏡のせいで随分と別人に見える。
整った顔の方はどんな格好でもかっこよく見える…。
今日は前回のラフな格好とは違い、かっちりした格好のせいなのか雰囲気が違って見えた。
このような仮の控室でも仕事をしないといけないくらい忙しいんだわ。
皇太子殿下の動きが止まるまで立って待ってようと思ったがすぐに顔を上げた。
「急な依頼を受けてくれてありがとう、コーラブル伯爵令嬢。早速だけど、少し打ち合わせをしても?」
皇太子殿下がこちらを向いたので、私はカーテシーをした。
「はい。毒見としての打ち合わせですか?」
「そうだね。とりあえず、そこのソファーにかけて」
私は皇太子殿下の前に座った。
「今日の日程は、植樹をした後、スピーチをする。その時に君の名前を呼ぶので、呼ばれたら挨拶をして私の横に来て欲しい」
そう言いながら皇太子殿下は眼鏡を取った。
「かしこまりました」
「式典の後のパーティーは立食形式だが、基本的に私は食べない。しかし、飲み物だけは口にするのでその毒見を引き受けて欲しい」
「わかりました。具体的にはどうすれば?」
まさか私の口をつけたグラスを渡すわけにはいかないよね。
「ユーベル伯爵が新しいグラスと、シャンパンを持ってくる。そのジャンパンをはじめに飲んで欲しい。君が大丈夫なら私も口をつける」
そういいながら、手元の資料が気になったのか皇太子殿下はまた眼鏡をかけて書類を見た。
「書類を見る時は眼鏡をかけるんですね。しかも、式典の直前までこうやって仕事をしているなんて大変ですね」
「ああ。書類を溜め込むヤツがいてね…」
そう言いながら、もう一度眼鏡を外した。
「ところで、コーラブル伯爵令嬢。これは業務になるので報酬を決めたいのだが」
まさかお給料が発生するの?
私は騎士団からちゃんとお給料をもらっているから必要ない。
「いえ。そんなのいりません。皇太子殿下の毒見係をさせていただくので、色々なお料理を頂く事ができますよね?それを楽しみにしているので報酬は不要です」
私は無邪気に笑って見せた。
「君は面白いな。そろそろ植樹祭の会場に行こう」
皇太子殿下は立ち上がると、私が立ち上がりやすいように手を差し伸べてくれた。
私は皇太子殿下の掌の上に右手を乗せた。
腕をじっと見られた気がしたけど何も言われなかった。
きっと、エンリケ公爵様のパーティーの時、腕の赤いところに塗ったファンデーションが早々に剥がれて、赤く腫れた所が見えていたんだろう。
だから今日、それとなく確認したんだわ。
私達が歩いて行くと、執事はドアを開けてくれた。
そして、控室から出ると、私達の後ろを護衛が歩く。
チラリと後ろを見ると、護衛は緊張感溢れる表情で後ろをついてきていた。
その胸に、第一騎士団所属の胸証が光っている。
護衛の人数は前後に 2人ずつ。
たしかに少なすぎるわ。
「どうかしたか?」
皇太子殿下は後ろを振り返った私に話しかけた。
「いえ…。なんでもありません。廊下の窓から見える景色が綺麗だと思って」
皇太子殿下の目を見てにっこり笑うが、殿下は興味なさそうに笑顔を見せた。
「外に出たらいくらでも見えるよ」
皇太子殿下は、そう言って前を向き、歩みを進める。
「先ほどの打ち合わせ通り、シャンパン以外は口にしないでくれ」
小さい声でつぶやいたので、返事をしようとしたが、そのタイミングで外に出た。
沢山の市民が植樹祭に訪れており、奥の方には出店が並んでいるのが見える。
いい匂いが漂ってきて、お腹が鳴りそうだ…。
赤い絨毯の上を歩き、群衆の前に出る時、前後の護衛が離れて、そのタイミングで、執事が出てきて私をテントの中に案内した。
そして、皇太子殿下は一人で群衆の前に立った。
大きな歓声に包まれて皇太子殿下は笑顔で手を振った。
その凛としたして表情と、胸を張って立つ姿は、実際よりも大きく見える。
スピーチが始まったけど、私はその姿に見惚れてしまい、内容を全く聞いてなかった。
本来なら子爵家の娘である私は、皇太子殿下のお姿を拝見できる機会すら危うい。
なんたって下級貴族が参加できる舞踏会に皇太子殿下が参加するはずないのだから。
この役得に感謝してじっくり眺めていようと妄想に浸っていたから、肩を叩かれた。
「コーラブル伯爵令嬢、皇太子殿下がお呼びですよ」
小さな声で執事に言われて、ハッと我に返った。
皇太子殿下を見ると、こちらを向いて手を出している!
私は慌てて立ち上がると、テントから皇太子殿下の方に向かって歩いた。
そして差し出された手を取る。
「さあ!こちらが今紹介したコーラブル伯爵令嬢だ」
右手を繋いだまま、皇太子殿下の紹介で沢山の人の前でカーテシーをした。
カーテシーをしたはいいけど…私の事なんて紹介していたのか全く聞いていなかった。
どうしよう…。
とりあえず笑っておけばいいか。
私はわけも分からずにっこりと笑った。
そこへ騎士団の制服を着た男性が近づいてきた。
手にはシャンパングラス2脚と、未開封のシャンパンを持っている。
?シャンパンはユーベル伯爵が持ってくる予定だったはず…。
会場を見回したが、オリアーナとユーベル伯爵の姿が見えない。
このシャンパンを開けたら飲まないといけないけど、これは危険かもしれない…。
このシャンパンを飲まなくていい方法は…?
