噂話
それを横目で見ながら、そっと庭に出て、人目のない場所を探した。
どこかいい場所はないかと庭を歩き回った。すると人目にはつきにくい生垣の裏側の木陰に切り株があった。私は切り株の表面の埃を払ってハンカチを置いた。
そしてハンカチの上に座ると、どれから食べようかとお皿の料理を見た。
ミートローフや、子羊のローストなど野菜中心の食生活が長いから嬉しくてたまらない!!
勢いよく食べると、急にお腹が膨れてドレスがきつくなるのでゆっくり一口ずつ食べよう。
ゆっくりと至福の時間のを味わっていると、ガサガサと音がした。
誰かが側に来たのかな?気配は感じない…。
しばらく動きを止めて様子を伺ったけど、それ以上物音はしなかった。
気のせいかな?
すると誰かの話し声が近づいてきた。女性2人のようだ。
「久々にお姿を拝見したけど。デスタン侯爵未亡人って美しいですわね。お見合いの話が絶えないとか」
「それはそうですわよ。あの美貌で、有り余る資産をお持ちですもの」
「未亡人は一代限りの爵位しかないとはいえ、『侯爵』ですしね」
「噂によると、代々の土地や資産は弟である現デスタン侯爵様が引き継いだけど、それ以外は遺言により奥様が引き継いだとか。だから有り余る資産と複数の別荘を保有しているらしいですわ」
「ご主人は美しい奥様を大切にしていましたからね」
私の真後ろの生垣の横を歩いているようだ。
私は動きを止めて息をひそめた。
「オリアーナ様はやはり噂の、あの『騎士団の婚活課』に入ったから資産家に嫁げたのかしら?」
「婚活課に配属になったら、3年以内に高位貴族に嫁げるって話ですわよね?」
「そうそれよ!」
「噂話で聞くけど、そんな課本当にあるのかしら?」
「王弟殿下妃に、デスタン侯爵未亡人でしょ?後は、あまり有名な方に嫁いだ話はないけど、総じて、資産家でご自身の実家より爵位が高い方に嫁いでいるそうよ」
「その話を聞くと、うちの娘もその婚活課に入れるように頑張らせなきゃと思いますわ」
「私もそう思って主人に話しましたが信じてくれないのよ。『娘を騎士団に入れるなんてとんでもない!見合いに影響して嫁ぎ先が見つからなくなる!』って大反対」
「まぁ!それでは婚活課から嫁いだ方の家柄を説明しなきゃわかってもらえませんわよね」
話しながら歩いている様でだんだん声が遠ざかっていく。
「デスタン侯爵未亡人のご実家は、確か小さな領地を持った伯爵家でしたわよね?」
「ええ。領地こそ小さいけど、代々省庁に入って出世していく頭脳明晰な家系らしいですわよ。なんでも、すぐ上のお兄様は財務省にいらっしゃるとか」
「でも……的に………」
声が小さくなっていき、この後の会話は聞こえなくなった。
婚活課の話はかなり有名なんだわ。そしたら、私はどこにも嫁ぐつもりはないから『グリーグ子爵令嬢は婚活課に配属になったけど未婚でしたわね』って噂されるのかな…。
それはそれで面倒で嫌だな。
そう考えながらお皿の上のお料理を平らげた。
味の濃い食べ物ばかりを沢山食べたので喉が渇いてきた。
辺りを見回してから、周りに人がいない事を確認してそっと切り株から立ち上がり、会場に戻った。
会場では数人のグループが談笑するような状態になっており、もう大きな混乱はなかった。
給仕から暖かい紅茶を受け取って、窓際のソファーに座ると外を眺めた。
すると、私のソファの前に微笑みながらグラファント夫人が腰掛けた。
「シェリル。いかがかしら?楽しんでいる?」
私はにっこりと微笑み返した。
「もちろんですわ。まさか皇太子殿下がいらっしゃってお話できるなんて夢のようでしたわ」
沢山の人がいる場ではシェリルとして振る舞わないといけないから、私は目を大きく開いて感動して見せた。
「皇太子殿下はお食事を少し召し上がった後、オリアーナ様とダンスを踊られてましたよ」
え?料理を少ししか食べなかったの?
じゃあ私のお皿と自分のお皿を料理の山にしたのはなんだったの?
そう思ったけど、私は楽しそうに微笑むのをやめずにもっと驚いて見せた。
「まぁ!なんて素敵なんでしょう!私、お化粧直しに行っていてその場面を拝見できませんでしたわ。さぞ絵になる光景だったでしょう」
あれだけ噂の的になっているオリアーナが、更に噂話を提供した事になってしまったのね。
オリアーナ可哀想……。
「でも皇太子殿下のお姿が見えませんが、もう帰られたのかしら?」
私は小首を傾げた。
「ダンスを終えられると、この素敵なお庭をご覧になるために外に出られましたわ」
なんて迷惑な人なの…。
人に山盛りの料理を渡してきて、少ししか食べずに噂話の中心のオリアーナをダンスに誘って更に噂を大きくし。
そして自分は庭に向かう。
これがターゲットなのね……。
行動が読めないわ。
「シェリルは、初めてのパーティー、楽しめましたか?」
「ええ!とっても」
「それならよかったわ。私は…先日ぎっくり腰になった所がまだ良くないから。ビアンカを呼んできてくれないかしら?」
グラファント夫人は腰の痛そうな演技をしている!
