皇太子殿下と遠乗りに出かける
「おはようございます。さあさあエステを施しますから、早く起きてください」
オリアーナに起こされて目を覚ますと、まだ早朝だった。
寝ぼけた状態で、フェイスエステやオイルエステを受けて、またウトウトしだした所で、小顔マッサージを受けた。
「小顔で可愛さアップですよ。ついでに足が細く見えるように足ツボもいたしましょう」
そう言って足裏のツボを思いっきり押された。
「痛い痛い痛い!」
痛みで悶絶していると、
「おや?胃の調子が良くないのでしょうか?昨日食べすぎました?聞いた話ですと、皇太子殿下の毒見役で沢山食べたとか。胃が広がると、食欲旺盛になって太りやすくなりますからね。食欲は控えめにしてくださいね」
あまりの痛みに私も反撃に出る事にした。
「オリアーナは昨日、皇太子殿下とダンスをしたと聞きましたけど、どうだったんですか?」
するとオリアーナの手が止まった。
「…あの方は亡くなったデスタン侯爵様が大好きだったのでその思い出話をされましたよ」
それ以上は何も言わなかった。
亡くなられたご主人である前デスタン侯爵様の話…。オリアーナのご主人ってどんな方だったのかな。
変装していないオリアーナは美人だ。
皇太子殿下とダンスをしている所を想像したけど、きっと美男美女だったんだろうなぁ。
見た目だけでいくと、皇太子妃候補はオリアーナの方が相応しいけど、でも旧知の仲ではそれも難しいはず。
そうこうしているうちにマッサージは終わり、髪の毛をハーフアップにして、花のモチーフのついた髪飾りをつけた。
メイクはいつも通りだけど、服装は乗馬が出来るパンツスタイルだ。
鏡でチェックしてみると、動きやすいように花柄のシャツと赤いジャケットに汚れが目立たないように黒いパンツ、そしてブーツだ。
パンツスタイルの服装に可愛らしさは求めてはいけないけど、それをなんとかするためにシャツやジャケットのデザインにこだわったようだ。
私が支度をしている間にオリアーナも着替えてきた。
「昨日、こちらに滞在していることがバレてますからね」
「変装していないオリアーナってやっぱり素敵!オリアーナ様と呼ばないとおかしいですね。ところで、このお屋敷のメイドはどうやって騙しているのですか?」
「こんな事もあろうかと、シェリルが森へ行っている間、デスタン侯爵未亡人としてこの屋敷で過ごしているんですよ。夜は早く寝て、朝はあまり部屋から出てこない。そんな生活という事になっていますよ」
オリアーナってすごい…!
尊敬の眼差しでオリアーナを見た。
それからしばらく待っていると皇太子殿下がいらっしゃった事を侍女が告げた。
エントランスに向かうと、ラフな格好の皇太子殿下が立っていた。
背筋を伸ばし、ハチミツ色の髪は相変わらず三つ編みにしている。
そして、シャツのボタンを少し開け、魅力的な胸元の筋肉が見えそうで見えない。
なんて色気のある方なんだろう…。
階段から降りてくる私を見ると白い歯を見せて楽しそうに笑った。
「コーラブル伯爵令嬢、急に無理を言ってすまない」
皇太子殿下に謝られてどう答えるのか正解なのかわからないけど、媚を売らない方がいいって確か言われたはずだ。
「そんな、恐れ多いですわ。お誘い頂いてすごく嬉しかったです。なかなかと馬を走らせる機会がなかったので、昨日は楽しみで眠れませんでした」
私は右の頬を触り、楽しそうにツンツンとつついた。
そんな私を見て皇太子殿下は肩を揺らしている。
嬉しいのか可笑しいのか、どっちなんだろう。
「楽しみにしていてくれたなら良かった。では厩舎に行こう」
よかった。
嬉しい反応だ。
「では、コーラブル伯爵令嬢を無事に送り届けるから」
とビアンカ様に告げて、私達は屋敷を出て、厩舎に向かった。
皇太子殿下は私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
でも、男性がエスコートするように手は出してくれない。
きっとこれが『恋愛対象ではない』という線引きなんだ。
これを崩さないといけないのね…。
無理難題だ。
そう思いながら、厩舎から馬を出し、皇太子殿下おすすめの丘の上に向かった。