微笑みを浮かべながら考えた。
もう、アレしかない。
覚悟を決めた!
そして私は、皇太子殿下をチラリと見て、ゆっくりと右手を離し勢いよく倒れた。
…貧血を起こして気絶したフリをしたのだ…。
私が倒れた事で観客がざわついている。
原始的な方法だけど、この場を丸く収める方法が思いつかなかったから…仕方なかった。
その場に倒れた私の上半身を起こして、皇太子殿下は、
「大丈夫か?」
と言った。
そんな皇太子殿下の様子を見た女性観客達から悲鳴が上がる!
これは…歓喜の悲鳴と、覗き込まれている私への嫉妬の悲鳴が混ざっている…。
次に社交界に行くのが怖いよ……。
皇太子殿下は尚も私に話しかける。しかし、ちょっとヒステリックっぽくなった観客の声でうまく聞こえない。
…聞こえていても返事はできないけど…。
皇太子殿下は返事のできない私の顔を至近距離で覗き込んだ。
私はというと、薄目を開けて周囲に変な人がいないか確認していた。
動かない私を見て、わざわざ私の顔を覗き込むようにして皇太子殿下の綺麗な顔が近づいてきて至近距離で止まったから、恥ずかしさで飛び起きそうになるけど…気絶したフリを続けるために我慢した。
そして、皇太子殿下が私の上半身を引き寄せ、膝の下に手を入れて抱き上げて控室の方に向かって歩き出した。
私の頭が皇太子殿下の肩に乗り、耳の辺りにつけたであろう爽やかなパヒュームの香りが鼻をくすぐる。
この姿を沢山の人に目撃されている恥ずかしさと、皇太子殿下を至近距離で見てしまった恥ずかしさで心臓が爆発するかと思った。
沢山の悲鳴が響き渡る中、私を抱えた皇太子殿下は控室へと入って、ソファーまで歩き、私を抱きかかえたまま座った。
「はぁ」
と、ため息が聞こえた。
「いつまで気絶したフリを続けるの?」
膝の上に座らされている私に話しかけてきた。
私はゆっくり目を開けてにっこり笑った。
それから、そっと皇太子殿下の膝の上から降りてカーテシーをした。
「演技だと気づかれているとは思わず…失礼いたしました」
そう言った私を見て皇太子殿下は笑った。
「下手な演技だったけど、お陰でシャンパンを飲まなくてすんだよ。本当はユーベルが持ってくるはずなのに、別の騎士が持ってきたからどうしようかと思ったら君が倒れたんだ」
皇太子殿下の声は楽しそうだったが、顔は笑ってはいなかった。
いつまでもカーテシーをしている私に座るように手振りで指示をされたので、打ち合わせの時と同じソファーに座った。
そして、なぜ演技をしたのかを説明する事にした。
「打ち合わせでは、開封して毒見したものをユーベル伯爵様がお持ちになると伺いました。そして、ユーベル伯爵様の今日のパートナーはオリアーナ様だと聞いていますが、オリアーナ様の姿が見えないのでもしや、シャンパンを持ってきたのは違う方なのかもと思いまして、あのような演技をしました」
ユーベル伯爵と私は初対面の設定だから、『持ってきた方がユーベル伯爵じゃなかった事』に気づいていないように言わなければいけなくて、オリアーナを引き合いに出した。
「そうか。さすが、ばあやの姪だ」
そう褒めて頂いた所に、侍従が入ってきて、やはり先ほどのシャンパンに毒が仕込まれていたと報告を受けた。
そして、ユーベル伯爵とオリアーナを乗せた馬車は渋滞で遅れて今さっき到着したと連絡が入った。
渋滞の原因は会場に向かう道で荷馬車の積荷が崩れて通れなかったそうだ。
しかも。それは複数の道で起きており、何組もの招待客が渋滞で遅れてたと合わせて報告を受けていた。
それはいつもなら考えられないおかしな事だそうだ。
「道の封鎖に毒入りのシャンパン。…困ったものだ」
「こういった脅しはあるのですか?」
「たまにね。でも、君に被害が行かないようにするよ?まあ権力争いの足の引っ張り合いだから、有力貴族の子女ではない君に被害が行かないとは思っているけど。気をつけるに越したことはない」
それを聞くと、自分には無縁の世界で良かったとある意味では感謝すら覚える。権力争いの真っ只中にいるお嬢様は大変だと思う。
…いや。権力争いに関係がないからこそ、私という存在は消してしまっても大丈夫だとも言えるのかな?
その事実に気がついてちょっと怖くなってしまった。
「今日の働きは素晴らしい物だった。次の公式行事も毒見をお願いしたいから、また連絡を送るよ。では、そろそろ馬車が来たようだ。コーラブル伯爵令嬢は、ばあやの屋敷に帰るんだよね?では送って行こう」
そう言って皇太子殿下は立ち上がると、私が立ち上がりやすいようにエスコートをしてくれた。
そのまま馬車に乗り、無事に帰路に着いた。