「ええ喜んで」
私は立ち上がると、簡単なカーテシーをしてビアンカ様を探しに行った。何とか皇太子殿下に顔繋ぎをしたい貴族に囲まれたビアンカ様を呼びに行った。
そして、オリアーナを探しに行った。
エンリケ侯爵から沢山のお見合いを勧められて困っていたオリアーナはいつの間にか複数の男性に言い寄られていた。
近づいていくと会話が聞こえてきた。
「来月、隣国から有名な歌姫「キンバリー・スミス」を招いて私的なオペラ講演を行うので、是非招待をさせてください」
男性達はオリアーナの気を引こうと必死だ。
「我が伯爵家では国立バレエ団に出資しておりますから、貴方様だけのために講演を開かせて頂きます。是非とも…」
そこで私は話の腰を折る事にした。
「お話し中失礼いたしますわ。ビアンカ様と、グラファント夫人がお呼びです」
私は可愛く歌うように話しかけた。
「まあ!それは急いで行かないと!皆様、こちらはコーラブル伯爵家のシェリル。わたくしの妹みたいなものよ。」
と紹介された。
複数の男性貴族の目がいやらしく見える。
きっと、先ほどの皇太子殿下との話などを聞いていたのだろう。
私に媚を売ると、もしかしたら将来有利なのかもしれない、そう考えているのが見えた。
私はにっこり笑顔を作り、カーテシーをすると、無邪気にオリアーナの腕を掴んだ。
「オリアーナ様、グラファント夫人の体調も悪そうですから急ぎましょう」
と言うと、オリアーナはこちらを向いて微笑んだ。それから男性達の方に向くと、
「皆様、失礼しますわ」
と言って微笑み、私と一緒に2人の元に向かった。
そして、程なくして、私たち4人は『グラファント夫人の腰痛』を理由にパーティーを抜けた。
帰りの馬車の中では、オリアーナが珍しくぐったりしている。
「噂話を根掘り葉掘り聞かれるのはまだいいです。笑ってなんとかやり過ごせるので。でも、エンリケ公爵様がお見合い話を次々としますし、それが終わると男性に囲まれますし…。疲れました。シェリルに呼びにきてもらって助かりました」
げっそりしたオリアーナを見たビアンカ様はうーんという顔をした。
「誰か偽のパートナーになったもらえないのかしら?」
その言葉に反応したのはグラファント夫人だった。
「オリアーナの立場は難しいわよね。お金のない貴族が相手だと男性が『お金目当て』と言われるし、かといってそれなりの相手だと『未亡人がお金の力で』と言われるし」
たしかに。オリアーナは難しい立ち位置だ。
「ええ。お二人もご存じの通り、私を心配した方々が沢山の見合い話を持ってくるのです。だから、広域課で働き続けているのですが…。早く別の大きな話題が出来て、私の話題などちっぽけな物になってもらわないと……」
そう言ってオリアーナは私を見た。
私は風向きが悪くなった気がしだけど好奇心には勝てなかった。
「オリアーナが囲まれていたのはどなたなんですか?」
と聞いた。
「何人もいましたけど、特にしつこかったのが、ボルケ伯爵とカナバル侯爵令息です。ボルケ伯爵は建国当時からの由緒ある伯爵家。そしてカナバル侯爵令息は軍部の最高責任者であるカナバル国家元帥の次男よ。このような場に初めて来たシェリルはびっくりしたわね」
「皆様の噂話や、駆け引きを無視して天真爛漫に振る舞うのが『シェリル』だと理解しています。今日はなんとか切り抜けられたと思います」
と言うと、グラファント夫人もビアンカ様も頷いてくれた。
「ええ、今日はシェリルの働きは合格点です。明日も頑張らないといけませんわね」
ビアンカ様はそう言って私の手を握った。
どうしよう…。すごい期待をかけられているけど、皇太子殿下は私を毒見係だと思っているかもしれない。
帰ってからドレスを脱いでみると、右の脇腹にファンデーションがついていた。
右腕の赤い部分を隠そうと塗ったファンデーションだ…。
ドレスの汚れを見たオリアーナは何も言わなかったけど、『明日が大切だから』と全身のエステを施されてすぐに寝るように指示を受けた。
私以外の3人は、明日の服装に悩んでいるようだった。
もうなるようにしかならない。
私はベッドに入ると、明日の事を考えて緊張しているけど、いつも通り眠った。