いざ、ターゲットである皇太子殿下と2人になると何を話していいか分からずに、頭を悩ませてしまったが、話を切り出したのは皇太子殿下からだった。
「荘園にいて、森に行った事は?」
「あります。素敵な所で、毎日森に行って詩集を読んだり、編み物をして過ごしています」
「私も森に行くのが好きだ。あそこは野生の動物に会えていい所だ。鹿やウサギを見た事は?」
「ウサギを見ました」
犬に追いかけられてたわ。ウサギよりも犬の方が印象的だ。
「小川も綺麗で魚がいる。場所によっては湧水が沸いているんだ」
「そうなんですか?湧水が!知りませんでした」
魚は食べたから知っているわ。
「そういう所を見て回っていると、子供の頃読んだ小説を思い出すんだ。コーラブル伯爵令嬢は、子供の頃、どんな本を読んでいた?」
私の読んでいた本。
読んでいた本……『これで貴方も明日から騎士』が愛読書だったけど、それはダメよね。
「『クリス王子・騎士となる』が好きでした。」
子供の頃のもう一つの愛読書だ。
そういえば黒髪の男性もこの本のことを言っていた…。
「それは私も何度も読み返したよ」
ここから皇太子殿下と、この児童書について語り合いながら馬を進めた。
そして、大きな木の前に来た時だった。
「じゃあ、あの小説に出てくる主人公のクリスと、親友のロビンのように、ここから丘まで競争しよう」
皇太子殿下は悪戯っぽく笑った。
「皇太子殿下、そんな子供みたいなことおっしゃらないでください」
ゆっくり馬を進めながら会話をして、なんとか友人と呼んでいただける所まで駒を進めたいと思っているのに。
「別に、今は『皇太子』としてここにいるわけではなくて、昨日の毒見のお詫びみたいなものだから。じゃあスタートするよ」
「ずるいです!皇太子殿下!横に並んでスタートの合図を出してください」
私は急いで馬を真横につけた。
「では行くよ?3.2.1.スタート!」
皇太子殿下の掛け声で、勢いよく馬を走らせた。
風を切って丘を駆け上がっていくのが気持ちよくて、馬に「頑張って」とか、「早く、早く!」と掛け声をかけた。
丘の上に出ると、そこは眼下に牧草地が広がる高台の上だった。
牧草地の奥には、小麦畑が見える!
後ろを振り返ると、今駆け上がってきた森が見えた。
思わずあまりの景色の綺麗さに馬を降りた。
そんな私を見て皇太子殿下も馬を降りた。
「素敵!こんな綺麗な場所があるんですね」
「夜も綺麗なんだ…」
「きっと星が綺麗なんでしょうね」
しばらく無言で景色を見ていた。
……?
なんだか複数人の気配を感じる…。
皇太子殿下もこの気配を感じ取っているのか、体の動きが止まった。
この気配を感じ取れる事がバレたら、私が騎士としての素養がある事がバレてしまう。
私は楽しそうに振り返って森の木々を眺めた。
そして、弾むような声で
「こんなに上まで登ってきたのね」
と言って、楽しそうに振る舞いながら周りの様子を探った。
この気配はこっそりついてきた護衛とかでは無さそうだ。
正面は崖。
後ろから来ているのは徒歩で数人。
馬だとバレるからね。
私たちのゴシップを狙いたいなら、こんなに殺気は感じないはず。
…ゴシップを狙われた事がないからわからないけど、でも相手が徒歩ならなんとかなる!
私は初めて来た場所を楽しんでいる風を装って辺りを物珍しそうに眺めた。
なんとか退路を探さないといけない。
今感じ取っている殺気はあくまでこの辺りのもの。
来た道を戻ると待ち伏せされているかもしれない。
皇太子殿下は、しばらく動かずに後方の様子を感じ取ろうと必死になっているようだ。
そして、何かを決意したのか、
「コーラブル嬢、馬に乗ってください」
と言った。
私は何か楽しい事があるのかとワクワクしているように見えるように、
「ええ。わかったわ」
と返事をしてすぐに馬に乗った。
皇太子殿は周りを確認すると、すぐに馬に跨った。
「君は乗馬は得意だよね?」
「もちろんよ」
「じゃあ、…崖を降りてみようって言ったらどうする?」
私を怖がらせないように戯けるように皇太子殿下は言った。
「追いかけっこですか?受けてたちましょう」
気配はそこまで迫っているから急がなきゃ!
皇太子殿下は馬を進めて崖の方に向かって、馬で降り出した。私も急いで後に続く。
すると、そこで弓が飛んできて、後に続く私の頭の上をかすめていった!
弓矢の長さが短い。
と言う事は近距離用の弓だ。
そして何本もの弓矢が飛んできた!
皇太子殿下も弓矢が見えたようで、
「狩人が鹿と間違えて撃ったな!」
と笑っていたけど、これは確実に私達を狙ったものだ。
皇太子殿下を護るために身分を偽って近づいているのに!
私はもっと色々と出来たのではないかと、思いながら崖を降り切った。
そして、見通しの良いところまで行った方がいいのではないかと考えたので、
「皇太子殿下、羊を見に行きませんか?私、こちらにくる時に見ただけですから、まだ近くでは見た事がありませんの」
と、羊を飼っている牧羊地に行くことを提案した。
あそこなら敵の隠れる場所がないから近づいてくる事ができないだろう。
「良いね!行ってみよう」
皇太子殿下も乗ってくれて羊を見に向かった。
羊を見てる間に、そこに居た羊飼いに、
「シモンズ侯爵家のお屋敷に行って、沢山の人数でここまでお迎えを出してほしいとお願いしてきて。そしたらお屋敷で伝言のお仕事の、お給料を貰ってね」
とこっそり頼んだ。
このまま馬で帰ると、帰り道にまた襲われるかもしれない。
きっと皇太子殿下は私を送り届けてから、一人でお屋敷まで帰るつもりだろう。
それが一番危ない。
若い羊飼いは、伝言するだけでお金が貰えると聞いて、急いでお屋敷まで向かってくれた。
しばらくして、羊飼いと共に、大きな馬車と、10人程度の護衛がやってきた。
馬車にはビアンカ様が乗っている。
「皇太子殿下。崖を降りて馬も疲れたでしょうから、ゆっくりと馬車で帰りましょう」
私の言葉に皇太子殿下は素直に従ってくれた。
「そうだな。また狩人が間違えて矢を放って、シモンズ伯爵令嬢が怪我でもしたら大変だ」
「そんなおバカな狩人はそうそう居ませんわ。私の乗っている馬は、疲れているようですから。申し訳ありません」
そう言って無邪気に笑って見せた後、
「今日は遠乗りの途中にお食事など摂りませんでしたからお腹が空きました。もうすぐお昼ですしね。もしよかったら、今度また皇太子殿下の毒見に呼んでくださいね。どんなに多くても毒見は困りません!今日はとりあえずゆっくり帰りましょう」
と笑って見せると、皇太子殿下も声を出して笑った。
「ばあやの親戚だから、やはり肝が据わっているな」
そう言ってから、ビアンカ様の待つ馬車に乗り込んだ。
馬車の中では、主にビアンカ様が昔の出来事をお話しして、私と皇太子殿下が聞き役に徹した。
王室の所有する別荘が見えた時だった。
「ばあやは、今、『皇太子殿下』と呼んでくれているが、昔のように『エルドレット』と名前で呼んでくれて構わない」
これはまた側近の一人として認めるという意味にあたる。
「ありがとうございます。エルドレット皇太子殿下」
ビアンカ様は礼をした。
馬車だからカーテシーはできない。
「それからコーラブル伯爵令嬢。今日は楽しかった。また機会があれば遠乗りに行こう」
私に向かって笑いかけてくれた。
「ありがとうございます。また、遠乗りに行けるのを楽しみにしています」
そこで馬車は王室の別荘に到着した。
私達は皇太子殿下をお見送りするために馬車から降り、カーテシーをして、皇太子殿下が室内に入られるのを見届けた。
それから馬車に乗り、帰路についた。
馬車の中では、今日あった事を簡単に説明した。
それから荘園に戻り、改めて、ビアンカ様、オリアーナ、グラファント夫人に今日あった事を説明した。
「弓矢が短いという事は、シェリルを犯人に仕立て上げるつもりかもしれませんね」
オリアーナの言葉に、グラファント夫人も納得した。




